第14話 執着と高揚

 レインがやっとの思いで発音した言葉は「え?」だった。

 本気の困惑。戦闘の最中に目の前の魔法少女が何を言っているかわからなかった。

 自分でもどうしてそんなことを叫んだのかよく理解していないシザースグレーは、困惑するレインを見て恥ずかしさが限界を突破したのか「うわあああああ」と叫びながら走り出し、レインに向けて鋭いハサミを突き出した。

 レインは状況の複雑さから,どうしても攻めることができず,受け身に回ってしまった。


 ところで、レインの強大な水球に取り込まれてしまったロックブラックだったが、その中では何故か呼吸ができ、少し涼しく、怖いことには怖いのだが、どう考えても死にそうにない状況だった。


「どゆこと?」


 隣で拘束されているペーパーホワイトを見ると、彼女も同じ状況にあるようで、ロックブラック同様、首をかしげていた。

 そんなロックブラックは不思議と言うか、信じられないというか、とにかく現実とは思えない光景を目にしていた。

 それは、あの尊敬すべきシザースグレーが、乙女のような表情を浮かべながら戦っているのである。

 頬を少し赤く染めて、まるであの恐ろしい魔人と戦うことを本気で楽しんでいるかのようだった。


「……どゆことォ?」


 何もわからないロックブラックの隣で、ペーパーホワイトもロックブラック同様,大きく首を傾げていた。


 突然戦闘を開始して、ラインを圧倒していたシザースグレーだったが,彼女が優勢の立場を握れていたのはほんの数秒だった。

 さすがにシザースグレーとレインの間には、大きな差があるようだった。

 先ほどレインにダメージを与えることができたのは、レインがあまりにも油断していたからだった。

 しかし、現在は真っ向からの真剣勝負。

 シザースグレーはレインにまだまだ歯が立たなかった。

 しかし、それでもシザースグレーの表情は明るかった。

 シザースグレーは高揚していた。

 それがどうしてなのかはシザースグレー自身ですら理解できていない。シザースグレーは感情豊かな少女だが、そのような感情が芽生えたのは初めての経験だった。

 レインの激しい攻撃がシザースグレーを襲う。シザースグレーは攻撃を受け止め、受け流し、避け続けた。

 確かにレインは完全に優勢だったが,彼の攻撃は何故かシザースグレーの身体を捉えなかった。

 レインの口元が少し歪む。


「……なぜ届かない」


 レインは自分の攻撃がシザースグレーに届かないのを見て、一度距離を取った。一度体制を立て直そうと試みたのだ。

 シザースグレーは荒い呼吸をしながら笑っていた。


「ひひ」


 不気味に笑うシザースグレーを見て、レインは背筋を冷やす。


「……レインさん」


 シザースグレーは笑顔のまま話しかけた。


「前回までは私のボロ負けでしたけど、私、レインさんを後退させるまでに強くなりましたよ!」


 シザースグレーは本当に嬉しそうにそう言った。

 その全力の笑みに、レインは小さな声を返す。


「何が楽しいんだ?」


 そう聞かれたシザースグレーはハサミの刃をなぞりながら言った。


「私、レインさんに負けたことが悔しくて悔しくて、前回からずぅぅぅぅっと考えていたんです。脳内でレインさんと何百回、いや、何千回と戦って。訓練もレインさんとの戦闘を意識したものに変えて……。そして今日、修行の成果が実を結んだことを実感できて……それがとてもとっても楽しくて!」


 レインは魔人として生まれ、恐れというものを感じたことがなかったが、今、シザースグレーに対し、確かな恐れを抱いていた。

 いつも無表情のレインだったが、生まれて初めての感覚に戸惑い、笑うしかなかった。

 ゆっくりと深呼吸をしながらシザースグレーを見つめて言った。


「……怖いな」


 レインのその言葉に、シザースグレーは感情顕に歓喜する。


「もっと私で感じてください!」


 レインは無表情を崩して苦笑いをした。


 ●


 サンは魔法少女を探していた。


「ちゃんと顔を覚えないといけねえんだな」


 サンは魔法少女のことを『人間の中のちょっと魔法が使える奴ら』程度にしか認識していなかった。

 よって、自分たちが排除しようとしていた魔法少女が、どのような人間なのかを全く把握していなかったのだ。

 それゆえの勘違いでめっちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。


「同じ時代に魔法少女が二組存在した記録がねェのが悪いんだよ」


 魔法少女が同じ時代に二組現れることは魔王城に残されている記録には残されていなかった。サンは記録を重要視するあまり、そのような例外があるだなんて考えもしなかったのだ。

