第50話 次代の勇者、悪魔の契約を囁かれる。
――昔から、強い冒険者になることを夢見ていた。
物語に出てくるように、世界を旅して魔獣を倒し、人々の笑顔を守る冒険者が何より格好良かったからだ。
だが彼には、冒険者として何より大切な魔法が使えなかった。
魔法が使えないことを理由に何度もお荷物の烙印を突きつけられた。
それでも夢は諦められなかった。
日々鍛錬を積み、良き師に出会い、新たな仲間と多くの冒険を積み重ね、そして――。
●●●
ギィンッ!!
闇の魔力を纏った剣と光の魔力を纏った剣が、何度目かの激突を迎える。
しかしウーヴァの方が圧倒的に優勢だ。
「勇者魔法とはこの程度のものだったとはな。魔王様のお手を煩わせるまでもない」
爆風を撒き散らしながら、ウーヴァは勢いよく魔力を付与させ剣を振りきった。
「勇者、具現魔法
ジンの剣には再度光が宿る。
何度打ち消されてもその度に聖なる光の加護が、ジンの身体を優しく包む。
ウーヴァとジンの周りは世界で一番濃い瘴気の霧に包まれていた。
「――ジンッ!」
瘴気は浴びる許容量を超えれば人間の身体をも容易に蝕む。
ジンが浴びている瘴気は、とうに人間の許容量を超えていた。
乱戦に突入していたライドンが向かおうとするが、ラハブがそれを制止する。
「今のわたし達じゃ、あそこに近付いただけでも瘴気やられを起こす。魔人になりたくなければ行かない方が賢明だよ」
「そ、そんな中にジンがいても平気なのか!?」
「今は勇者魔法で加護が効いているから多少なら耐えられる。それに、君が一番分かっているんじゃないのかい? 今のジン・フリッツは勇者の力を十全には開放出来ていないってことを」
「それは、そうだけどよ……」
「どのみち《勇者》の能力を持つジン・フリッツ以外に魔王を倒せる者なんていない。ここで彼がやられるようならわたし達は諸共に滅ぶ。だったら自分たちのパーティーリーダーを信じるしかないだろう」
パーティーの中でもラハブはいつも冷静だった。
周りの状況を常に伺う彼女はいつだって姉御肌だ。
「それにわたしは回復屋だ。君が周りの敵を蹴散らすことに集中してくれないと、わたしの仕事も出来ないだろう。これ以上負担を増やすならば、木の実の請求を追加するからね」
事実、ククレ城塞兵が傷を負えばすぐにラハブが回復魔法を飛ばしているからこそ今の戦況が保たれている。
城塞兵達の士気や負傷率が限界を超えれば、ギリギリ保っているこの戦線も突破されてしまうだろう。
ライドンは頭をかきむしり小さく唇を噛みしめるしかなかった。
「一番強い男になるんじゃなかったのかよ……あぁ、ちくしょう……ッ!」
ライドンは大地に手を宛がい、周りの雑魚敵に向けて巨大な魔力を放った。
「ジンッッ! 絶対そいつは倒せよな!! お前がここで死んだら俺は一生お前のことを恨んで生きてやるからなッ!!!」
●●●
「――と、外のお仲間は言っているようだけど。果たして君にもうそんな力は残っているのかな? 《勇者》くん」
濃霧のように瘴気渦巻く空間の中で、もはやジンの身体は思うように動かなかった。
ウーヴァは周りの瘴気濃度を自在に操り、魔力の目減りを感じさせもしない。
だがジンは魔力を使えば使うほど、勇者魔法への変換が出来なくなってくる。
リースから譲り受けた剣ももうボロボロだ。次に
「……カハッ」
近くの大岩に打ち付けられたジンの視界は揺らぎに揺らいでいた。
身体が燃えるように熱い。
体内の魔力回路もぐちゃぐちゃで、その上で濃い瘴気が身体の奥底にまで重くのしかかる。
全身の血液が沸騰しているような感覚だ。
「この量の瘴気を浴びてなおも正気を保っていられるのか。まったく、《勇者》などという属性はことごとく邪魔にしかならないな」
「これくらいの、瘴気より、リース師匠の魔力圧の方が、よっぽどだ……」
リースとの修行はもっと潰れかけるような圧があった。
このリースとの思い出の地で負ける、なんてことがあればリースに一生顔向けが出来まい。
身体が軋むのを感じながら、ジンは立ち上がる。
「何がそんなに君を頑張らせるのか、分からないね」と前置きし、ウーヴァは呟く。
「君は考えたことがあるか? なぜ君自身の意志はそんなにも強いのか。何も君がここまで危険な目に遭わなくてもいいじゃないか。君だけがここまで傷付く必要なんてないじゃないか」
途切れない闇属性の魔力付与を施し、ジンに接近していく。
「
「やく、わり……だと?」
「あぁ。君の意志はこの世界が君に与えただけの
言って、ウーヴァは満面の笑みを浮かべた。
「――だからこそ問おう。ここで退いてくれるならば、魔王軍は《勇者》ジン・フリッツとその周囲には一切手を出さない。私たちはただ純粋に魔王様の復活と、同胞魔族の生活圏を人類と同じ程度に広げたいだけなのだ」
それは文字通り、ジンにとっては悪魔の契約への誘いそのものだった。
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