第25話 劣等感と金欠

「魔法少女モノクロームはどこらへんにいるの?」


 レインと共に人間界にやってきた私はレインに話しかけた。レインはクラウドお手製の『魔力保存雲』からシザースグレーの魔力を取り出した。

 『魔力保存雲』とは、クラウドの能力を簡易的に発動することができる便利道具である。魔人たちにはそれぞれ特性があり、クラウドの特性は魔力を溜めこむだった。

 クラウドはその特性を利用して魔力タンクになったり、敵の魔力を保存しておくことなどができる。敵の魔力を保存しておけば、追跡などに利用できるので、本当にクラウドは便利な奴である。

 レインは魔力保存雲から取り出したシザースグレーの魔力を覚え「よし」と頷いた。


「彼女らが通う学校という建物を特定している。そこから魔力の痕跡を追う」


 レインはそう言うと、テクテクと歩き出した。私もその後に続く──のだが、私はあることに気づいた。

 私は不安な顔をしながらレインの横に並んで、彼の横顔を見ながら言った。


「ねえ。レイン? 魔法少女モノクロームたちが通う学校まで、ここからどれくらいの時間がかかるのかな?」


 私が尋ねると、レインは無表情のまま言った。


「いつもは水の中に紛れて移動しているからものの数十秒で着くのだが、ミストにはそのような移動手段がないだろう。だから、まあ、数週間と言ったところか」


 レインが無表情のままそう言ったのに対し、私の表情は青ざめ、口角をヒクつかせていた。

 私はレインの無表情を覗き込みながら、信じられないものでも見るように語り掛けた。


「ねえ。レイン? もしかしてだけど、今から数週間歩き続ける気なの? まさかそんなわけないよね? 僧侶じゃないんだから。私なんて僧侶から一番かけ離れた存在だからね? 食っちゃ寝の化け物なんだよ?」

「ミストが僧侶じゃないことは知っている。坊主じゃないから」

「坊主じゃないから僧侶じゃないってことにすると、坊主のやつは全員僧侶ってことになりかねない?」


 私は「いやいや、というか」と手を出して話を遮りながら、魔界への入り口に戻った。


「そんなに歩くのは私には無理だからさ。レインだけでその学校って言うところまで行って、そこから改めて魔界への出入り口を開いてよ。レインってそういう器用なことも出来るんでしょ?」

「出来る。分かった」


 レインが頷くと、私は「よろしく」と一言残して魔界へ戻っていった。

 レインは少し歩いた先にある海岸から水に紛れて移動を開始した。


 魔界に戻った私は自分の不器用さに落胆していた。

 クラウドの魔力保存雲しかり、レインの蘇生や魔界への入り口を自由に作れる力しかり、魔人にはそれぞれ得意なことがあるのだが、私には私にしかできない特別なことが少なかった。

 そして、他の魔人たちには当然のようにできる高速移動なども、私にはできなかった。


「……どうして私だけ」


 小さく呟いた。

 その時、人間界への扉が開かれ、レインが顔を出した。


「着いた」


 いつもの無表情を覗かせるレインのことを見つめる。その無表情を見た私は少し表情を曇らせ、俯いた。


「ミスト、どうした?」


 私は顔をあげて「何でもないよ」と答えた。


「早いね、本当に数十秒だったよ。いいなぁ、足早くて。……今度さ。人間界への固定出入り口の位置、変えといてくれない? 私ももっと気軽に人間界行きたいから」


 私はそう言って微笑んだ。


「あの人間界への出入り口は前魔王様が設置したものだから位置を変えることはできない」

「えー。じゃあ、レインがいつだって出入り口を開いといてよ。魔人の中で出入り口を作れるのなんかレインとクラウドだけなんだからさ」

「それなら今度、クラウドに便利な『出入り口雲』を作ってもらおう。器用なクラウドならきっと出来るだろうから」

「……レインってクラウドへの信頼ヤバいよね」

「ミストのことも信頼しているぞ?」

「……うっさい。早く行こ」


 そう言って私はレインの服を引っ張った。


 ●


 魔法少女モノクロームの三人は学校を終えた後、シザースグレーの家に集合していた。

 集合していたというか、最近はロックブラックとペーパーホワイトの二人が毎日のようにシザースグレーの家で寝泊まりしているため、ほぼ同棲状態である。


「ねえ、二人とも」


 シザースグレーが真剣な顔をして二人を正座させる。


「深刻な問題があるんだけど」


 シザースグレーの真剣極まりない表情に、ロックブラックとペーパーホワイトの二人も表情を硬くした。

 シザースグレーは二人の前にゆっくりと腰を下ろし、姿勢を正した。ロックブラックが生唾を飲み込んで喉を鳴らす。

 険しい顔をして黙っていたシザースグレーが、ついに口を開いた。


「お金が、無くなってきました」


 ロックブラックとペーパーホワイトの二人がガクッと転んだ。


「何さ、そんなこと!? そんなことならもったいつけないで日常会話の最中に挟んできてよ!」


 ロックブラックが机を叩いて立ち上がる。そう言われたシザースグレーは負けじと立ち上がった。


「なッ!? そんなことって何!? 言っておくけど、原因は二人にあるんだからね!? 最近二人が毎日のように私の家できっちり三食朝昼晩食べていくから食費が爆発ボンバーなの! どうしてくれるの!? ついに私のささやかな趣味であるバイオレンス動物シリーズぬいぐるみのコレクトをやめざるをえなくなっちゃたでしょ!」

