第24話 戦略会議と映画と便秘

 私たちは二つのチームに分けられた。

 レインとクラウド、そして私の三人が対モノクロームチーム。

 サンとウインド、そしてサンダーの三人が対プライマライトカラーズチームである。

 ……と、意味深にチーム分けなどと言っているが、実のところ会議室の席順で決まっただけである。

 私たちが戦略などを考えてチーム分けをするはずがない。そんな細かいことを気にするはずがない。

 サンとレイン以外の魔人は、どちらの魔法少女を担当したいという希望はなく、どちらも同じくらいめんどくさいので、適当に決めちゃってくれという興味なしの怠惰な魔人だったのだ。

 サンが同じチームになったウインドとサンダーに話しかけている。ウインドとサンダーは会議に出ていたものの会議の内容など微塵も聞いていなかったようで、チーム分けをされた理由すらも理解していなかった。

 目の前に立って腕を組んでいるサンをぽけーッと眺めながめているだけだった。


「サンは何してんだろう?」

「さすがサンダーちゃんだね。心のままに発言するその無邪気さはなんていうか……うん。私は好きだよ?」


 サンが二人の表情を見ながら聞いた。


「お前ら、今から何をするか把握してるのか?」


 その言葉にサンダーが答える。


「将来は分からないほうが楽しい。だろ? この戦場から帰った俺は、きれいな湖のほとりでBBQ店を開くことになるかもしれない」

「……?」


 サンが首を傾げる。


「気にしないで。サンダーちゃんは昨日の夜ハードボイルドな戦争映画を見ちゃったの」


 サンは「そうか」と一言頷いて、話を続けた。


「どうせお前らは話を聞いていなかっただろうから、簡単に説明するとだな」

「校長先生の話を最後まで聞けたためしがない。十秒以内で頼む」

「……?」


 ウインドがサンダーのことを持ち上げ、膝に座らせる。そして抱きしめるようにして口を塞いだ。


「お願いします」


 サンは首を傾げながらも説明を始めた。


「まあ最初から説明すると魔法少女プライマライトカラーズという魔法少女チームが今まで俺たちが追っていた魔法少女モノクロームという魔法少女チームとは別に現れた。俺たちは魔法少女モノクロームを殺すことができなかった経験から魔法少女プライマライトカラーズのことも殺せないのではないかと考えた。しかしなぜか魔法少女プライマライトカラーズのことは平気で殺せる。それなら全然脅威になり得ないと考えていたのだが,魔法少女プライマライトカラーズは殺しても死ななかった。奴らは生き返る。どのような手段をとっているのかは分からないがとにかく今までに二回生き返っている。それはそれで殺せないのと同じくらい大きな問題になりうる。経験を無限に積めるということだからな。よって俺たちは魔法少女モノクロームと魔法少女プライマライトカラーズそれぞれに対処するためにチーム分けをしたというわけだ。そして俺たちのチームは魔法少女プライマライトカラーズ担当チームとなった━━ここまでオッケーか?」


 サンが説明を終えて二人を見た。

 ウインドはニコニコしたまま「アハハ」と笑っていた。サンダーは「ふう」と息を吐いてウインドに寄りかかりながら言った。


「いい子守唄だった。それでサンダーは何をすればいいんだい?」

「……」


 サンは二人に現在の状況を伝えることを諦めることにした。


「もういい。だが、これだけは一応聞いとくぞ? お前ら、魔法少女プライマライトカラーズと戦う気あるか?」


 サンが問うと、ウインドが頬に手を当てながら困ったように答えた。


「やる気? うーん。ないかも。私は魔法少女と戦うなんてそんな野蛮なことはしたくないかなぁ。家事とかやってる方が私には合ってると思う」


 ウインドは魔王城の家事全般を一人でこなしている。料理はスノウが担当しているが、この広い魔王城を毎日欠かさず掃除しているのはウインドだ。

 サンもウインドの協力を得られるとは思っていなかった。というより、最初から協力を得るつもりはなかった。


「サンダーもやりたくない」

「おう。そうか」


 サンは頷くと、自分の椅子から立ち上がった。


「じゃ、俺一人でやるからお前らはいつも通り過ごしててくれ。どうせクソゾンビ魔法少女を一撃でリスキルし続けるだけの作業ゲーになっちまうだろうしな」


 ウインドがその言葉を聞いて、少し驚いたような反応をする。ウインドは魔法少女プライマライトカラーズが蘇生して生き返ったという情報を伝えられていなかった。


「え、生き返るの?」

「さっき説明したけど、全く聞いてなかったことは知ってた━━ああ、すでに俺とレインが一回づつ殺したから二回生き返ってる。何回生き返るのかは知らねェが、さすがに無限ってことはねェだろ。いつか終わることなら、いつか必ず終わるからな。長引くかもしれないが、まあ気楽にやるさ」


