第15話 天使のてんちゃん!

「レインさん! 感じていますか!?」


 シザースグレーの怒涛の攻めに、あのレインも少し苦戦していた。というのもシザースグレーがこの戦いの中で異常な速度の成長を見せているからだ。

 彼女は不気味な笑顔を見せながら,レインのことを攻め立てていた。

 レインがシザースグレーの攻撃を全て避けるか、受け止めざるを得ないのは、シザースグレーがハサミに魔力を纏わせ始めたからだ。

 もしもレインがシザースグレーの攻撃を受けてしまえば、シザースグレーの魔力が身体に流れ込み、動きを止めてしまうだろう。

 ハサミに魔力を纏わせるという器用な芸当を、シザースグレーは激しい戦闘の中で習得してみせた。

 本人はそれを意識的に行っているわけではないようだが、それでも脅威的な成長である。

 シザースグレーの頭の中は喜びで埋め尽くされていた。

 敵うはずがないと思っていたレインに、自分の攻撃が通じている。自分の攻撃がレインの頭を牛耳っている。シザースグレーにとって、その事実は上質な興奮材料だった。


「レインさん! レインさん!」


 シザースグレーは、自分が何を発案しているか理解していない。彼女は今、戦いに酔っている。

 レインも防戦一方というわけではない。

 シザースグレーの攻撃は確かにレインにとって厄介極まりないものだが、しかし近接戦闘ではまだまだレインの方が実力が上なのだ。

 レインはシザースグレーのハサミに合わせて攻撃を当て、彼女の体勢を崩した。

 そして、すかさず彼女の腹部に掌底を食らわせた。


「ぐふッ……」


 シザースグレーが呻き声をあげて吹き飛ぶ。そのままの勢いで地面を転がり、背後にあった木に激突する。

 呼吸がままならず苦しそうなシザースグレーに、レインは高水圧レーザーを放った。シザースグレーはハサミを縦にしてそれを防ぎ、間一髪、命を取り留めた。

 しかし、シザースグレーはうずくまったまま動かずにいた。レインはそれを見て,すかさず距離を詰める。

 シザースグレーが手元にあった適当な石をレインに向かって投げた。

 レインはその石を念入りに避けた。普段は物理攻撃など避けるまでもなく自分の体をすり抜けるのだが、シザースグレーが石にまで魔力を纏わせてみせたからだ。


(自分の武器ではない物体に魔力を纏わせるのは、相当難しいはずだが)


