第16話 ただいまとリフティング
「あ。なんか少し久しぶりかもですね」
そう言ったのはキッチンで料理を作っていたスノウだった。話しかけれた魔人は小さく「ただいま」と言ってから冷蔵庫を開いた。
「……今日はアイスを作ってないのか?」
「あ。申し訳ありません。レインのアイスはサンダーが食べちゃいました。最近はレインがいなかったですから……」
「……そうか」
「……えっと。作りますか?」
「作れるのか?」
「はい。すぐに」
スノウはそう言うと、左手にアイス用の食器を持ち、そして右手の人差し指を食器の上に垂直に立てた。
スノウが人差し指をクルクル回す。すると、彼女の指先から真っ白で濃厚そうなソフトクリームが生成された。
「どうぞ。今日のアイスはソフトクリームです」
そう言ってスノウがアイスを差し出す。レインはアイスを受け取ると,無表情のままお礼を言った。
「ありがとう」
「こちらこそ。そんなに嬉しそうな顔をしてくれてありがとうございます」
レインは自分用の小さなスプーンを手に取り、魔人たちが集まる会議室へ向かった。
レインが会議室の扉を開けると、そこにはサン以外の魔人の面々が揃っていた。
それぞれがそれぞれの反応を示す。
「あ」とミスト。
「レイン」とクラウド。
「おかえり」とウインド。
「誰?」とサンダー。
レインはいつもの無表情で「ただいま」と告げた。
「え。誰? ねえ、ウインド。あれ誰? 誰?」
「サンダーちゃん。確かに明日からレインの分のアイスを食べることはできなくなるけど、それは酷いと思うよ?」
「ごめんなさい。レインおかえり!」
レインが自分の席に座ってアイスを食べ始めると、クラウドが張り付けられた笑顔のままでレインに笑いかけた。
「突然帰ってきたねぇ。そんなにスノウのアイスが食べたくなった?」
「まあ、そんなところだ」
「まあ、俺もスノウのアイスが食べられなくなったら、一週間でホームシックになる自信があるよ。だからレインはよく頑張った方だと思うよ?」
「ありがとう」
「……うん。じゃあ、そろそろ変な小芝居はやめて本当の理由を話してよ」
「……わかった。本当の理由を話す」
レインの言葉に、クラウドとミストが注目する。
サンダーは頭だけでサッカーボールをリフティングしていた。ウインドはサンダーのリフティングを手を叩きながらカウントしていた。
「俺が帰ってきたのは、魔法少女を排除したからだ」
レインはそう言った。
その言葉を聞いたクラウドとミストは目を丸くする。
それもそのはずだった。レインは既に洗脳にかけられていて、魔法少女を殺せるはずがないからだ。
「そして、魔法少女を排除できなかったからだ」
「ッ……。なんだよ。排除できなかったのかよ」
「魔法少女には殺せる奴と殺せないやつがいるらしい」
レインは一口アイスを口に含んで、その甘みを楽しんでからもう一度話す。
「この前、俺の前に一人の魔法少女が現れた。その魔法少女は俺たちが目標としていた魔法少女ではなかった。その魔法少女は妙に好戦的で、自信満々だった。だがとてつもなく弱かった。魔力はなんだか嫌な感じがしたが、しかし経験が足りな過ぎる。そんな魔法少女だった」
レインはもう一度アイスを口に運び、舌で転がす。ゆっくりとアイスの甘味を楽しんでからレインは続けた。
「俺はその魔法少女と戦った。そして、殺した。何も考えずに。気づいたときには魔法少女を殺していた」
レインはもう一度アイスを口に━━運ぼうとしたところで、ミストにスプーンを取り上げられる。
ミストは取り上げたスプーンを口に含み、アイスを舐めとった。そして、テーブルにスプーン叩きつけて言った。
「テンポが悪い。話してから食べて」
レインは少し悲しそうな無表情をしながら話し始めた。
「魔法少女を殺すことができた俺は、目標の魔法少女も殺せるんじゃないかと考えた。幸い、俺は目標の魔法少女の魔力を覚えていたから、すぐに見つけることができた。それで、戦ってみた。シザースグレーはこの短期間で非常に強くなっていた。俺にダメージを与えるほどに強くなっていた。でもやっぱり俺の方が強かった。俺はシザースグレーを追い詰め、そして殺そうとした」
