第12話 魔法少女プライマライトカラーズ

 レインは雨を追っていた。

 失敗に継ぐ失敗。に続き、サンとの激しい戦闘の末、身体の疲労感が信じられないほど積み上げられて、体を引き摺らずには歩けない。

 気分転換に長期休暇(申告なし)を取らずにもいられない。


「雨は落ち着く」


 そこは人間界。

 傘を刺さずに雨を追っていると、時折人間が話しかけてくる。


 「大丈夫ですか。傘使いますか?」などと、人間に心配されることはレインにとって初めての経験だった。


「どうしてだろうか。俺たちは人間の敵であるはずなのに」


 その答えはレインの見た目が人間と遜色ないからだ。しかしレインはそのことに全く気付いていない。

 レインは雨に打たれながら、自分にかけられているらしい洗脳について考えていた。

 というのも、レインにはどうしても、あの魔法少女たちが洗脳をかけるほどのずる賢さを有していないように見えたのだ。

 それに、洗脳をかけることができるなら、もっと有用な洗脳をかけるべきだろう。例えば、その場で自害したくなる洗脳とか。


「洗脳にも限界があるのか? ……わからない」


 とにもかくにも、レインにはあの魔法少女のことを疑うことができないのだった。


「じゃあ、誰が俺たちに洗脳をかけたんだってことになるが……」


 レインはミストの主張を思い出す。


「魔法少女が攻撃されることに、利益を生み出す存在がいるのかも。もしくは、魔法少女が死ぬのは困るけど,痛ぶられるのは好都合な存在が。ちょっと意味わかんないけど」


レインは顎に手を当てる。


「もしかして」


 レインは思い出した。

 魔法少女と戦っている時必ず、視界の端にチラチラと映るあのマスコット。

 姿を隠してはいたが、魔法少女の近くにいつも浮かんでいた、あの小動物。


「思いつくのはあの小動物くらいしかいないのだが」


 レインは空から降り注ぐ水滴を見つめながら、ゆっくりと歩いていた。


 そのときだった。

 レインが見つめる雨雲に、一筋の光が差し込まれた。その光が柱のように地面に突き刺さると、光の中から一人の少女が現れた。

 その少女はレインに対して行儀のよいお辞儀をする。


「こんにちわ。魔人さん」


 レインは無意識に警戒を強めた。その少女から放たれる魔力はレインが思わず危険と判断してしまう性質だった。


「魔人さんのお名前は?」


 その少女が可愛らしい微笑みを顔に浮かべながら聞いてきたので、レインは律儀に返答した。


「……レインだ」


 レインが応えると、その少女はレインに向かって自己紹介をする。


「レインさんと言うのね。私の名前はグリーンワンド。魔法少女プライマライトカラーズの一人よ」


 グリーンワンドと名乗った少女はレインの三歩先まで近づくと、スカートを掴み、持ち上げながら、もう一度優雅にお辞儀をした。

 そして、お辞儀をしながらレインを見て言った。


「レインさん。せっかく出会えたのですけれど、あなたには……死んでいただきますわ」


 グリーンワンドが微笑みながら足のつま先で地面を二回踏むと、地面に木のうろが出現した。その穴の中から大きな杖が召喚される。おそらくグリーンワンドの武器なのだろう。

 グリーンワンドはその杖を大きく振るった。するとレインが立っている地面の下から太い木が生え、レインの手足をきつく拘束した。


「む」


 レインはその攻撃を避けるそぶりを見せなかった。どころか何か不思議そうな声で「ふむ」と呟きながら、無表情で拘束された。


「おほほほほ! これならば思ったよりも早く魔人を始末できそうですわね!」


 グリーンワンドは拘束されたレインを見て高笑いし、ゆっくりとレインに近づいていった。

 グリーンワンドは杖を撫でる。


「ふふ。やはり、私が魔人に殺されたなんて嘘だったのですわ。帰ったら彼女らを懲らしめないといけませんわね」


 そう言いながら、グリーンワンドはレインの前に立ち、撫でていた杖を突きつけた。


「レインさんとおっしゃいましたか? あなたに恨みはありませんけれど、そういうもの、ですので。化けて出たりしないでくださいね?」


 そう言ってグリーンワンドは杖に魔力を貯める。レインは未だ無表情でそれを見つめている。


「なんだか嫌な魔力だ」


 レインは呟いた。

 レインの言葉を聞き、グリーンワンドは「当たり前です」と答えた。


「魔法少女ですから」


 そう言って、グリーンワンドは杖の先端から発せられる魔力をレインに撃ち放った──


「だが」

「え?」


 いつの間にか、レインがグリーンワンドの背後に立っていた。グリーンワンドは驚いて振り返り、距離を取る。

