第51話 勇者、覚醒する。

「そして君たちが私たちと争わないもう一つの理由がここにある」


 パチンとウーヴァが指を鳴らすと、彼の隣の空間が歪んだ。


「君たちが欲している勇者の剣とやらはこれだろう?」


 それはウーヴァが持つことすら躊躇うほどの聖なる力を宿していた。

 いつの時代の勇者も、聖剣を持ち合わせていた。

 聖なる剣で魔を討ち滅ぼしこの世に安寧をもたらす。

 歴代の勇者は皆、一様にその《聖剣》を用いて魔族たちと対峙していたという。

 勇者の力を完全解放すべくジンたちが探していた代物そのものだったのだが――。


「聖剣アスカロン。700年前に我等が魔王はこんな短剣一本で滅ぶハメになった。勇者魔法とやらで魔力付与したものでもない、これそのものが聖なる力を有している剣だ。こんなものがあるから、貴様等は期待するんだ。破壊魔法、破砕の鉄槌ガルダロス


 そんなことを露とも知らず、ウーヴァはいとも簡単に剣を魔力で粉々に打ち砕いた。


「さぁ、これで君たちに勝ち目がないことは分かったはずだ。大人しく我等との和平を結ぼうじゃないか」


 先ほどとは打って変わってにっこりと笑みを浮かべるウーヴァ。

 

 ――本気で格好良い冒険者に憧れ始めたのはいつからだっただろうか。


 お伽噺の中の冒険者像を、母に読み聞かせてもらってた時か。

 村に出てきた魔狼ハウンドウルフをたまたま討伐して褒められた時か。

 冒険者パーティー《クロセナール》で延々と雑用を担当していた時か。

 はたまた、圧倒的な強さで敵を討つエルフの姿を見て、想いが再燃した時からか――。


「その世界は、瘴気に耐性がないエルフ族も共存できる世界なのか?」


「エルフ族? さぁ。人間様が嫌いな《亜人》のことなど君達が気にする必要もあるまい」


「……ならそれには答えられないな。リース師匠が帰ってくるときに、リース師匠がいた故郷まで侵食されてしまったらぼくはぼくを一生許せない」


「この意志やくわりが世界の理であろうと、ぼく自身でなかろうとそんなことはどうでもいい。ぼくはぼくで、目指してきて、やりたいもののためにお前達と戦う。だから――!」


 ――いいかい、ジン君。


 リースとの約束を果たすべき時が来た。


 ――これからしばらくの間この剣は君を守ってくれるだろう。だけどもし君が人生最大の戦いを迎える時が来たのならば、俺を信じてありったけの魔力を注ぎ込んでみてほしい。きっと君の力になってくれるだろうからね。


「リース師匠、ここがその人生最大の戦いってことですね……!」


 この5年間、ジンの勇者魔法は着実に力を付けてきていた。

 だが勇者魔法を受け止めてくれる強度を持つ武具は見つかることもなく、リースから貰った修行用の剣が彼の相棒代わりだった。


「勇者魔法、最大火力魔力付与エンチャント……ッッ!!」


 ありったけの魔力を注ぐと、剣は許容できる魔力量を大幅に超えてビキビキと音を立てていく。

 身体中の魔力を、全て剣に乗せていく。

 暴発寸前まで勇者魔法を溜め込んだ剣は――。


 バリィィィィィンッッ


 音を立てて呆気なく柄から先を吹き飛ばしてしまった――が。

 吹き飛んだ破片は光に包まれ再度別もの・・・の剣として再集合していく。


 その様子に、ウーヴァは思わず目を疑った。


「疑似聖剣……だと!?」


「これなら……いけるっ! リース師匠、お力お借りしますッ!!!!」


 どれだけ身体が軋んでもいい。

 今、この空間でウーヴァと一対一で戦えるこの間だけ、これまでの自分の限界を超えて行ければ良い。


「そんな馬鹿げたことがあってたまるか! 聖剣を疑似創成するなど――神の所業ではないかッ!!!!」


 大上段に疑似聖剣を掲げるジンは、魔力不足でふらふらになりながらも笑みを浮かべた。


「あぁ。ぼくにとっては、そのヒトはまさしく神にも等しい存在だ」


 ――一閃。


 最後の力を振り絞ったジンの剣は、今までまるで歯が立たなかったウーヴァの剣を真っ二つに叩き折る。


「……なっ!?」


 ウーヴァの表情に初めて焦りが見えた。

 だが時はすでに遅い。

 ジンの身体を巡る聖なる力は増大し、周りの瘴気すらも浄化するまでに至っていた。

 剣の柄に聖なる力が集まり、ジンの身体と一体化する。

 脳裏に浮かぶその剣の名はどの伝承でも聞いたことがないものだ。

 それでもジン・フリッツは師匠を信じて言葉に魔力を乗せ、聖剣の名を口にした。


「吠えろ、聖剣レーヴァテイン」


似非エセ勇者の、分際でェェェェッッ!!!」


 ウーヴァはこれまでで最も強い闇の魔力を持ってジンへ魔法を撃って出る。


 だが、名を得た聖剣は強く光り輝いた。

 ウーヴァが溜めた破壊の魔法も、瘴気で魔力付与エンチャントした歪な剣も全てを飲み込み、消滅させる。


 ザシュッ――!!


