第8話 決意を固める
「ただいま」
そう言って会議室に帰ってきたのは、レインを迎えに行っていたサンだった。サンの身体はボロボロになっていたが、その表情はどこか満足気に見えた。
会議室でダラダラと特に何かをしていたわけではない魔人たちがサンを「おかえり」と言って出迎えた。
ノートパソコンを広げてネットサーフィンをしていたクラウドが帰ってきたサンに話しかける。
「サン。レインは?」
クラウドが眼鏡をはずしながら聞くと、サンは先ほどの満足げな表情のまま、さらににやりと笑って言った。
「殺した」
それを聞いたクラウドは少しも驚くことなく「そっか」と言って眼鏡をかけ直し、ネットサーフィンに戻った。
「ちょっとは驚けよ。殺してきたんだぜ? 薄情な奴め」
サンがクラウドをからかうように顔を近づけると、クラウドは目線だけをサンに向け、そして「ハハ」と笑った。
「サンにレインを殺せるわけないでしょ」
その言葉にサンの満足気な表情が歪む。
「……それは、この俺がレインより弱いってことか?」
サンの胸の炎が激しくバチバチと燃え上る。サンの炎が燃え上がると会議室の気温が暑くなるのでやめてほしい。
サンに睨まれたクラウドは手を顔の前で振り、いつもの張り付けられた笑顔のまま「いやいやいや」と苦笑いした。
「そんなことは言ってないよ。ただ、サンは家族想いだから、レインを殺すことなんかできないでしょってこと」
「キ、キメェこと言ってんじゃねぇよ!」
口元に手を当てて笑うクラウドから目を逸らし、サンは「ふんふん」と鼻を鳴らしながら椅子に勢いよく腰を下ろす。
「そんで、魔法少女はどうなんだよ。殺せたのか?」
サンの言葉にクラウドは笑ったままギクリと身体を震わせた。二人の会話を聞いていた私も、質問から逃れるよに目を逸らす。
「あ?」
サンがクラウドを見つめる。クラウドは少しだけ口角をひきつらせた。
「ハハ。俺もレインと同じように、サンに殺されなきゃダメかも」
クラウドはお手上げポーズをしながら「ハハ」と笑う。そして首を掻きながらヘラヘラしていった。
「ごめん。排除できなかったよ、魔法少女。俺たちにかけられた洗脳は本物だ」
クラウドがそう言うと、サンが驚愕の表情で椅子に預けた身体を跳ね起こした。
「クラウドが魔法少女の排除に行ったのか?」
「うん」
「それで失敗したのか!?」
「ごめんね」
クラウドが頷くと、サンは「あー……」と、また椅子に寄りかかった。
「マジかよ」
と、言いながら天井を見上げる。するとサンは天井の蛍光灯が異常にバチバチと発行してるのに気が付いた。電気系統が不調を起こす原因は、この魔王城に一人しかいない。
「サンダーは何してんだ?」
サンが不規則に点滅する蛍光灯を見つめると、蛍光灯の中に入っていたサンダーがぬるりと姿を現して、私のお腹の上に着地する。私は「ぐえ」と声を漏らす。
「俺だけじゃなくて、サンダーも失敗しちゃった」
「サンダー?」
サンがサンダーの方を見る。サンダーは私のお腹の上で泣きべそをかきながら、「ごべんなざい……」と謝った。
「いや、謝る必要はねェけどよ……」
サンは泣いているサンダーに近づいて頭を撫でた。クラウドはその様子を見て小さく笑った。
(さすが家族思い。サンダーに優しい……)
今もサンダーの下敷きにされている私は、サンダーを抱きかかえて頭を撫でた。
「しかもサンダーは魔法少女に直接あったわけじゃない。この会議室から攻撃しようとして失敗したんだ」
そう言った私の顔は非常に深刻な表情だったはずだが、しかしサンは事の重大さが理解できていないようだった。
「? どういうことだ?」
私は「だからさ」と開けれたようにサンダーの頭をポンポン叩きながら言った。
「ようするに魔法少女に直接会っていないサンダーまでもが、すでに洗脳にかけられているということになる訳よ。それって、私やウインド、それにサンだってすでに洗脳にかかっている可能性があるってことなんだよ」
私の言葉を聞いたサンは数秒制止して顎に手を当てた。そして「ん?」と自分の椅子に向けてゆっくり歩きながら言った。
「ということは、魔法少女を排除できる奴はもういないということか?」
私はサンの言葉に頷きながら補足した。
「まあ、試してみないことには洗脳にかかっているかどうかなんてわからないけれど、正直試したくはないよね……」
サンは自分の手のひらを見つめながら自分にかかっている洗脳を自覚しようとした。しかし何も感じ取れなかったようで、背もたれに寄りかかり天井を仰ぎ見た。
「まあ、確かめてくるしかねェよな」
サンが椅子から立ち上がる。私はサンダーのアホ毛をいじくりながら言った。
「やめといたほうがいいと思うけど。サンが洗脳を実感しちゃって、そこのクラウドみたいに落ち込んだら面倒くさそうだし」
クラウドが指を刺され「ハハハハハハ……」と笑う。