 サンは自分が信じてきた魔王城の記録を疑い始めていた。魔法少女が洗脳を使っただとか、魔法少女が二組いるだとか、今回はイレギュラーなことが多すぎる。


「まあ、あの情報も数百年前のものだから仕方ねえのかもな」


 そう頷きながら、上空を飛んだ。

 その時、サンの前に突然一人の少女が現れる。


「やあ」


 少女は気楽に手を振ってサンの前に立ちはだかった。

 サンは上空を飛んでいた。ということは少女も空を飛んでいることになる。それを目の当たりにした時、サンの中で人間の印象がまた大きく揺さぶられた。


「人間が飛んでる……」


 サンは足から噴射していたジェットを止め、その場に停止して少女を見た。おそらく魔法少女だろう。いや、おそらくではなく確実に。

 前回サンが排除した魔法少女とは違う魔法少女だった。


「誰だ」


 サンの言葉にその魔法少女はやれやれとジェスチャーしながら面倒くさそうに息をついた。


「教えないとダメかな。私はただ、君を殺したいだけなんだけど」


 サンはその少女の態度に少しイラついた。というよりも、人間に名前を教えてもらう工程の煩わしさにイラついた。

 しかし苛立ちによって高ぶる炎を、深呼吸をして抑え込んだ。


「ダメだ。自己紹介は大事だからな。俺は戦う相手の名前を、しっかりと覚えることにしたんだ」


 サンは前回の失敗をしっかりと反省するタイプである。サンは自分の胸に親指を向けて言った。


「俺はサンだ。魔人のサン」


 サンの自己紹介を聞いた魔法少女は、天に拳を掲げながら言った。


「私はレッドソード。お前を殺す神の剣だ」


 魔法少女レッドソードはそう言うと、天に掲げた拳を開く。すると彼女の手のひらの上で魔力の紅玉が輝きを放ちだす。その魔力の紅玉は徐々に形を変え、剣の形を形成する。


「じゃ、自己紹介も終わったことだし、さっさとやろう!」


 レッドソードはそう言って、赤く煌々と煌めく剣を構えた。


「好戦的なのは嫌いじゃねえぜ」


 サンは手のひらにバチバチと燃える炎が、赤い閃光を放ちだした。


「来いよ。あいつと同じように殺してやる」


 レッドソードがサンに向かって空を駆け出した。そのスピードは大したものだったが,さんが対応に困るほどの速度ではなかった。

 サンはレッドソードを迎え撃つように、手のひらから炎を放射した。

 レッドソードは自分の視界が完全に炎で覆われるのを見ていた。しかし彼女の心に恐怖はなかった。

 レッドソードは自分の体が燃えることなど厭わず,炎の中を直進した。剣を振り,炎をかき分けながら一直線に進む。

 無謀とも思える戦い方だったが、そのおかげでレッドソードは、サンの懐に入り込むことができた。

 さすがのサンにとっても、その無謀な戦い方は要素外だったようで少々驚いた顔を見せる。

 レッドソードの神速の一太刀がサンを襲った。弧を描く一太刀が、サンのことを切断する━━


「ちょっと驚いたが、決め手がこれじゃダメだな」


 切断されたように思われたサンは、片手でレッドソードの剣を受け止めていた。人差し指と親指で白羽どりである。

 レッドソードは自分の攻撃が頭簡単に止められてしまった事実に驚き、一度距離を取ろうと後退しようとする。

 しかし、サンがレッドソードの剣を掴んで離さなかったので、レッドソードの体がガクンと止められてしまった。


「離せッ!」

「やだね」


 サンの手のひらの炎が大きく膨らむ。そして輝きを増し続ける。


「くッ!」


 レッドソードは剣から手を離して、サンから距離を取る。


「遅い!」


 サンの手のひらの炎が大爆発を起こした。レッドソードは爆発に巻き込まれることはなかったものの、熱風に襲われてしまった。


「がッ、あ゛ッ!」


 熱風を吸い込んでしまったレッドソードは喉と肺を焼かれてしまい呻き声を漏らす。


「苦しいよな」


 サンがレッドソードに話しかける。


「人間は熱いと死ぬ。それくらいは俺も知ってるからな」


 サンは憐れむような目でレッドソードを見た。

 しかし、レッドソードは笑っていた。


「へへ。油断してたわけじゃないけど、グリーンワンドを殺しただけはあるってことか……」


 レッドソードは喉を押さえながら拳を天に掲げる。すると、サンが奪ったはずの剣がレッドソードの手のひらに現れた。

 サンは目を丸くして自分が掴んでいたはずの剣を見る。そして言った。


「なんだァ? その剣、何本もあんのかァ?」


 レッドソードはニヤリと笑う。


「光から生み出す神の剣だからね。無限なのさ!」


 レッドソードはもう一度剣を構えた。それに対し、サンは頭を掻きながら少々面倒臭そうに溜息をついた。


「前の奴もそうだったけどよぉ。お前ら、自分に自信がありすぎじゃねえか?」


 サンは頭を掻きながら隙だらけの姿を晒す。


