第52話 転生エルフ(110)、弟子と共に魔王を討つ。

 ――破滅魔法。

 それは魔王のみが平常時から使えるとされる、闇の属性魔法の中で最も瘴気消費量が高い魔法だ。

 通常の魔族たちが使うとされる《破壊魔法》は物質を内から粉々に破壊するのに対し、魔王が用いる《破滅魔法》は物質を内から消滅させるらしい。


 破壊魔法はここ数年で何回も相見あいまみえたが、破滅魔法なんてこんな機会でもなければよっぽど見ることはないだろう。


 不可解な顔をしてこちらを伺うその生命体の周りでは、飛び交う葉も、木の枝も、羽虫も触れるもの全てが消滅していくようだった。

 骸骨のような人離れした面に、四本角。

 強者というよりは、不気味さの方が圧倒的だ。


 ジン君との修行場だったこの地で育ったユグドラシルの分枝にも影響が出始めていた。

 少々の瘴気では揺らがないはずの小型ユグドラシルの真緑色の葉は堕ちる度にあっという間に枯れ、地面に堕ちるころには見る影もなくなっている。

 こんな威圧感のある生命体と相対するのは初めてだ。

 魔王を名乗る、奴の一挙手一投足その全てが生きたデータだ。

 これは何としても習得――。


「あの、師匠? リース師匠ー?」


 ――と、奴の魔法を呑気に解析し始めていると、ジン君が俺の眼の前で手をぶんぶんと振っていた。

 俺よりもよっぽど彼の方が修羅場慣れしているのかもしれない。

 それに魔力も空っぽで疲れ果てているジン君になんとも酷なことをしてしまった。


「そ、そういえばそうだったね。その一、体力回復用の超級回復魔法女神の息吹アルドール。その二、魔力回復用の上級回復魔法魔女の愛撫エルジャタイ。その三、状態異常用の超級回復魔法、聖母の抱擁ラストアリシア


 シュインッ、ポンッ、フワッ。


「おっ、ふぁっ、はぁっ……」


 ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ!


 3連回復魔法で、ジン君の身体が3度震えてすっかり元通りになった。

 いや、この戦いでジン君は見事に殻を破ってくれた。戦いの前の数十倍は頼もしくなっていると考えていい。


「師匠、なにから話せばいいかが全然分かりませんが……その!」


「大丈夫。状況はなんとなく把握してるからさ。ジン君は俺の期待に100%応えてくれたってことだ。渡してた剣も役に立ててくれたみたいだしね」


「これが疑似聖剣になるなんて聞いたこともありませんでしたけどね!?」


 言って、ジン君は《聖なる力》の影響で光り輝く聖剣レーヴァテインを俺の前に掲げた。


 ……なるほど、古代の魔術書頼りで作成したものの創剣魔法も上手く機能していたみたいだ。

 本物と比べると大分見劣りするかもしれないが、歴代屈指の勇者の力を解放したジン君そのものの力と合算するとプラスマイナスで帳消しになっているのが現状だ。

 本人は自分の力の優秀さを実感していないようだけどね。


 ――と。


 俺とジン君はそれ・・を察知して、素早く二手に別れた。


 ヂュンッッ!!


 魔王の魔法攻撃が、コンマ数秒前に俺たちのいた大地を削り取った。

 文字通り、物質全てが消滅している。

 他の魔族とは魔法の質そのものが違うというわけだ。奴本人を取り巻く常軌を逸した魔力といい、勇者レベルの力を持ってなければ確かに討ち滅ぼすのは難しいのかもしれない。


 物語通りの悪役面をした魔王は、眉間に青筋を立てて呟いた。

 

「俺を差し置いてでしゃばるでないぞ、エルフごときが。貴様、どこから入って来た。ここは瘴気の中心部。貴様らのような瘴気弱者が1分と持たない環境だ。貴様は本当にエルフか?」

 

「さぁ、どうだろうね。確かめてみると良い。創剣魔法、疑似聖剣グラムッ!」


 ギィィィィィィンッッ!!!


