第8話 転生エルフ(93)、ヒトとの時間差を憂う。

(あっちだ、奴隷商の奴等を逃すな!)

(このためにお前達を雇ったんだ、Aランク冒険者、頼んだぞ! 俺たちは連れ去られた子ども達の保護に向かう!)

(雇われた分は働いてやるよ。奴隷商とガキどもの方はアンタらがどうにかしな。国防警備隊なんだろう?)


 遠くから、複数の馬の足音が聞こえてくる。

 恐らくこのゴロツキたちを追っていた者たちだろう。

 かつてグリレットさんから聞いた話では、国防警備隊はそれなりに信用出来る国の機関の名前だったな。


 族長から『ヒト族とはあまり関わるな』との言いつけもある。

 偶然とは言えヒト族と関わってしまった今、大事にならないうちに姿をくらませておいた方が無難だ。


 黒鞭で口元を縛っておいたゴロツキたちに、俺は魔法力を向ける。


『ンンンンンンンッ! ンンンンンンン!?』


「記憶操作魔法――記憶の彼方へメモリーズ


『ンン……? ン……?』

 

 かつて魔族が兵士を洗脳するために使ったとされる古代魔術の一つだ。

 闇属性魔法といい、記憶操作魔法といい、かつての魔族は大層な魔法技術を持っていたようだ。

 今はほとんど絶滅してしまったらしいけどね。今なお現存する魔道書に感謝だ。


 俺が彼らを拘束し、少女を助けたという記憶をすっぽりと切り取らせてもらった。

 ゴロツキたちは不思議そうな顔で俺を見つめている。

 

 あとは――。

 ふと振り向くと、少女は俺の服の袖をきゅっと握っていた。


「わたしをたすけてくれたあなたは、えるふのヒト、ですか?」


 そうやって、少女は可憐な見た目その通りに綺麗な声音で初めて言葉を口にした。


「あぁ、エルフ族ファランの子、リースだ。……他の子たちを助けられなくてごめんよ」


 言うと、少女はふるふると小さく首を振った。


「つよく、なりたかった。みんなをまもれるくらい、わたしがつよければよかったのに、なにもできませんでした」


 袖を握るその手には力が籠もっている。


「あなたのまほうは、すごくつよかったです。わたしもつよくなりたい。だから、わたしを、つれていってください……!」


 強く、なりたいと。

 とてもこの年齢で決める覚悟ではないだろう。

 たどたどしい言葉だ。

 おそらく充分な環境では育つことが出来なかったのかもしれない。

 胸元に刻まれた十字の傷は、昔の国での奴隷の証だと魔道書で読んだことがある。


 大きなお節介で助けたのだから、責任を持って連れ帰る――ことも一瞬だけ考えたが、俺はもうヒト族ではない。

 

 時の流れの感じ方も、どんどん人間だった頃とかけ離れていく。

 この小さなヒト族を俺の時間の流れに付きあわせることなんてあってはならないし、俺が外の世界に出られるまではあと7年の時間が必要だ。

 俺にとってはたったの7年でも、この子にとっては大きな7年になってしまう。


 族長にも、外の森に出られるまでは極力ヒトとの関わりは避けるように言われている。


「今はできないんだ、ごめんね。でも――」


 彼女の頭の上に、安らかな魔法力を掛ける。

 少女の中から俺に関する記憶を抜き取って、すぐさま木の上に飛び乗った。


 少女は何かを丸ごと忘れたかのように、目を虚ろとさせた。

 

 ――今から7年後も、キミの決意が変わらなければまたここで会おう。


 彼女に囁いた、その言葉だけを記憶の底に残して。


 国の国防警備隊とやらが、彼女の身柄を手厚く保護したのを確認して俺は森へと戻った。



●●●



 後に風の噂で、胸元に十字の傷を負った名無しの女アノニマスを自称する不思議な少女が、飛ぶ鳥を落とす勢いで武勲を上げていることを小耳に挟んだ。

 その時には、やはりあの時の選択肢は間違ってなかったのかもしれないと安堵したのを覚えている。


 そんな少女の噂をたまに聞き流しながら魔道書を読み、修行を繰り返していくと気付けば――。



 俺がエルフに転生してから、100年の時が経っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る