7着目 ホログラム……起動
* 聖岳はじめin自室 10/4(月)PM22:00 *
母にあてがわれたマンションに帰ってから、すぐに天海のカタログを読み始め、俺はほどなくして痛感した。
アマチュアなれど
「……確かに量は大したもんだなぁ」
布も糸も無料じゃないってのに、天海のカタログにある服は優に30着以上はあった。学校に通いながら、アマチュアで、だ。
無論、荒い部分やおざなりにしてる部分は多々ある。あの母の下で培われた目を以てすればそれ位は見抜ける。
でも、天海と俺、どちらがデザイナーになるべきか。そんな問いが来たら、俺の答えは一択。
「
自分には無いものが込められた天海のカタログから目を逸らしたくて天井を仰ぐ。煙草の煙を吹き出すように、息を吐いて、俺は自分の部屋を見回した。
四方の壁を覆い尽くすほどの量の服を。
この3か月で作って来た俺の作品達を見回す。
このあたり一帯の高校の
市川に勧められて視聴したアニメ作品に登場した服も、一通り全て作ってみた。
「みかんの皮だ……どれもこれも」
優に100着はある、自分が手掛けた服達を睥睨した結果、自分で自分を鼻白んだ。
斬新な発想・世界観を現した見事なデザイン、それを模倣しただけの作品群。クオリティはきっと高いだろう。
それでも、俺は断言する。
――――本当にデザイナーになるべきは天海のような人間だ。
服を通して伝えたい想いがある奴だ。
デザイナーとしての信念を、生涯表現し続けると決めたテーマを持ってる奴だ。
天海のカタログにある服を見ていけば、分かる。
デザイナー天海渚の
俺の服は違う。
剥かれるみかんの皮、ビリビリに破かれるプレゼントの包装紙、宝石を包むだけの梱包材。
服を通して伝えたい想いも、デザイナーとしての信念も、生涯表現し続けると決めたテーマも無い……空っぽの服だ。
「――母の言う通りだな」
ばたんと仰向けにぶっ倒れる。
呟いた自虐が、埃や糸くずと共に虚しく宙を舞った。
電灯に照らされて、宙を舞った糸くずがキラキラと煌めく。
やばい、虚無い、何にもする気が起きない、あーもうこのまま寝ちまうか、そう思ったらウトウトしてきた……寝落ち3秒前。
3……2……1…………
『くっふっふっふぅーーーっ! 敬虔なる眷属達よ、こんレビであるぅ‼』
「こんレビィィィィーーーーーーーッッッ‼」
体をエビのように曲げつつ飛び上がって、俺は部屋の一角にあるデスクPCに飛びついた。
は? 天海のカタログ? デザイナーとしての信念? なにそれ美味しいの?
そんな些事はどうでも良い、宵月レヴィアの配信より勝るもんなんかあるかぁ!
『ヘブンズライブ2期生、宵月レヴィアである。
今宵の夜会に訪れし眷属達よ、大義であった。さて昼の饗宴にもはせ参じた眷属は既に存じてるかもしれぬが、改めて!
今宵は重大発表もといヘブンズライブ事務所から天啓が届いたのだ。これから皆にそれを見せてしんぜよう』
ついに来た!
放課後の帰り道、市川と重大発表の内容について語りまくったが、結局何の内容なのか分からずにいた。椅子に座った俺は待ちわびた答えを前に、掌を擦りまくる。
カチカチとレヴィアたんがマウスを操作する音が聞こえて、自分を画面の右下に、そして一つのブラウザを選択し、配信画面中央に設置した。
画面右下でレヴィアたんがユラユラと首を振っている可愛い。
しばらくブラウザ画面には、何も映らなかったが不意に――――真っ暗な画面を、白い線が横薙ぎに一閃。
ブラウザ画面が真っ白に染まり、現れたのは、シンプルな文字列。
置いていくぞ、人類
文字列の最後で点滅していたカーソルが、その文章を消していき、新たな文章が入力される。
虚構から現実へ
Vtuber《わたしたち》は歩いていく
ランウェイで会おう
文章がカーソルに消される。
空白になった空間に現れたのは、虹色に輝く髪をなびかせるヘヴンズライブ1期生、鳴神クレア。
彼女の衣装は古代ギリシャで着られた一枚布の服『キトン』。
純白の神々しさを感じさせる、その服の裾から漆黒が滲み出し――――最先端のデザイン《モード・ファッション》のワンピースに変貌した。
モデルの頂点『パリコレ』の舞台で歩いていても見劣りしない出で立ちになったクレアが指を押し付け、画面に流麗な筆記体で綴られた一文を刻み付けた。
【バーチャルファッションショー『RAVFIC《ラヴフィック》』開催】
ほどなくして、このファッションショーの概要が説明された。
このショーは、日本一のファッションブランド【Sii《シィ》 Forte《フォルテ》】・大手Vtuber事務所【ヘブンズライブ】・立体映像技術を開発した【エリシオン】の三社共営で行われる一大イベントだ。
出場の決まったVtuberは、高出力の【ホロアクティ】によって立体映像となり、本当に画面から飛び出し、ランウェイを歩く。
そして、そのVtuber達を彩る服を作るのは、Sii《シィ》 Forte《フォルテ》に勤める、優秀なデザイナー達だ。
『この栄えある電脳の祭典に……妾のエントリーが決まったのじゃああーーーっ‼』
レヴィアたんの興奮冷めやらぬ言葉に、コメント欄がワッと歓喜に沸き立つ。次から次へと投稿されるコメントが激流の如く流れていく。
俺も宵月レヴィアの眷属として、この喜びの流れに……乗れなかった。
原因は動画内の一文だ。
『Vtuberの服を作るのは、Sii《シィ》Forte《フォルテ》に勤める優秀なデザイナー』
――――それって、つまり俺にもチャンスがあったんじゃないか?