 黒光りする稲妻を走らせてた魔王の拳が、いとも容易く疑似聖剣を貫いていく。

 全属性の魔法を付与しても魔王の破滅の力には抗えないか。

 ……となれば。


 ふっと俺が退けば、すぐ後ろでは輝く聖剣を携えたジン君が目を光らせていた。


「勇者魔法魔力付与エンチャント覇者の聖剣レーヴァテイン・クロニクル


「む」


 圧縮した勇者魔法と圧縮した破滅魔法が空間を穿ち合う。

 瘴気の渦と、聖なる力の共演だ。

 こんな豪華な魔法の打ち合いを肌に感じることなんて、今後のエルフ人生でそうはない。


「ちょこまかと、二人掛かりでならば俺に勝てるとでも思ったかッ!!」


 魔王の繰り出す破滅の魔法が瘴気空間をぐるぐると周る。

 ジン君と俺は避けつつ、迎撃しつつ、間を取りつつ、互いが互いにタイミングを合わせて魔王に攻撃を撃ち続ける。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」


 ジン君は冷静に攻撃を見切っては、聖剣の刃先を少しずつ魔王に突き立て始めていく。

 時折空間が捻じれ、歪み、ジン君の身体を蝕んでいく。本当の所を言えば、もう少しジン君と魔王の最終決戦は時間を置いて欲しかったが――。

 そこはウーヴァ・カルマの命を賭した作戦勝ちだった、ということだ。

 俺やミノリが魔族領域各地で魔族の解放活動をしていなかったら、人間界への侵攻も、魔王の復活ももっと早くなってしまっていただろう。




 出会った頃のジン君は魔法が使えずに伸び悩んでいた。

 元いたパーティーには役立たずとされ、それでも愚直にみんなを守れる強い冒険者になることを焦がれ続けていた。

 周りからはどんな扱いを受けようとも自分を信じ続け、俺を信じ続けてくれたからこそ今の彼がある。


 俺は前世で何も残すことができなかった。

 自分を信じ続けることも出来なかったし、何も努力することが出来なかった。

 俺が前世と合わせて140年近くを掛けて行き着いた境地に、ジン君は20にして到達しているのだ。


 ――強くなったね、ジン君。


 彼は決して《勇者因子》の力で勇者になったわけではない。

 彼はなるべくして勇者になっただけの話だ。


「小僧とエルフごときに我らが覇道が邪魔されるなど、あってたまるものかッッ!! 破滅・具現魔法顕現ッ!! 冥府の死神大鎌デスサイスッッ!!」


 魔王自身の身長を優に越える巨大鎌が亜空間から発生する。

 周囲の瘴気全てを取り込み肥大化するその鎌に、ジン君も負けじと大上段に剣を構えた。


「半端な勇者如きに俺が負けることなど、有り得ぬ! 二度と我らが前に姿を現せぬように魂ごと刈り取るのみッ!!」


 ゴィンッ!!!


