病的愛情魔法少女

マックラマン

第0話 魔法少女モノクローム!

 そよ風が優しく子どもたちの頬を撫でる。子どもたちは砂場に王国を建設中だ。水で砂を固め、スコップで成形する。ルーペを片手にレンガ模様を木の棒で描き……おいおい、妙に本格的だな?

 平和だった。子供たちの母親たちがベンチのそばに立ち、つまらない話を繰り広げている。うむ。誠につまらない。内容はもっぱら旦那の愚痴だ。どこのご家庭の旦那も、休日はカーペットの上で寝転がり、昼寝をしているらしい。まるで熊みたい! アハハ! ウフフ! ……うむ。誠につまらんな!

 それが、平和である。こんな日常が、いつまでも続いていく──

「ゲゲゲー!」

 轟く雄たけび! 聞いただけで分かる! この雄たけびの主は、自分を害するものであると!

 平和が乱される? それってどういうこと? 私たちの平和って、乱されるものだったの? 脅かされるものだったの? 

 平和が乱されたらどうなるの? 私たちはもう、つまらない会話ができなくなってしまうの? 

「ゲゲ」

 それは、長い舌をピロピロと震わせながら、喉を鳴らして目の前の生き物をジッ……と見つめていた。品定めなのだろうか。それのお眼鏡にかなってしまうものは、いったい誰なのだろうか。

「怪人だ! 逃げろ!」

 どこかで誰かがそう叫んだ。その声によって、自分たちの平和が乱されたことをやっと自覚した母親たち、子供たちは、一斉に公園の出口へ駆けだした。我先にと。害が自分に届かぬようにと。

 しかし、取り残されていた。少女が一人。膝から血を流して泣いている。大声で泣きわめき、必死に助けを求めている。

「ゲゲ。ゲゲ」

 それは長い舌を丸めながら少女に話しかけた。少女はそれの顔を見ると、泣くことを忘れて絶句した。

 ぎょろぎょろと動く大きな目玉。少女くらいなら一口に飲み込んでしまいそうな大きな口。その口から伸びているのは粘液の滴る長い舌。

 少女は立ち上がろうとした。痛む足に鞭打って、自分の命のためならばと。

 しかしながら、少女はしゃがみ込んでしまった。立ち上がった瞬間に襲ってきたのは膝の痛み。血が脛を流れ、靴を汚していた。

「ゲゲ」

 それの舌が少女に伸びる。動くことのできない少女にできることは、ただ一つだけだった。

「助けてぇぇぇぇぇ!!!!!」

 ひ弱な少女の精一杯の抵抗。あまりに他力本願な抵抗ではあったが、少女はまだ四歳であった。仕方のないことだ。少女を置いて逃げた大人こそ、咎められるべきである。

「ゲ」

 それの舌が、少女に向かって伸びていった。少女の首をなぞり、ゆっくりと巻き付いていった。そして、二周三周と巻き付くと、舌はゆっくりと少女の首を絞めていった。

「あ、が」

 少女が粘液の舌を引きはがそうともがくが、少女ごと期の力ではどうすることもできなかった。粘液の舌はまるでウナギのように滑り、少女は力を籠めることすらできなかった。

 少女の首が絞められていく様子を、少女の母親が眺めていた。否、眺めることすらできていなかった。彼女は、少女の命が消えゆく様子から目を晒、ただ涙を流すばかりだった。先ほどまで旦那の愚痴を言っていた母親だ。休日に何もしない旦那にいらだっている母親だ。彼女は、娘の命から、目を逸らした。

 ──しかし、その時だった!

 空から急降下してきた一閃が、粘液の舌を断ち切り、少女の命を救ったのだ!

