第27話 悪魔と契約

「悪魔」


 レインがデビちゃんを見て言った。デビちゃんを見つめるレインの目線はいつも通り無表情の冷たいだった。


「そんな目で見つめられたのは久しぶりだぜ。自分で言うのもなんだが俺は可愛いからな。皆俺を見てキャーキャー言ってくれるんだぜ?」

「なぜ悪魔が魔法少女と一緒にいるんだ?」

「会話する気ゼロってことか。自分勝手な奴だ」


 デビちゃんは溜息を吐き、頭を鷲掴みにしているレインの手を尻尾でペチペチと叩いた。


「とりあえずよぉ。この手を放してくれよ。どう考えても人に話を聞く態度じゃねえよな?」

「……」


 レインはデビちゃんの頭から手を話す。するとデビちゃんはふわふわと浮遊しながらシザースグレーのベッドに座り、レインを見上げた。


「そんで? 魔人さんは何が聞きたいんだっけ? 恋バナだっけ?」

「どうしてお前のような悪魔が魔法少女と一緒にいるんだと聞いている」


 レインの言葉をデビちゃんは鼻で笑い飛ばした。


「そりゃあお前、偏見ってやつじゃね? なんで魔法少女の隣に悪魔がいちゃいけないんだよ」

「……悪魔は邪悪だからだ。悪魔は不当な契約で相手を騙す汚い連中だ。魔法少女のような存在の隣にいるにはどう考えてもふさわしくない」

「何だお前。絵本でも読んで育ったのか」


 レインとデビちゃんが会話している今も、部屋の外では魔法少女モノクロームの三人とミストが死闘を繰り広げている。


「その劣悪な絵本はなんて絵本だ。一冊残らず燃やし尽くして著者もぶち殺してやる」

「……どうして悪魔が魔法少女の隣にいるんだ」

「ケッ……コミュ症野郎……」


 デビちゃんが窓の外に目を向けたが、外は真っ白で何も見えなかった。


「仕方ねえなぁ。外の奴がシザースグレー達を殺さないと約束してくれるなら話してやるよ」

「それは心配ない。おそらく殺せ……いや、殺さない」

「……そうかよ。で、どこから話せばいいんだ? 魔法少女の歴史からか?」


 _______


 ある日。

 平穏な暮らしを送っていた人間達に、とある自然災害が牙をむいた。その自然災害の名前は詳しく残されていないが、洪水や土砂崩れ、台風や地震などとは一線を画す超常的な自然災害だったらしい。

 そうまるで、人類を苦しめたいという意思を持った一つの生き物のような。

 その自然災害は人間達の暮らしをことごとく破壊した。地は荒れ、水は汚れ、家などは元の姿を思い出せないほどの惨状だった。

 人間達は途方に暮れた。復興を目指して必死に働けど、その自然災害によって荒れてしまった地面は作物を実らせない。水を飲めば病気にかかる。


 もう、死ぬしか道はないのか。


 そう思った時、人間のもとに一筋の光明が差した。

 その光明こそ、悪魔。

 人間達は悪魔に願った。


『どうか、どうかあの自然災害を止めてください。そのためならば、私達はどんな供物でも捧げます』


 悪魔は言った。


『良いだろう。供物は……そうだな。年端も行かない少女にしよう』


 そうして、始まりの魔法少女が生まれた。


 ___________________



「そんな感じで魔法少女と悪魔の関係は始まったわけだ。だからな? お前が言っていた、魔法少女の隣に悪魔がいるという表現は間違っていて、正しくは、魔法少女は悪魔が隣にいるから魔法少女なんだよ」

「……」

「……少しは反応を返してくれよ。もしかして目を開けたまま寝てんのか? もっかい話すとか勘弁してくれよ?」


 デビちゃんが尻尾でレインをつつこうとすると、レインは手のひらで尻尾を受け止めた。


「……なるほど。悪魔と魔法少女の関係は分かった。では次の質問だ」


 レインの言葉にデビちゃんが呆れたように首を振る。


「いやいや。それは無理だ。願い事は一つの契約につき一つだけ。そのくらい、お前が読んでいた絵本にも描いてあっただろ?」

「契約? 俺はお前と契約など交わしていないが」

「結んだぜ? この忘れんぼが。交わした契約は『外の奴がシザースグレー達を殺さないこと』だ。契約にもっと敏感になれ。お前今、何と話してるのか分かってんのか? 悪魔と話してんだぜ……?」