レインはこの長文を一息で言い切った。レインの早口を聞いたことがなかったクラウドは、その似合わなさに吹き出して笑った。
レインはクラウドの様子を気にせず、机に突っ伏して言った。
「でも……殺せなかった」
レインはスプーンを手に取った。
「俺にはシザースグレーを殺すことができなかった。それはおそらく、シザースグレーの仲間も同じことだと思う。殺せないはずの魔法少女が殺せたり。殺せたと思ったらやっぱり殺せなかったり。もうなんだか疲れた。だからとりあえずスノウのアイスを食べようと思って帰ってきたんだ」
レインは溜息を吐いた。ミストは「そう」と言いながら、レインからスプーンを奪い取る。
「え。スプーン……」
「新しいやつ使って」
ミストはレインに新しいスプーンを渡すと,笑って言った。
「レインって頭よさそうに見えるのに、案外馬鹿だよね。やっぱりサンと似てる」
「それは嫌だ」
「サンも嫌だって言ってた」
レインはミストからスプーンを受け取ると,アイスを小さく掬い、ちびちびと舐めた。
ミストはクラウドを見た。
「クラウド。これってさ。魔法少女が増えてきてるってことだよね」
「そうだね。サンも魔法少女に出会っていたし。『魔法少女は一組しか生まれない』という考えに囚われていたけど、案外魔法少女はいくらでも現れてくるのかもしれない。もしかしたら無限に魔法少女が生まれ続けるなんて可能性もあったりして……」
クラウドはふざけてそう言ったが、ミストはちっとも笑わずに真剣な顔をして言った。
「そんなことになったら、さすがの私達も危ない?」
ミストが全く笑わなかったことに少しだけショックを受けたクラウドだったが,いつもの張り付けられた笑顔のままで両手を組み、そして言った。
「いや、サンとレインの実例から考えると、新しく生まれ始めた魔法少女は殺せるんだと思う。だから早めに殺してしまえば、そこまでの脅威ではないと思うけど……」
その時、会議室の扉が勢いよく開かれた。サンダーが扉を買って開ける時のように乱暴な開き方だった。
「1056! 1057! 1058!?」
サンダーはずっとリフティングを続けていたが,扉が突然開かれたことに驚き、ボールを床に落としてしまった。
「う、う、うわぁぁぁぁ!!!」
サンダーが叫ぶ。しかし、扉を開けた魔人はそんなことを気にせずに会議室の中を直進した。
「てめェ! レイン! どの面下げて帰って来やがったァ!」
そう叫んだのはサンだった。
「てめェ! サン! どの面下げて私のリフティング最高記録を邪魔しやがったァ!」
そう叫んだのはサンダーだった。
「てめぇ! この音信不通雨天鈍感野郎!」
「てめぇ! このドア開け乱暴太陽ビカビカ野郎!」
サンに噛み付くサンダーのことをウインドが回収した。
「ウインド離せ! アイツは私のリフティング最高記録を消しとばしやがった! そんなの許せるかよ!」
「サンダーちゃん。空気を読む努力をしようね」
サンがレインの胸ぐらをつかんで強引に立ち上がらせた。
「レイン!」
「サン。ただいま」
そんなレインの言葉に、サンは胸の炎を燃え上がらせた。
「ただいまじゃねェよ! 連絡もせずいつまでもふらふらしやがって! みんなに心配かけてんじゃねェよ!」
(良い奴かよ)
(優しいかよ……)
(いい子だなぁ)
(リフティング……)
胸ぐらをつかまれているレインはサンの炎に水をぶっかけた。
「てめェ!」
水をかけられたサンがレインを殴ろうと拳を握った。しかしクラウドがその拳を止めた。
「落ち着きなよ、サン。一回座ろう。レインが面白い情報を持ってきてくれたから一度みんなで情報を整理しようじゃないか」
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