「いやいや、もしかしたら俺は洗脳されてねぇかもしれないし」
「そんなこと言いながら失敗した子がこちらのサンダーちゃんなんだけど」
その時、お菓子運んでいるウインドが会議室に入ってきた。ウインドはサンと私の会話を聞いていたようで柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ、私がここからやってみようか?」
ウインドの提案にサンが断固反対する。
「いや、ウインドにはサンダーみたいな精密な攻撃ができないだろ」
問題はそこじゃないだろ。と、突っ込みたくなったけど、少し様子を見てみる。
ウインドはお菓子をテーブルの上に置きながら「うーん」と悩んだ後、胸の前で手を合わせて言った。
「あ、じゃあさ。人間全員、お掃除しちゃう?」
「それはダメでしょ」
ウインドならやりかねないので、思わず止めてしまった。
彼女は常識人の皮をかぶっているが、魔人であるからしてそれなりに狂った部分が存在する。
サンやレインが戦闘狂であるように、クラウドが変態であるように、サンダーが無邪気すぎるように、ウインドは何をするにも躊躇しない。
いつもにこやかな笑みを浮かべてはいるが、彼女は他人の命を平気で奪うれっきとした魔人なのだ。
やはり常識人は私だけか……
「大丈夫だよぉ」
そう言って、ウインドが魔力を貯め始めた。その魔力はウインドの手の中で竜巻のように渦を巻き、会議室の内装を揺らした。
ウインドが柔らかい笑顔で言った。
「私にも洗脳かかってるんでしょ? じゃあ実行まではできないはず。だから大丈夫」
私はサンダーを投げ飛ばしてウインドの腕をつかむ。
「ウインドは平気で実行しちゃいそうだから怖いの!」
「ミストちゃん酷い」
サンは黙ってウインドが魔力を溜める様子を見つめていた。ウインドの行動に慌てているのは私だけのようだ。
というか、クラウドとサンダーは現在絶賛鬱進行中で、動けるはずもないのだが。
ウインドが「よし」と言って、その強大な魔力による風の暴力を行使しようとする。
「ダメだよ!ウインド!」
私が腕を揺さぶるがウインドが止まる気配はなかった。
そして、ウインドはその魔力を解き放ち──
「……」
「……」
ウインドは魔力を収めて言った。
「ダメっぽい。すごい洗脳かかってるかも……」
ウインドはそう言って、私に投げ飛ばされたまま床に転がっているサンダーを抱きしめた。
「ぐえ! 苦し!」
ウインドに抱きしめられたサンダーが、その抱擁の圧に苦しんで暴れだす。しかしウインドはサンダーを抱きしめて離さなかった。
サンダーは「ウ、インドォ……」と声を絞り出しながら、ガクンと気を失った。
「洗脳、すごい嫌だね、これ……」
ウインドは震えながらサンダーを抱けしめ続けた。その様子を見ていたサンはあからさまに動揺していた。
「お、おい。ミストはやってみたのか?」
サンが私を見てくる。私は冷や汗を垂らしながら首をぶんぶんと振った。
「私は遠距離で攻撃できるタイプじゃないからやってないよ……」
「そうか。そうだよな……」
サンが胸の炎に触れた。もしかして、サンも試してみるつもりなのだろうか。サンも遠距離攻撃ができるオールマイティな奴だから、できないことはないけれど……
「いや、やるなら直接会ってやったほうがいいよな……」
サンはそう言って、扉に向けて歩きだした。私はサンの背中に最後の忠告をした。
「さっきも言ったけど、やめておいたほうがいいよ」
「まあ、そうかもな」
そう言って、サンは会議室から出ていった。
●
私は学校帰りに友人と遊んでいた。
その日は怪人が現れなかった。怪人はシフトを組んでいるかのように毎日現れるのだが、時々こうして現れない日が存在する。
私はそんなラッキーな日を無駄にしないように、ちゃんと友達と遊ぶなりして充実させる努力を怠らない。
「シザースグレーと遊びにいくなんて、レアだよね!」
友人が私の頬をつつきながら笑う。
「それな! シザースグレーはいつも怪人退治で忙しそうだから!」
もう一人の友人が逆方向から頬をつつき、私を挟み撃ちにした。私は友人の言葉にぎこちなく「アハハ、ごめんね」と返す。
私が謝ると、友人たちは目を見開いて、頬をつつくのをやめた。
「何謝ってんの! 私たちはシザースグレーに感謝してるんだよ? だってシザースグレーがいないと、私たちは怪人に殺されちゃうんだから!」
「それな! マジシザースグレーありがとすぎ!」
そう言って友人たちは私の腕に抱き着く。両腕に抱き着かれた私は頬を染めながら「えへへ」と笑った。
友人たちが私の腕に抱き着きながら元気よく「えいえいおー」とばかりにテンションをぶち上げた。
「今日は私たちが全部奢っちゃうから! まずはタピオカ飲みに行こー!」
「おー!」
私は友人たちの顔を見た。
