第31話 転生エルフ(105)、長命種の友達が出来る。

【名前】ヴリトラ

【種族】古龍種

【属性】闇

【龍齢】29

【隷属術式】肉体創生魔法

【術者】リース・クライン


 バリボリと、自らの元の器であった魔猪を骨ごと噛み砕いたのは眼前の黒い龍。

 月夜に照らされた暗黒の体躯が闇夜によく映える。


『ぬはははは! 念願の身体なのだ! これでまたどこまででも飛んでいけるのだ!』


「おぉ、元々はずいぶん格好良い図体してたんだな。調子はどうだ?」


 問うと、ヴリトラは『ふむ』と両腕いっぱいに翼を伸ばした。


『悪くないのだ。むしろ全盛期よりも魔力の流動が良い。お主、ただのエルフではないと思っていたがどうやってこんな量の魔力を習得したのだ?』


「100年間、森の中で修行して籠もってただけだよ。おかげで外に出る頃には不自由ないくらいにはなってくれたけどね」


『ぬぁ、100年!? そんな長い間ずっと修行ばかり続けていたのだ!? お主、大先輩ではないか!』


「外に出てきてからはまだ5年しか経ってないからそうとも言い切れないかもね」


『我とて生きた内の二十数年は封印期間なのだ。同じようなものなのだ』


 先ほどまでとは大違いに上機嫌なヴリトラは、その身体の感覚を何度も確かめるように翼をはためかせる。


「キミの魂が魔力の器に定着するのはまだ時間がかかるだろう。幸い俺はこれから900年ほどは死ぬ予定がない。来てくれればいつでも魔力は提供するよ」


『……900年か、長いのだな。500年の寿命である我等龍族よりも長命な種がこの世に出てくるとは思わなかったのだ。それだと受けた恩が返しきれないのだ』


 ヴリトラが申し訳なさそうに首を落として言う。

 俺はヴリトラの額に手をやった。


「たまに美味しそうな木の実を見つけたら持ってきてくれる程度でいい。そこまで重荷でもないし、これこそが俺の望んでいた事の一つでもあるんだからな」


 前世の俺は何も出来ずに、誰の役にも立てずに、誰からも覚えられずに死んでいった。

 俺はこの世のどこかに生きた証を残したくて、エルフの森から飛び出してきた異端なエルフだ。

 身体を与えてやることで、ヴリトラの心に俺が残ってくれるのなら俺も100年修行し続けた甲斐があるというものだ。


『やはり、お主は変わったエルフなのだ。恩に着る。もしもお主が何かの危機に見舞われたならば、我はすぐに駆けつけよう。お主、名は何というのだ?』


「リース・クライン。キミと同じく、外の世界を自由に生きたくて狭い世界から飛び出してきたエルフだ」


『ぬはははは、そうか。我等は似たもの同士なのだな。良かろうなのだ。我――闇夜の黒龍ヴリトラは、生涯リース・クラインの友であることをここに誓おう。感謝ついでに、主にはこれも渡すとしよう』


 ヴリトラは返すようにコツンと額を俺の拳に宛がった。


「これは……」


 直後、流れ込んでくる映像。それはヴリトラが魔猪の身体だった時の魔王軍内部の情報の数々だった。


『お主が欲しがってそうなものであろう。我は身体さえ戻ってきたならば魔族だの人間だのはどうでもいいのだ。リースが付きたい方に付こうぞ』


 龍族は、基本的には世界がどうなっても魔族からの影響を受けることはない。

 本来だったら、ヴリトラも魔族と交わり合うことなどなかっただろうしな。


『世界を一周した頃に、また遊びに来るのだリース・クライン。またなのだ』


 そう言って、マイペースな闇の龍は巨大な体躯を翻し空へと羽ばたいていく。

 あっと言う間に小さくなっていくヴリトラの後ろ姿はとても嬉しそうで何よりだ。

 またヴリトラが何か良からぬことでも企まない限りは、いつでも魔力は供給出来る。

 この世界で初めての長命種の友達ともなると、200年後くらいに近況報告はしあえるかもしれない。

 それくらいの魔力は持ち合わせているからな。ヴリトラとは良き友人関係であり続けたいものだ。


 ――と。


「リース様っ! わたし、やりましたっ。魔喰蛇マジックスネークの魔石、こんなに綺麗に剥ぎ取れましたよ」


 とてとてと、こちらに走り寄ってくるのは超級魔法を5回使うまでに魔喰蛇マジックスネークを倒しきったミノリだった。その手には、ゴルフボール大の魔喰蛇の魔石が握られている。生きている時の状態に近い輝きを放つそれは、今までミノリが剥ぎ取ってきた中で一番綺麗かもしれない。

 それにミノリの中にはまだまだ魔力が残っている。

 前までは1回使えば体力が切れていたことを考えると、大きな進歩だ。

 ミノリもこの数年間よく修行を頑張っていたからな。


「あぁ、このレベルは上出来だ。すごいぞ、ミノリ」


 ぴょこぴょこと揺れる紅髪を撫でると、付随するようにその口からは「えへへ~~」とだらしない声が漏れ出る。

 魔獣と相対していたときの凜々しさはどこかへ捨ててしまっているようだ。


「魔喰蛇ほどの強い魔獣の魔石を、こんなに綺麗に回収するなんて……」


 終始、こちらの様子をうかがっていたジン君がぽつりと呟いた。

 

「そんな悠長に憧れを口にしてる場合じゃないかもしれないよ、ジン君」


 ミノリを見て羨望の眼差しを送り続けるジン君に、俺は釘を指した。


「キミにはこれから1年で、今のミノリを越えてもらうんだからね」


「……はい?」


 《勇者》因子を持ち得ない以上、俺が魔王を倒すことは難しい。

 これから900年後まで平穏な世界を保ち続けるためには、《勇者》が《魔王》を小細工無しに討ち倒すことが何よりも重要になってくる。

 そのための第一歩は、ジン君が徹底的に強化されることから始まるのだから。

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