 そう言ってサンは会議室を出て行こうとする。その背中にサンダーがニヤリと笑いながら声をかけた。


「なんか死亡フラグみたいだね。サン死ぬのかな。そうか。悲しいな」

「悲しいならもっと感情を込めてくれよ。サンダーは俺が死んでも悲しくないのか?」

「サンって死ぬの?」

「死なねェよ」

「そういうこと」

「なるほどな」


 サンは会議室を出て行った。会話を聞いていたウインドが、サンダーの頭を撫でる。


「サンダーちゃん。今日はなんだかアメリカンでカッコいいね」


 サンダーは「まあね」と答えると、ウインドの膝から飛び降りた。


「最近アメリカの映画を見たからね。気分はロサンゼルスの夢追い人さ」

「キザだねぇ。行き過ぎてダサいねぇ」


 ●


「対魔法少女モノクロームチームです」


 サンたちとは反対側。机を挟んだ右側で話していたのはレイン、クラウド、そして私の三人だった。

 会議を仕切っているのはクラウドである。このチームのリーダーは一番やる気のあるレインなのだが、レインは会議を仕切れるような性格をしていない。

 クラウドは「とは言ったものの」と言って、肘置きに寄りかかった。


「俺たちができることって何?」


 クラウドの質問に、レインもミストも何も言わなかった。

 そう。私たちにはできることがないのである。

 魔法少女モノクロームのことを殺すことはできない。私たちは洗脳にかかっているからだ。まあ、正確には私はまだ洗脳にかかっているかどうか不明だけれど。

 私たちは魔法少女モノクロームを瀕死に追い込むことはできるのだが、トドメを刺そうとすると身体が拒否反応を示してしまうのだ。

 何も意見が出てこない状況を見たクラウドは強引に会議を進行した。


「洗脳がある限り俺たちは魔法少女モノクロームを排除することができないでしょう。だから、洗脳に関する情報を集めたいと思うのですが、反対意見はありますか?」


 レインと私が首を振る。


「はい。じゃ、そういうことで、各々洗脳について調べることにしようか。何かわかったら、そこのホワイトボードに書いていくってことで……」

「いやいや、ちょっと待ってよ」


 私はクラウドを止めた。


「洗脳について調べろって言われても何をどう調べればいいのかわからないよ。魔王城に残っている資料はサンがあらかた調べ尽くしてるだろうし、他に手がかりなんかないよ?」


 私の言葉にクラウドは張り付けられた笑顔のまま答えた。


「ハハ。バレた?」

「そりゃバレるでしょ。バレなかったらそこはきっとあなたの理想の世界よ。適当に会議終わらそうとしないで。それともクラウドには何か手がかりあるの?」

「いや? 全くないけど?」

「じゃあどうするつもりだったのよ……」

「適当に人間界を旅行してようかと。俺、北海道の海の幸が食べたいんだ。最近Yuutubuでカニの動画を見ちゃってね」

「満喫しようとしてんじゃないわよ」


 その時、レインが静かに手を挙げる。

 置物のように動かなかったレインが突然動き出したので、私は少しギョッと驚きながらレインを見た。


「どうしたの?」


 私がレインに聞くと、レインは無表情のまま話し始めた。


「俺には少し調べたいことがある。それはちょっと気になっているだけで調べないと気が済まないというだけなのだが、また、それが手がかりに繋がるかも全く分からないが、それでも調べたい」

「へぇ。何を調べるの?」


 私が問うと、レインは指先から水分を染み出させて空中に絵を書いた。


「こいつだ」


 レインが描いた絵はデフォルメされていて案外可愛らしく、レインの無表情から生み出されたものとは思えなかった。

 レインの無表情と、あの可愛さのギャップに、クラウドが思わず吹き出して笑う。

 私も吹き出す寸前だった。

 レインは無表情のまま咳払いをしたが、耳は赤く染まっていた。


「……こいつの名前はデビちゃんというらしい。魔法少女モノクロームの三人に武器を提供している小動物だ」


 水で空中に描かれたデビちゃんがクスクスと口元を押さえて笑う。


「俺はこいつが気になって仕方がない。何せこいつは、魔法少女には似合わない悪魔だからだ」


 お腹を押さえて笑っていたクラウドが立ち直る。立ち直った頃にはいつも通りの張り付けられた笑顔に戻っていたが、頬が赤く紅潮していた。


「なるほどね。そんな奴がいたのか。なんだか洗脳の犯人もそいつのような気がしてきたよ」


 そう言ってクラウドが絵のデビちゃんをつつく。


「じゃあ、レインはこの悪魔を捕まえに行くの?」


 私が問うと、レインは頷いた。


「じゃあさ、私も連れて行ってよ」


 私は寝転がっている状態から身体を起こして、目を擦りながら言った。


「どうしてミストが? こんなこと、言うまでもなく分かっているだろうとは思うけど、ミストが行っても魔法少女モノクロームのことは殺せないと思うよ?」


 私は「違うの」と首を振った。


「私もね。寝てばっかじゃなくて、たまには運動しなきゃなって思ったの」

「へえ。それは珍しい。どれくらい珍しいかというと、俺が病むくらい珍しい」

「結構しょっちゅうじゃない」


「……で、本当の理由は?」


 クラウドが問うと、私は目を逸らしてながら小さく呟いた。


「……便秘の、解消」

「答えなくてもいいのに……」



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