「バイオレンス動物シリーズって何!?」


 シザースグレーは精一杯の声量で叫びまくって疲れたのか、肩で息をしながら「とにかく!」とテーブルに乗り出して二人に顔を寄せた。


「これ以上私の家に住むなら自分の食費は自分で出してください!」


 シザースグレーが顔を赤くしながら捲し立てるのを聞いたペーパーホワイトが、冷静に返答した。


「……それくらいならもっと早く言ってくれてよかったのですが」


 ペーパーホワイトがシザースグレーの興奮状態に軽く引きながら、バッグの中から財布を取り出す。


「じゃあ、手始めにこちらを」


 そう言って、ペーパーホワイトは財布の中から十万円をポンと出した。


「今月分です」


 シザースグレーはその十万円を押し戻す。


「ひええええええ! 何してんの!? 私たちに支給される月給の全部じゃん! そんな気軽に渡しちゃだめだよ!」

「だって、私は本を買うのと最低限の食事にしか使いませんし。シザースグレーが管理してくれるならば、それほど楽なことはありません」

「う、うう」


 指をグネグネと動かしながら十万円にビビっているシザースグレーに追い打ちをかけるようにしてペーパーホワイトが上目遣いで迫った。


「シザースグレー。私をお世話してください」


 ペーパーホワイトは実に賢く、そして狡猾だった。シザースグレーが世話焼きであり、自分とロックブラックのことを妹のように見ていることを完全に把握していたのだ。

 シザースグレーはペーパーホワイトの上目遣いに「うっ……」と呻き声を漏らし、そしてゆっくりと十万円を受け取った。


「わ、分かりました」


 そのやりとりをそばで見ていたロックブラックが頬を膨らまして立ち上がる。


「私も持ってくるもん! 私もシザースグレーに十万持ってくるもん!」

「なんかそのセリフ怖いんだけど!? ホストにはまってる人みたいになってるけど!?」


 ドカドカと足音を鳴らしながらロックブラックが玄関へ進んでいく。


「待っててね!」


 そう言ってロックブラックは玄関の扉を開いた。

 その時だった。


「こんにちわ」


 ロックブラックの耳元に響いたその声は実に静かな声だった。今にも消え入りそうな儚い声。

 しかし、どこか楽しそうな声だった。

 ロックブラックが突然の声に驚いて、勢いよく玄関の扉を閉める。そして二人がいるリビングへ急いだ。


「シザースグレー! 怪人かも!」


 ロックブラックが『怪人かも』と、怪人であることを断定しなかったのは、彼女が魔力を感知することができなかったからだった。

 怪人が出現したとき、怪人はその身体からにじみ出る魔力を周囲に振りまきながら現れる。魔法少女たちはその魔力を感知することで怪人の出現を判断するのだが、今回は全くと言ってもいいほどに魔力を感じない。

 実際、ここまで接近されているのに、シザースグレーとペーパーホワイトも全く気付いていなかった。


「え!?」


 シザースグレーがリビングに戻ってきたロックブラックを見て立ち上がる。

 ペーパーホワイトはぬいぐるみに交じって寝ていたデビちゃんの尻尾を掴んで引き寄せた。

 三人はデビちゃんを叩き起こして、デビちゃんの中からそれぞれの武器を取り出して変身した。

 魔法少女に変身すると、魔力を感知する能力が上がる。しかし変身してからも一向に魔力を感知することはできなかった。


「……ドッキリ?」

「ドッキリだったら変身までしないよ」


 ロックブラックが玄関から目を離さずにそう言った。

 少しの間沈黙が流れた。三人は固唾を飲んで硬直していた。何も起きないことが妙に不安を煽っていた。むしろ怪人に早く現れてほしいとすら思っていた。

 その時、ペーパーホワイトが異変に気付く。


「……なんか、モヤモヤしてます」


 部屋の中に薄く靄がかかっていた。寝起きのような視界の悪さにペーパーホワイトが不快感を覚えて目を擦る。


「なんでしょうこれは…… ──ッ!」


 ペーパーホワイトはその異常に対処するため、迅速に行動を開始した。手のひらから生み出した紙吹雪を放り投げて異常に攻撃を開始する。


「どうしたの ──ッえ!?」


 シザースグレーが見たものはいつの間にか三人の中心に立っていた一人の女の子だった。まるで幽霊のように透けていて幻覚だと疑いたくなるような女の子。

 その女の子がシザースグレーに向けて手を振った。


「こんにちわ」






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