第11話 転生エルフ(100)、故郷を出る。

 ラハブさんの試験から数日が経った。

 森を出る前最後にすることは、十数年前から決めていたことだ。


「……リース?」


「や、母さん」


 久しぶりに居住区に顔を出して実家のある木を訪れると、森で取れたクゥコの実を枝に干している懐かしい顔があった。


「あらあら滅多に顔を出さないと思ったら。お父さーん、リースが帰ってきたわー!」


「本当か母さん! おぉ、久しぶりだなリース。何年ぶりだ!」


「久しぶり、父さん。多分37年ぶりかな?」


「なんだ、ついこの間か。我が子と会っていない期間は特別に長く感じるな。今度は10年くらいはゆっくりしていくのか?」


 何というか、俺を含めて時間感覚が完全にエルフだなぁ。


 久しぶり感のない出迎えをしてくれる父さんと母さんは、俺が生まれてから相貌が全く変わっていなかった。

 強いて言えば、二人ともちょっと髪型が変わったくらいだろうか。


「もう明日にはここを出るんだ。だから最後に顔を見せておきたくてね」


「ずいぶんと早いじゃないか。……本当に、外の世界に行くんだな?」


「お隣の所のプペさんの子なんて、この間初めて隣の森でクゥコの実を取ってこれるようになったばかりなのよ?」


 父さんと母さんも相変わらずだ。


「ラハブさんっていう外の世界を知っているエルフにもお墨付きはもらったんだ。外の世界を知って、せいいっぱい楽しんで、またいつかお土産話を持って帰るよ」


「ラハブ? ラハブって言ったら、ラハブ・ロウリィちゃんか!」


「? 父さん知ってるの?」


「知ってるも何も、父さんとたった20年違いで生まれてきた妹みたいな子だ。父さんが初めて隣の森に行った100歳の頃、既にラハブちゃんは回復魔法の勉強をしてたりしててな。帰って来たのなら言ってくれればクゥコの実でもお裾分けしたものを」


「お主等忘れておらんか。ラハブが外の世界に出向いたのはクゥコの実に飽きたからじゃぞ」


 冷静に突っ込む族長に「そういやそうだった」と笑みを浮かべた父さんは、小さく頷いた。


「ラハブちゃんが認めたなら、父さんが認めないわけにはいかないな。よし、リース。ちょっと待ってろ」


 父さんは家の奥の方へと向かっていく。


「そう。じゃリースが遠くへ行っちゃう前にお母さんっぽいことしなくちゃね。こっちに座って」


 言われるがままに切り株に腰を下ろすと、母さんは自らの髪留めを外した。

 太陽に反射した金色の髪の毛が、ふわりとそよ風に揺れる。


「リースはお母さん譲りで昔から髪が綺麗なの」


 少し伸びた髪を触られたと思うと、母さんはその髪留めで俺の髪の毛を束ねた。

 鏡もなくてそんなに改まって見る機会もなかったが、俺も母さん譲りで綺麗な金髪だった。


「お母さんがお父さんと結婚した時に、ユグドラシルのご神木から頂いた御守りよ。これを付けておけば、いつでもご神木の加護があなたを守ってくれるの」


「そんな大切なもの、もらっても大丈夫?」


「もちろんよ。その代わり一つお母さんと約束してちょうだい」


 母さんは後ろから優しく俺を抱きしめた。


「お外の世界が怖くなったら、いつでもおうちに帰って来るのよ。間違っても、お母さんたちより先にいなくなっちゃったらダメだからね」


「母さん、俺ももう100歳だよ。子ども扱いは――」


 言いかけて、思い直す。

 隣の森にこの前初めて行ったという、お隣のプペさんの子こそがエルフの本来の姿なのだろう。

 人間にとってはとてつもなく長い100年だったとしても、エルフかれらにとってはたったの100年でしかない。


 その中でも、危険と言われる外の世界に出向くことを許してくれた母さんたちには、感謝しかないのだから。

  

「分かった。約束するよ」


 ふと、今度は父さんが俺の肩をポンと叩く。


「リース、初めての旅ってのは不安とモノが不可欠だ。持って行け」


 父さんはバンッと後ろに積み上げたモノを指さした。


「1年分の食糧だ。漬けクゥコに干しクゥコ、ケルノの肉やパット魚もある。狩りをするなら父さんが使ってる弓も矢もたくさんある。いつかリースが旅立つ日のために、父さんずっと蓄えてきたんだ」


「ちょっとお父さん、そんなに渡しても持ちきれないわ」


「むぅ、でもだな――」


 張り切って全部を持ってきた父さんは、少し悲しそうだった。


「父さん、本当に全部くれるの?」


「あぁ、でも……持ちきれないか?」


「そんなことないよ。父さんがせっかく用意してくれたんだから、大事に使う。全部持ってくよ。――収納魔法、亜空間の保存庫セメタス


 ヴン、と。音がすると共に亜空間への扉が開く。

 転移魔法の応用系で、亜空間に干渉するこの魔法によって朽ちることなくモノを保存することが出来る古代魔術の一種だ。


「さすがはリース、父さんの子だ!! 何でも出来るんだな!」

「お母さんも欲しいわ!」


「ワシ等の思うとる1000倍は無茶苦茶なことをやってのけますのぅ……? 当たり前のように最難関の古代魔術まで使っておりますのぅ……? あれ、読めるモノなんですかのぅ……?」


 手放しで褒めてくれる父さん母さんとは対照的に、族長はもはや苦笑いを隠せないまでいた。


 今日は快晴。絶好の旅立ち日和だ。


「行ってきます!」


 見送りに来てくれた族長と両親に別れを告げる。

 最後にラハブさんにも挨拶して行きたかったが、もう既にここからは出て行ってしまったらしい。

 彼女は俺よりもせっかちなのかもしれない。


 ユグドラシルの古代樹が支えるエルフ族保護の結界から出れば、冷たい風が頬を撫でた。

 この感覚も久しぶりだ。


 ひとまず向かうとしたら、まずはガルランダ家かな。

 ちょうど7年前に、ガリウスくんと再会の約束をしている。

 以前は病床に伏せっていて来れなかったというグリレットさんにも挨拶がしたい。


 ――と、その前に。


「グルルルルル……ッ!!」


 森を出た瞬間に、複数の殺気が背中に刺さり始める。

 筋肉狼マッスルウルフの群れがお出迎えだ。

 ここはまだエルフの居住区のはずで、彼らの縄張りから少し離れた場所を出発点に選んでいたはずなのだが……。


 万が一にもここへ迷い込んだ、何も知らないエルフが狼に襲われる可能性もある。


「森から出て初めての出来事が、縄張りを超えてやって来た魔獣退治か。幸先も良くないけど……仕方ないな」


 筋肉狼マッスルウルフの群れが一斉に俺に向けて飛び出してきた――その時だった。


「火属性魔法、豪炎の渦刀ファランクス


 瞬間的な熱波と可憐な声が俺の目の前を横切る。

 炎を纏った剣を持つ少女は、一振りで全ての魔獣を焦がし斬り伏せた。

 透き通るような紅髪を左右に振って、少女は神妙な面持ちで俺の前に跪く。


「7年間、あの時の言いつけ通りに自分を磨き、ずっとあなたをお待ちしておりました」


 胸に十字の傷を負ったその人物は――7年前に俺が奴隷商から助け出した少女そのヒトだった。


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【後書き】


第一章が完結しましたので次回から第二章、リース100歳からの物語が始まります。

まずはここまで読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きも読みたい!と思っていただけましたら作品ブックマーク、★評価、感想など、大変モチベーションになります。是非よろしくお願いいたします。

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