第11話 恥ずい

 魔法少女シザースグレー、ロックブラック、ペーパーホワイト、の三人で構成される魔法少女モノクロームは、魔法少女チームとしての活動を再開するにあたって、いくつかの決まりを設けた。

 一つ。魔法少女として活動する目標は、魔法少女の責務を全うすること。

 二つ。魔法少女として活動しながらも、普通の少女としての心を決して忘れない事。


「まずは魔法少女としての責務ってやつが何なのかをはっきりさせないとダメだね」

「でも、どうやって?」

「強くなって、あのレインとか言う怪人の聞くのが手っ取り早いのでは?」

「そうだね。とりあえず、あの人に勝てるくらいまで強くなることから始めようか」


 魔法少女モノクロームと当面の目標は、レインさんに打ち勝てるくらいの実力をつけることになった。

 強くなる方法はもちろん、私がやっていた修行をロックブラックとペーパーホワイトも行うことである。

 ようするにデビちゃんの呪いを受けるということだ。

 デビちゃんにそれを提案すると、これ以上ないくらいに嫌そうな顔をした。


「あのな。呪いってやつはそんな気軽に受けていいものじゃねえんだよ。呪いをかけているのが呪いの専門家である俺だから大丈夫だけどな。もう少し呪いに対する認識を改めないと、いざという時に酷い目を見るぜ?」


