6着目 姫宮紗夜は隠したがり

 まず顎のライン。

 ボブカットに紛れて丸みを帯びてるように見えるが、その実すっきりとしていて、おっとりとした本人の印象とは真逆のシャープさを秘めてる。


「あの」


 首筋も滑らかで長いし豊満な胸から臀部への波を彷彿させるようなラインなんか眼福ものだしスカートから覗く足に至っちゃデザイナーの理想だ。


「あ、あの……あぅぅう」


 太ももふくらはぎ足首の順に細くなっていくすらりとしなやかな、それでいて色艶も良くて肉感的で扇情的だ足の長さも申し分なし最早モデルになるために生まれてきたと言っても過言では……


「あの、はじめ……くん。その」


 クイッと引っ張られた袖の感触によって、姫宮さんの美体に夢中だった俺はハッと意識を取り戻した。そして気づけば俺の正面に姫宮さんが俯いたまま立っていた。

 俺は姫宮さんの旋毛を見下ろしながら、その近さに驚きつつも確信する。


 姫宮さんは背も高い。

 俺と2、3センチしか変わらないだろう。つまり高さで言えば、俺と姫宮さんの距離はその程度しかなくて。


「はじめくんが、服飾部に来てくれたらわたしも、うれ……しい……です」


 照れて尻すぼみにか細くなっていく声。うりゅうりゅと羞恥で潤んだ円らな瞳が、すぐ上にある俺の瞳を見つめる。


 うわっ……やばい。


 ドキッと胸の中が高まる。

 もっとこの美しい彼女を見ようと、視界が広がる。

 姫宮さんの周りに星屑が飛んでいるみたいに煌めいてる。


 最早、職業病みたいなものだ。


 モデルに相応しいというか……この美しい女性そんざいにどんな服を作れば、更に美しくできるのか。異性を見ると、すぐにそういう目で見てしまう。


 そして俺が服飾部の入部を断る理由は――――姫宮さんが逸材過ぎて、常に視線を釘付けにされてしまうからだ。そうなったが最後、職業病を宿した邪眼はドライアイになってしまう。


「き、気持ちだけ……う、受け取っとく」


 俺は首ごと振り抜いて、姫宮さんに魅入っていたい欲望を振り払う。

 すると緊張が限界に達したのか、姫宮さんは小走りで天海の後ろに隠れて……頭から湯気を出した。


「ちょっ、なんでわたしに隠れるのよ! やめてよ、わたしが湯気出してるみたいじゃない!」

「だって……だってぇ!」


 後ろに立たれるのを嫌がる天海と、恥ずかしそうに天海の腕にすがりつく姫宮さん。その構図は争ってるというより、ワチャワチャしてるというかキャピキャピしてるというか――――すげぇな天海、マジで女にしか見えねぇ。


「ずるいよなー。あれ見ようによっては男女のイチャイチャとも言えるんだぜ?」

「すまん市川。俺には全然そう見えない」


 なんだったらあと二人美少女いたら、横並びになってジャンプしそう。

 時間を忘れて、この平和な光景を見続けたかったが、


「えぇい、もう良いわ! はじめ!」


 他ならぬ天海が痺れを切らしたように、ずんずんと俺に近づいてきた。そうして無言で机の上に置いてあったクリアファイルを、俺の胸に押しつけた。


「これ、わたしが作ってきた商品のカタログ」


 一瞬、何のことだか分からなくて、受け取らずに天海の顔を見つめ直す。すると鋭く細めて凝視していた天海の目がニッと緩む。


「率直な意見が欲しいの、プロの率直な。量は大したものでしょう? 質は、今日家に帰ってゆっくり見定めてよ」

「それくらいなら、お安い御用だよ」と、俺は呆れ混じりに肩をすくめた。


「話終わったー? ならもう帰ろうぜー」

「……あんたねぇ。空気読みなさいよ!」


 これまで蚊帳の外だった市川がいじけたように、部室を出ていく。

 天海は声を荒げて、市川を追いかけていく。取り残された俺と姫宮さんはお互いに顔を見合わせて……


「帰りますか」

「そ、そそそうですね」


 指をもじもじと絡ませる姫宮さんと並んで、俺は部室を出ようとして――――PCディスプレイに繋がったままのとあるデバイスに気付いた。


「姫宮さん、キャプチャーボードって挿れっ放しで良いの?」


 キャプチャーボードとは、ゲーム機の画面をPCの画面に飛ばす機能を持ったデバイスだ。主にゲーム配信で使われるものだが……。


「なんでここにあ」


 瞬間、姫宮さんは風となった。


 首を傾げる俺の横をすり抜け、あっという間に四角い箱の形をしたキャプチャーボードをバッグにしまう。


「えっと、これは、その」


 肩口に振り返った姫宮さんは、口をあわあわさせて言い淀んでる。余りに素早い身のこなしに呆けていた俺は、彼女のそんな態度を目にして――追及するのは良くないと思った。


「忘れ物しなくて良かったね」

「え……」

「じゃ、早く行こう。市川達は待たせるとうるさいし」

「……はぃ」


 俯いた拍子に下りた前髪が、彼女の顔を隠す。


 ――今どんな顔してるんだろう。


 追及するのは良くないが、気になる気持ちは変わってないのだ。


 俺は彼女の前髪へ手を伸ばしたい衝動をこらえて背を向ける。

 背中越しに姫宮さんがついて来てくれる気配を感じながら、俺達は静かに部室を後にした。

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