第20話 転生エルフ(100)、信頼を寄せる。
――なにも旦那がそこまで背負う必要はないじゃないスか! あんな所、オレたちでもめったに近寄らないんスよ……!?
出立前、グリレットさんは本気で俺たちが最前線の地に行くのを制止してくれた。
――魔族が《勇者》因子探しをしていると分かった以上、こちらも大きな動きをするべきじゃない。
ここでかつてのように魔族に隆盛されれば、俺も困ってしまう。
なぜなら……。
――やっとこれから900年を自由気ままに生きられるんだ。魔族に世界を牛耳られるなんて結末は、一番つまらないからね。
○○○
「リース様、ありましたよ! おうちです! 雨風凌げるおうちです!」
魔獣が多く生息する
そのちょうど中間地点である大円森林ヴァステラを進むことはや1時間。
魔獣に出くわすこともなく、俺たちは無事にグリレットさんの託してくれた地図が指し示す《森の中の小屋》という場所に辿り着く。
森の中の小屋と言えども、元はまだ魔獣出現がほとんどなかった頃にグリレットさんの先代が、別荘代わりに使っていたという建造物だ。
石造りで頑丈そうな上に見晴らしも良い。
ヒト二人が暮らすには充分すぎる大きさだ。
建物全体を覆う緑色のツタや倒れかかった木々などは、それ相応に放置されてきたことをよく物語っているが。
「……これは、魔獣が来る前に寝屋だけでも確保しないとですね。リース様のお役に立てるならわたし、何だって――!」
「今は大丈夫だよ、建物の清掃ならこの子達に任せよう。精霊魔法、
建物に向けて魔法を放つ。
すると、蝶のような翼を生やした光り輝く小さな女の子――精霊たちが俺の周りを飛び交った。
彼女らは小さくこくりと頷くと、建物をぐるぐると周回しながら建物にこびりつく汚れ、埃、傷を全て修復してくれた。
「……え、えぇぇぇぇ!? おうちが新築みたいになってるじゃないですか!?」
「精霊魔法。俺が78歳の時に解読した、精霊との契約にまつわる古代魔術の一つだよ」
世界中に散らばる精霊たちに自身の魔力の一部を与えることで契約とし、その力を使役してもらう。
魔道書が解読出来なかったために今や完全に廃れた技術だが、魔力を使える者なら誰でも使えるようになる。精霊魔法は使えると便利な魔法の一つだ。いつかミノリにも覚えてもらおう。
「後はもう一つ、結界魔法
ヴン、と。掌の上に魔法で出来た種が現われる。
新築と化した別荘の庭にそれを埋めれば、すぐさまもこもこと身長くらいの小さな樹が立ち、家全体にユグドラシルの古代樹と同等の結界が張られる。
いわば、故郷のご神木の簡易バージョンだ。
32歳の頃だったと思う。俺が一番最初に学んだ古代魔術だ。
「これでこの建物は外側から不可視の結界が張られたことになる。魔獣にも魔族にも見つかることは無いし、中から好き放題に見通せるようになったかな。さ、中に入ろう、ミノリ。……ミノリ?」
ガチャリと建物内に入ろうとする俺だったが、ミノリは玄関前でぽかんと口を開けて呆然としている様子だ。
「リース様って、なんでもできちゃうんですね……?」
ミノリの頭の上にぴょこんと跳ねた紅髪が、ぱたりとしおれていた。
○○○
リビングに置かれた木造ピカピカのテーブルの上で、ミノリが突っ伏している。
ぴとり、ぴとりと元気なく動く頭の上の紅髪は、本人の気分の落ち込み様を示しているようだった。
役に立とうとしてくれてるのは非常に嬉しい。
……というか、森の外を出て初めて会ったヒト族がミノリで心の底から良かったと思っているし、恩人の1人でもあるわけなのだが。
年齢相応の所があって安心した、というのも偽らざる本音だ。
「なんでミノリは俺がわざわざこんな人里離れた場所を選んだか、分かるかい?」
「……ククレ城塞まで強個体の魔獣を侵入させないため、でしょうか?」
「それももちろんある。だがもう一つあってね。これからミノリを精いっぱい頼りたいからなんだ」
ぴょこんとミノリの髪の毛が跳ねる。
「ミノリは確かに強い。その年齢で上級魔法を駆使できている。それに魔力の放出経路も凄く綺麗だし、センスは抜群だ。剣に
「なる……ほど」
「だからこそ、どうしても魔力放出時のロスが多い。これからは魔力のロス無くして発動させることを意識するんだ。そうだな、今から3年で超級魔法を使えるようになれれば一番良い。ミノリの魔法威力を考えると、思いっきり力を振るえる所がいいかと思ってね」
ふと、ミノリは顔を上げてきょとんと目を丸くした。
「……リース様は、どうしてわたしにそこまで親切に教えてくださるのですか?」
「――いつか」
言って、唾をごくりと飲み込む。
「いつか魔王が本格的に出てくるとしたら、ミノリの力が必ず重要になってくる。俺には《勇者》の因子がないから魔王を直接倒すことは出来ない。だからその時に俺を最大限サポートしてくれるとしたら、ミノリしかいない。そう思ってるからだ」
「……わたし、しか?」
「この1ヶ月、巷でよくヒトを観察してみた。ミノリのレベルで剣と魔法の両方を磨き上げたヒトは1人もいなかった。きっとミノリは、血の滲むような努力でその技術を手に入れたんだと思うと、純粋に尊敬したんだよ」
俺もかつては同じだった。惨めだった自分を変えるために死に物狂いで100年を過ごしてきた。ミノリも、頭の片隅にしか残っていない俺の幻影を求めて7年間死に物狂いで研鑽を積み重ねてくれたのだろう。
そう思うと、彼女には一個人として尊敬の念しかない。
「それに――」
思わず席を立って台所に向かう。
「将来、俺は色んな場所を巡るべく更なる旅に出ると思う。その時……隣にミノリがいてくれたら、色々頼れるし……心強い、からね」
気恥ずかしくて彼女の顔は直視出来なかった。
にも関わらず、ひしっと彼女は後ろから抱きついてきた。
頭をぐりぐりと押しつけて、くぐもった声音で彼女は言う。
「……えへへ、リース様のお役に立てるようにわたし、頑張りますから」
――そんなミノリの決意と共に、あっと言う間に2年が過ぎていった。
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