 デビちゃんが三人に警告する。ロックブラックは嫌そうな顔をするデビちゃんの眉間を撫でた。


「でも、デビちゃんなら大丈夫なんでしょ?」


 ロックブラックの言葉にデビちゃんは溜息を吐いた。

 デビちゃん自身も、彼女たちに修業が必要なことは理解していた。そして、その修行にデビちゃんの呪いが一番効率的であることも分かっていた。


「……体調が悪くなったら言うんだぞ?」


 デビちゃんはそう言いながら、ロックブラックとペーパーホワイトの二人に呪いをかけた。

 呪いをかけられた途端、ロックブラックとペーパーホワイトが膝から崩れ落ちて、地面に手をつく。

 冷や汗をだらだらと流しながら荒い呼吸をした。


「シ、シザースグレーはこれを耐えているのですかッ……?」


 ペーパーホワイトが問うと、デビちゃんが呪いを解除した。


「ああ、それも常時、二十四時間ずっとな」


 私は「えへへ」と笑う。

 その姿にロックブラックとペーパーホワイトは声を合わせて呟いた。


「「化け物……」」

「さっき少女としての心を忘れないようにって決めたばっかでしょぉ!?」


「いや、しかし」と、ペーパーホワイトが立ち上がる。


「本当に、どうやって立っているのかさえわかりません」


 私は天井を見て悩みながら頬を掻いた。


「慣れ、かな?」

「「……」」


 二人は私を見ながら黙っていたが、その内にロックブラックが飛び起きると,デビちゃんを見て叫んだ。


「デビちゃん! もう一回お願い!」


 デビちゃんは言った。


「今度は弱めにしといてやるよ」

「いや、シザースグレーと同じ強さで大丈夫!」


 ロックブラックに続いてペーパーホワイトも声を上げる。


「そうです。私達は一刻も早く、シザースグレーに追いつかなくてはならないのです。絶対に足手まといにはなりたくないですから」


 私は顔の前で手を大きく振って足手まといだなんて、そんなこと思うわけないよ!」と言った。

 しかし二人は「デビちゃん!」と呪いを催促した。

 デビちゃんは溜息を吐いた。


「体調が悪そうだと判断したら、俺の判断で勝手に解除するからな」


 そう言って、デビちゃんはもう一度、二人に呪いをかけた。


 ●


 魔法少女を焼き殺したらしいサンが、会議室に戻ってきた。そして、自分が行った一部始終を他の魔人たちに報告していた。


「別に語るほどの濃い内容はないんだけどな」


 そう言うと,サンは立ち上がって会議室をグルグル歩き回りながら、他の魔人たちに謎のプレッシャーを与えてくる。

 サンの胸の炎が燃え上がることで部屋の温度が上がっていた。

 サンが人差し指を立てる。


「まず、俺は魔法少女を殺すことができた。それが事実だ」


 魔人たちの中で問題になっていた洗脳疑惑。

 私はまだ試していないからわからないけれど、レイン、クラウド、サンダー、そしてウインドは既に洗脳にかかっていた。

 サンは説明をすっ飛ばして、「可能性は三つ」と言いながら,三つの炎球を作り出した。


「一つ目の可能性は、俺だけ洗脳にかからない可能性。俺だけというのは納得がいかないが、何らかの原因で俺だけかからないという可能性も、なくはない」


 炎球を一つ消す。


「二つ目は俺にだけ洗脳をかけていないという可能性。……だが、この可能性はないだろうな。俺にだけかけない理由がない」


 炎球を一つ消す。


「そして、最後の一つは、俺がお前らのように腑抜けではなく、精神力が強かったために洗脳を吹っ切ったという可能性だ」


 サンは自分以外の魔人たちを睨んだ。


「お前ら、もしかして気持ちが弱すぎるんじゃねェか?」


 部屋の気温がサンの胸の炎のせいでめちゃくちゃに上昇している。

 私は正直、そんな風に罵倒されても困る。だって、さっきも言った通り,私はまだ試してないから。

 その時、サンに睨まれたクラウドが「ハハハ」と呆れたように笑った。


「今、サンの話をずっと聞いていたけどね。正直、笑いをこらえるのに必死だったよ」

「あ?」


 サンが胸の炎を爆発させた。

 クラウドは立ち上がり、魔力で小さな雲を作り出すと、部屋内の温度を急激に冷ましながら言った。


「サン、魔法少女の名前をちゃんと聞いたかい?」


 クラウドの言葉にサンは首を傾げた。


「あー」


 サンは顎に手を当てた。サンは魔人以外の魔族や人間のことを種族単位で見ているため、個人名をなかなか覚えないのだ。


「……何だっけ。確か、グリーンワンド……って言ってたっけな」


 クラウドは頷く。


「うん。そうだね。俺も雲から覗いていたから知ってるよ。君が殺した魔法少女は、グリーンワンドと名乗っていた」


 サンは「見てたのかよ……」と呟いた。

 クラウドは続ける。


「サンが殺した魔法少女はグリーンワンドと名乗った。━━ところでサン。僕らが前まで排除しようとしていた魔法少女の名前を知っているかい?」


 サンは一言、「知らん」と答えた。

 クラウドはサンの返答を予測していたかのように、間髪入れずに言った。


「俺たちが排除しようとしてた魔法少女の名前はね。シザースグレー、ロックブラック、ペーパーホワイトという魔法少女モノクロームの三人なんだよ」


 サンは呆けた顔をして「あ?」と首を傾げる。

 クラウドはサンの様子を見て、いつもの張り付けられた笑顔とは違うあからさまなニヤケ顔を浮かべながら告げた。


「ハハ。要するに、サンが殺した魔法少女は人違いだったというわけだね」


 ポカンと口を開けるサンに追い打ちをかけるようにサンダーが笑う。


「サンってば、そんなお馬鹿さんみたいな勘違いしないでよね~」


 サンの胸の炎が少しづつしぼんでいく。その代わり、頬が赤く染まっていった。


「サン。失敗は誰にだってあるわ」と私。

「どんまい♡」とウインド。


「……………………恥ずかしい」


 サンは椅子の上で膝を抱えて座り込んだ。


「ハハハ。まあ、サンの失敗は置いといて。サンが出会ったグリーンワンドという魔法少女については結構気になるよね。魔法少女は三人グループで動く傾向があるから、きっとその子にも仲間がいるはず。そちらはなぜか殺せるみたいだけど、その子たちにも洗脳をかけられたりしたら溜まったもんじゃない。なるべく早く対処する必要があるよ」


 クラウドがそう言うと、膝を抱えて蹲ったままのサンを除く魔人たちが一斉に手を挙げた。


「サンダーが場所を特定して、雷で一撃!」

「サンダーが場所を特定するのには時間がかかるでしょ。私が行く。私が静かにやってくる」

「ミストは近づかなきゃいけないから危ないよ。私がやる。私が全員一気にやっちゃうよ」

「「ウインドの全員は人間全員でしょ!」」


 クラウドが私たちの口論を見て、張り付けられた笑顔で笑う。


「……みんな交戦的だなぁ。まあ誰でもいいと思うけど、どうする? ジャンケンにする?」


 クラウド、サンダー、ウインド、そして私の四人がジャンケンを始めようとした時、膝を抱えていたサンが声を上げた。


「排除するのは俺だ。一人は俺がやったんだ。他の仲間も俺の手で送ってやらないとかわいそうだろ」


 静かにそう言ったサンは、いまだに膝を抱えて小さくなっていたが、声の調子だけは妙にはっきりとしていた。

 もしかしたら、恥ずかしすぎてイライラしているのかもしれない。


「……サンってそういう仁義? しきたり? とかにうるさいよね」


 と、クラウドが笑う。


「サンは毎朝の占いも割と信じるタイプだ!」


 と、サンダーが飛び跳ねる。


「サンが一番洗脳にかかりそうなのに」


 と、私。


「サンが一番行儀がいいものね」


 と、ウインドが微笑む。


「うるさ! うるさすぎ! ちょっと黙れ!」


 サンが立ち上がって胸の炎を燃やす。部屋の温度が上がる。すかさずクラウドが冷却する。


「ま、サンがそうしたいなら、俺はそれでいいよ」


 クラウドが笑いながらそう言った。私もそれでいいと思う。

 

「いいだろ?」


 サンがサンダーとウインドを見た。


「仕方ないヌェ」


 と、サンダーがアホ毛を弾ませた。ウインドも優しく微笑んだ。

 サンは「じゃあ、行ってくる」と言って、もう一度顔を赤く染めてから、会議室を出ていった。

 残された魔人たちは椅子に座り直した。


「あ」


 サンダーが思いついたように声を上げる。


「そういえば、レインって何してんの?」


 その質問に、クラウドと私が声を合わせて答えた。


「「知らない」」


 ウインドは「そのうち帰ってくるよ」とサンダーを撫でた。

 その時、会議室の扉が開けられる。入ってきたのはお盆にアイスを乗せたスノウという魔人だった。


「アイス持ってきたんですけど。あれ。サンはいないんですか?」


 スノウの出現に飛び跳ねたのはやはりサンダーだった。


「アイス!!!!!」


 サンダーがアホ毛を使って器用にアイスを取り去っていく。

 それを見ながら,私はふと思ったことを口に出してみた。


「なんだかレインとサンばかりが動いていて、私達はアイス食べてるだけの魔人みたいよね」


 そう言うと,クラウドとウインドが頷いた。


「「……確かに」」


 サンダーが余ったアイスを取ろうとするのをスノウが手を叩いて制した。


「アイス!!!」

「サンの分は私が食べるんです! コラッ! サンダー!」



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