 レインは警戒しながらシザースグレーに接近するそして、彼女のそばにしゃがみ、おでこに人差し指を押し当てた。


「終わりだ」


 レインはそう言った。


「どうですかね」


 シザースグレーがニヤリと笑う。レインは背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「うッ……」


 レインの身体をシザースグレーのハサミが貫通していた。無防備な背後からの一突きである。

 ハサミが貫通したこと自体は特に問題はない。レインの身体は魔力で構成されており、単純な物理攻撃は意味をなさない。

 問題はそのハサミが纏っている魔力の方である。

 レインの身体にシザースグレーの魔力が流れ込む。レインの身体が無意識に自分以外の魔力へ拒否反応を示し、電気でも流されているかのように痙攣した。


「ど、どうやって……」


 レインは蹲ったままのシザースグレーを見る。彼女は確かにハサミを抱えていた。しかし、自分の身体も確かにハサミで貫かれている。

 シザースグレーは答えた。


「分解……したんですよ」


 シザースグレーが抱えているハサミは片刃だけだった。レインの体を貫通しているハサミも片刃だけである。


「そ、そんなことまで……」


 レインはシザースグレーの急成長に驚いていた。シザースグレーはレインの表情を見て嬉しそうに微笑む。


「嬉しいです……」


 そう言いながら、シザースグレーはレインの身体を貫いているハサミに触れた。そしてさらなる自分の魔力を流し込んだ。


「レインさん!!!」


 そう叫んで、レインの目を見る。


「感じてッ! 私をッ!」


 しかし、次の瞬間。

 シザースグレーの目から光が消えて、ゆっくりと彼女は崩れ落ちた。ハサミから手が離れ、魔力が消えていく。レインの身体を貫通しているハサミからも魔力が消えた。

 レインは荒い息をしながら汗を垂らし、シザースグレーを見つめた。


「魔力切れ。か……」


 シザースグレーの身体には一滴の魔力も残っていなかった。レインは自分の身体に突き刺さっているハサミを引き抜いて、よろめきながら立ち上がった。

 そしてハサミをシザースグレーのそばに転がすと,手のひらに魔力を貯めた。


「シザースグレー。お前はよく頑張った。正直、危なかったのかもしれない」


 レインは、地面に倒れて動かないシザースグレーに向けて魔力を溜めながらそう言った。


「大丈夫だ。お前の仲間もすぐに殺してやるからな」


 ●


 シザースグレーとレインの壮絶な戦いを、ロックブラックとペーパーホワイトは眺めることしかできなかった。

 二人はレインが作り出した水球の中に拘束されてしまい、ずっと脱出できていなかった。


「シザースグレーッ!!!」


 ロックブラックの叫びは水の中に虚しく消えた。


「どうしよう! どうしよう! このままじゃシザースグレーが!」


 焦るロックブラックの隣でペーパーホワイトはシザースグレーの様子に違和感を覚えていた。

 ペーパーホワイトは見たことがなかった。シザースグレーがあんなにも楽しそうにしている表情を。


「シザースグレーは何が楽しいのでしょう。あの魔人の恐怖は尋常ではない。実際、私はあの魔人に気づいたとき、身体が凍ってしまった」


 ペーパーホワイトの身体は今も恐怖で震えている。


「怖い。そのはずなのに。どうしてシザースグレーは笑顔なのでしょう。それも私たちに向けるような優しい笑顔ではなく、周りなど気にせず、自分のことだけを考えているみたいな、傍若無人な笑顔……」


 今のシザースグレーはペーパーホワイトに優しく微笑むシザースグレーではない。


「今のシザースグレーは、そう、まるで、狂愛者みたい」


 頬を赤く染め、狂ったように笑い、叫ぶ散らす。


「どうしちゃったの。シザースグレー……」


 その時だった。

 シザースグレーがレインの掌底を受けて吹き飛び、木に激突する。


「「シザースグレー!?」」


 ロックブラックとペーパーホワイトの叫び声が重なる。

 シザースグレーのピンチに二人はいてもたってもいられず、どうにか拘束から抜け出そうと暴れた。


 ロックブラックは「うあああああ」と叫びながら何度も力を込め、拘束を解こうと暴れている。いつも冷静なペーパーホワイトでさえ、泣きそうになりながら拘束に抵抗していた。

 しかし、シザースグレーが反撃の一手を打つと、二人の表情は一気に明るくなった。

 レインの背中にシザースグレーのハサミが突き刺さったのだ。どうやったのかは分からないが、シザースグレーのハサミが分解して,まるで吸い込まれるようにグサリと、レインの背中に突き刺さったのだ。


