第41話 転生エルフ(108)、初めて魔族と対峙する。

 魔王軍隊がクォータ村へ向けて足を向けようとしていた、その時だった。

 グルゲアがいち早く、サササッと家屋の影を横切る気配に気付いた。


「ん? なんだ、この村にもまだまだ生き残りがいるではないか。お前達は本当に探し方が下手だな」


 そう言ってグルゲアはクォータ村とは真反対の方に目を向けた。

 さすがに隊長格だけあって、隠れていても人の気配を見抜くだけの力はあるようだ。


「へぇ? おかしいですだな。一応村は隅々まで調べて、誰もおらんでしたのに」


「いいからはやく捉えてこい。まったく、田舎住みだった魔族は人捜しすらマトモに出来んのか」


 グルゲアは手に持つ水晶を通して、魔族達に更に強い光を浴びせる。


「了解ですだ」


 我を失った魔族たちは列を為して人影の後を追っていく。

 そこに。


 ――リース様っ。


 家屋の影に隠れたミノリが剣を抱えてアイコンタクトを送ってきた。


 ――盛大に暴れてくれ、頼んだぞ。


 言葉を発さずとも全てが伝わったのだろう。ミノリは大きく頷いて、魔族達の元に飛び出していった。


●●●


 ――わたしが彼らを正気に戻すカギを握っている、ですか?


 魔王軍隊への突入直前、俺はミノリの頭を優しく撫でた。


『あぁ。俺があの隊長格をやっている間に、ミノリは住人達の洗脳を解いてあげてくれ。彼らにはまだ自我が残っているからね』


『で、でもそんなこと、どうやって――?』


 首を傾げるミノリ。

 俺はミノリの愛剣に初出しの魔法を試みた。


アンチ闇属性魔法力付与エンチャント反魔の誘いアセトグレリン


 クォータ村のおばあちゃんからもらった『アンチ魔法の魔道書Ⅲ』に書かれていたそれは、物理法則を無視した《反転》の魔力の存在だ。

 曰く、魔王軍の中でも魔王クラスでないと使えない伝説の代物なのだとか。

 要するに、物理法則を無視した《因子》を持つ魔王だからこそこの魔法も使える――ということだったのだろう。

 それならこの世の物理法則を無視した存在である俺にもできないはずはないとは思っていたが。

 バチバチと、黒い稲妻を迸らせながらミノリの直剣に魔法が吸い込まれているのを見る限り成功したようだ。


『こ、これは?』


 ミノリが愛剣の変わりように驚くなかで、俺は言う。


『これを魔族たち光る角に打ち付ければ、そこから魔力が吸収されて洗脳が反転していくはずだ。これを喰らわした相手の身体に反魔法が回り切る間に、俺はその大元である供給源を――グルゲアを討つ』


『リース様お一人で、あの強力な魔族と迎え撃つおつもりなのですか!?』


『あぁ。だからこそミノリには洗脳された魔族たちの相手をお願いしたい。俺よりも、ミノリの方が多対一は得意だろう?』


 ユグドラシルの古代樹にいた時、俺は何の危険もなくのうのうと100年もの間自分の魔法を磨き続けていた。

 それから外に出てすぐにミノリと出会うことになるのだが、そこで初めて俺には一対一以外の戦いを知った。

 一対一の戦いならまだしも多対一ともなってくると、あの住人達を破壊しない・・・・・という保証がない。

 その点、ミノリは幼い頃から過酷な環境で育ってきた。

 周りの全てが敵でありいつ命を狙われるかも分からない状況の中で、だ。


 事実、最小の力で最大の効率を得る戦いはミノリの最も得意とする所だ。

 ジン君の修行相手を半年間務め上げてくれた実績もある。


『心配しなくてもミノリは強い。この世で俺の背中を任せられるのなんてミノリしかいないんだからな』


 わしゃわしゃと髪を撫でると、ミノリは「ふんす」と気合いを入れた。


『わ、分かりました。がんばりますっ!』


 反魔法を抱えた剣をぐっと握ったミノリ。

 どうやらこの子には物理的な魔法よりも言葉の魔法の方が効果はてき面のようだ。


 ――その代わり、グルゲアはこっちで確実に仕留める。任せてくれ。


 こうして俺とミノリの本格的な共同戦線は始まった。


●●●


「火属性魔法、不死鳥の急襲ファランクスッ!」


 力強い声と共にボゥンッと村の一角からは火煙が上がった。

 

「な、何事だ!」


「グルゲア様、ありゃただの魔人じゃねぇですだ! こっち攻撃してくるだよ!」


「えぇい、ならば貴様等全員で向かえば良かろう。それともなんだ、下等魔族はたった一匹の生き残りさえも倒せぬとでも言うのか! 魔王様からいただいたこの魔水晶の力を持ってしても勝てぬと言うならばそれまでだ――精神汚染魔法、夢見心地の忠誠心デプリッション。殺せ、何としてでも奴の魔力を回収してこいッ!」


『ォがッ!!?』


 グルゲアが空高く水晶を掲げると魔族達の角はおろか、目の光までもが赤みを帯びる。


『オォォォォォォォォォッッッ!!!』


 その姿はまるで魔獣だった。

 全員が我を忘れたように火の手の上がる戦闘場所へと突貫していく。

 グルゲアは闘龍の上でヒゲをいじくりまわしながら、ぽつりと呟いた。


「全く、近頃の魔族は脆弱でならんな。死に物狂いで敵を倒し、魔王様の片腕となることこそが全魔族の使命だというのに。大型魔獣を倒して魔力を回収するつもりが、こんな田舎くんだりまで来ることになるとは――ッ!?」


「それなら俺を倒して魔力を回収してみればいい。アンチ闇属性魔法力付与×光属性魔法付与、光魔剣グロリアス・グラムッ!」


 光属性と反闇属性を手持ちの剣に付与。

 業物ではないにしろ、魔族の苦手とする属性詰め合わせセットを付与した渾身の剣撃は、グルゲアの機転によって闘龍ごと避けられる。


 なるほど、直前までは魔力を隠していたのにそれでも気付かれるのか。

 これでも魔獣たちには百発百中だったのにな。

 今まで魔力を主体として戦ってきたのは魔獣だけだったこともあり、まだ魔族との戦い方はあまり掴み切れていないのかもしれない。

 これも修行だ。

 俺の残り900年を有意義なものにするためにはあらゆる方面の経験をしておくに越したことはない。


「――なんっだ、貴様は!? どこから出てきた!」


 土煙が収まると同時にグルゲアは持っていた大剣を俺に向けてくる。

 今まで浴びたことのないドス黒いまでの魔法力付与エンチャントだ。

 単一の魔法でもここまで付与を重ねることが出来るのか。


 まだまだ知らないことばかりだ。

 たった100年籠もって勉強し続けるばかりだった知識が経験となり、驚きと興奮を伝えてくれている。

 点と点で刻まれていた知識が、経験によって線を描くように結びついていく。

 何となく生きていたあの頃では手に入らなかった感覚だ。


「世界に名前を残したくてユグドラシルの古代樹故郷を飛び出してきた、ただのエルフ族――リース・クラインだ。よろしく頼む」


「こんな所にエルフがいるかァッ!!」


 さぁ、これが外の世界だ。

 俺はまだまだこの世界を楽しめるようだ――!



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【後書き】

初めて踏み入れた魔族領域でも貪欲に知識を得ていくリースには、いよいよ歯止めが利きません。

いつも応援ありがとうございます。面白い、続きも頑張れと思っていただけたら評価や感想など、是非よろしくお願いします。

次回も更新頑張ります!

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