第22話 転生エルフ(102)、食事の楽しみを覚える。

「リース様の切り口が美しかったおかげで、今日のお肉はふわふわなんですよ~。シルファ食堂秘伝のレシピその33、雄蛇鶏コカトリスの親子丼です。召し上がれっ」


 食卓の上に並ぶ豪華な夕食。

 城塞から取り寄せた新鮮な卵と、獲れ立ての鶏肉が艶やかに光る。

 そしてこの世界にもお米があったことは、永らく食事の楽しみを忘れていた俺にとっては何よりの僥倖だった。


 スプーンで掬えば湯気が立ち込めるぷるぷるの半熟卵。

 噛めば肉の脂と出汁がじゅわっと口の中に広がり、お米の甘さをより引き立てる。


「うん、今日も美味しい。ミノリの料理レパートリーはどんどん増えていってるな。いつもありがとう」


「えへへ~、何よりです」


 頭を撫で撫ですると、彼女の頭の上の毛がぴょこぴょこと揺れる。

 この喜び方は2年間であまり変わっていないな。


 と、ミノリがこちらを見る瞳がいつも以上にニコニコしている。


「? 何かついてるか?」


「いえ、リース様が美味しそうにご飯を食べていらっしゃるのをみるとつい嬉しくて」


「……確かにそうだ。ご飯が美味しくなったのも、生きててずいぶん久しぶりのことだからね」


 野宿で食べていた魔血蛇ブラッドスネークの丸焼きだの、干しクゥコの実だのを思い出すと考えられないほどの進歩だ。

 ミノリは一ヵ月に一回ほどククレ城塞に足を運び、シルファ食堂にてシルファさんに料理を教えてもらいに行くようになった。


 この2年間でミノリは魔法や剣のみならず、料理の腕前も抜群になっているのだ。


 というのも――。


『リース様のご夕食は、今日も亜空間に保存していたクゥコの実なんですか……?』


 ミノリとの森の一軒家生活からしばらく。

 グリレットさん経由でのククレ城塞からの物資支援はあったものの、俺が食事に選んでいたのはたいていが木の実だった。

 

 元々前世でも一人で食べることが多かったし、エルフに転生してからの食事は生命維持のために摂るものだった。

 エルフに必要な栄養は、木の実を食べていれば何とかなっていたしね。

 それに日本人だった前世も合わせて120年近くも一人で暮らしていると、食事の楽しみなんてものはどうしても手薄になってしまうものだ。


 そんな俺の様子を見かねたのか、ミノリはとうとう――。


『わたしが作ります! リース様にご飯の楽しみを知ってもらうんです!!』


 ――そう意気込んで今に至る。


 ミノリはよく俺に救われたと言ってくれるが、実の所俺が救われている方なのかもしれない。


 そんな平穏無事な生活が続いている2年。鑑定魔法の包囲網は年々拡大させているが、相変わらず《勇者》因子の出現は特に見当たらない。

 変わったことがあるとすれば、魔獣の出現数が上がってきたこと、黒いオーラを纏った強個体の出現数がちらほらと出てき始めたことくらいだろう。

 ミノリの戦闘のいい練習台になってくれている。


 だがグリレットさんの記憶に刻まれていた、角の生えた魔族も言語を喋る魔獣も姿を見せる気配は全くない。


 ……しばらくはこちら側と魔族側の膠着状態が続きそうな現状だ。

  

 

 ――と。


『クルッポー、クルッポー』


 窓の外で、夕方に似つかわしくない鳩の声が聞こえる。


「あ、ククレ城塞からの魔伝鳩メッセルタオペですね。行ってきますっ」


 ミノリはとてとてと玄関へと赴き、「こっちでーす」と鳩に向かって手を振っていた。

 

 何とも平和な光景だ。


 魔伝鳩メッセルタオペは、ヒト族が開発した魔道具でこの世界でのメールのような存在だ。

 魔石に魔力を吹き込み手紙を持たせることにより、一時的に生物の形を為して目的地まで郵便物を届けてくれる。


「シルファさんからのようです。新しいレシピが出来たんでしょうか?」


 手紙を運び終えた魔伝鳩は、ポンと元の魔石に戻っていく。


 ここの世界でも少しずつ似たような仕組みを構築していくのだから、いつかは俺が前世日本で当たり前に使っていたモノも魔道具で何とでもなっていくのだろう。

 一度は、魔道具研究・実用の研究を進めている機関というものにお邪魔してみるのも面白いかもしれないな。


 そんなことを考えながら、父さんがくれたデザート用の干しクゥコとミノリが淹れてくれた食後のティータイムを楽しんでいた、その時だった。

 

「り、リース、様」


 ミノリは手紙を開いてしばらくすると震える声で俺の名を呼んだ。

 先ほどとは打って変わって顔色が白い。


「グリレット様が……」


 言って、ミノリに渡された手紙に目を落とす。


「……そっか」


 飲み込んだお茶がじわりと苦く感じられる。


 それは、俺がこの世界に来て初めて出来た友達の危篤の報だった――。

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