第38話 転生エルフ(108)、《真紅の角》の秘密を知る。

「リース様! クォータ村周囲で指定された大木に、ばっちりお札は貼って参りました!」


「よくやってくれた、ミノリ。こっちもいい具合に魔力を練り終えたところだ」


 村を付け狙っていた全ての魔獣は一時的に討伐できた。

 だがこれほど濃い瘴気環境なら、またすぐに新たな狂魔化した魔獣が湧き出てしまう。

 俺たちが立ち去った後にお世話になったおばあちゃん達が魔物に食い荒らされるなんてことはあってはならない。

 となれば――。


「さぁ、後は村全体を囲うだけだ。超級結界魔法――戦女神の睥睨術ヴァルキュリア・グリター


 そんな時には古代魔術の一つ、結界魔法が最も手っ取り早い。

 結界という括りだけならば、エルフ族を1000年以上護ってきた古代樹のご加護ユグドラシル・シルフが一番だろう。

 最強無敵の不可視結界は俺たちエルフ族の専売特許ではあるが、かつてのヒト族もそれに類似したものを独自で編み出していた。

 防御魔法を昇華させて作られた結界魔法は、まず魔力を込めた札を等間隔に配置していく。そして点と点を線で繋ぐように巨大な魔力を流し込んで発動させる超広範囲型の永続魔法だ。


 古代樹のご加護ユグドラシル・シルフが管轄する空間は元となる古代樹ユグドラシルの成長具合に依存してしまうが、戦乙女の睥睨術これなら札と魔力さえあればどんな広さでもカバーできる。

 結界の強度は魔力を流し込んだ量に比例するものだ。とはいえ一つの村を護りきる量なんてしれている。

 強個体に汚染されきった地域ということもあり、最強強度なのは俺のおまけ付きだ。


「これで俺が生きている間は魔獣たちも近寄れなくなると思う。安心……できるかどうかは分からないけど、息子さんたちが帰ってくるまでは大丈夫だ」


「……ほんに、ほんにありがとうございますだ。こんなくたびれた村でも見捨てないでいてくれただけ、充分ですだ。何かあればいつでも訪れてくだせ。村の一同、このご恩ば一生忘れませんだ」


 2週間ばかり滞在させてもらったクォータ村とお別れの時がやってきた。

 住人たちは総出で俺たちの出立を見送りに来てくれる。

 今や若い人が全員いなくなり、53人と少しになってしまった小さな集落だ。

 それでも、そこに住む人達はみな一様に優しかった。


 クォータおばあちゃんは、少ししわがれた声で言う。


「んでもいいのがい? こんなお世話になった御礼が、そんなボロっちぃ魔道書すこーしばかりで?」


 彼女が見るのは、ミノリに抱えてもらっている数冊の魔道書。

 それは魔族領域で使われる言語で書かれた魔道書だった。

 ヒト族領域では数冊しか出回っていない魔族言語での貴重な貴重な文献資料だ。何の魔法が書いてあるんだろう。何の魔術が記載されているんだろう。どんなことが――。


「リース様、お気を確かに。お別れの場ですよ」


 ……そんなことを言いながら、ミノリは決して俺に魔道書を渡してくれない。


 俺の手に魔道書が渡ると、一日中読みふけってしまうことを誰よりも知っているからだろう。

 

「リース様がこのご様子であることからも分かるとおり、何よりの返礼です。こちらこそありがとうございます」


 ミノリがぺこりと御礼をしたのを見て、俺もようやくふと我に返る。


「魔族領域の魔道書なんて、こっちじゃ滅多に手に入らないからね。こんな貴重な文献を譲ってくれたことがなによりもありがたいんだよ、おばあちゃん」


「役に立てだなら良かったですだ。そっだら、せっかくお二方がお守りくだすった村だ。あだしらも息子らぁが帰ってくるん信じて、も少しだけ頑張ってみますだよ」


 クォータおばあちゃんの言葉には、村の老人たちも寂しそうだ。

 ふと、気になっていたことがある。


「そういえばこの村の息子さんたちは、魔王の復活を聞いて飛び出ていった――ということでしたね?」


 俺が問えば、村の老人たちはこぞって頷いた。


「オラんちのバカ息子は、どっかから流れてきた噂ば本気で信じて《ラステシア》に向かってったでなぁ」

「あだしんとこは、隣村の若い衆から話ば聞いて血相変えて飛び出しちまっただな。隣村も若いのがおらんくなって壊滅しちまっただよ。ウチの村ももうすぐそうなると思ってたべな」

