第18話 やりすぎなドッキリ

「うばばびじばばびば」

「イヤァ! ヒイロがバグったぁ!」


 なかなか起きてこない赤井ヒイロを見に行ったら、ベッドの上で意識のないままビクビクと痙攣していた。


「ヒイロ! ヒイロ!」


 私は目元からとめどなく流れ出る涙がヒイロの服を濡らすことになんの躊躇もなく、彼女の身体に抱きついてベッドに押さえつけた。

 ヒイロの身体がビクビクと震え続ける。どれだけ強く押さえつけても震えが止まらない。

 とても不安な気持ちに襲われる。この気持ちは、昔にも感じたことがある……


「どうしたというの! やめて! これ以上私から家族を奪わないで!」


 私が叫ぶと、ヒイロの痙攣は突然治まり、彼女が立ち上がった。

 私は突然立ち上がったヒイロを見つめる。


「ドッキリでした~!」

「……へ?」

「あれ? 聞こえなかった? じゃあもう一回言うよ? ドッキリでしたブエッ!!!」


 私の鉄拳がヒイロの右頰に突き刺さった。


「死ね!」


 私はそう吐き捨てると、ズビズビと鼻をすすりながらキッチンに戻った。

 まだ朝食を準備している途中だったのだ。

 キッチンに戻ると、リビングで優雅に紅茶を飲んでいるソウが私を見た。


「ヒスイ。どうしたんだい?」


 私は答えた。


「なんでもありません! ただヒイロの朝食は捨てます!」


 ソウがキッチンの中に入ってくる。私がヒイロの朝食を捨てようと食器を掴むと、ソウが私の腕を掴んで止めた。


「ヒスイ。そんなもったいないことはしないでほしい。食材に八つ当たりするのは良くないことだよ」


 ソウに頭を撫でられる。私は食器を置いて自分の中の怒りを押さえつけようと努力した。

 プルプルと震える私のことをソウが撫で続けた。


「よしよし」


 朝食を準備し終わると、私がテーブルに朝食を並べる。

 並べられたのは簡単なサンドウィッチだった。

 目玉焼きやレタス、マヨネーズ、からしなどが、こんがりと焼かれた食パンに挟まれている。


 「サンドウィッチにからしは入れねぇだろ!」


 というのは、ヒイロの主張な訳だが,そんなことは知ったこっちゃない。いいから食べてみなさい。

 先ほど私に右頬をぶん殴られたヒイロが、そろそろと泥棒のように歩きながら、ぬるりとテーブルについた。

 私のことをチラチラと見ながら様子を伺っている。

 泣き疲れて目が赤くなっている私はもちろん口を開かないし、気まずいヒスイも口を開けない。

 その様子を見て、少し楽しそうにしているソウが、手を合わせて「いただきます」と言った。

 ヒイロはめちゃくちゃな小声で「ぃただきます……」と言った。


 かちゃかちゃと小さな食器の音。今日はサンドウィッチしか用意してないからそんな食器の音が鳴るのはおかしいのだけど。

 そう思ってヒイロを見ると,彼女はサンドウィッチの中から器用にレタスを取り出している。

 いつもだったらここで私が「好き嫌いしない!」とヒイロを叱るのだが,今日はそんな気分ではない。

 私が黙っていると,ヒイロはレタスをサンドウィッチの中に戻し始めた。何をしているんでしょう。この子は。

 私は何も喋らずサンドイッチを頬張っている。ソウもサンドウィッチを頬張るばかりで喋らなかった。

 ヒイロも恐る恐るサンドウィッチに口をつける。

 それからは完食するまで沈黙が続いてたが、サンドウィッチを食べ終わって、また紅茶を嗜んでいたソウが、ついに口を開いた。


「ヒイロ」


 ソウは名前を読んだだけだったが、ヒイロは大袈裟にビクリと震えた。

 そうは一言、「わかるね?」と言った。

 ヒイロは俯くと小さな声で話し始めた。


「ヒスイ。ごめんね。あれはちょっとやりすぎたよ……」


 そう言ったヒスイは今にも泣き出しそうな表情をしていた。私はそんな彼女の右頬をぶん殴ってしまったことを、なんだか申し訳なくなってしまった。


「……本当に心配したのよ」


 そう言うと、ヒイロは私を見て言った。


「うん。ごめん」

「もうあんなつまらないドッキリはしないと誓うわね?」


 そう言うと、ヒイロは力強く頷いた。


「うん。誓うよ」


 私はヒイロを抱きしめた。


「馬鹿……」