「やった!」


 シザースグレーがレインに魔力を流し込んでいるのを見て、ペーパーホワイトは無表情などかなぐり捨てて叫んだ。


「シザースグレー! がんばれ! がんばれ!」


 シザースグレーを応援するしかない状況に、二人は自分の無力さを嫌というほどに感じていたが,この瞬間ばかりはそんなことすらも忘れてシザースグレーを応援した。

 ただ、シザースグレーがレインを倒してしまうことを切に願っていた。レインを倒し、シザースグレーが幸せになってくれることを、切に。願っていた。

 よって、次の瞬間に二人は、一気に絶望に堕とされた。


「え。」


 ロックブラックが呆けた声を出した。


「嘘。」


 ペーパーホワイトでさえ、目の前で起こったことを理解できなかった。

 どう考えても優勢だったシザースグレーが、意識を失って地面に倒れてしまった。

 電池が切れたように崩れ落ちてしまった。


「シ、シザースグレーッ!?」


 ロックブラックが暴れる。ペーパーホワイトは一足先に諦めの底へ堕ちていた。

 レインが立ち上がり、シザースグレーのハサミを体から引き抜いて、地面に転がす。

 そして、手のひらに魔力を溜め始めた。

 溜めながら何かを喋っているようだが、水球に包まれてる二人には何も聞き取ることができていなかった。


「やめろ! やめろぉ!」


 ロックブラックが拘束を解こうと暴れる隣で、ペーパーホワイトは静かに「やだ。やだ」と涙を流しながら呟いていた。

 青い光が周囲に満ち、そしてレインがシザースグレーを殺そうと魔力を放った。


「ああああああ……!!!」


 しかし、その魔力が放たれることはなかった。

 シザースグレーの前でレインが頭を抱えながら呻いている。

 その時、二人を拘束していた水球が崩れ落ちた。二人の耳にはレインの呻き声が聞こえていた。


「ダメだ……できない……。なんでだ……この前はできたのに……」


 二人のうち、先に行動を開始したのはロックブラックだった。彼女は水球から解放されると、すぐさま走り出してシザースグレーの元へ急いだ。

 それを見たペーパーホワイトも行動を開始して,手のひらの中で小さな紙飛行機を作った。


「死ねぇぇぇぇ!!!」


 ロックブラックがレイン目掛けて目一杯の拳を振るう。しかし、彼女の拳はレインの身体をすり抜けるのみで,なんの意味も成さなかった。

 レインはロックブラックの攻撃など気にもせず、頭を抱えて混乱を続けている。

 ロックブラックはレインに攻撃が通じないと分かると途端に怖くなってしまい、気を失っているシザースグレーの身体を掴んだ。


「ロックブラック!」


 その時、ロックブラックのもとに巨大な紙飛行機が飛んでくる。ホワイトペーパーの紙飛行機だった。

 ロックブラックはシザースグレーを抱え,その紙飛行機に飛び乗った。


「もうわからん…。死にたい……」


 レインは頭を抱えて途方に暮れていた。


 ●


 魔人の巣窟。もとい会議室に戻ってきたサンは少し落ち込んだ様子だった。

 サンはいつも元気いっぱいと言うか、いつも怒っている印象があったので、私はその意外な姿に興味を持ってしまう。


「……ただいま」


 どれだけ落ち込んでいても、しっかり『ただいま』を忘れないサン。さすがだ。


「どうしたの? サンが落ち込んでるなんて珍しい」


 私はサンに話しかけた。表情ではサンのことを心配している風を装ったが,実のところ面白がってしかいなかった。


「別に」


 サンはそう言った。……いや、何もなかったわけがないでしょ。

 私は、サンの顔を覗き込みながら追求する。


「いやいや、別にってことはないよね。サンがそんなに落ち込むなんて、魔王様に叱られた時以来じゃん」

「その話はすんな」


 サンは自分の椅子に座ると、後頭部に手を当てて椅子を揺らした。


「弱かったんだよ。思わず同情してしまうほどに」


 サンは自分が殺した魔法少女のことを指折りしながら思い出していた。


「一人は前に殺したグリーンワンド。今日殺したのはレッドソードってやつと、あと弓矢を使ってた……」


 そこまで言って、サンは深く溜息を吐いた。


「また名前聞き忘れた……」


 サンはもう一度大きな溜息を吐く。さんのテンションが下がっていくのに反比例して,私のテンションは上がっていった。


「サンの胸の炎が蝋燭みたいになってる! ウケる!」


 私がそう言って飛び跳ねると,サンが私を指差していった。


「そういうお前は身体がぼやけてきてんだよ。ジメジメすっからやめろ」


 そこへクラウドがやってきて、椅子に座りながらサンに話しかけた。


「サン。殺してきちゃったのかい?」


 クラウドに問われたサンは、私のことを霧消させながら言った。


