18着目 背中合わせの温もり

『あっ、あっ、し、静かよのぉ、こ、このゲーム。

 この静けさ、まるで冥府みたいでドキドキしておるが……眷属達よ、こんレビ……ヘヴンズライブ二期生、宵月レヴィアである』


 びくびくと、言葉をつっかえながら、かつてなく低いテンションでレヴィアたんのホラゲー配信が始まった。


『お、音は大丈夫か眷属達。み、見て分かる通り、このゲームはBGMが無いからの……赤鬼というゲームなんじゃが』


 瞬間、コメント欄に激震ざわつきが走る。


[ コメント ]

・なん、だと……っ⁉

・レヴィア様が音量を気にした⁉

・いっつも鼓膜破壊してくる堕天使が⁉

・どうしちゃったんだレヴィアタン⁉


 宵月レヴィアというVtuberの特徴を挙げるなら、それは『クソでかボイス』である。


 音量を気にするのが配信者の常。

 特に配信開始直後は、音量調整をコメントで確認するのがVtuberにとって、ある程度のルーティーンである。


 しかし、宵月レヴィアはいつの時も、配信が始まった途端クソでかボイスで『こんレビ』の挨拶を決めてきた。そんな風に眷属リスナーの鼓膜など気にもしてこなかった、傲慢な堕天使が今――――初めて音量を気遣った。


『あぁぁ、いやじゃぁぁ……っ! なんでスタート画面真っ暗なんじゃぁぁ……っ! なんで音無いんじゃぁぁ……っ! 逆に怖いであろうがぁぁぁ……っ‼』


[ コメント ]

・はよボタン押してもろて   

・声震えすぎじゃない?

・これでまだスタート画面という事実


『あぅぅぅぅ言うなぁぁぁ! だ、だめ指震え……っ! 

 うぅ~~~お、お願いじゃ、眷属達。一人にしないでぇ……っ!

 最後まで一緒にいてぇ……っ!』


[ コメント ]

・めっちゃ、しおらしくなってんだけどwww

・しおらしい堕天使……ウッ胸が!

・とりま深呼吸。だいじょうぶ、このゲームそこまで時間かからんから


『はぁー……すぅーー……うむっ! ではやろう! 

 もうさっさと終わらせてしまおう!』


[ コメント ]

・がんばれ、眷属われらが付いてる!

・クリアの仕方、少しは教えたげるから


『……ぅん。あ、ありが……と』

 コクッ、と小さく頷くレヴィアたん。


 彼女のいつになくしおらしい態度と素直さで、一層盛り上がる眷属達。

 目にも止まらぬ早さで流れる同志のコメントを見ながら、俺は思わずにはいられなかった。



 ――俺、今、なにをやってんだ?



 背中にぴったりと感じるのは、ホロアクティで投影された宵月レヴィアの立体映像ホログラム……その背中の感触。 


 イヤホンで彼女の配信を見ながら、その配信を行っている本人と背中を合わせているというカオスな状況に付いていけてなかった。


 ――いや、ホントなにやってんのコレ⁉


 スマホに映るレヴィアたんの様子を見て、彼女が怖がったら背中を押しつける。

 それがレヴィアたん直々の頼みごとの内容だった。


『うぅぅ~、ほ、ほんとにこの扉? で良いんじゃよな? ね

 ぇ、眷属? ねぇってば―――――ひぃぃやぁぁぁーーーーーっっ‼ 

 ややっ、やややややーやぁーーー‼』


 嘘攻略ワザップに騙され、赤鬼に通じる扉を開いてしまったレヴィアたん。

 眷属達のレビ虐によって、廊下の横幅目一杯という巨大な顔面をした赤鬼が満面醜悪な笑みで迫ってきた。


 堕天使の悲鳴が聞こえたコンマ数秒後に、イヤホンから同じ悲鳴が流れる。

 生の悲鳴と配信を通した悲鳴。

 二重の叫びを聞いて、俺は彼女の背に寄りかかった。


 聞けば怖いことがあると、レヴィアたんは背中がゾワッ! と冷えるらしい。

 風呂場でシャワー浴びてたら背後に気配を感じるアレだ。

 その恐怖を誤魔化すために、俺はレヴィアたんが怖がる度に、彼女の背に寄りかかるように言われていた。


『いたではないか! いたではないか⁉ 

 いないって言ってたであろうが、嘘つきぃーー‼ 

 許さんから! ほんっとに許さな……あっ、スパチャ献上ご苦労である』


 時折、緑・青・赤色のコメントが流れてきたら、コロっと声音を切り替える。

 そこの切り替えは流石、配信者だなーって、俺は感心した。


 というか、このスピードのコメントに反応しながらゲームするって……凄いな。

 絶え間なく流れるコメントを拾いながら、淀みなくゲームをプレイし、一切止めることなく舌の根を回す。


 ――普段見ることのない、接することもない空間に、俺は背中越しとは云え触れている。


配信者とリスナー。


バーチャルと現実。


本来、隔たりがある二つの空間が【ホロアクティ】によって、くっつけられた感じがした。


――――流石だなぁ。


 スマホに小さく映る彼女を見る目が、尊敬によって細まる。


 そんな凄い彼女に、今、俺は背中を使ってもらっている。

 これを光栄と言わずして何という。ありがたい気持ちで、胸が温かく満たされる。


『よぉーし、出口見えたぞー! 皆のもの、大義であった! 

 くふふ、これで左に行けば脱出……え? 扉閉じられたのじゃけど? へ? 

 なんか後ろからニチャッて――――キャアアアアアアアアアアア‼‼⁉ 

 やだっ、やだやだやだやらぁぁーーー来ないでぇぇぇーーー‼』


 彼女の背中がゾワワッと、恐怖に震えていた。

 俺は胸の中を占める、この温もりを少しでも彼女に伝えようと、自分の背中を押しつけた。


 彼女の背は薄氷のように薄くて、すぐ壊れてしまいそうで不安になる。

 でも、その壊れてしまいそうなほどの華奢な感触に……俺は何でかどうしようもなく『大事にしたい』って想いが湧き上がった。


 あれ、なんだ、これ。


 穏やかな温もりがドクドクと沸騰を始める。

 左胸がちょっと苦しくて、湯気みたいに息が荒くなる。

 スマホごと手を胸に押しつけて、ヤカンの蓋みたいに暴れる胸を抑えつけた。

   

『ふひぃーーーー、逃げ切ったぁぁぁ~~~~~~‼ 

 スパチャ返答に入る前に……ちょっと……脈動を、抑える。しばし待て……』


 すぅっと、背中越しで彼女が息を吸う。

 

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