「奢ってくれなくていいよ! そのくらい自分で払うから!」
そう言うと、友人たちは一斉に顔を近づけてきた。
「ダメ!シザースグレーはいつも頑張ってるんだから、私達にお礼させてくれなきゃダメなの!」
「ええ……」
「そうだよ!奢らせてくれないと遊んであげないよ!」
「ええ!?」
私は、友人たちのよくわからない持論に驚きつつも「じゃあ、ありがとう」と遠慮なく奢られることにした。
私はある意味浮世離れしている。怪人と戦うことばかり考えている人間だから、最近の世情だとか、流行りだとかに疎過ぎる。
もちろん、タピオカなど飲んだこともなければ,どんなものなのかも詳しく知らない。
友人が奢ってくれたタピオカミルクティーのストローを口に咥え、ゆっくりと吸ってみる。すると、大きなタピオカの球体が喉に襲い掛かってきた。
「ぐえ!」
「うわ!大丈夫?」
「ご、ごめん。ゆっくり吸ったつもりだったんだけど……」
友人たちは私の背中をさすりながら笑っていた。その笑顔を見ると、思わず私も幸せを感じることができた。
もう一度タピオカにチャレンジしてみる。今度はゆっくりと慎重に。
「そんなに慎重にやらなくても、普通に吸えば大丈夫だけどね」
友人たちが私の不器用な一面を微笑ましく見つめる。
「どう? おいしい?」
私は満面の笑みで「うん。おいしい」と答え、もう一度タピオカミルクティを吸いこんだ。
友人たちは幸せそうに顔を見合わせて笑った。
その後、屋台で売っていたクレープを購入し、広場のベンチに座った。クレープを頬張っていると、友人の一人が柔らかく笑いながら私に言った。
「なんか、こんな言葉で簡単に言っていいのかわかんないけど、シザースグレーには本当に感謝してるんだ」
その友人の言葉に、もう一人の友人も真剣な顔つきで続けた。
「私も。前にシザースグレーが怪人に立ち向かっていくとこを見たよ。私には、とてもあんなことできない。本当に、シザースグレーはすごいよ」
友人たちは私の頭をわしゃわしゃと撫で回しながら「いつもありがとうだぞ!」と笑う。
「ありがとう。でもね? 魔法少女になって、魔法が使えるようになれば、あんなの誰にだってできるんだよ?」
その言葉を聞いて、友人たちは頬を膨らました。
「できない! シザースグレーはもっと自分に自信を持ちなさい!」
「そうだよ! もっと、私は魔法少女だぞ!って威張り散らすくらいでちょうどいいの!」
私は友人たちの言葉に少し困ったような反応を見せたが、すぐに表情をへにゃりとほぐし「そうかな」と笑った。
それを見た友人たちはもう一度私の頭を撫でまわした。
「可愛いなこのやろ!」
「おらおらー!」
友人たちは私の髪の毛がボサボサになるまで撫でまわすのをやめなかったが、数秒後に髪の毛の惨状に気づいて「あ、ごめん」と謝った。
友人たちはシザースグレーの髪を櫛で整えながら言った。
「でも、今日は魔法少女じゃなくて、一人の女の子としていっぱい遊ぼうね」
その友人の言葉に、少し泣きそうになった。
その言葉は私にとって、少し暖かすぎる言葉だった。
「……うん。ありがとう」
良い友人を持ったなと、自分の幸せを実感すると共に、この友人たちを危険な目に合わせたくないと心から思った。
その後、カラオケで喉を枯らしたり、バイキングでお腹を膨らませたりして、束の間の休息を友人たちと存分に満喫した。
日が暮れ始め、別れの時間になると、友人たちは名残惜しそうに私の手を握った。
「また、遊ぼうね」
「絶対だよ!」
友人たちの笑顔を見て、私は一人、決意を固めていた。
私は友人たちの手を強く握り返すと、力強い声ではっきりと伝えた。
「うん。私もまた二人と遊びたい」
その時、怪人の気配を感じ取った。
私の表情が突然緊迫したものに変わったのを見て、友人たちは動揺する。
「どうしたの?」
友人が心配そうに私の顔色を伺う。
私は友人たちの頭をやさしく撫でた。そして、「ごめん。ちょっと行ってくる」と言って振り返った。
私は最後に一言「私がいるから」と伝え、友人に背を向け歩き出した。
私が「デビちゃん」と呟くと、何もない虚空から「はいよ」とデビちゃんが現れた。
私はデビちゃんからハサミを受け取り、そして魔法少女シザースグレーに変身した。
私が見つけたのはライオンの頭をした怪人だった。その怪人は私の姿を見ると、絶叫に近い雄叫びをあげる。
住宅街のど真ん中に獣の声が響いた。
「シザースグレー参上! 覚悟しろ!」
私は自分を鼓舞するためにも,ライオン怪人の雄たけびに負けないくらいの声量で叫んだ。
その叫び声は住宅街に響き、きっと、周囲の人間を安心させる。
私はハサミを構え、ライオン怪人に立ち向かった。
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