「ごめん」


 ソウはその様子を見て、微笑みながら紅茶を啜った。


「ヒスイ」

「なに?」

「私はやっぱり、サンドウィッチにワサビ入れるのはおかしいと思う」

「……」


 ●


 魔法少女プライマライトカラーズの私たちは朝食後、三人揃ってテレビを見ていた。

 見ていたのは意外にもニュース。お天気お姉さんが今日の天気を教えてくれている。


「さて、今日の天気は!」


 お天気お姉さんが晴れた空を指差しながら「快晴! 洗濯物干し放題!」と笑っていた。


「今日は布団も干そうかな」


 私がそう呟く。


「二人の布団も干す?」


 その質問に、答えは返ってこなかった。


「え。無視ですか?」


 私が二人を見ると,二人は目を見開きながらテレビの画面を見つめていた。


「ど、どうしたの?」


 私がヒイロの肩に触れると、ヒイロは震える声で呟いた。


「い、い、一日過ぎてる……」

「へ?」


 テレビの画面を見る。そこには、私が思っていた曜日とは違う曜日が移されていた。


「月曜日!?」


 私は記憶を探る。


「嘘! 昨日は金曜日だったはずじゃ!」


 いつもは冷静なソウも、目を見開いて「驚いたな」と呟いている。

 私は叫んだ。


「どうして私はこうも寝すぎてしまうの!? もしかして病気なのでは!? 定期的に一日中寝てしまう病気なのでは!?」


 ヒスイが私の両肩を掴んだ。


「いや、違うよヒスイ。これは寝すぎたんじゃない」


 ヒイロは時間が飛んでいる原因について気づいているようだった。ソウも気づいているのか自分の身体を点検している。

 私だけが時間が飛んでいる原因に気づくことが来ていないようだった。

 ヒイロが溜息をついて、慌てる私を宥める。肩に手を置いたまま、優しく話しかけてきた。


「ヒスイ。そろそろ認めたら?」


 そんなことを言われても,何を認めればいいのかわからない。

 なんの話をしているんだろう。


「え、何を?」


 私は気抜けしたきょとんという顔をしてヒイロを見た。ヒイロはもう一度大きくわざとらしい溜息を吐いた。


「だからさ、私達は、死んだんだよ」

「え?」

「え? じゃなくて、私達は死んだの。だから一日跳んじゃってるの。お分かり?」


 ヒイロがそう言った。


「ヒイロ! さっき約束したばかりなのに、そんな嘘をつかないで!」

「これは嘘じゃないんだってばぁ!」


 埒が明かない状況に陥った私たちにソウが割って入る。


「ヒスイ。今回ばかりはヒイロの言っていることが正しいよ」

「ソウまで!」

「私たちは死んだ。死んだというか、殺されたんだろう。そして、蘇生された。てんちゃんに」


 ソウが「そうなんだろう?」と虚空に語り掛けると、どこからか声が響いた。その声は三人の頭の中にのみ響いていた。


『あ、ごめん。今違う仕事してて話聞いてなかった。もう一回言って?』


 その声はてんちゃんの声だった。ソウがもう一度繰り返す。


「私たちは殺されて、てんちゃんに蘇生されたんだろう?」


 すると、てんちゃんは忙しそうに答えた。


『ああ、そのことか。ヒスイはまだ気づいていないんだったね。そう、君たちはこの前魔人に挑み、あっけなく殺された。だから僕が蘇生したのさ。蘇生にはそれなりに時間がかかるから、そっちの時間では一日過ぎちゃってるだろうけど、君たちにはあんまり関係ない話だよね。なんせ──』


 てんちゃんは資料の山でも倒したのか、『うわ』と叫んでから続けた。


『いや、まあ、ヒスイもそろそろ現実を受け止めてね。じゃあ、僕は忙しいからこれで』


 そう言って、てんちゃんはテレパシーを遮断した。


「どういうこと……私が死んだ?」


 私は今の話が信じられず、自分の身体を抱きしめた。そして気づいた。


「冷たっ……」


 自分の身体がまるで死んでいるかのように冷たく感じられた。

 身体を震わす私にヒイロが近づいて手を握った。


「大丈夫。私達は確かに死んだけど、こうして生き返ったんだ。私達は何度だって生き返る。だから不安になる必要はないんだよ?」



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