第39話 転生エルフ(108)、魔族言語を解読する。

 クォータ村をたって半年ほど。

 ラステシアに向かう道中では壊滅した集落も所々で見つかっていた。

 とある一角に見つけた村で、ミノリは灰と埃に塗れた看板を払う。


「ロァド村、と書かれているようですね。魔獣と争った形跡もありません」


「ここの魔力を過去半年遡ってみても、魔法を使ったことによる魔力の残滓も見当たらないね。一方的に蹂躙されたと見るのが妥当かな」


「そ、そんなことまでお分かりになるのですか!?」


「魔族領域の魔道書には魔力の残滓の読み取り方、なんてものの記載もあったからね。俺たちみたいに、魔法を使う時だけに発動させる不思議な力とは根本的に捉え方が違うんだよ」


「も、もう魔族領域言語の魔道書まで読めるようになったのですか……」


「今人間界に出回っている魔道書の類いも元を辿れば魔族領域のものだからね。何となく言葉の成り立ちも似たりしてるみたいだ」


 魔道書は、かつての勇者が魔王を倒したとされる700年前辺りからこの世に出回り始めている。

 確か《ユグドラシルの古代樹》時代、ガリウスくんが持ってきてくれた最古の魔道書がこれ・・の様式にかなり近かったな。

 それこそ、勇者と魔王の戦いを描いた最古の魔道書――「魔法不適合者の英雄譚」の原型だったのだが。

 

「でも魔族領域の魔道書は人間界のものと違ってまた面白いね。闇属性魔法の幅も一気に広がっていきそうだ」


 俺たち人間界の間で流れてくる魔道書には、それぞれの特色に合った既存の属性魔法の使い方や、魔力の出力法が主な記載内容になっている。

 しかし魔族領域に存在する魔道書は魔力に対する考え方から異なっているようだ。

 魔力との相性の良い闇属性魔法を基幹として、身体を流れる魔力の制御の仕方、無属性からの魔法の使い方までもが網羅されている。


 生態的にも瘴気に近しい場所で暮らし、魔力と共に進化していった魔族にとっての魔力は俺たち以上に日常のすぐ隣にある力だったのだろう。


 ……気になる点で言えば、この地の魔道書には700年前に起こった勇者と魔王の戦いの軌跡について一切の記載がないことくらいだ。

 あの戦いが魔族領域側でどう描かれているのかは興味しかないな――と。

 村に足を踏み入れると、「コホン」と可愛らしい咳払いが聞こえる。


「3日間まででお願いしますね」


 ふと背後を振り返ると、ぷっくりと頬を膨らませるミノリがいた。

 彼女は人間界から持ってきた魔道具で簡易テントを張る準備をしてくれている。


「リース様が寝ても起きてもここの魔道書を解読しているのはよく見ていますからね。ここでも新たな魔道書探しをされるおつもりなんでしょう?」


「……絶対に3日で終わらせます」


 魔道書探しにあまりに夢中になりすぎて、廃墟と化した村で1週間近く魔道書を読みふけっていてミノリに怒られたのもつい最近の事だ。

 このところ、自分の時間感覚が少しずつ人間と離れているのも感じている。

 こんなペースについていくミノリには感謝してもしきれないな。


●●●


 そうして早くもミノリと約束した3日目の朝がやってきた。

 グルゲア村の蔵書庫には多くの魔道書が保存されていた、のだが。

 蔵書庫の一室で積みに積んだ本を前にため息が出る。


「どこにも魔王と勇者の記述は無し……か」


 結局、どの書物を見ても勇者と魔王の戦いの記述は見当たらなかった。

 あるのは、絶対君主である魔王がこの世に君臨した時こそが魔族が世界の覇権を握る時だとする文言ばかり。

 

 もしかすると、魔王が勇者に負けた――なんて事実は受け継がれておらず、魔族領域では未だに魔王は復活していないことにされているのかもしれないな。


 そういえばクォータおばあちゃんも言っていた。


『んだっても結局、待てども待てども魔王様ば現れんがったからなァ。もう戦う力もなぐっちまって、魔力使うとすりゃ、魔獣防ぎの罠に引っかけるぐらいしか出来んでなぁ』


 寂しそうに笑っていたあの顔は、200年近く魔王の復活を待ち望んでいたからこそ出てきた言葉だったんだな。

 勇者への敗北を同族に700年間ひた隠し、領地の民に少しでも多くの魔道書をばら撒き、魔王の復活を前に各々に力を付けさせる。果ては勇者の出現を見越して人間界へと刺客を送る。


 そうなると人間側が付け焼き刃で覚えた魔法程度では、生まれた頃から魔力を握っている魔族に勝つのは相当困難になってくる。

 この700年間で、魔族側も魔王の復活に備えて入念すぎるほどの準備をしてきたのだろう。


 《勇者》因子を持つジン君ならば、駒に使われようとしている魔族達を消滅させるのは簡単だろう。

 だが――。


「……罪のない人たちまで死なれたら生きた心地はしないな」


 クォータおばあちゃんにも勝手に言ってしまった。

 息子さん達はきっと戻ってくるだろう、と。

 ジン君には魔王たちは倒してほしいが、何も善良な魔族たちまでを屠って欲しいわけではない。

 魔族領域においてもまだまだやることはたくさんあるのかもしれないな。

 その解決策は浮かばずじまいだが――と紫色の空を見上げていた、その時だった。


「……?」


 ふいに遠方から近付いてくる一団の魔力反応を感知した。

 数にして100はくだらない。強大な魔力を持った集団だ。


「リース様、簡易テントに不可視の結界を張り込みました。お急ぎ下さい。しかしこの悪寒は――?」


 床に積んでいた本を蔵書庫に全てしまい混んだ直後、少し遅れて気配を察知したであろうミノリが書庫に飛び込んでくる。


「あぁ、恐らく魔族だろう。それも、魔王に近しい力を持った者たちだ」


 魔族領域に来て初めて感じる気配。

 それはまるで、かつてグリレットさんを昏睡にまで追いやった魔族が持つ魔力と似たものだった。

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