「怖かったね。大丈夫?」

 優しい声色で少女に話しかけたのは、灰色のドレスを着た灰髪の女の子。

「魔法少女……?」

 少女が呟くと、その女の子は柔らかい笑顔を浮かべた。

「そうだよ。私は魔法少女シザースグレー。あなたを助けに来たよ」


──


「怪人ゲゲゲロ! あなたの好きにはさせない!」

 シザースグレーが叫ぶと、彼女の右隣りに舞い降りた魔法少女が呆れた顔をした。

「怪人ゲゲゲロって……」

 その魔法少女はシザースグレーのネーミングセンスに「子供じゃないんだから」と苦笑いをした。

「え、ダメだったかな……」

「まあ、いいけどね」

 いいのかよ。その魔法少女も、なんだかんだシザースグレーのネーミングセンスがお気に入りだった。だって、シザースグレーのつける名前は、とっても魔法少女の敵っぽいんだもの。

 怪人ゲゲゲロは、自分の目の前に仁王立ちしている三人の魔法少女を「ゲゲ?」と首を傾げながら見つめた。ゲゲゲロには彼女たちの行動が珍しいものに思えたのだ。

 ゲゲゲロにとってヒトは、怯え逃げ出す貧弱な生き物だった。そんな貧弱なヒトを、舌で絞殺し、丸のみにする。それがゲゲゲロにとってのヒトだった。故に、自分の姿を見ても怯えず、それどころか攻撃を仕掛けてくるヒトに驚いたのだった。

 魔法少女たちはゲゲゲロを目の前にしながら、決めポーズをとっていた。うん。大事。だって、魔法少女だから。決めポーズは取らないと。せっかくだし変身バンクも見せてほしいところだが、もう変身済みだから仕方ない。また次の機会に。

「「「私達!」」」

 ダンと地面を踏みしめ、手を強く握り、目を閉じて俯く。そして、順番に……!

「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」

「薄くて包む寛容な白。ペーパーホワイト。」

「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」

「「「三人合わせて!」」」

「「「魔法少女モノクローム!」」」

 ババーン! という効果音が聞こえてきただろうか。聞こえてきたのだとしたらそれは幻聴である。なぜならば、公園にはそよ風が木々を揺らす徒然なる音しかないから。

 魔法少女は決めポーズを解くと、公園の静けさなど全く気にせずに戦闘を開始した。悲しきかな。彼女たちは『ババーン』なんて音が鳴らないことを知ってしまっているし、格好よく自己紹介しても何も反応がないことを知ってしまっているのだ。

 いうなれば、スベることになれている。スベり芸は芸じゃない。芸の息には達していない。しかし、彼女たちは芸人ではない。だからこそ、悲しきかな。

「行くぞ! ゲゲゲロ!」

 ロックブラックとシザースグレーの二人が、交差しながら怪人との距離を詰めていく。恐れと同時に、ペーパーホワイトが手に持った紙切れに「ふう」と息を吹いた。すると、紙切れはまるで花吹雪のように宙を舞い、ゲゲゲロの顔面に張り付いた。

 ゲゲゲロの視界は真っ暗だ。「ゲゲ!?」と叫びながら必死に剝がそうとするが、ゲゲゲロ自身の粘液がぬめぬめと滑り、紙切れをはがすことが難しかった。

 視界が真っ暗に覆われ、敵がどこから来るのか分からなくなってしまった場合、取るべき行動は? ゲゲゲロが取った行動は、全方位無差別攻撃だった。自慢の舌を振り回し、粘液を撒き散らした。ゲゲゲロの第一の能力、毒粘液。長い舌の中心を走る毒腺からしんけいが優しく子どもたちの頬を撫でる。子どもたちは砂場に王国を建設中だ。水で砂を固め、スコップで成形する。ルーペを片手にレンガ模様を木の棒で描き……おいおい、妙に本格的だな?

 平和だった。子供たちの母親たちがベンチのそばに立ち、つまらない話を繰り広げている。うむ。誠につまらない。内容はもっぱら旦那の愚痴だ。どこのご家庭の旦那も、休日はカーペットの上で寝転がり、昼寝をしているらしい。まるで熊みたい! アハハ! ウフフ! ……うむ。誠につまらんな!

 それが、平和である。こんな日常が、いつまでも続いていく──

「ゲゲゲー!」

 轟く雄たけび! 聞いただけで分かる! この雄たけびの主は、自分を害するものであると!

 平和が乱される? それってどういうこと? 私たちの平和って、乱されるものだったの? 脅かされるものだったの? 

 平和が乱されたらどうなるの? 私たちはもう、つまらない会話ができなくなってしまうの? 

