第17話 会議室? そうだっけ

 もしかして、魔人が全員揃うのは久しぶりなのではなかろうか。

 私はそんなことを考えながら、空気が冷え切った(温度はサンのせいで暑いくらいだけど)会議室を見回した。


「なんだかこの会議室を、ちゃんと会議室として使うのは久しぶりな気がするよね」


 そんなことを言うと、クラウドがいたもの張り付けられた笑顔で笑った。


「アハハ。確かにね」


 クラウドはそう言うと、立ち上がってみんなの前に立った。


「じゃあ、まずは情報を整理しよう」


 会議でまとめた情報はこんな感じだ。

 まずは新たな魔法少女について。

 すでにサンが殺してきたらしいが、私たちが今まで監視していた魔法少女モノクローム以外にも、魔法少女がいたらしい。

 それは信じ難い話であると共に,嘘であれと願ってしまう話である。

 新たな魔法少女の誕生。それが意味するところは、魔法少女の誕生には上限がないかもしれないという可能性の浮上だ。

 これから魔法少女がポンポン生み出されて、百人の魔法少女が一斉に襲いかかってくる状況を想像する。

 ……めちゃくちゃ厄介だ。

 次に洗脳疑惑の新たな仮説。

 洗脳にかけられたと思われるレインでも、魔法少女を殺すことができた。ただ、シザースグレー、ロックブラック、ペーパーホワイトの三人グループである魔法少女モノクロームのことは殺せなかった。

