第13話 気になる人
魔法少女モノクロームが再結成してから私たち三人の活動は非常に順調と言えるものだった。
「デビちゃん」
「おう」
私が呼ぶと、どこからともなく現れたデビちゃんが口をあんぐりと大きく開き、喉から武器を吐き出した。
私たちはその武器の先端を強引にむんずとつかむと、デビちゃんの喉から勢い良く引き抜いた。
「ごえッ! おい! もっと優しく引き抜けよ!」
デビちゃんが涙を流し何か訴えているが気にしない。すると、ペーパーホワイトが無表情のままデビちゃんを見た。
「では、口から武器を出すのをやめたらどうですか?」
非常にごもっともな指摘だ。
「他に出せるのは鼻の穴か、ケツの穴しかねえけどそれでもいいか?」
デビちゃんがそう言うと、ペーパーホワイトはドン引きしながら震える声で言った。
「優しくするので口からでお願いします」
私ロックブラックに話しかける。
「ロックブラック。準備は良い?」
ロックブラックは自分の頬をペチペチと叩いて気合いを入れると、私の言葉に元気よく返事をした。
「うん!」
目を見つめあって頷く。そして私とロックブラックは同時に地面を蹴り、目にもとまらぬスピードで怪人のもとに飛び込んだ。
「えっ!?」
ロックブラックが驚きの声を上げる。どうしたのかと思い振り向くと,彼女は私を見て丸い目をしていた。
「シザースグレー早ッ!?」
「え、そうかな……」
私はずっと一人で戦っていたので,自分の成長を深く理解していなかったようだ。
そういえば、前はロックブラックより足が遅かった。
「クソッ」
ロックブラックが悔しそうな声で呟く。フォローをしようと思ったのだが、よく考えたら目の前に怪人がいる。
……再結成してから少々調子に乗っているかもしれない。
気を引き締めねば。
一足先に怪人のもとまでたどり着いた私は怪人の腕を両断しようとした。
「!?」
怪人は私の動きを目で追うことができなかったようで、突然落とされた腕を見て「ピギィぃぃ!」と大きな悲鳴を上げた。
「おらぁ!」
動揺する怪人に、少し遅れて到着したロックブラックが追撃を加える。無防備な腹部への重い一撃。
怪人は腹部を深く凹まされ、その場に倒れ伏した。するとペーパーホワイトの更なる追撃が怪人を襲った。
怪人の柔らかい傷口から、ペーパーホワイトの紙吹雪が侵入していく。肉をかき分け、切り刻み、体内を蹂躙する。
怪人は言葉にならない絶叫を響かせながら絶命した。
「よし。討伐完了!」
怪人が消滅していくのを確認しながらガッツポーズをとる。
そんな私にロックブラックが近づいてきた。
「本当に強くなったね。シザースグレー」
私は「えへへ」と頭を掻く。ロックブラックは褒めてくれるが、その褒め言葉を素直に受け取ることができなかった。だって恥ずかしいから。
「いやいや、そんなに強くなってないよ」
ロックブラックは私を見て、少し表情を暗くした。私にはロックブラックが暗い表情をする理由がよくわからない。
ロックブラックは私を見て少し微笑んだ。
「謙遜すると、私達が惨めだからもっと強がってよ」
そんなことを言われても……
私は対応に困ったけれど、空元気を出して胸を張った。
「ワ、ワハハハァ……私は強いぞォ……!」
ロックブラックが私の頭を叩く。
「そこまで威張れとは言ってないもん!」
「難しいよ!」
そんなことを言いながら笑っているときだった。
いつの間にか空が鼠色の雲に覆われていた。一滴の雨がポツリと垂れる。
私が空を仰ぎ見ると,視線の先から大きな雨雲が迫ってきていた。
「今日は、雨が降る予報はなかったように思うのですが」
ペーパーホワイトが呟いた。
「……この魔力は!」
私はとある魔力を感じ取った。その魔力は私にとってどうしても忘れられない魔力。
「どうしたの?」
ロックブラックが私に話しかけてくる。彼女は魔力に接近に気づいていないようだ。「うへぇ。雨雲だ。早く帰ろう」と呟いた。
ロックブラックが変身を解こうとする。それを見たペーパーホワイトも変身を解こうとしたので,私は慌てて二人の手を掴んだ。