「――ぐっ!?」


 鈍い音を立てて魔王の鎌と聖剣は激突するが、力負けしたジン君はあえなく吹っ飛んで行く。

 死神鎌に乗った瘴気の風は、もはや触れただけでも即死ものだ。


「次は貴様だ、師弟もろともに冥府の死神に会って来ると良いわッッ!!」


 骸骨のようなその目が膨大な魔力で紅に染まる。

 一撃必殺。人間の数倍は瘴気に敏感なエルフ族だからこそ、風圧だけでも意識が刈り取られそうになる。

 だが、もう俺の出番はここで終わりだ。


「残念、君を倒すのは俺じゃない。後ろを見てみなよ」


 ふわりと俺の指先から魔王の後ろに向けて、淡い緑色の光が繋がった。

 超級の魔力譲渡魔法。ジン君の身体に俺の魔力が流れ込む。

 これでジン君本来の力に加えて、俺の魔力の付与も加わることになる。

 魔王の魔力を遥かに上回る産物だ。

 今のジン君ならば、俺の魔力でさえも聖なる力に変換し如何用にも操れるだろう。


「さて、後は頼んだよ。勇者、ジン・フリッツ君」


 魔王の鎌よりもさらに大きな質量を持った聖剣。

 極大量の魔力に包まれたジン君は、これまでで一番落ち着いた様子で聖剣に魔力を上乗せして――。


「――勇者魔法」


「なんだ、その力は……」


 魔王はギリと歯を軋ませた。


「なんなのだ、貴様等はァァァァッッ!!!」


 魔王が渾身の力を込めた鎌は、いとも容易く砕かれる。

 そして魔王の身体は、身を焦がすほどの聖なる力が込められた聖剣の一刀にあっけなく飲み込まれていった――。




●●●




 対魔王戦の外側ではまだまだ魔力の衝突が続いていた。

 ミノリを以てしてもあの魔獣・魔族の軍を壊滅させるのは厳しいと言うことだ。

 ジン君のように圧倒的な《勇者》の力を持っていないから仕方の無いことかもしれないけどね。


「外の方はまだ戦闘が続いているみたいなので行ってきます!」


「あぁ。いってらっしゃい」


「師匠は……」


「俺はやることがあるから、ジン君は先に皆の所へ戻っておいで。今の君の力は皆が欲しているものそのものだよ」


「……分かりました!」


 光の柱に包まれる魔王をよそ目にジンは瘴気に満ちた戦闘空間から離脱していく。

 リースと魔王の二人だけの世界になった空間では、魔王が懺悔するかのように呟いた。


「前々回は人間界の半分、前回は人間界のだいぶ奥深くまで攻め入ることが出来たんだが……今回は復活してすぐ、か。この度の復活では当代の勇者が……いや、貴様のようなエルフがいたことが最大の運の尽きだったようだ」


 半ば諦め気味の魔王だ。久しぶりの復活と言うのにもかかわらずにどうも覇気が無い。


「……ずいぶん落ち着いた魔王だね」


「知らないのか? 俺は世界のことわりに呼び戻されて定期的に復活することができる。この代ではウーヴァが勇者が覚醒する前に俺を呼び起こし、事を上手く運ぼうとしたが失敗したと言うことだ。次の復活では出来の良い部下が持てることに期待しよう。魔族はそう簡単に滅びんからな」


 フッと冷静に笑う魔王は倒され慣れているようにも見えた。

 とはいえ、これまでは着実に魔王側もステップアップしていたということだ。

 俺がこの場にいなければもしかしたら今回、次回の転生で魔王軍は世界を完全に支配してしまえたのかもしれないな。


「へぇ。じゃ君は知らないわけだ。俺がこうすると、君はもう永遠に復活することが出来なくなる」


 言って、俺は消滅しゆく魔王の胸にそっと手を宛がった。

 ミノリと暮らしていた3年前に、俺が初めて創り上げた魔法の一つだ。


「吸収魔法、因子吸収ファクトドレイン


 ドクン。


「ァッ!?」


 宛がった手に吸い寄せられるようにして、魔王の胸の中から光り輝く球体が現れる。


「さらに鑑定魔法、成分解析グロノシス


 ――成分解析:《輪廻転生》因子。


「やっぱり思った通りだったか。良かった。これこそが俺の求めていたものだったんだ」


「き、貴様……何を……!?」


 途端に、魔王の表情から余裕が消え失せた。


「冥土の土産に教えてあげようか、魔王様。君が今までに復活出来ていたのは、世界の理から外れた謎のスキル――この《因子》というスキルの力のおかげなんだ」


「《因子》? スキル……?」


 掌に浮かんだ《スキル》の球体を、亜空間の中に収納する。

 これでしばらくは保ってくれるだろう。


「君が言ってた不思議な力とやらの正体だ。俺の勝手な事情で申し訳ないが、俺にはこれが必要で……さらにこれから700年後にまた災厄が復活されると面倒でね。これで君はもう永遠に復活することはない。じゃあ、そういうことで」


 トンっと。

 最期に魔王の胸を押してやる。

 魔王本人も、ようやく俺がしたことを理解し始めたようだった。


「世界の理を一エルフごときが変えるだと……? 有りえぬ……有り得ぬぞ……!? 貴様、ただのエルフ・・・・・・ではないな……!?」


 光の柱に包まれた魔王が手を伸ばすが、その手はもう俺には届かない。


「俺は別世界から来た元人間、木戸稔きどみのる。そしてここではエルフとしての生を受けて110年が経ったリース・クライン。君と同じ《因子》持ちだったってことだ」


 魔王は納得したかのように目を見開いた。


「そうか、貴様が……貴様があの創造神・・・とやらがほざいていた新しい風……新たな世界の理だったということか……ふはははは……ふははははははははッッ!!」


「……? 何がおかしいんだい?」


 俺の問いに、魔王は悲哀の目を向けた。


「貴様も俺も、所詮は創造神の掌で回るしかない操り人形だったということだ……。せいぜい足掻いて見せると良い。俺は冥府より貴様の行く末を見届けよう――」


 断末魔を残し、魔王は光の中に消えていく。

 この世界にとっては何度目かの死と復活だ。

 ――だが、俺が魔王復活を見届けるのはこれが最初で最後になるのだろう。

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