「……」

「契約不履行の場合は……想像できるよな?」


 デビちゃんが笑った。

 レイン自身も気づいていなかったが、彼の拳はきつく握られていた。


「……契約を交わそう。次の質問に答えてくれたら、俺たちはすぐに引き上げる。どうだ?」

「いいぜ。答えてやる。言っておくが、特別価格なんだぜ?」


 窓の外からシザースグレーの叫び声が聞こえた。


「早くしろ」


 デビちゃんが冷や汗を垂らしながらレインを急かす。レインはいつもの無表情でゆっくりと尋ねた。


「我々を洗脳しているのは、お前か?」


 焦っているのはデビちゃんだけではなかった。レインも目の前の可愛らしい生き物を見ながら内心焦っていた。

 理由は分からない。しかし、レインは目の前のモフモフを怒らせるべきではないと本能で理解した。

 デビちゃんはレインの質問に答えた。


「は? 知らね」


 白い霧と深い沈黙が二人を包んだ。


「……」

「……」


「じゃあ、契約満了だな。帰ってくれ」

「……嘘か?」

「は? 悪魔舐めんな」


 デビちゃんはそう言って窓を開け放った。そして羽ばたき、首をクイっと振ってレインを促した。

 レインは少しのやりきれなさを感じながらも、窓をくぐってミストを止めに行った。


 ●


「だぁ~かぁ~らぁ~。その程度だと運動にもならないんだよね。それじゃあ、私の……私のアレも改善しないじゃんか」


 魔法少女モノクロームの三人はミストの霧による不可視の攻撃──否、ミストの手心が加えられた優しい攻撃を、必死になって避け続けていた。

 ミストが先ほどからシザースグレー達に求めている『魔力感知の精度を高める』という難題にも挑戦してみてはいるのだが、彼女たちは戦いの中で成長することができていなかった。

 ミストは大鎌に足を絡ませながら、霧の中で怯えている三人を見ていた。

 ミストには深い霧の中でもしっかりと三人の魔力が見えていた。


「ちょっと期待しすぎたかも。まあ、いいか。時間稼ぎは出来てるわけだし」


 そう呟いたとき、彼女の下へレインが飛び降りてきた。


「あ、レイン。用は済んだ?」


 ミストが尋ねると、レインは頷きながら少し不安そうな顔でミストに尋ねた。


「ミスト。魔法少女を殺したか?」

「いや? 私は洗脳にかけられていることを実感したくないから、殺そうとすらしてないよ」

「そうか。良かった」

「……良かった?」

「ああ、契約が不履行になってしまうから」

「何の話?」


 レインはミストの腕を掴み「行こう」と言いながら強引に引っ張った。ミストは「え?」とレインの無表情を見つめる。


「もういいの? もう終わり?」

「ああ、終わりだ。俺たちは早く帰らなければならない」

「何でよ」

「悪魔との契約だ」

「はあ?」


 レインが指先から水滴を垂らして、水溜まりを作り出す。そしてミストの腕を掴んだまま、その水溜まりへ飛び込んだ。

 ミストはレインと同じようにやりきれなさを感じながら、魔界へ仕方なく帰っていった。

 ミストが魔界へ帰ってからも、深い霧はしばらく消えなかった。そのため、シザースグレー達は突然やんだ攻撃に、むしろストレスを感じていた。


「もう、帰ったんじゃない? 話しかけてこなくなったし」


 ロックブラックがシザースグレーの袖をチョンチョンと引く。


「ダメだよ。そうやって気を抜いたときにグサッてやられるのがお約束なんだから。私は経験から学んだんだ。もう絶対に、油断はしちゃダメって」


 三人は生唾を飲み込んで武器を構える。いつ飛んでくるか予想もできない攻撃に身構えた。

 その時、シザースグレーの目の前で霧が揺れた。シザースグレーは咄嗟にハサミを突き出す。


「やッ!」

「うぉあ! 危ねぇ!」

「え、デビちゃん?」


 深く白い霧の中から出てきたのは、モフモフのデビちゃんだった。シザースグレーは突き出したハサミを納めながらデビちゃんの頬に触れた。


「ど、どうしたの!? こんなとこにいたら危ないよ!」


 デビちゃんはシザースグレーを見て、盛大に笑った。それはもう腹が千切れるほどだった。


「ハハハ! 大丈夫だよ! だってあの魔人はもう帰ったからな!」


 大きく口を開けて笑うデビちゃんを見て、モノクロームの三人は首を九十度に傾けた。





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