「二人とも、変身はまだ解かないで」
「え?」
その時だった。
大きな雨雲が浮かぶ方向から、一筋の高水圧レーザーが私に向けて一直線に飛んできた。
「ッ!!!」
私はハサミを盾にして、そのレーザーを受け止めた。その高水圧レーザーの威力は私のことを容易に吹き飛ばそうとする。
私は押されながらもどうにか高水圧レーザーを防ぎ切った。
ロックブラックとペーパーホワイトが状況を理解できずに硬直している。
私は叫んだ。
「二人とも、私の後ろに隠れて!」
しかし、その忠告をするにはあまりにも遅すぎた。
行動を開始しようとした二人の頭上に大きな水球が浮かんでいた。その水球は二人のことを頭から飲み込むと、あっという間に二人を拘束し、無力化してしまった。
「二人ともッ!」
私が叫ぶ。
「他を心配している暇はないぞ」
聞き覚えのあるその声にハッとして前を向くと、そこには魔人が立っていた。
そう。魔人レインさんだ。
レインさんは私のことを、盾にしていたハサミごとぶん殴った。
吹き飛ばされる。しかし、どうにか空中で体勢を立て直し着地した。そして、ハサミを構え直す。
私はレインさんのことを見て語り掛けた。
「レインさん!どうして!」
その言葉にレインさんは無表情のまま冷徹な声で答えた。
「どうして? 何を言っている? 俺とお前は敵対しているだろう」
レインさんが人差し指を私に向ける。すると人差し指の先端に小さな水球が現れ、そこから先ほどの同じ高水圧レーザーが発射された。
突然、その空間に一本の線が現れたかと錯覚するほどのスピード。しかし私は軽いステップでレーザーを回避した。
「おお」
レインさんが驚愕の声をあげる。しかし、表情はやはり無表情のままである。
レインさんのレーザーが形を変える。レーザーは扇のように横に広がった。
一直線より威力は劣る、と思う。それでも木の幹を数秒で切断するぐらいの威力はあるだろうけれど。
私は獣のように低い姿勢を取ることで、そのレーザーを回避した。
そして、その姿勢のまま、陸上のクラウチングスタートのように地面を蹴って走り出した。
最初から全力で立ち向かわないと,レインさんには敵わないだろう。
私がハサミをジャキジャキと二回鳴らす。するとハサミが禍々しく変化していく。
「両断鋏!」
そう叫び,私はレインさんに突進した。そしてそのまま,レインさんの身体を貫いた。
私のハサミは確実にレインさんを捉えている。レインさんの腹部に突き刺さり,背中から突き出ている。
しかし、レインさんは呆れた声を出した。
「その攻撃が意味をなさないことは、これまでの戦いで分かっているだろう。まさかお前、学ぶことを知らないのか?」
レインの呆れた声と無表情に対し、しかし私の表情は明るかった。
「私だって学習しますよ」
ニヤリと笑って言ってやった。レインさんの眉間が動いた気がした。
私はレインさんの身体を貫通するハサミから、大量の魔力を流し込んでやった。するとレインさんの身体が大きく震える。
「ぐッ!」
私はレインさんのうめき声を聞いて、満面の笑顔を咲かさずにはいられなかった。
「きた!」
私はレインさんの身体に魔力を流し込み続ける。レインさんはうめき声を上げながら、流し込まれる魔力に身体を痙攣させていた。
私はレインさんにボコられたり、レインさんに傷を治されたりした経験から、レインさんとの戦闘方法をついに編み出した。
この数週間、レインさんのことを考えていない時間など存在しなかったほどだ。
諦めかけたこともあった。レインさんにはどんな攻撃も通じないのではないかと。
でも、あることがきっかけでとある仮説を立てることができたのだ。
「私、熱を出したんですよ」
私は痙攣するレインさんに話しかける。
「魔法少女が病気になるはずなんてないのに、です。……考えました。どうして、どうして魔法少女である私が熱を出したのか」
私はレインさんの苦悶の無表情を見ながら笑顔を浮かべた。
「たぶん、レインさんの魔力が私の中に流れ混んでいきたからなんです」