 交錯する最中、ウーヴァの角から光が失われた。

 ジンが最後の力を振り絞って横に薙いだ一撃は確実にウーヴァに届いていた。


「わ、たしごときが、魔王軍の足を引っ張るなど……許されるはずが……」


 瘴気のオーラも掻き消えて、ドチャリと音を立てて倒れ行くウーヴァ。

 魔族の天敵とも呼べる聖なる力が全身を貫いたのだ。もはや再起は不可能だった。


「……ハァッ、ハァッ……!」


 身体の力がドッと抜ける。

 瘴気の過剰摂取と魔力の枯渇で身体は思うように動かない。


「リース師匠、これでぼくも、格好良い冒険者に近付けましたかね……?」


 魔法を使えなかった自分が、ついには魔王軍の最高峰を打ち倒すことができた。

 リースがいなければ、とっくの昔に力尽きていた。

 目の前に燦然と輝くユグドラシルの古代樹に一瞬だけ身を預けるほどに疲弊しきっていた。


 だが、これで終わりではない。

 瘴気で覆われたこの空間の外からは未だ乱戦の様子が窺える。

 希望の旅人ラグリージュやククレ城塞兵たちにこの勝利を伝え、加勢しなければならない。

 ようやく掴んだ勇者の力で今こそ皆に恩返しを。

 そう意気込んで、重たい剣を持ち上げようとした――その時だった。


 ドテッと。 


 意志に反して身体が地面に転がった。

 

「……あれ? こんな時に、なんで……」


 これからだというのに。

 せっかく勇者の力を十全に発揮できるようになり、聖剣が目の前にあるというのに。

 指が一本も動かなかった。

 その時だった。


「ふはは……今の空気はこんなにも澄んでしまっているのか。さぞ同胞達は暮らしづらかったことだろう。700年。実に長かった」


 ふとウーヴァの倒れる後方から、不気味な質量を持った声がした。

 ウーヴァの魔力ではない。いや、むしろウーヴァのそれがぬるいと感じるほどだ。


 辺りに留まっていた瘴気が後方の存在に全て吸い寄せられていく。

 ウーヴァですら全て取り込むことができなかった量だ。

 

「む、ウーヴァが死んだか。まぁ、これ・・にしてはよくやった方か。勇者と相打ちならば上出来だ。死の間際に不完全であれど俺を呼び戻したことは幾星霜に渡る殊勲である」


 ――この最悪なタイミングで、《魔王》この世に復活してしまったのだ、と。


 理解するのに時間は掛からなかった。

 もはや姿をはっきり見ることすらも叶わない。

 ……と同時に、その意味の全てを悟らざるを得なかった。


「……格好良い冒険者に……」


 勝ち目など、あるはずもない。

 もう力は使い果たしていた。

 それでも、もう一度だけ――。


「このままじゃ、リース師匠に、顔向けができないじゃないか……」


 地べたを這いずり、剣を握る。

 後方では異常な量の魔力が錬成されていた。


「我が配下ウーヴァ・カルマの仇は取っておくとしよう。受け取るが良い。破滅魔法、冥府の死風ヴァイエルン


 バケモノの発した言葉に魔力が乗る。

 防ぎようもない質量と空気さえもを飲み込む魔力は、聖なる力を宿していても敵うわけがない。

 もはや死を覚悟して目を瞑った、その時だった。


「よく頑張ってくれた。おかげさまで周りの敵も一掃できた。破滅魔法には破滅魔法だ。魔王の一撃ブラックホールッ!」


 懐かしい声だった。

 飄々とした様子で微塵も危機を感じさせない雰囲気。

 瘴気も魔力も渦巻く中で、颯爽と現れる心地よい風。

 何度も何度も近くで見てきた穏やかで、強大な魔力は健在だった。


「君のようなヒト族が勇者になってくれて良かった。後は任せ――いや」


 目の前に現れたその史上最強のエルフ族はあの時のように・・・・・・・ジンの前に何の躊躇いもなく手を差し伸べた。

 

「――後少しだ。立てるね?」


 一番最初に会った時は、守られることしかできなかった。

 でも今は――。


「……っ! はいっ!」


 世界で一番尊敬している師と共に立ち向かえる。

 それだけでもう怖いものなど何一つなく感じられた。



 ジン・フリッツ、20歳。

 次代の勇者は、5年の月日を経て今日――《勇者》となった。

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