「ゲゲ」

 それは、長い舌をピロピロと震わせながら、喉を鳴らして目の前の生き物をジッ……と見つめていた。品定めなのだろうか。それのお眼鏡にかなってしまうものは、いったい誰なのだろうか。

「怪人だ! 逃げろ!」

 どこかで誰かがそう叫んだ。その声によって、自分たちの平和が乱されたことをやっと自覚した母親たち、子供たちは、一斉に公園の出口へ駆けだした。我先にと。害が自分に届かぬようにと。

 しかし、取り残されていた。少女が一人。膝から血を流して泣いている。大声で泣きわめき、必死に助けを求めている。

「ゲゲ。ゲゲ」

 それは長い舌を丸めながら少女に話しかけた。少女はそれの顔を見ると、泣くことを忘れて絶句した。

 ぎょろぎょろと動く大きな目玉。少女くらいなら一口に飲み込んでしまいそうな大きな口。その口から伸びているのは粘液の滴る長い舌。

 少女は立ち上がろうとした。痛む足に鞭打って、自分の命のためならばと。

 しかしながら、少女はしゃがみ込んでしまった。立ち上がった瞬間に襲ってきたのは膝の痛み。血が脛を流れ、靴を汚していた。

「ゲゲ」

 それの舌が少女に伸びる。動くことのできない少女にできることは、ただ一つだけだった。

「助けてぇぇぇぇぇ!!!!!」

 ひ弱な少女の精一杯の抵抗。あまりに他力本願な抵抗ではあったが、少女はまだ四歳であった。仕方のないことだ。少女を置いて逃げた大人こそ、咎められるべきである。

「ゲ」

 それの舌が、少女に向かって伸びていった。少女の首をなぞり、ゆっくりと巻き付いていった。そして、二周三周と巻き付くと、舌はゆっくりと少女の首を絞めていった。

「あ、が」

 少女が粘液の舌を引きはがそうともがくが、少女ごと期の力ではどうすることもできなかった。粘液の舌はまるでウナギのように滑り、少女は力を籠めることすらできなかった。

 少女の首が絞められていく様子を、少女の母親が眺めていた。否、眺めることすらできていなかった。彼女は、少女の命が消えゆく様子から目を晒、ただ涙を流すばかりだった。先ほどまで旦那の愚痴を言っていた母親だ。休日に何もしない旦那にいらだっている母親だ。彼女は、娘の命から、目を逸らした。

 ──しかし、その時だった!

 空から急降下してきた一閃が、粘液の舌を断ち切り、少女の命を救ったのだ!

「怖かったね。大丈夫?」

 優しい声色で少女に話しかけたのは、灰色のドレスを着た灰髪の女の子。

「魔法少女……?」

 少女が呟くと、その女の子は柔らかい笑顔を浮かべた。

「そうだよ。私は魔法少女シザースグレー。あなたを助けに来たよ」


──


「怪人ゲゲゲロ! あなたの好きにはさせない!」

 シザースグレーが叫ぶと、彼女の右隣りに舞い降りた魔法少女が呆れた顔をした。

「怪人ゲゲゲロって……」

 その魔法少女はシザースグレーのネーミングセンスに「子供じゃないんだから」と苦笑いをした。

「え、ダメだったかな……」

「まあ、いいけどね」

 いいのかよ。その魔法少女も、なんだかんだシザースグレーのネーミングセンスがお気に入りだった。だって、シザースグレーのつける名前は、とっても魔法少女の敵っぽいんだもの。

 怪人ゲゲゲロは、自分の目の前に仁王立ちしている三人の魔法少女を「ゲゲ?」と首を傾げながら見つめた。ゲゲゲロには彼女たちの行動が珍しいものに思えたのだ。

 ゲゲゲロにとってヒトは、怯え逃げ出す貧弱な生き物だった。そんな貧弱なヒトを、舌で絞殺し、丸のみにする。それがゲゲゲロにとってのヒトだった。故に、自分の姿を見ても怯えず、それどころか攻撃を仕掛けてくるヒトに驚いたのだった。

 魔法少女たちはゲゲゲロを目の前にしながら、決めポーズをとっていた。うん。大事。だって、魔法少女だから。決めポーズは取らないと。せっかくだし変身バンクも見せてほしいところだが、もう変身済みだから仕方ない。また次の機会に。

「「「私達!」」」

 ダンと地面を踏みしめ、手を強く握り、目を閉じて俯く。そして、順番に……!

