第32話 転生エルフ(105)、鬼軍曹になる。

「も、森の中にこんな場所があったなんて……」


 決戦から一夜が明け、ジン君が俺たちの生活エリアにやってきた。

 ここを住処として5年。

 当初は身長くらいの高さしかなかったユグドラシルの古代樹(簡易バージョン)も、今や周りの木々と同じくらいの高さにまで成長した。

 それに伴って不可視の領域も広がったため、簡易的な修行スペースまでもが設けられる空間になっていた。


「これからよろしく、ジン・フリッツ君。強くなりたいと願って俺の手を取ってくれたことを嬉しく思う。その誓いに今も変わりはないかい?」


「……はいっ! 諦めの悪いところだけがぼくの取り柄ですから!」


 その目は不安に包まれていながらも、言葉にははっきりとした決意が込められていた。


 この世界は個人個人に魔力があることを前提にして成り立ち、動いている。

 動物以上に魔物が溢れかえったこの世界では、近所の子どもでさえ前世で言う所の虫取りををするような感覚で、魔力を用いてスライムと戯れる。


 特に冒険者ともなってくると連日連夜スライム以上の魔物と戦うことになる。

 体技を磨いて魔法で補助する者、魔法を磨いて体技で補助する者など、戦い方は千差万別。

 加えて魔法技術も大きく発達し、術者の動きをサポートするために魔力を用いて動かす魔道具も増えてきた。

 やはりそれらも、ある程度は魔法を使うことを前提として成り立っている。

 その中で、魔力がないというハンデを抱えながらも折れることなくここまでやってきたのがジン君だ。

 

 こういった子は報われてほしいと思ってしまう。

 それにこの子が今まで折れなかったおかげで、世界も丸ごと救えるかもしれないのだから。


「それは良かった。さて、さっそく本題に移ろう。ミノリ、修行武器を彼に」


「承知しました、リース様! ジン君。これはリース様が直接製作して下さったジン君専用の修行武器です。心して受け取ってくださいね」


 修行用スペースの一角から取り出した武器を、凜とした様子でジン君に渡すミノリ。

 実はこの時のために、数ヶ月前から作っていたのだ。

 無駄骨にならなくて本当に良かった。


「……木剣、ですか?」


「あぁ。ちょっと普通のものとは違うけどね」


 ミノリが手渡したそれをまじまじと眺めてジン君は首を傾げる。


視た・・所、ジン君には今は魔力はないけど《魔力容量》までがないわけではない。いつ魔法が発現してもいいように、今のうちから魔力容量を限界まで増やしていく。魔力容量は器、魔力総量は水――といったイメージは聞いたことがあるかな?」


「は、はいっ! 魔力容量一杯に入った魔力総量を使い続けるといずれは枯渇する。枯渇した場合、体内からは時間を掛けて魔力が湧き出てくる。それに伴い、魔力容量も元の大きさより少しだけ大きくなっていく――魔法生理学の分野ですね?」


「百点満点だ。話が早くて助かるよ」


 魔法が使えないからと、それでも諦めずに肉体と頭脳を磨き続けていただけはある。

 ジン君はよっぽど頭の方も賢いらしい。

 一方で隣では、「まほー……せいりがく?」と目を点にしているミノリの姿がある。

 数年前に彼女にも渡した修行用の木刀をまじまじと見続けているが――。


 一応、ミノリも俺と出会ってからの最初の数年間は似たようなことはしていたんだけどなぁ……。


 二人に渡した木剣にはそれ自体に魔力を溜め込んでおける魔道具が仕込まれてある。

 木剣を通して使用者に魔力を流し込むことで、本人の体内に押しとどめておける魔力最大値を示す『魔力容量』や、元々本人が持っている『魔力総量』の二つを測ることが出来る。

 さらには木剣に向けて自身の魔力を流し込むことで、擬似的な魔力付与エンチャントの感覚も身につけることができる。


「覚えてないか、ミノリ? 数年前にミノリ側から木刀に魔力を流し続けて枯渇させ、魔力が充満した頃にまた再開したあの修行だよ」


 ミノリは、苦い空笑いを浮かべる。


「魔力が枯渇しきった時、全身が気怠くなって1週間は動けなくなった、あの修行ですね……覚えています……」


 ぽわぽわとしていたミノリが一瞬にして顔を強張らせたのを見て、ジン君はごくりと生唾を飲み込んでいるようだった。


「ミノリの時のサイクルはこうだ。魔力を使い切るのに半日、魔力容量を広げるのに半日、ミノリ自身の魔力総量を回復させるのに6日。魔力を枯渇させきった時、魔力容量は1%ほど広がるとされているね。これを2年続けることで、ミノリの魔力容量は当初に比べて3倍近くに膨れ上がることになった」


 俺と出会う前から既に魔力値もそれなりだったことを考えれば、ミノリは相当頑張ったと思う。

 だからこそ今や魔力付与エンチャントを連発し、超級魔法を重ね掛けすることも出来るようになっているのだ。


「し、質問です! ぼくにはその魔力総量がないと仰られていたと思います。その源泉はどこから出てくるんでしょうか?」


「俺が見繕うつもりだ。その剣にはミノリの全魔力を抑えきれるほどには魔力が入るからね。言っただろう? ミノリを越えてもらうって」


 彼には現時点で自分自身の魔力がない。

 ということは、彼自身の魔力回復を待つタイムロスが全くなくなると言うことだ。

 俺がジン君の魔力容量いっぱいに魔力を渡し、使い切ってもらう。使い切ると魔力容量が大きくなるから、そこに更に魔力を注ぎ込む。そうやって魔力容量を大きくしていける。

 ジン君にしか出来ない時短強化技だ。少なくともミノリの魔力総量は遙かに超えていくだろう。


「魔力を使い切るのに半日、魔力容量を広げるのに半日。魔力をこちらから注ぎ込めば回復時間は0。これを1年続けるだけで、君の魔力容量は元と比べて38倍も大きくなる」

 

「……そ、そんなことが、できる……んでしょうか……?」


 指折り数えながらギギギ、と。さすがのジン君も身体が強張っているようだった。


 冷や汗を流しながらジン君は「強く、強くなるんだ……!」と自分に小さく言い聞かせていた。


「極致級の回復魔法を使う魔法使いが、ヒト一人に魔力総量分の魔力を与えた上で1日で回復させる。この程度のことが出来ずしてどうするというんだい?」


 魔王復活まで、あと3年。

 時間は悠長には待ってくれはしない――。

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