辞めさせられた時、なんとか喰らいついて、あのまま母のブランドに勤め続けていたら――――宵月レヴィアの服を作れたんじゃないか?
「あぁ、くっそ……なんだってんだ」
ゆらゆらと体を揺らすレヴィアたんを映すPCの画面に、そっと指で触れる。
後悔に締め付けられる胸を反対の手で握り締める。
頭ン中から際限なく湧き上がる。
『もしかしたら』という妄想が募って、歯を噛み締める。
画面の向こうの彼女は、とても嬉しそうに、頭に生えた翼をぴょこぴょこ羽ばたかせている。そんな彼女の表情を目にする度に、空っぽだったはずの胸に―――――熱が灯る。
「っ~~~~~~‼」
込み上げる創作衝動に歯噛みする。
熱が弾けて、作らなければ、縫わなければと、そんな思いだけが胸の中で加速していく。
「俺は……」
部屋から生地と針を取り出す。
内から湧き上がる衝動に手を任せて、縫い繕え。
いつものように
縫製と同時進行、頭の中で閃いたデザインを実際に着られるように構造し直せ。
作りたい。
この一大イベントで、彼女が着る服を、この手で作りたい。
そして、俺の服を着た宵月レヴィアが、ランウェイを歩く姿を――――見たい。
想いだけが募る。願望だけが膨らむ。夢ばかりが目蓋の裏で鮮明に思い描けて――――頭の中には何の閃きもアイデアも浮かび上がらない。
ただひたすらに真っ黒な空白が頭の中を占めて、手が動かせない。手が動かなければ、何も作れない。何も縫えない。何も生みだせない。
何やってんだろーなー俺は。
「推しのVtuberが俺の服を着てくれる? そんな都合良いことあるはずねー」
それでも一度灯った熱は中々消えてくれない。ぶすぶすと胸の内で焦げつく創作意欲が、ただただ苦痛だ。
服を通して伝えたい想いも、デザイナーとしての信念も、生涯表現し続けると決めたテーマも無い。そんな空っぽなくせに、一丁前に都合の良い願望ばかりは抱えて増え続けて。
「そんなの妄想だろ」
胸の内でくすぶるそれを、目蓋の裏に鮮明に浮かぶそれを、俺は一笑に付す。
ふと顔を上げると、配信終了を知らせるレヴィアたんのエンディングが流れていた。どうやら一時間かそこらという時間を物思いで潰したらしい。
……もう今日は寝よう。
漠然とそう思って、席を立とうとしたタイミングでPCから電子音が鳴った。
「?」を浮かべながら振り向くと、PCにメールが届いていた。DMだ。
宛名は――――宵月レヴィア。
「……迷惑メールか?」
にしては、タイミングが良すぎた。いや、悪すぎた。
俺は怪訝にDMを凝視してから鼻白んだ。誰がこんなん信じるんだっての。市川に教わったのだ、迷惑メールは無視に限ると。
――――でも。
「……開くだけ開いてみるか」
このPCは市川に勧められて買っただけで、市川とゲームをするのとレヴィアたんの配信を見る以外、特に用途の無いものだ。
仮に迷惑メールにウイルスとか仕込まれていて、壊されたとしても別に構わない。
多分、今まで一番自棄になっている。
俺はそう自覚したまま、クリックしてDMを開いた。肝心の内容はこれまた怪しさ満点。ただ有名動画サイトのURLを張り付けてあるだけ。
「さて、どんな動画に飛ぶのやら」
URLをクリックすると、非公開の配信枠に飛んだ。待機人数は一人。
つまり今入って来た俺だけだった。真っ黒な背景に浮かぶ『まもなく配信が始まります』という白文字。
俺は頬杖をついて、ぼうっと怪しげな配信の開始を待った。
普段なら絶対あり得ない。でも今の俺はとっくに普段通りなんかじゃない。
胡乱気に。
投げやりに。
自棄っぱちに。
『レヴィアCh.』と書かれたバナーを視界に納めながら、呟いた。
「 アクティブ・オン 」
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