「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」

「薄くて包む寛容な白。ペーパーホワイト。」

「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」

「「「三人合わせて!」」」

「「「魔法少女モノクローム!」」」

 ババーン! という効果音が聞こえてきただろうか。聞こえてきたのだとしたらそれは幻聴である。なぜならば、公園にはそよ風が木々を揺らす徒然なる音しかないから。

 魔法少女は決めポーズを解くと、公園の静けさなど全く気にせずに戦闘を開始した。悲しきかな。彼女たちは『ババーン』なんて音が鳴らないことを知ってしまっているし、格好よく自己紹介しても何も反応がないことを知ってしまっているのだ。

 いうなれば、スベることになれている。スベり芸は芸じゃない。芸の息には達していない。しかし、彼女たちは芸人ではない。だからこそ、悲しきかな。

「行くぞ! ゲゲゲロ!」

 ロックブラックとシザースグレーの二人が、交差しながら怪人との距離を詰めていく。それと同時に、ペーパーホワイトが手に持った紙切れに「ふう」と息を吹いた。すると、紙切れはまるで花吹雪のように宙を舞い、ゲゲゲロの顔面に張り付いた。

 ゲゲゲロの視界は真っ暗だ。「ゲゲ!?」と叫びながら必死に剝がそうとするが、ゲゲゲロ自身の粘液がぬめぬめと滑り、紙切れをはがすことが難しかった。

 視界が真っ暗に覆われ、敵がどこから来るのか分からなくなってしまった場合、取るべき行動は? ゲゲゲロが取った行動は、全方位無差別攻撃だった。自慢の舌を振り回し、粘液を撒き散らす。ゲゲゲロの能力、毒粘液。長い舌の中心を走る毒腺から神経毒を分泌し、撒き散らし、敵の粘膜に侵入させることで、筋肉の麻痺を引き起こさせ行動不能にする。

 ゲゲゲロの粘液が周囲に撒き散らされるのを見たシザースグレーとロックブラックは回避行動をとり、ゲゲゲロから距離をとった。

「どうしよう。これじゃ近づけないよ」

「任せて! 私がシールドバッシュでゲゲゲロを吹き飛ばす!」

 ロックブラックが腕を顔の前にかざすと、彼女の腕から黒岩が広がり、大きな盾が完成する。そして、その盾でゲゲゲロの粘液を防ぎながら、ゲゲゲロに体当たりをぶちかました。

「ゲッ!」

 ゲゲゲロが吹き飛んだ。無防備な体に渾身の体当たりをぶつけられ、ゲゲゲロの巨体はあっけなく吹き飛んだ。地面に転がる。体の粘液に砂が混ざり、ゲゲゲロの皮膚を削った。

「隙アリ!」

 そこに叩き込まれたシザースグレーの一閃。シザースグレーの武器である大鋏がゲゲゲロの腹部に突き刺さる!

「ぐげ!」

 吹き出るゲゲゲロの体液! 真っ赤なそれは雨のように降り注ぎ、シザースグレーを真っ赤に染めた。

「グゲーぇぇぇぇぇ!!!」

 ゲゲゲロの断末魔! 最後の酒部であった。ゲゲゲロは自分の体から引き出る自分の体液を信じることができなかった。しっかりと傷口を見たうえで、しかしその赤が自分のものだとは思えなかった。

 なぜならば、ゲゲゲロにとって、人間は捕食対象。自分が人間の脅威であり、人間が自分の脅威になることはないと思っていたからだ。

 それが、なぜ? なぜ!? なぜ自分は人間に殺される!?

「げ、ゲ……」

 ゲゲゲロは最後の瞬間まで、自分の置かれた瞬間が理解できなかった。なんだか意識が薄れていくけれど、きっとこれは死ではない。なぜならば、自分が貧弱な人間に殺されるなんて、ありえないから。

 そうだ。俺は死ぬのではない。まさか、死ぬはずがない。

 ……それは、ゲゲゲロにとって幸運だったのかもしれない。死の恐怖を知らぬまま、死ぬことができたのだから。

 ……

「これにて一件落着!」

 キラッ! とウインクをしてみせた血塗れのシザースグレー。彼女たち、魔法少女モノクロームの三人は、今日も悪から人間を守ってみせたのだった。

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