私は流し込む魔力の量を多くする。
レインさんの身体が跳ねる。
「フフッ。私の身体の中に入ってきたレインさんの魔力はほんの少量でしたので、熱を出す程度で済みましたが、こんなに大量に魔力を流し込まれたら……どうなってしまうんですかね!? しかも、レインさんたち魔人は魔力の塊だって言うじゃないですか!? それはもう、辛いでしょう!? 苦しいでしょう!?」
私はレインさんに一矢報いていることが嬉しすぎて、狂っているかのようにハイテンションになっていた。
「フフフフフ!」と際限なく笑い声を漏らしながら、流し込む魔力をさらに増やして叫ぶ。
「レインさんの魔力が少量流れ込んだだけで、熱が出たんです! こんなに流し込まれたらどうなっちゃうんですか!? ねえ! レインさん!!!」
その時、レインさんが腹部で水を圧迫、そして開放することで水の大爆発を起こし、私のことを遠ざけた。
私は大爆発が起こる前に退散したが、爆発の余波を受けてしまい、軽い怪我をした。しかし、そんな怪我など、レインさんに攻撃が通じた喜びによる興奮のスパイスにすぎない。
私はすぐにハサミを構え直した。
多分私は,今までにないほどに笑顔だと思う。
私はレインさんを見た。
「ああ……レインさんのそんな顔、始めて見ました。レインさんってば、いつも無表情だから」
レインの苦悶の表情を見て、私は改めて笑顔を咲かせる。
「何だろ。私、すごく嬉しいです。敵うはずないと思っていたレインさんから、こんな表情を引き出せるなんて……」
レインさんが顔を隠して,肩を動かしながら深呼吸をした。すると彼の表情は苦悶の無表情からいつもの無表情へと戻ってしまった。
そして、レインさんは「うん」と言って頷いた。
「なるほど。俺は自分の、というより魔人の弱点というものを知らなかった、というより考えたこともなかったのだが、確かに魔力を流し込まれる攻撃は弱点のようだ。うんうん。これは他の魔人たちにも伝えなければ」
レインさんはそう言いながら,何度も「うんうん」と頷いた。
「レインさん。そんなにペラペラ喋っていいんですか? 少なくとも今のレインさんの発言から、魔力を流し込む攻撃が他の魔人に対しても有効なことが分かりましたけど……」
私がそう言うと、レインさんは無表情のまま口をポカンと開けた。
「……やべ」
レインさんは意外とおっちょこちょいなんだなー。
レインさんは咳ばらいをして冷静を取り繕い、手のひらから水を溢れさせた。
「しかし、何がバレようと問題はない。なぜなら、今日俺は、お前たちを排除しに来たからだ」
レインさんの言葉に私は首を傾げる。排除という言葉の意味がよくわからなかったからだ。
いや、国語の勉強はしっかりやっているつもりなので、『排除』という単語の意味はわかるのだけれど,レインさんの口から『排除』という言葉が出てくる理由が分からない。
だって、私のことを排除するなら、今までにいくらでもチャンスがあったから。
「えっと。排除とは具体的にどういう……」
私がそう聞くと,レインさんは無表情のまま言った。
「もちろん。殺すという意味だ」
「?」
よく分からない。
「レインさんは今まで、何度も私の元に来ましたけど、どうして今更私を殺そうとするんですか?」
「……今から死ぬ者に教える意味がない」
レインさんは手に溜めた水で、大きな球体を作り出すと、目を見開いて言い放った。
「行くぞ。魔法少女!」
レインさんが私と戦うべく、一歩、大きくて足を踏みだそうとした。
その時私は━━
「教えてください!」
そう叫んでいた。
レインさんも私の言葉に驚いたのか,踏み出そうとした足を引っ込めた。
私はハサミを構えることもしないで、必死に叫んでいた。
「レインさんはそんな人じゃない! レインさんは律儀だから、私の質問に意外と答えてくれるもん!」
レインさんが硬直していた。
正直私も,自分が何を言っているのか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます