第1話 魔人

 人が住む人間界の裏側、魔界。そこには魔族が暮らしていた。

 魔族とは、人間や魔法少女が『怪人』と呼ぶ者たちのことである。もちろん怪人ゲゲゲロも、正しくは魔族ゲゲゲロであった。(彼の本当の名前はゲゲゲロではなかったのだが)

 魔界の中心。魔王城。そこには、魔族ではなく、魔人が暮らしている。魔族と魔人の違いは知能の差だ。頭の良い魔族を魔人と呼ぶ。

「では、定例会議を始めます」

 魔人は人間と同等、もしくはそれ以上の高い知能を有している。

 そんな魔人たちが行う会議の議題とは。

「ついに、魔法少女が現れたようだぜ」

 やはり魔法少女についてであった。

「ついにだ。ついに復讐の機会が与えられた。前魔王様が魔法少女に滅ぼされてから数百年。ついに新たな魔法少女が誕生した」

 そう言ったのはサンと呼ばれる魔人だった。サンはその名の通り太陽の魔人であり、チャームポイントは胸に灯る炎である。

 サンは胸の炎を溢れるほどに燃え上がらせる。そして机を叩き、立ち上がった。

「俺たちは魔法少女を滅ぼし、前魔王様の野望を叶えるのだ!」

「……」

 燃え上がるサンに対し、他の魔人たちは無言を貫いていた。

 ある魔人は無視して遊んでいるし、ある魔人はただニコニコとサンを見つめていた。ある魔人は眠くてあくびをしていた。

 サンが立ち上がったまま他の魔人たちを見回す。

「…………」

 そして、サンはゆっくりと椅子に座り直した。熱く燃え上がっていた胸の炎が、小さく萎んだ。なんだか一人で盛り上がっちゃって恥ずかしくなっちゃったのだ。

 そんなサンに、魔人の少女が話しかけた。

「サン! 元気だね! あ、そっか! 今日は晴れてるもんね!」

 両腕がない金髪の少女、その名もサンダー。言わずもがな雷の魔人である。サンダーはニコニコしながらテーブルに飛び乗った。そして生えていない両腕の代わりといったように頭頂部のアホ毛をピンと逆立てた。

「そうだ! 私たちはお父さんの野望を引き継ぎ、必ずや叶えるのだ! ハッハッハァ!」

 サンダーの大きな笑い声が会議室に響く。

「ところで」

 ロングスカートを着ている魔人。ウインドがテーブルの上のサンダーを抱きかかえ、自分の膝に座らせた。

「レインとクラウドはどこへ行ったの?」

 そのウインドの質問に答えられ物はいなかった。レインとクラウド、二人の魔人の行き先を誰も把握していなかった。

「……今日は定例会議だって言っただろうが」

 サンが悲しそうに呟いた。彼は根が真面目なタイプのヤンキーなのだ。


──


「シザースグレーさん? ちゃんと聞いてますか?」

「あ! すいません!」

 窓の外をおぼろげに眺めていたシザースグレーは先生に注意されてしまった。しかしそれは仕方のないことだった。先生の話がつまらなすぎるから。

 先生はあきれたように溜息をつくと、腕を胸の前で組んでから言った。

「魔法少女だからってお勉強しなくていいわけではないんですよ?」

 先生の言葉に、みんなが小さく笑った。

「アハハ……すいません……」

 シザースグレーは頭を掻きながら謝り、椅子に座りなおした。

「うりうり。シザースグレーってば悪い子だねえ」

 シザースグレーの友人が、彼女を肘でつついた。

「えへへ。怒られちゃった」

 その時、頭の中にロックブラックからの通信を受信した。

(シザースグレー! 怪人来てるんだけど!)

 その通信を聞いて、シザースグレーは勢い良く立ち上がった。机と椅子がガタン! と大きな音を立てたが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。

「先生! トイレに行ってきます!」

 そう言って、シザースグレーは走り出した。先生の返答など聞く気もない全力ダッシュだった。

 シザースグレーの背中に向かって、先生が大きな声を出した。何やら必死な様子だ。怒っているのだろうか。

 否。

「シザースグレーさん! 頑張ってね!」

 ──

 シザースグレーが屋上まで階段を駆け上がると、そこにはロックブラックとペーパーホワイトの二人が既に到着していた。シザースグレーのことをを待ちかねている様子だった。

「遅いよ! シザースグレー!」

 ロックブラックが頬を膨らませた。

「怪人が暴れ出してからじゃ遅いんだからね!」

 ごもっともである。

「ごめん! ちょっと叱られてた!」

 そう言いながら、シザースグレーは自分のバッグを床に置いた。そのバッグは投稿用のバッグだったが、中身は教科書でも宿題でもない。そのバッグの中には、なにやら黒い小動物が眠っていた。

