第7話 転生エルフ(93)、瀕死の少女を救う。

『これより90年の期間、ヒト族と安易に関わってはならぬ。奴等は獰猛で、狡猾で、卑怯な存在じゃ。我等は奴等に存在を感知されておらぬことが唯一の利点じゃ。そのこと、努々忘れるでないぞ』


 10歳の頃に族長から出された条件の一つに、極力ヒト族との関わりは避けることがあった。

 前世が人間である俺からすれば窮屈だったかもしれないが、なるほどどこの世界も人間という性質はそう変わらないようだ。


●●●


 ボロボロの布きれを血に塗らして倒れ伏している子ども達のほとんどは、すでに事切れていた。

 偶然とは言えこんな現場に立ち会って、何もせずに帰るなんてことは俺には出来なかった。

 早々にここにいる全員から記憶を消して立ち去るのが賢明だろう。

 でも、その前に――。


「そいつらはもうダメだ」


 子ども達の方へ向かうと、木に縛り付けたゴロツキの一人が告げる。


全員助けようとした・・・・・・・・・が、狼共に食い散らかされたんだ。お前さんが助けてくれなきゃ、全員骨までしゃぶられていたことだろうよ。ありがとうな。だからこの縛ってる奴、外してくれよ」


 全員助けようとした、か。

 コソコソと茂みの中でお話し合いをしていた内容は全部筒抜けていたんだけどね。

 不思議なことにエルフになってから耳は非常に良いんだ。

 伊達に尖っちゃいない。


「今から数字を3つ数える。①キミたちは何者か、②何に追われているのか、③何の目的で、こんな小さな子たちを引き連れて森を突っ切ろうとしたのか、簡潔に答えてくれたら命だけは助けるかもね」


 クィッと右の指を動かせば、ゴロツキたちを縛る黒鞭はうねうねと彼らに巻き付こうとする。


「わ、わわわわ分かった! 言います言います言います! ①! 雇われの奴隷商人だ! 金に困ってガキを売りに出す親は少なくねェ。戸籍も身寄りもなくなったガキは高値で売れるんだ! ②! どこかの取引先が裏切って俺たちをハメたせいでギルドから追われたから、③! 一番近いこの道を選んだ。そしたら……こんなことになっちまったんだ……」 


 辛うじて息の残っている一人の少女は、もはや目も虚ろだった。

 腹から下は裂傷でバッサリと裂けており血だまりの池が出来ている。


 端から見たら死は間近。どう考えても助からないだろう。

 だが――。

 

「火・回復混合魔法、龍の癒息ヒーリア


 死んでないなら何だって治せる。それが俺の回復魔法だ。

 

 体質的には火属性魔法の使い手だろう。

 火属性の魔法力付与エンチャントをした回復魔法を彼女の体内に流し込めば、体質とも上手く合致して身体の再生スピードは段違いに早くなる。

 

 少女を覆うは緑色の炎。魔法は身体の中に吸い込まれていった末、消えていき――。


「……!」

 

 目をぱちくりさせた少女は、すっくと立ち上がった。


「は、ハイポーションでも絶対に治らない傷をあんなにも一瞬で……!」

「エルフってあんなことも出来る種族なんスか……!?」

「バカ言え、あんなのが標準なんだったらエルフはもう少し表舞台で堂々と生きてるだろうが」


 ゴロツキ3人は口々に驚きを見せる。

 キミたちも100年くらい修行すればこのくらいは出来るようになると思うよ。


 べったりとついていた鮮血はいつの間にか消え去り、元の肌白い少女の姿が露わになる。

 透き通るような紅髪に華奢な体躯。ハイライトの消えかけていた瞳に紅の光が宿ると、なんとも可愛らしかった。


 難点を上げるとすれば、少女を縛り付けるように巻かれた銀の首輪が可愛くないくらいか。


 何かを訴えかけるようなその目は、まだ死んでいない。

 何者かによる誓約により、どうやら話すことすらままならないらしい。


「なるほど、封印魔法が施された首輪ってことだ」


 確か数十年前に解読したことのある術式だ。

 この術式を施された物体を装着した者は、使用者の命令には絶対服従しなければならない。

 数百年前まで盛んだったという亜人の奴隷化によく用いられていた魔法だったのだとか。

 今では使われなくなり、禁忌の魔法になった――とは言うけど、どこの世界でもアンダーグラウンドではよく横行しているものの一つなんだろう。


 俺は少女の首輪に手を掛ける。


「……っ!」


「使役者以外が魔法力を入れれば、首ごと爆発する。典型的な隷属用の封印魔法だ。状況は分かった。俺を信じて、じっとしてて」


 俺の所業を見るゴロツキの頭は、「バカが……っ!」と小声で呟く。


 封印魔法の壊し方。

 それは至って簡単だ。


①封印魔法の対となる破壊魔法を用いる。

②使用者以上の魔法力で解呪する。

③爆発する前にぶん投げる。


 うん、実に簡単だ。


「――破壊魔法、魔王の一糸ファーデン・ハデス


 少女の首と首輪に破壊属性の魔法を入れ、一本の糸のようにして千切り抜く。


 ッパァァァァンッッ!!


 ひょいっと空へと投げ飛ばせば、光り輝いた銀の首輪は綺麗な花火のように破裂した。


「高級魔道具がァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ねぇお頭、何スかあれ!? 本当にエルフっスかあれ!? 魔道具ぶっ壊したっスよ!?」

「封印魔法を野良で解くなんざ、賢者クラスでもないと無理だ――くぶっ!?」


 何やらうるさそうなゴロツキたちの口を黒鞭で封じ、少女の手を握る。

 

「わたしをたすけてくれたあなたは、えるふのヒト、ですか?」


 そうやって少女は可憐な見た目その通りに、綺麗な声音で初めて言葉を口にした。

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