 このことから、洗脳にかけられている我々は、魔法少女自体を殺せないのではなく、魔法少女モノクロームに限り、殺すことができないのではないかという仮説ができた。

 この仮説が正しいかどうかはまだまだ検証が足りないけれど,そうであってほしいと思う。

 なぜなら、そうであってくれないと,私たちはこれから続々と現れるかもしれない魔法少女を誰も殺すことができず、ただ殺されるのを待つだけになってしまうからだ。

 そんなの絶対に嫌だ。

 その他にも細かな情報を交換しあったが、概ねこの二つだろう。


「レイン。レインも魔法少女を殺したんだろう? その子はなんと名乗っていた?」


 クラウドがそう聞くと、レインは顎に手を当てて悩み込んだ。

 あ、こいつ名前聞いてないな? と思った。

 サンが人間を種族単位でしか見ていないのと同様、レインも人間個人に注目するようなやつではない。


「おいレイン。まさか、名前を聞いてこなかったわけじゃないよなァ?」


 サンがそう言った。お前も最初は名前聞いてこなかっただろ。

 レインは無表情のまま答えた。


「いや、覚えている。俺からは聞いていないが,向こうが名乗っていた。確か,グリーンワンドと名乗っていた」

「……え?」


 私は思わず立ち上がる。


「待ってレイン。それは確か? 本当にグリーンワンドと名乗っていたの?」


 私が慌ててそう聞くと、レインは驚いた無表情で「あ、ああ」と答えた。


「……グリーンワンド?」


 サンが首を傾げる。


「いや、それはおかしい」


 そう言って、サンはレインに詰め寄った。


「グリーンワンドって魔法少女は俺が殺した。確かに殺した。俺とグリーンワンドの戦闘はクラウドも見ていたから確証もある」


 サンがクラウドを見ると、クラウドはその通りと頷いた。


「おいレイン。寝ぼけたこと言ってんじゃねェぞ? 失踪中にまた別の洗脳でもされたんじゃねえだろうなァ?」


 レインはサンを見ずに答えた。


「俺はお前のように馬鹿ではないから倒した相手のことをしっかりと覚えている。俺が殺した魔法少女は確かにグリーンワンドと名乗っていた」

「は? は?」


 喧嘩が勃発しそうだったので,私が間に入って二人を止める。


「ちょっと二人とも。すぐに喧嘩するのやめてくれない? もっと冷静に情報を整理しようよ」


 クラウドが立ち上がってサンとレインの肩を掴む。


「サンがグリーンワンドを殺したのは俺もしっかりと見ていたから間違いはないよ」


 サンが鼻を鳴らす。


「ただ、特に気に留めてはいなかったけれど,気になっていることはあった」


 クラウドは張り付けられた笑顔のまま真剣に語る。


「サンはグリーンワンダを殺したわけだけど、サンは彼女の死体を見たかい?」


 サンは「覚えてねぇ」と答える。


「実はね。グリーンワンドの死体は残っていなかったんだ。グリーンワンドは、サンに燃やされ絶命すると、淡い光となって消えてしまったんだ」


 サンは「そうだったか?」と首を捻っている。


「そうだ。俺の時もグリーンワンドの死体は残らなかった」


 レインが無表情のまま少し驚いた声を出した。クラウドは顎に手を当てる。


「じゃあもしかして、サンとレインが殺したグリーンワンドはただの分身だった、とかかな? それならグリーンワンドが二回死んだことにも合点がいくよね」


 クラウドの主張は非常に整合性のとれたものだったと思う。私もそれなら納得がいく。

 しかしサンとレインはその主張を否定した。


「「それは違う」」


 声が揃ってしまったことに苛ついたのか、サンが舌打ちをした。レインは気にせず続けた。


「グリーンワンドはしっかりと命を懸けていた。殺したからわかる。彼女から感じた怯えは、分身では出せない本当の感情だった」


 レインの言葉に、サンは何も言わなかった。おそらく悔しいけど同意見だったのだろう。

 クラウドは張り付けられた笑顔のままで困った表情を見せた。


「じゃあ、グリーンワンドが二回死んだことについてどう説明するんだい? あとは別人だったとかしか考えられないけど……」


 サンは矢継ぎ早に断言した。


「生き返ったんだ」


 サンは続ける。


「俺が殺したレッドソードともう一人の青い魔法少女の戦い方を見ていて思った。あんなに捨て身な戦い方は普通の魔法少女にはできねェ。奴らはきっと、何らかの手段で生き返ることができるんだ」


 ●


 シザースグレーが目覚めたのは自室のベッドの上だった。

 彼女が目を覚ますと、時刻は早朝の朝四時であり、彼女を挟むようにしてロックブラックとペーパーホワイトが眠っていた。

 二人とも、目元に涙の跡が残っていた。

 シザースグレーは気絶する瞬間のことを思い出していた。


「私。そうだ、確かレインさんと戦って、それで……」


 そして、自分の狂った言動を思い出してしまった。


「え? 何? どういうこと? 私、レインさんに向けて何を言っているの? 何も思い出せない! あの時私はどんな感情で……」


 戦っているときの自分を思い出すと、胸が苦しくなる。

 後悔が半端ない。

 あんな姿をロックブラックとペーパーホワイトに、そしてレインさんに晒してしまったことが非常に恥ずかしくて仕方がない。


「あの時の私はきっとおかしくなっていたんだ……そうだ、きっとそうだ……。どうにかして私はあんな狂った人間じゃないって分かってもらわないと……」


 シザースグレーはベッドから起き上がった。そこで自分が風呂に入っていないことに気づく。タンスを開けて、パジャマとバスタオルを取り出すと、お風呂へ向かった。

 シャワーを顔面に受けながら、自分がどうしてあんな風に狂ってしまったのか考える。


「まず、レインさんがやってきて、攻撃をハサミで防いで、そしてロックブラックとペーパーホワイトが水球に囚われちゃって、それで……」


 シザースグレーは「そうだ」と思い出す。


「レインさんが二人を殺すつもりがないから嬉しくなっちゃったんだ……」


 シザースグレーは、ロックブラックとペーパーホワイトが水球に捕まってしまった時、どうやって二人を助け出そうかと必死に考えていた。

 二人を水球から引っ張り出そうにも、レインさんがそんな隙を与えてくれるとは思わない。

 まずはレインさんをどうにかしないといけない。しかし、そんなことができるのだろうか。

 そんな風に考えていると、水球に捕まった二人の様子がおかしいことに気づく。

 二人は水の中で溺れるでもなく、藻掻くでもなく、なぜか平気で息をしていたのだ。

 二人もどうして息ができるのか不思議に思っているようだった。

 その時、シザースグレーは気づいてしまった。レインの本心に。


(レインさん。殺しに来たとか言っておきながら、殺す気なんて微塵もない……やっぱり優しい人なんだ……)


 そう思った時、シザースグレーの中で何かの感情が爆発した。そして──


「そして、私はおかしくなっちゃった……」


 シザースグレーはシャワーを浴びながらうずくまる。


「……ずるいよ。ずるいよレインさん……そんなことされたら、嬉しくなっちゃうもん……」


 シザースグレーがシャワーから出ると、目を覚ましたロックブラックとペーパーホワイトがベッドに腰掛けて、彼女を待っていた。

 二人はシザースグレーがパジャマを着て寝室にやってくると、一目散に飛びついて泣き始めた。

 ロックブラックはシザースグレーの太腿に顔を擦り付け、涙でパジャマを濡らしていた。ペーパーホワイトはシザースグレーを抱きしめて「よかった。良かったです……」と呟いていた。


「ふ、二人とも、一回離れて? 動けないよ……」


 シザースグレーは甘えん坊たちの頭を撫でながら微笑んだ。こうして三人で一緒にいれることの幸せを噛み締めていた。


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