「デビちゃん! 起きて!」

 黒い小動物こと、デビちゃんを揺さぶると、デビちゃんは「んあ~」と言いながら伸びをした。

「え。なに?」

 呑気にあくびをするデビちゃんに大きな声で話しかける。

「怪人が出たの! 早く武器を出して!」

「嘘だろ。勘弁してくれ、寝起きだぞ……」

 デビちゃんは睡眠を妨害されて腹を立てているようだ。しかし、不満げに「仕方ねえなぁ」と呟いた。さすがは正義の魔法少女のマスコット。正義のためなら自分の睡眠すら犠牲にする覚悟があるのだ。

 デビちゃんは「う、う、」と言いながら苦しみだした。それは、別に体調が悪いわけではなく、お腹がすいているわけでもない。

 デビちゃんが魔法少女の武器を吐き出すのに必要な工程なのだ。

「う、う……おえええええ」

 聞くに堪えない嗚咽を漏らしながら、デビちゃんは口から武器を吐き出した。

 デビちゃんの口から出てきた武器の先端を掴み、三人同時に勢いよく引き抜く。

 武器を喉から引き抜かれたデビちゃんは、ゲホゲホと咳をしながら怒鳴った。


「がッ!? もっと優しくしてくれよ!」


 しかし私たちはデビちゃんの心からのクレームを完全に無視して、変身を始めた。


「「「変身!」」」


 私たちがそう叫ぶと、頭上に三枚の黒い天幕が現れた。

 その黒い天幕は、それぞれに覆い被さり、私達を包みこんだ。

 数秒後、天幕をマントのように翻し、魔法少女に変身した私たちは登場した。

 魔法少女に変身を終えた私たちに、デビちゃんが話しかける。


「お前らの変身シーンさァ。ちょっとおどろおどろしくねえか? もっと可愛い演出にしようぜ? 俺ァ、そのくらいならできるぞ?」


 デビちゃんの言葉に口を揃えて反論する。


「「「カッコいいからこれでいいの!」」」


 デビちゃんは首を掻きながら、「最近の女の子の趣味はわからねえなぁ」と呟いた。


「じゃあ二人とも、行こう!」

「よし!」

「はい」


 号令をかけて地面を蹴る。ロックブラックとペーパーホワイトは各々の返事をしながら、私の後に続いた。


 学校の屋上から民家の屋根へ飛び移り、そのまた次の屋根へと飛んで、怪人の元へと急行した。私達は怪人の放つ魔力をなんとなく感じることができる。第六感というものだろうか。方向くらいしかわからないが、それを信じて飛び跳ねた。


 怪人がいたのは、住宅街の中にある自然豊かな緑地だった。怪人は木漏れ日の中で座っていた。

 私は怪人の姿を見て考える。何を考えているかというと、怪人の名前だ。怪人に名前を付けることは、円滑な連携の為にも重要なことだ。

 私はその類稀なるネーミングセンスを輝かせた。


「現れたな! 怪人クワガター!」


 地面に着地した私が叫ぶと、怪人は顔をあげて「クワ?」と首を傾げた。

 私に続いて、左にロックブラック、右にペーパーホワイトが着地する。

 そして、私達は目を閉じた。戦闘開始のルーティンを行うためだ。一つ息を吐いたロックブラックがルーティンを開始した。


「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」

「白くて包む寛容な白。ペーパーホワイト」

「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」


 それぞれの決めポーズをとる。そして、私がさらに続ける。


「私たち!」


 そして、美しい合体ポーズ。


「「「魔法少女モノクローム!」」」


 ババーン!


