第45話 次代の勇者、勇者スキルを駆使する。

「勇者魔法、魔女神の聖剣モーガンルフェイッ!」


 魔法の詠唱と共に青年の持つ剣は光り輝き、迫り来る魔獣を一振りの元斬り伏せた。

 

「ギャォォォォォォォ……ォォ……ッン……」


 青年の倍ほどの体躯を持った竜が真っ二つに割れる。

 斬り伏せられた傷口から、それ・・はさらさらと黒い粒子を巻き上げながら消滅していく。

 Aランク魔獣――金狼竜ゴルドラス。近年その生息域を急速に広げる邪竜の一種だ。本来ならば人間界に現れることはなく、森の洞窟の最奥などに住んでいるはずの竜だったのだが――。


「こんな農村の真ん中に出てくるような魔獣でもないはずなのにな。本当にリース師匠の言ってた通り、魔族の復活が近いのかな……?」


 剣を納めて振り返れば、彼の新たな仲間たちが手を振っている。


「ジンさん! こちらの魔獣は全て指示通り殲滅致しました~……ってお怪我、お怪我ですか!? あわわわ、ここに来るまでに回復薬の全部を溢しちゃって手持ちがありません……! ほ、包帯! 包帯なら!」


 ジンと呼ばれた青年の側で怪我の様子に、慌ただしさを隠せない少女。そして――


「こっちの残党は俺とヴリトラで片付けておいたぜ。お前んとこの怪我はラハブ様に治してもらうといい。な、ラハブ様」

「……木の実があるなら治してあげてもいいよ」

「あ、相変わらず足元見てくるな……。じゃぁヴリトラか? 何とかなんねぇかな、回復薬ないんだってよ」

『ぬ? 炙って治すのは得意なのだ』

「ウチの人外種はどうしていつもこうなんだ!? 俺らパーティーなんだよな!?」


 その後方にはぎゃぁぎゃぁと騒がしい青年、エルフ族にスモールサイズのドラゴンの賑やか3人組が控えていた。

 

「大丈夫だよ、ライドン。これくらいの傷ならそのうち治るから。それよりも次の場所に行こう。ぼく達レベルでも役に立つことはあるはずだ。えぇと――?」


「ったく……。次の要請は魔族領域との境界部、ククレ城塞だ。今まさにかつて無いほどに魔獣が多発してるらしい。領主のガリウス様を陣頭に食い止めているが、1週間持つか持たないか……。出先のウチに領主様直々に依頼が来るほどだ。相当切羽詰まってるんだろう」


「分かった、ありがとうライドン。ぼく以外に怪我がなくて何よりだ。ククレ城塞は、リース師匠もずいぶんお世話になっているところだしね。すぐに行こう」


「相変わらずウチのリーダーはせっかちだな。とはいえ、結成から2年でAランクパーティーになれたのもそのおかげだ。着いてくぜ、ジン。お前はやる時はやる男だって知ってるからな」


 土属性魔法使い、ライドン・オルタ。

 冒険者パーティー《希望の旅人ラグリージュ》結成の最古参でもあり、この2年間でジンと共に死線をくぐり抜けてきた男だ。

 出会いはジンがとある任務を受けようとした時のことだ。


 ――あいにく、一人ではギルドの任務を受けることは出来ません。


 ――なぬ!? 我は一人分とは認めてもらえんのだ!?


 ――大変申し訳ありませんが、ペット様は頭数には入らない規則です。それに魔法を使えないともなると、特に……。


 ジンはギルドの中でも最下層任務に位置するFランクの任務――角兎ホーンラビットの討伐任務を一人(と一匹?)でこなそうとしていた。

 肩周りでパタパタと跳ね回る小さな龍族も、ギルドには認められていないようだった。

 『キシャァ!』と小さく威嚇する龍族だが取り合ってもらえる気配もない。


 その側でヒソヒソと彼らを見て呟く者達も多くいた。


「あいつ、確か《クロセナール》の荷物持ちポーターだった奴じゃ? 噂じゃ見殺しにされたって話だったのに生きてたのか。森の最奥に置いてかれたろうに、運が強かったんだな」

「《クロセナール》? あぁ、身内殺しがバレて冒険者ギルド永久追放処分されたあのバカなパーティーか。それだとあいつは――」 

「可哀想とは思うが、さすがに魔法使えない奴を抱える余裕はねぇな……」


 冒険者ギルドは噂回りが非常に早い。

 ジンが魔法を使えないことは既に周知されているからか、彼を誘って任務に行こうとする者は誰一人としていなかった。

 ギルドでの任務受注は、単身で受けることは出来ずに基本的に2人以上から受注が可能になる。


 そんな彼の元に一人の青年が現れる。


 ――よう、ちょうど俺も一人なんだ。良ければパーティー組まねぇか? 角兎ホーンラビットなら魔法が使えなくてもなんとかなるだろう。なんなら俺が全部倒してやるよ。お前はついてきてくれるだけで大丈夫だからさ。


土属性を使わせると街一番だった自負を肩に、田舎町から一人で出てきたばかりだったライドンが、一人で任務を受けられずに苦心していたジンを誘うのに迷いはなかった。


 誰か適当な奴とでもパーティーを組んで任務を数多くこなしていけばいい。

 自身の土属性魔法を駆使して闘えば誰にも負けたことはない。

 有名になるために上京してきたのだから、自分が一番目立てれば問題ない。

 そう、気軽に声をかけたつもりだった。

 

 しかしものの数時間でライドンの認識は変わることになる。


 ジン・フリッツという男は魔法が使えない。

 魔法を使えないということは、魔力を感知することもできない、波動を視ることもできない。魔法を使って身を隠し、魔力の気流に乗って逃げる角兎ホーンラビットなど討伐するどころか見つけ出すことすら困難な種――の、はずだった。


「お、お前……魔法が使えないんじゃ……?」


 任務に向かって30分。

 ライドンが5匹の角兎を持ってジンの元に戻った時。


「うん。やっぱり魔法を使えないと不便で大変だなって改めて実感したよ。ぼくもまだまだ修行が足りない。リース師匠に、少しでも近付くために。もっと、もっと頑張らないと――」


 そんな彼の目の前には、角兎ホーンラビットの討伐体が数十体も積み上げられていた。


「これで、50体目っ!」


 魔法の出力や魔力の波動を密に感じ取ることができ、無駄な動きも一切せず、華麗に剣を振るうジン。

 その姿は、魔法を雑に使う者より遙かに美しい剣技だった。


「……もしかして、とんでもねぇ奴と組んじまったのか、俺は……?」


 街一番の土属性魔法使いを自負していたライドンにとって、ジンとの出会いは衝撃的なものとなっていた。



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