「んだんだ。あの頃は・・・・みーんな角ば真っ赤・・・・・にして勇んどったもんでなぁ。こちとら角の力もなくなったババァたちだもんで、だぁれも止められんでなー」


 口々に事情を語る老人たち。

 ミノリがぽつりと「角の力……ですか?」と首を傾げる。

 クォータおばあちゃんは、自身の額中央に生えた灰色の角を指さした。


「ヒト族は何もなかろうもんて不思議に思うやもしれませんが、あだしら魔族も亜人の一つ。この角は周囲の魔力を吸収してくれる力があるもんで。瘴気に満ちた魔族領域で生きやすい身体になっとるわけですだ。瘴気が濃いければ濃いほど、力を発揮しやすい種族になっとります」


 そもそも平地よりも流れる瘴気が数倍以上あるのが魔族領域という場所だ。

 名前の由来からして、唯一ヒト族が進出を諦めた混沌の地でもある。

 俺たちエルフはもちろん、人間たちにとっても毒である瘴気を唯一力に変換できるのが「魔族」という亜人種だ。

 身体の内に流れる内的魔力にくわえて、空気中を流れる瘴気から外的魔力を得て魔力を錬成するのだ。


 当時の勇者やヒト族たちが魔族を壊滅状態に押しやることが出来なかった理由も、瘴気満ち満ちた魔族領域とそれらを扱う魔族との相性の良さに屈した結果だ。


「ま、魔族さんの角に、そんな力が――」


「かくいう俺たちエルフも、元々回復魔法を得意としてか生まれ持って魔法操作技術は高かったり、聴力もかなり発達してるらしいしね」


 人間からエルフになってみて一番驚いたのも、やはりその聴覚と視力といったところだろう。

 数十キロ先の足音すらも聞き分けられるほどの聴力と、見ようと思えばどこまででも見える視力。狩猟と危機回避に特化したエルフという亜人種ならではの力かもしれない。


 ピクピクと人間時代とは違う感覚の耳を動かしてみれば、ミノリも少し頬を緩めながら笑みを浮かべていた。


「若いうちは瘴気を感じ取る力も漲っとるもんで、ここが真っ赤……いんや、真紅になったっちゅうことはよっぽど力が漲ったっちゅうことになるんですな。あんなに真紅にまでなるのはあだしらもなかったもんで、ホントか嘘か分からんような噂だのに止められんかったわけです」


 魔王復活という噂は流れてはいるものの、まだヒト族の間はおろか魔族間でも不明瞭な部分があるらしい。

 前もって《勇者》因子が発現する可能性のある人物を潰そうとしたり、ヒト族はおろか魔族間でも徹底的な情報統制を行っていたりする辺り、今の魔族はずいぶんと本気のようだ。


「あの時出てったバカ息子たちの顔は、どうにも怖うて……あんな顔と角ば初めて見たもんで。みんな元気に戻ってきてくれさえすれば、あだしらはそれでええわけだけんどなぁ」


 クォータおばあちゃんを初め、村の老人たちの心配そうな表情は痛いほどによく分かる。


 必要以上に狂魔化した魔獣に、親さえも怖がらせるほどの魔力で旅立っていった魔族たち――ね。


「きっと、息子さん達は帰ってくる。俺もそう思うよ」


 クォータおばあちゃんは、にっこりと笑った。


「どこまでも優しいエルフさんだことで」


 こうして、俺たちは2週間の時を過ごした魔族領域の小さな村を後にした。

 魔王復活の裏側は、そこに住む人々の生活――そして住んでいた人々の性格・・すらも変貌させていたようだった。



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