 それは私達の前口上で。重要な儀式で。ルーティンで━━とにかくやらなくてはいけない。これをやらないと、魔法少女らしくないからだ。

 口には出さないが、「恥ずかしいからやりたくない」と思っていることは内緒である。

 魔法少女モノクロームこと、私達の前口上を見ていた怪人は、クワガタのような顎をガチガチと動かした。


「クワガタクワクワ?」


 怪人が何か喋っているが、私達には怪人の言葉を理解できない。それ故に、怪人の大きな顎の動きを威嚇行動とみなした。


「威嚇なんてしても無駄だぞ! 私たちは強いんだ!」


 そう言いながら、特攻を仕掛けたのはロックブラックだった。

 彼女の武器は、黒い石に変化した両手である。その両手という鈍器で、とにかくぶん殴るのが彼女の戦闘スタイルである。


「クワッ!?」


 目を見開いて驚く怪人の隙を突き、お腹に硬くて重い一撃をくらわせた。怪人は一瞬ひるんだが、その腹は堅い外骨格で覆われており、あまりダメージが通っていなかった。

 怪人は突然殴られたことに怒り狂い、ロックブラックをその鋭い大顎で挟もうとした。


「クワァ!」

「ハサミなら負けない!」


 そう言って飛び込んできたのは私。

 私の武器は巨大なハサミだ。そのハサミを使って、ロックブラックに迫りくる鋭い大顎を受け止めた。


 その隙にロックブラックは一度距離を取った。

 ロックブラックが距離を取ったのを見て、私もハサミを閉じ、一度距離を取った。


「クワァ!」


 怪人は大顎のハサミを何度もガチガチと鳴らし、何か不満を訴えるかのように叫んでいた。

 この行動は魔法少女たちにとって、確信の持てる威嚇行動だった。


「どうしよう。あれだけ硬いと、私の攻撃を通すには相当殴りまくらないとダメだ」

 ロックブラックが自分の両手をさすりながら言った。

「大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと痺れただけ」


 ロックブラックは気を取り直して構え直す。


「私があいつを殴り続けるから、その間に良い感じの答え出しといて!」


 そう言ってロックブラックは地面を蹴った。猛スピードで怪人に接近し、石の拳を大きく振りかぶった。


「はあああ!」


 ロックブラックが怪人の外殻に渾身の一撃を打ち込むが、やはりその硬い外殻には傷をつけられない。


「チッ!」


 ロックブラックが戦っている間に、私とペーパーホワイトは怪人を倒す方法について考える。

 私は怪人とロックブラックの戦いから目を逸らさずに話し始めた。


「やっぱり柔らかいところを探すのが良いと思うんだ」


 そう言うと、ペーパーホワイトも頷く。


「そうですね。以前出てきた蟹の怪人もそうして倒しました」

「うん。でもクワガタってどこが柔らかいんだろう。触ったことないからわからないよ」


 シザースグレーの言葉に、ペーパーホワイトは地面を蹴り、飛び跳ねながら答えた。


「おそらく、背中。背中の羽があるとこをは柔らかいんじゃないかって思います」


 ペーパーホワイトが手を合わせ、擦り合わせる。すると、手の内に大きな一枚の紙が出現した。

 ペーパーホワイトはその大きな紙を折り、一瞬のうちに人が乗れる大きさの紙飛行機を作った。


「羽?」


 紙飛行機の上に乗って浮遊するペーパーホワイトに聞く。


「はい。おそらく、あの怪人の背中にシザースグレーのハサミを突き刺せるくらいの隙間があると思います。私が怪人の視界を奪うので、その隙に」


 そう言ってペーパーホワイトは紙飛行機を推進させ、ロックブラックの加勢に向かった。


「わかった!」


 そう言って、私も地面を蹴った。 

 まるでサーフィンでもしているかの如く飛行するペーパーホワイトは、怪人に接近して大量の紙吹雪を飛ばした。その紙吹雪は生きているかのように怪人に向かって飛んでいった。


「クワ!?」


 そして、怪人の顔面に張り付いて視界を奪った。


「シザースグレー!」


 ペーパーホワイトが叫ぶ。私は「任せて!」と言いながら怪人の背後に回った。怪人の戦果を観察する。


(あった! 丁度私のハサミが突き刺せそうな隙間!)


 ハサミを閉じたままで、背中の隙間めがけてハサミを突き刺した。


「はああ!」


 手に突き刺さる感覚が伝わる。ずぶり。という音を立て、怪人の背中の隙間から体液が漏れ出してくる。

 怪人の背中からハサミを抜き出し、距離を取った。ハサミから怪人の緑色の体液がどろどろと垂れていた。


「ク……ワ……」


 怪人は前のめりに倒れ、そのまま絶命した。怪人の身体が塵となって消滅していく。


「やった!」


 私たちは作戦がうまくいったことに歓喜し抱きしめ合った。私の身体には怪人の体液がベトベトと付着していたが、そんなことを気にはしていなかった。


「ペーパーホワイトが言ったとおりだったよ! もしかしてクワガタ飼ってたことあるの?」


 ペーパーホワイトは顔を赤らめながら答えた。


「図鑑を見たことがあっただけです……」


 照れるペーパーホワイトの頭を撫でた。


「偉いね! ペーパーホワイト!」


 それを見たロックブラックが私に向けて頭を突き出す。


「ん!」

「あー!ごめんね!ロックブラックもよく頑張った!」

「えへへ……」


 ひたすらに二人の頭を撫でた後、私は変身を解いた。


「じゃあ、帰ろっか!」


 そう言って、魔法少女モノクロームは学校へ帰った。今日も私達は正義の名のもとに、敵を打ち滅ぼしたのだった。


 ──


 魔法少女がいなくなった緑地にて、一人の魔人が、消滅していく怪人に触れた。そして、魔人の特殊な魔力を怪人の死体に流し込む。

 すると、怪人の身体がみるみる再生していった。


「クワ?」


 怪人はキョトンとした顔で起き上がる。そして目の前にいる魔人を見て、目を見開いた。


「クッ、クワ!」


 怪人は頭を下げる。頭を下げられた魔人は、礼儀正しい反応に拒否を示しながら怪人に聞いた。


「かしこまらなくていい。それより、誰にやられたんだ?」

「ク、クワククッククワ!」

「そうか、魔法少女に……」


 その魔人は静かに立ち上がると、指の先から染み出た雫を一滴、地面に垂らした。すると、地面に垂れた水滴はみるみる量を増やし、大きな水溜まりになった。


「この中に入れば、魔界に戻れる」


 そう言うと、怪人は「クワッ!」と喜んでその水溜まりに飛び込んでいった。


「魔法少女……」


 その魔人は冷ややかな声で静かに呟いた。その魔人の名前はレインと言った。

 魔王の子供たちの一人。魔人レインである。

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