第16話 転生エルフ(100)、極致級回復魔法で友を救う。

「やっほ、グリレットさん。お久しぶり」


 声を掛けてみるが反応は無い。

 しわがれきってしまった手を握ってみるも、彼の手に力が宿ることはない。

 病と寿命に侵された、老人の手だ。

 腕から胸に掛けて這うようにして刻まれる黒い大痣は禍々しさすら感じられた。


「父は強い武人でした」


 ガリウスくんはポツリと呟き始める。


「今まで30年間、父はたった1人で魔獣と賊の侵攻から皆を守り続けてくれてました」


 グリレットさんの手を握るガリウスくんは、懺悔するかのように俯いた。


「父が倒れて5年。武がない私は民の力を借りてようやく護れている状態です。父がどれだけ素晴らしかったのかがこの5年でよく分かりました」


 グリレットさんは腕っ節こそ確かだったが、経済に関してはとことん苦手だった。

 民からしてみれば、グリレットさんが人知れず脅威から領地を守り続けたことは知る由もない。

 

「そんな父に、安心させてあげたい。遠く及ばずとも、父のように強くなれなくても、この辺境伯領は私が守り続けられるんだって、安心させてあげたかったんです」


 ガリウスくんはグリレットさんが繋がれた管の数々を見て苦笑いを浮かべる。


「方々に手を尽くして、国内最高峰の超級回復術師にも声をかけ治療を試みましたが、それでもダメでした。父に絡みつく黒い大痣はどんな回復魔法もはね除けてしまう。皆が匙を投げ、余命も後1ヶ月ほどと告知されました。それまでにリース様が来て下さったことは、父も深く感謝していると思います」


 魔法を受け付けない、となると……。


 ――鑑定魔法、成分解析グロノシス


 対象は黒い大痣。

 

 魔法を通してグリレットさんに絡みつく黒い大痣を解析する。


  瘴気 9.1割。


 ……成分解析の結果、この大痣は蓄積した瘴気だった。


 魔族の出す瘴気は、俺たちエルフ族ほどではないにしろ人間界にとっても毒であることに変わりはない。

 ここまで蓄積しきった瘴気は、この濃度を大幅に上回った回復魔法を施さなければ拒絶反応を起こしてしまう。


 ――ということは、だ。


「超級の回復魔法までは試した、と」


「は、はい」


「じゃ、極致級の回復魔法はまだ試したことがないってことだもんね」


「……ははは、ご冗談を。極致級の魔法は勇者レベルの魔力量、数千を超える属性魔法を操る賢者レベルの魔法知識を持つ者が総力を持ち合わせて、数十年間術式を組み換え続け、魔力を注ぎ続けてようやく為し得るものですよ。残念ですが、その頃には父はもう――」


「今ここでやれば問題ない。極致級の回復魔法なら、術式は頭の中に入ってるからね」


「……まさか、リース様?」


 俺は身体中の魔力を循環させた。超級回復魔法に必要な量の10倍程度ならば、すぐに集まる。


「俺はこういう時のために100年間を過ごしてきたんだ。グリレットさんは俺に出来た初めての友達だ。せっかく会いに来たって言うのに友達と一言も話さずに帰るなんて、あまりにもつまらないじゃないか」


 だが、ここでグリレットさんを蝕む病魔を退けたからと言って彼の寿命はそう長くはない。

 

「ガリウスくん。よく聞いてほしい。グリレットさんの寿命はどのみちそう長くはない。保ってあと2年だ」


 この世界のヒト族の寿命は60歳程度だ。

 グリレットさんの生命の灯火はあの頃と比べても非常に小さくなっている。病魔で死なずとも、あと2年ほどで自然と寿命は尽きてしまうだろう。


「それでも、もう一度彼を呼び戻したいかい?」


 俺の言葉に、ガリウスくんは諦めきっていた瞳に涙が浮かんだ。


「父はずっと、領地を守ってくれていました。ずっと戦って、ずっと守って、ずっと傷付いていました。父様にありがとうも、これからを任せて下さいも、まだ何も言えてない。まだ何も孝行出来てません……! 2年も・・・期間が与えられるならば、もっとたくさん……父様とお話がしたいです……ッ!」


「――分かった」


 幾十重にも構築した術式に、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 グリレットさんを蝕む蓄積瘴気の全てを消し去るほどの、圧倒的な魔力だ。



 かつて人類が理論上辿り着き、一度だけ成功させた伝承を残す回復魔法の最高峰。

 植物状態となってしまった仲間を救うため、当時の勇者と賢者、国中の仲間たちが数十年を掛けて魔力を掻き集めて成功させた。

 死の淵から帰還した者も含め、全員が相当に年老いてしまっていたという。

 それでもなおこの回復魔法を完成させようとしたヒト族には尊敬の念しか無い。


「極致級回復魔法、再誕の光リバレル


 温かい緑色の光がグリレットさんの身体に入っていく。

 光は何度も何度もグリレットさんの身体を循環し、吸収していく。

 貼り付いていた瘴気が霧散し、身体に血が巡る。

 真っ白だった表情に血色が戻り、枯れた瞳に光が宿る。


 そして――。


「……リース、様?」


「や、グリレットさん。約束通り会いに来たよ」


 ベッドの上でぽかんと口を明けるグリレットさん。


「オレは、何を――」


 状況がよく分からずにいるグリレットさんだが、圧倒的な気力でそれをはね除けて抱きついたのがガリウスくんだ。

 

「父様!!!」


 グリレットさんの声を聞いたガリウスくんは、人目もはばからずに大粒の涙を流した。


「ガリウス……? 何だぁお前、しばらく見ないうちに大きくなったなぁ……」


 しわがれ、それでいて優しい声音でグリレットさんはガリウスくんの頭を撫でた。


 グリレットさんの寿命は後2年。俺たちからしてみればあっと言う間に過ぎてしまうその期間だ。

 だがこれからの2年間は、親子にとって最も長い2年間になるだろう。


 この日俺は、100年間の努力の結晶として――友の命を吹き返すことができたのだった。


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