「殺してきたよ。でも悲しくなっちまった。相手が弱すぎて、弱い者いじめしてるみたいになっちまってな」

「弱い者いじめは良くないね」

「だから、二人目は一撃で終わらせた。一人目はちょっと遊んじまったから悪いことをしたな」


 サンはそう言って立ち上がる。


「気分転換にスノウのアイスでも食べるわ」

「そろそろ夕飯だから作ってくれないんじゃない?」

「俺は今日頑張ったから、たぶん作ってくれるだろ」


 サンが会議室を出て行くと、サンに払われてしまった私はいつもの定位置に姿を現して、クラウドに話しかけた。


「相手が弱いから落ち込むって、ちょっとよくわからないかも」


 クラウドは私の言葉に頷く。


「そうだね。相手が弱いに越したことはない。だから、弱ければ弱いほど嬉しいよね」


 クラウドはそう言いながら、顎に手を当てた。


「多分サンは、戦闘に夢を見ているんだよ。レインとの喧嘩のような、気持ちの良い、激しい戦闘をしたいんじゃないかな」

「……じゃあ一生レインと喧嘩してればいいんじゃない?」

「ハハ。それは名案だ」


 遠くの方からサンダーの声が聞こえる。


「サンだけずるいー!」

「お前はさっきも食べたんだろ! 夕飯食べれなくなるからダメだ!」


 私は思わず微笑んだ。


 ●


 魔法少女プライマライトカラーズ。グリーンワンド、レッドソード、そしてプルーアローが目覚めたのは、白いベッドだけが置かれた無駄に広い部屋だった。キャッチボールができそうな広さである。

 純白の白とはいえ、ここまで真っ白いと不気味というか、悪趣味というか、センスがないというか。

 三人の中で最初に目覚めたのは私。グリーンワンドこと緑川ヒスイだった。

 私は目を覚ますと、ぼやけている頭を抱えながら、自分がこの部屋に寝ている理由を考えた。


「私、さっきまで何をしてたっけ……」


 長い間眠っていた気がする。昨日の記憶がない。


「というか私、昨日、目を覚ましたっけ」


 周りを見ると、レッドソードこと赤井ヒイロと、ブルーアローこと青海ソウも眠っていた。キングサイズのベッドとはいえ、川の字で寝るには少々大きさが足りない。その証拠にヒイロが私に抱きついている。抱きつかないとベッドから落ちるからだ。

 私はヒイロの腕の中からスルリと抜け出し、改めて二人の寝顔を見てみた。

 二人とも、穏やかな寝顔である。まるで、死んでいるみたいに。

 私は二人の頭を撫でながらクスリと小さく微笑んだ。


「あれ。起きた?」


 遠くにある真っ白い扉が開かれる。そこから入ってきたのは頭の上に光輪を浮かしている不思議なマスコットのような小動物だった。

 私たちは彼(彼女?)をてんちゃんと呼んでいる。理由は天使みたいな見た目だからである。


「てんちゃん」


 私が話しかけると、てんちゃんは羽をピクピクと動かしながら近づいてきた。

 てんちゃんが私のおでこに触れる。


「うん。正常に蘇生できたみたいだね」

「蘇生?」


 私が首を傾げると、てんちゃんは「あらら」と驚いた。


「もしかしてヒスイ。何があったかを覚えてないの?」


 私は小さく頷いた。するとてんちゃんは顎に手を当てる。


「うーん……あ。」


 てんちゃんは少しの間悩んだ。しかし、何かに気付いたのか目を丸くしながら顔を青ざめさせた。


「ア、アハハ。そっか。今回死んだのはヒイロとソウだけだったっけ……間違えちゃった……」


 てんちゃんが何やら苦笑いをしているが、私にはその声を聞き取ることができなかった。


「てんちゃん?」

「あ、いや! なんでもないよ! へへ!」


 てんちゃんはおどけてヘラヘラ笑う。そしてベッドの上に降り立つと、ヒイロとソウのおでこに触れた。


「よし! 二人のこともしっかり蘇生できてるみたいだ! じゃあ、いつもの人間界に送るから、ヒスイも寝っ転がって!」


 私は何が何だかわからなかったが,てんちゃんの言う通りにもう一度ベッドへ寝転がった。

 てんちゃんがガッツポーズをして話しかけてくる。


「ヒスイ。魔人は強いけど負けないで! いや、違う。負けてもいいけど挫けないで! あいつらは殺さなきゃいけない存在だから、一刻も早く殺しちゃってね!」


 てんちゃんはそう言って、明るい笑顔を見せた。


 私はベッドの天蓋を見つめながら「わかった」と呟き、そして目を閉じた。

 次に目を開けたときには、自室のベッドの上に転送されていた。

 ベッドから起き上がってヒイロとソウの部屋を巡る。

 そして、二人がしっかりと眠っていることを確認してから、キッチンに立ち、いずれ起きてくる二人のために料理を作り始めた。

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