「お前ら、自分が思ってる弱いぜ? そこら辺の魔族にも負けんじゃねえの?」

「魔族? わけわかんないこと言ってんじゃねえよ」


 レッドソードはあからさまに腹を立て始めた。表情が強張り、剣を握る手にも力が入る。


「俺に挑む前にさァ、もっとちゃんと修行して来いよ……」


 サンが「ハァ~」とわざとらしく溜息を吐くと、レッドソードが空を切り、目にもとまらぬスピードで突っ込んできた。


「ぶっ殺す!」


 サンはレッドソードを迎え撃つ。レッドソードの全体重を乗せた渾身の一撃を真正面から受け止める。

 その一撃は怒りに任せた一撃だった。故に、隙だらけだった。

 サンがやろうと思えば攻撃を受け止める前に攻撃することもできた。

 しかしサンはわざわざ受け止めた。

 それは、サンの良心だった。

 攻撃を右手で受け止めたサンは、左手でレッドソードを掴み、思い切り爆発させた。


「がッ……」


 レッドソードの体が弾け飛ぶ。肩から右腕が地上へ落下していった。

 サンは言った。


「命の無駄遣いだ……可哀想に……」


 レッドソードは間もなく絶命した。サンが手を離すと、レッドソードの身体が静かに地上へ落下していく。

 サンはそれを見下ろしながら、もう一度つまらなそうに溜息を吐いた。


「こんな嫌な気分になるなら、自分でケリをつけるとか、意地を張る必要もなかったかもな」


 サンは他の魔人たちに言った照れ隠しの一言を思い出して後悔した。

 その時。

 地上から伸びた青い一閃がサンの身体を貫いた。


「!?」


 サンは突然の攻撃に驚き、攻撃が飛んできた方向を見た。しかしサンからは何も見つけることができない。


「チッ。遠距離はめんどいな」


 サンの身体は一閃に貫かれたものの、何もなかったかのように修復されていた。それもそのはず,魔人にはあらゆる物理攻撃が効かない。

 サンは超遠距離攻撃に対し、どう対処しようかと頭を捻らせた。その時、もう一筋の青い閃光がサンを貫こうと風を切りながら飛んできた。


 ●


「負けたか」


 レッドソードの欠けた身体が、空から落下してくるのを見ていた。

 彼女は青海ソウ。魔法少女としての名前はブルーアロー。

 ブルーアローは少し前にレッドソードに言われた言葉を思い出していた。


『ソウさんは手を出さないでよね! ヒスイちゃんの敵討ち(笑)はボクがするんだから!』


 ブルーアローは弓を弾きながら小さく呟く。


「ヒイロ。君が死んだなら手を出しても構わないよな」


 そう言って、青い閃光の矢を放った。

 その矢は狙い通り,先程までレッドソードと対峙していた魔人の心臓めがけて一直線に飛んでいった。

 そして、貫いた━━

 しかし、その一撃は魔人の身体を突き抜けただけで、怪我の一つも負わせることができなかったようだ。

 ブルーアローの視線の先で魔人が面倒臭そうに頭を掻いているのが見えた。


「……人間基準で考えていたな。魔人にも心臓があるものだと思っていた」


 ブルーアローは自分の根本的な思い込みに気づき、少し恥ずかしくなる。

 周りをキョロキョロと見回しながら、自分の醜態を誰にも見られていないことを確認する。

 魔人は今も、ブルーアローを探しているようだった。それを見たブルーアローは移動を開始する。場所を特定されることが、遠距離で戦うブルーアローにとって一番あってはならないことである。


「それにしても、ヒイロはあっさり殺されていたな。魔人というのはそれほどまでに強大な実力者なのか」


 ブルーアローは、レッドソードがああもあっさり負けるとは思っていなかった。少なくとも相打ちに持ち込むくらいはすると思っていた。

 二人とも動けなくなった時に、自分がとどめを刺せばいい、と思っていた。

 それがまさか、魔人と一対一で戦うことになるとは。

 溜息を吐きながら走る。

 場所を移動したブルーアローは空に浮かぶ魔人に狙いをつけながら考えた。

 先ほどブルーアローが放った弓矢は魔人の身体を確かに貫通していた。心臓がないにしても,貫通しているのだから、それなりにダメージはあって然るべきである。

 それに━━


「次の矢を放ったら場所を特定されるだろうな……」


 おそらくあの魔人は、一度目の攻撃で警戒を強めてしまっただろう。次は確実に場所を特定してくる。

 ブルーアローの頭の中でさまざまな思考が巡る。

 しかし、最終的に出てきた結論は、あまりにも頭のおかしなものだった。


「ま、最悪死んでもいいだろう」


 ブルーアローは弓を弾き、矢を放った。

 次の瞬間だった。

 ブルーアローの身体が燃え上がり、彼女は一瞬にして燃え尽きた。

 ブルーアローを燃やし終わったサンは溜息を吐き、「帰ろ」と呟いた。

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