 しかし、グリーンワンドが飛び跳ねた後方には、先ほどまでレインを拘束していたはずの、彼女が作り出した大木があった。

彼女はレインと、自分で作り出した大木に挟まれてしまった。

 焦るグリーンワンドを見つめる。


「君は戦闘経験と知識が少なすぎる。魔力の使い方も雑で大振りで、つまらない。それでは魔力を無駄に捨てているようなものだ」


 レインはグリーンワンドに近づいた。

 その時、グリーンワンドの頭に一滴の水がポツリと垂れる。彼女が頭上を見ると、そこには上半身が吹き飛ばされたレインの下半身があった。


「どうして!?」


 グリーンワンドが悠長に質問してくるので、レインは律儀にしっかりと答えを教えた。


「どうしても何も、分身だ。そのくらい当然。君は戦闘経験の乏しさから想像力に欠ける。もっと経験を積め」


 そう言って、レインは圧縮された水の刃でグリーンワンドを切り裂いた。


「おあ……」


 グリーンワンドの身体がレインによって両断され、地面に崩れ落ちる。そしてしばらく半身のみで呻くと、そのうちに動かなくなった。


「え?」


 その状況に、誰より驚いているのは、レインだった。


「……魔法少女は殺せないのではなかったのか? 洗脳はどうしたんだ? なぜ俺はこんなにも躊躇なく、この少女を殺せたんだ?」


 レインは自分の手を見つめた。

 そしてふと、グリーンワンドの亡骸を見ようとした。しかし、グリーンワンドの亡骸は既にその場からなくなっていた。


 ●


 朝。

 目覚めると、ベッドの上に寝かされていることに気づいた。

 私は身体を起こして猫のように伸びをする。


「なんだか、ずいぶんと長い時間、寝てしまった気がするわね……」


 ベッドから出て、顔を洗い、歯を磨いた。

 そして、リビングへ向かう。


「あ、ヒスイちゃん起きたの?」


 リビングにいたのは同居人である赤井ヒイロ。私と共に魔法少女をしている少女である。

 魔法少女としての名前はレッドソード。

 彼女はニヤニヤと口角を吊り上げながら、私に近づいてきた。


「ねえねえ。ヒスイちゃん?今日が何日だかわかるかい?」

「あなた、またそれなの?」


 私は飽き飽きしていた。

 赤井ヒイロにこの質問をされたのは、つい先日ぶりなのだ。

 「はぁ」と溜息を吐き、呆れた表情をする。


「あなた、またそうやって私に嘘を吐く気なのでしょう。そんな嘘をついて何が楽しいのか分からないけれど、私以外にもやっているならば、直した方が良いわよ?」


 赤井ヒイロは「うへぁ」とよく分からない呻き声を出した。私に説教をされるのは、赤井ヒイロにとっても飽き飽きなのである。私だって説教をするのは飽き飽きだけど。


「そんな小言は良いからさぁ。今日が何日だか答えてみろよぉ。携帯は見るんじゃねェぜェ?」


 私は腕を組み、明瞭に答えた。


「日付くらいしっかりと把握しているに決まっているではありませんか。今日は五月十日です」


 私がそう答えると、赤井ヒイロの口角はさらに吊り上がり、まさに満面の笑みを浮かべた。

 彼女は小躍りしながら言った。


「ヒヒヒヒヒ! では改めて、携帯の日付を確認してみるといいさ!」


 私は怪訝な顔をしながらテーブルに置いてある携帯を拾い上げ、画面を確認する。

 そして、驚愕した。


「え……?」

「ヒヒヒヒヒ!」


 携帯の画面には五月十一日と表示されていた。


「ど、どうして!」


 私が顔をあげると、そこには今にも笑い転げそうな赤井ヒイロが口元を抑えていた。


「ヒスイちゃん! また魔人に殺されちゃった!」


 赤井ヒイロは満足したように爆笑しながらソファに飛び込み、腹を抱えた。私は彼女の言葉を信じようとしなかった。


「なっ! 嘘に決まっていますわ! いい加減、つまらないからやめなさい!」

「嘘だと思うなら、どうして昨日の記憶がないのか考えてみたらいいじゃない! もう二回目なんだからそろそろ認めようね! ヒヒヒ!」


 腹を抱えて笑う赤井ヒイロを無視し、私はもう一人の同居人に話しかけた。


「青海さん!嘘だと言ってください!」


 私が話しかけたのは青海ソウ。

 魔法少女としての名前はブルーアロー。

 彼女は静かに紅茶を嗜みながら、冷静な声で告げた。


「緑川さん。残念ながら」


 私は顔を怒りで真っ赤に染め「信じません!」と言い残し自室に戻った。

 リビングから赤井ヒイロの爆笑が聞こえてきたので、強く壁ドンをした。

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