第2話 魔人の強さ

「あ、レイン。魔法少女は見つかったかい?」


 俺と共に人間界へやってきていた魔人クラウドが、どこからともなく近づいてきた。

 クラウドの顔にはいつも作られた人工の笑顔が張り付けられている。


「見つけた。魔法少女にやられた魔族も見つけた」


 身動き一つせず、無表情で淡々と言った。わざとではない。魔人の仲間たち曰く俺は表情筋が死んでいるらしい。


「そうか。それは残念だ。その魔族は死んでしまったのかい?」

 

 クラウドはそんなことを言いながらも、張り付けられた笑顔を崩さない。


「やられてはいたが、ぎりぎり消滅はしていなかったから、俺の魔力を流し込んで蘇生しておいた」


 そう言うと、クラウドは張り付けられた笑顔のまま、過剰な驚きのジェスチャーをして言った。


「え、蘇生? レインってそんな器用なことができるんだっけ?」

「できなくはない。魔力を相当消費するが」

「へえ。そうなんだ。いいなあ。僕にはそんなことできないから羨ましいよ」


 クラウドが顎に手を当てた。俺はクラウドの方を見て、尖らせながら言った。


「クラウドにも、クラウドにしかできないことがあるだろう」


 それはそう言うと、クラウドのお腹に手を突き刺した。

 俺にお腹を貫かれたクラウドは少し目を見開いたが、特に文句は言わなかった。

 俺の無表情は変わらない。クラウドの張り付けられた笑顔も変わらない。クラウドは張り付けられた笑顔のままで呟いた。


「……レイン。それをやるときは事前に一言言ってほしいんだけど」


 俺はクラウドのお腹に手を突っ込みながら言った。


「すまん。魔力を半分消費してしまったから」


 するとクラウドは、溜息を吐いた。


「……まあ。いいよ」


 クラウドのお腹に突き刺した手から、身体の中へ魔力が補充されていく。魔力が満たされるのを感じながら、俺は目を閉じた。


「クラウドの魔力は本当に美味しい」


 その言葉にクラウドは張り付けられた笑顔のまま首をかしげた。


「それ、皆言うんだけど、魔力に味なんてなくない?」

「いや、あるんだ。クラウドの魔力は粘度が高くて甘い気がする。水飴みたいな感じだ」

「何それ。俺の中で水あめができてるってこと?」

「……そうかもしれない」

「冗談でしょ」


 魔力を満タンまで満たした俺は、クラウドのお腹から手を引き抜いた。


「ありがとう。クラウド」


 クラウドは例の如く、張り付けられた笑顔のまま「どういたしまして」と言った。


「それで、これからどうしようか。人間界に迷い込んだ魔族を助けることはできた。他に何かするかい? できれば疲れちゃったから帰りたいなって、俺は思うんだけど」


 俺は少し悩んでから言った。


「魔法少女に会ってみたい」


 俺のその一言に、クラウドは両手を上げて俯いた。もちろん張り付けられた笑顔のままで。

「……レインは意外と戦闘狂だよね。サンにも負けないくらい」


 俺は露骨に嫌な顔をしようと頑張った。


「サンよりはマシだ。あいつは頭がおかしいから」


 そう言った俺を見て、クラウドは笑った。張り付けられた笑顔のままで。


「一応、戦闘狂の自覚はあるんだね。ハハ。戦闘の何がそんなに楽しいんだか」


 クラウドはそう言いながら浮遊し、空へと上昇していった。


「じゃあ、僕は先に帰ってるからね。早めに帰ってきなよ~」


 「わかった」と返事をした。


 ●


 学校に戻った私達は、それぞれの教室に戻って授業を受けていた。私のクラスは体育の時間だった。

 校庭に戻ると、クラスメイトから歓声を受けた。ちょっと偉い人になった気分で手を振りながら、先生に事情を説明する。


「先生ごめんなさい。トイレに行っていました」

「おう。お疲れ」


 その会話は傍から聞いたら意味の分からない会話だろう。しかしクラスメイト達は私の事情を把握しているため、誰も口を挟まない。魔法少女は周りの人々の協力によって成り立っている。


「今から走り高跳びをやるからな。シザースグレーには期待してるぞ」


 先生に頭を撫でられた。「はい」と返事をした。

 クラスメイトの下へ戻ると、女子生徒たちが私を囲みこんだ。


「ねえねえシザースグレー! 今日はどんな怪人だったの?」


 クラスメイトの一人が尋ねてくる。


「今日はクワガタみたいな怪人だったよ。大きな顎があって、身体がすごく硬かった。攻撃が全く通らないの」


 そう言うと、クラスメイト達は「おー」という感嘆を漏らす。

 私を取り囲む女子集団の周りには、中学生になっても、やっぱり怪人とかヒーローとかに憧れてしまう男子が聞き耳を立てていて、「おー……」と小さく声を漏らしていた。


「どうやって倒したの?」


 そう聞かれた私は、手でクワガタの真似をしながら不器用に説明をした。


「なんかね。クワガタの背中に私の武器が入るくらいの細い隙間があってね。こう、縦に、こう、ずぶッて、ハサミをえいってやったら、ハサミが突き刺さって、なんか、倒せた」

「お~!」


 クラスメイト達が拍手をしてくれる。このように怪人の話をして盛り上がるのは、怪人が現れた日の定番となっていた。

 おそらくロックブラックとペーパーホワイトのクラスでも、このような定番が行われていると思われる。

 そこに先生がやってきて声を張り上げた。


「お前たち! シザースグレーの話は休み時間に聞け! 授業中だぞ!」


 クラスメイト達は迷惑そうな顔をして「は~い」と返事をした。

 中には小さく「あとで詳しく聞かせてね」と耳打ちしていく生徒もいた。私は笑顔で「うん」と答えた。


 体育の授業が終了し、皆で走り高跳びのマットを片付けているときのことだった。

 身体に電撃のような予感が駆け巡る。それはロックブラックとペーパーホワイトも同様に感じているものだった。

 その予感は、いつも感じる怪人の気配を数倍、いや数百倍に強めたような濃い気配だった。感じているだけで震えが止まらなくなってしまうような圧倒的強者の気配……。


 あたりを見渡した。そしてグラウンドの端に立っている人影に目をつける。


(間違いない……あの人だ……)


 いつの間にこのようなところまで近づかれていたのだろうあ。こんなに恋敬拝に気づかないわけがないのだが。

 また、私は少し違和感を感じた。怪人にしては歪な姿をしていないのだ。

 普通怪人というのは、クワガタや犬や魚などの生き物だったり、電柱や鉛筆や人形だったりなど、人間に近しい形はしていない。

 しかし、その人影の姿は、まるで私と同じ人間のような姿だった。


 グラウンド端の怪人を警戒をしていると、ロックブラックとペーパーホワイトが教室の窓から飛び降り、私の元まで走ってきた。


「シザースグレー……」


 状況は既にテレパシーで伝えていた。二人は取り乱すことなく、グラウンド端の怪人に目を向けた。

 ロックブラックが、私の教室から拾ってきたデビちゃんを揺らし起こす。


「デビちゃん。起きて」


 快適な睡眠から引きずり上げられ、デビちゃんは不満気に目を覚ます。


「うみゃあ……。なあ、俺は夜行性なんだよ。お天道様の下に晒さないでくれよ」

「そんなことを言っている場合じゃないよ」


 ロックブラックがグラウンドの端に立つ怪人を目線だけで示した。デビちゃんも静かにその方向を見る。

 そして「桁違いだな……」と呟いた。


 私はデビちゃんに手を差し出し、武器を催促した。


「とにかく、学校で戦うのはダメ。皆を巻き込んじゃう。たぶん、あいつの目的は私達だから、ここは一か八か学校から離れてみよう」


 ロックブラックとペーパーホワイト、それとデビちゃんにだけ伝わるように、シザースグレーは小声で告げた。

 私の提案に、二人はコクリと小さく頷いた。


 デビちゃんから武器を受け取ったシザースグレーが小声で合図を出す。


「0で校門の方に走るよ……3……2……1……0!」


 私達三人が一斉に、校門へ走り出す。振り向いて確認すると、その人影は静かに佇むだけで、追ってくる仕草を見せなかった。

 もしかしたら、一般人の前で戦う気はないのかもしれない。怪人にそこまでの知能があるのかどうかは謎だが。

 走っている途中、ロックブラックが叫んだ。


「シザースグレー! アイツ追ってきてる!」


 どれだけ走っても気配が薄まらないので、そんなことは言われるまでもなかった。


 ●


 私達がやってきたのは、先ほど怪人クワガタ―と戦った緑地だった。

 住宅が立ち並ぶ学校周辺で、周囲に被害を与えずに戦うには、この緑地くらいしか選択肢がなかった。


「シザースグレー。あの怪人どこ行った?」


 ロックブラックが周りを警戒する。私も警戒を怠っていなかったが、途中から正確な位置を見失っていた。


「近くにいることは確実です」


 そう言ったペーパーホワイトは、デビちゃんの口に手を突っ込んだ。


「おぶぇぇぇぇぇぇ!」


 デビちゃんが口に手を突っ込まれて迫真の嗚咽を漏らす。しかし、ペーパーホワイトは、デビちゃんの嗚咽などには一切構わず、強引にデビちゃんの中から大量の紙吹雪を取り出した。


「私が探します」


 そう言うと、デビちゃんの中から取り出した紙吹雪を、思い切り宙に放り投げた。

 紙吹雪はひらひらと、不規則に舞っていた。しかし、ペーパーホワイトが手を動かすと、紙吹雪の動きが統率され、彼女の手の動きの通りに動き出した。

 ペーパーホワイトが紙吹雪を操作しながら回転する。すると、紙吹雪が私たちを包み込んだ。


「索敵と時間稼ぎを同時に行います。今のうちに変身しましょう」


 そう言うと、ペーパーホワイトが胸に手を当て「変身」と呟いた。私とロックブラックも、彼女に続いて変身を開始する。

 黒い天幕が私たちの頭上に現れ、包み込む。数秒後、その黒い天幕を翻すようにして現れたのは、魔法少女に変身した私達だった。


「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」

「白くて包む寛容な白。ペーパーホワイト」

「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」


「私たち!」

「「「魔法少女モノクローム!」」」


 誰に聞かせるわけでもない前口上だが、ルーティンは大事だ。……恥ずかしいけど。

 変身したペーパーホワイトがいった。


「まだ、見つけられません……」


 ペーパーホワイトの肩に触れる。


「もう。壁を崩していいよ。たぶんだけど、あの人は私達を待ってたんだよ。私達が魔法少女に変身するのを」


 ペーパーホワイトは私を見た。


「どうしてそう思うのですか?」

「だって、私達を倒そうと思えば、いつだって倒せたはずじゃない? あの人を見つけたときだって、あんなに近づかれていたんだもん。たぶんあの人は私達と戦いたいんだよ」


 ペーパーホワイトはシザースグレーを見つめ、そして頷いた。

 ペーパーホワイトの紙吹雪の壁が徐々に崩れ、紙吹雪が彼女の手のひらに集まっていく。

 そして外が見えたとき、三人は驚きの光景を目にした。


「……いる」


 ロックブラックが思わず口にした。その怪人はペーパーホワイトの紙吹雪の索敵を掻い潜り、いつの間にか三人の目の前に立っていた。

 最初からそこにいたとでも言うように、ただ、そこに立っていた。


「どうして私の索敵に引っかからないのですか……」


 ペーパーホワイトが呟いた。

 目の前に立っていた怪人は、ペーパーホワイトのつぶやきを聞いていたのか、その質問に答えた。


「魔力を抑えたからだ。外に漏れる魔力を完全にゼロにしてしまえば、俺たち魔人は索敵などには引っかからない」


 まさか質問に答えてくれると思っていなかったから、私は少し驚いた。

 しかし、次の瞬間には、別の驚きが私達三人を襲った。目の前の怪人が少しだけ目を見開く。すると、あまりにも強大な魔力が、私達を包み込んだ。

 その魔力は、怖くて、恐ろしくて、絶対に立ち向かってはいけないような気がした。


「ぁ……ぁ……」


 私の隣でロックブラックが腰を抜かしていた。一歩、二歩と後ずさり、そしてペタンと地面に尻もちをついた。

 ペーパーホワイトは立つことはできているものの、歯をガチガチと震えさせ、膝も笑ってしまっていた。

 それは今まで戦ったことのない圧倒的強者の魔力。魔法少女モノクロームおしてたくさんの経験を積んできた私達三人の全魔力を集めても、この怪人の魔力には到底届かないと思う。

 私は、その怪人の強大な魔力に包まれた瞬間、とある感想を抱いた。それはおそらくロックブラックとペーパーホワイトの二人も同様な感想を抱いたのだと思う。


 ……死ぬ。


 そう思った。


「二人は休んでてね」


 怯えて震える二人に対し、私はできる限り気丈な笑顔で言った。

 その怪人に向け、大きな歩幅で一歩、強く踏み出す。絶対に敵わない相手を前にしてなお、しっかりと地面を踏みしめて立つこと。

 それが私の役目。自分より年下であるロックブラックとペーパーホワイトの二人を守ることこそ、年上のお姉ちゃんである私の役目だと思った。


 足を踏み出した私を見上げて、ロックブラックが小さく「シザースグレー……」と呟いた。

 私は答える。


「私が戦う。もし動けるようになったら、その時は全力で逃げて」


 怪人から目を逸らさず、二人にそう告げた。

 そして私は、私の武器である巨大なハサミを、ジャキジャキと二回、大きく鳴らした。

 すると、私のハサミが禍々しく、より鋭く変貌していく。

 それは、魔力を大量に消費することで使用できる、私の必殺技。

 その名も━━


両断鋏りょうだんきょう……」


 ハサミの禍々しさが、私の手にまで侵食してくる。案るで切りきざれるような鋭い痛みが走ったが、ロックブラックとペーパーホワイトを守るためなら、こんな痛みは屁でもない。

 シザースグレーの側で、デビちゃんが気味悪く笑っていた。

 シザースグレーは最後に、背後で震える二人へ優しく微笑んだ。


「「シザースグレー!」」

 

 二人が涙を流しながら叫んだ。


「……ハァッ!」


 私は地面を踏みしめて走り出す。そのスピードは常人では到底到達できない異次元のスピード。魔法少女として生まれた私の全力。

 踏みしめた地面が、靴底の形に抉れていた。

 怪人の前までたどり着いた私は、禍々しいハサミで、怪人の首を両断しようした。

 私のハサミは滞りなく、男の首に迫り、そして切り落とした──ように見えた。

 実際、私も価値を確信して、心の奥底で安心した。なんだ。別に強くないじゃんと表示抜けしたくらいである

 私のハサミは、確かに怪人の首を両断し、その禍々しい口を閉ざしていた。しかし怪人は表情一つ変えずに、無表情のままで言った。


「なかなかのスピードだな」


 そう言って、私のハサミを柔らかく撫でた。


「それに、趣味も良い」

「……!?」


 私のハサミはしっかり怪人の首を両断していた。怪人の頭部と、胴体のつながりは、私のハサミによって分断されている。

 普通の生き物は、首を繰られたら死ぬ。


(この人、普通じゃないッ!)


 後方へ飛びのいて距離を取った。私の頭では、今起こったでき歩とを正常に判断できていなかった。

 自分のハサミが怪人の首を両断する瞬間を、確かに視界に捉えた。しかし死んでいない。どころか、いま一度確認してみると、怪人の首は何もなかったかのように繋がっている。

 私は自分の手のひらを見た。


(そういえば、首を両断した瞬間。何の抵抗も感じなかった気がする)


 何かを両断するときには、それなりに抵抗を感じるものである。硬さであったり、切りにくさであったり。

 しかし、怪人の首にはなんの抵抗も感じなかった。まるで、水のように。

 私は頭をフル回転させて考えた。可能性は二つ。

 一つ、怪人が超再生能力を持っている可能性。着られた瞬間から超再生を開始すれば、死なずに済むのかもしれない。

 二つ。私が見間違えただけで、本当は怪人の首にハサミが届いていなかった可能性。


(後者だったら嬉しいんだけど……)


 ハサミを構え直す。怪人私を見ながら、ただ立っているだけだった。

 私はテレパシーで背後の二人に話しかける。逃げられるなら自分の身の安全を確保してほしかったからだ。


(二人とも! 逃げられる!?)

 ……

(……二人とも?)


 二人から返答がないことを不思議に思い、私は素早く振り向いて二人を確認した。


「……え?」


 そこには、前のめりに倒れ伏したロックブラックとペーパーホワイトの姿があった。


「二人とも!」


 二人に駆け寄って身体を揺さぶる。

 二人はただ気絶しているだけのようだったが、どうして気絶したのか原因が分からない。


「大丈夫だ。死んではいない」


 その時、私の肩に怪人の手が乗せられた。私は硬するとともに、後悔した。二人が倒れているのを見て、怪人に対する警戒を解いてしまった。

 怪人は私の肩に手を置きながら、静かな声で言った。


「まあ、あとで殺すんだが」

「ああああ!」

 私はがむしゃらにハサミを振り回した。そのハサミの横薙ぎは怪人の横腹に迫る。

 そして。


「……え?」


 男の身体を貫通した。


「すまない。俺に物理攻撃は効かないんだ」


 怪人はそう言って、私の額に人差し指を近づけた。


「思ったより弱かったな」


 意識が途切れる瞬間に、そんな言葉を聞いた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る