5着目 二人の少女……ふた、り?

「 わぁぁぁあああああああっ‼⁉ 」

「 ひゃぁぁあああああああっ‼⁉ 」


 絹を裂いたような悲鳴の二重奏デュエットに、俺と市川は揃って面食らった。

 そこには、女子高生が二人揃って両腕を伸ばし、デスクPCを隠しているという奇妙な光景が広がっていた。


「……いーちーかーわぁ~~~~?」


 天海がドスの利いた声を絞り出して、垂れた茶髪の隙間から市川を睨みつけた。その隙に、部員の姫宮さんがPCの電源を消したのを、俺は見逃さなかった。


 でも市川も不運だな……。天海の眼光の鋭さは俺でも思わずギョッとするほど。

 その矛先に選ばれた市川は目を丸め、呆然としている。

 次にこいつの口が開いたら、飛び出るのは謝罪の言葉しかないだろう……。


「え? なに、スマブロやってたの⁉ なぁ~んだぁー! だったら俺らも誘ってくれよ、水くせぇなぁ!」


 違った。


 市川の視線を辿れば、電源を消されたPCディスプレイの横にもう一台ディスプレイが置いてあり、そこにはスマブロの戦場に放置されたヴァイクとカーピィがいた。


 どうやら俺は市川のメンタル強度を見誤っていたようだった。


「つーか部室でゲームとか天海、やるじゃねぇか。今度四人でやろうぜぇ!」

「うっさい! ちょっ、肩を組もうとするな、こらぁ!」


 なれなれしく肩を組んでくる市川に、天海は恥ずかしそうに抵抗した。

 さっきまでの威圧的な態度は露と消え、残ったのは、小柄な体に肩にかかる程度の茶髪をふんわりとさせた美少女だ。


「別に良いじゃねーかー、

「それを言うな! だからわたし、あんたが苦手なのよ!」


 だがしかし―――

 でもそんなの気にならないくらい、天海の容姿とプロポーションは可愛らしい。


 それに仮に屈強な外見だったとしても……市川、その発言はアウトだ。

 そういう注意も込めて、俺は市川の頭に軽くチョップをかました。


「いってぇ⁉」

「そのフレンドリーさはお前の良いとこだけど、相手は考えろ市川。付き合ってもねーのに、女子の肩を組むな」


「えー? だめぇ?」と首を傾げる市川に、きっぱりと断じる。

「ダメだ。だって天海は女子の制服着てるだろ? だったら女子として扱わねーと」


 自論だけど、人の顔には人生が、人の服には価値観が現れていると思ってる。

 だからこそ俺は「彼彼女はなぜその服を着てるか」という想いを汲み取るようにしている。


 天海の制服はオーダーメイド……というか自作だ。


 天海は制服の構造もとい型紙パターンを解析して、自力で白のブレザーを縫っている。スカートも同じように自作して、水色のミニスカ。

 そうして作られた天海の制服は、清楚で可愛らしく仕上がっていた。


 わざわざ自分の制服を自作してまで着ているのだ。

 その意図を、想いを汲まないと。


「あー……それもそっか。ごめん天海」


 言えば分かる奴なのだ、市川は。

 さくりと謝る市川に対し、天海はフンッと鼻を鳴らすと、


「分かればいいのよ、分かれば。にしても……さすが元プロ! はじめ、やっぱり服飾部に入りなさいよ! あんたなら、わたしが求めるブランドの人材にぴったり!」

「断らせていただく」

「なぁーんーでーよぉー! 良いじゃない、入ってくれたって!」


 ここにいる面子は、俺の前職を知っている。

 その上で天海は、転校当初からしつこく俺を勧誘してくるのだ。


「あのなぁ……俺なんか勧誘しても意味無いって。実力なんか全然無いし」

「いや、まず中学生でプロになれてること自体おかしいのよ⁉ コレクションも発表済みで!デザイナーとしちゃ、ありえない経歴なんだから!」


 天海の正論に、俺は居たたまれなくなる。


 デザイナーを目指すには、高校卒業後、服飾専門校に行かなければならない。

 そこから企業に勤めたり、自分のブランドを開いたりとかあるけれど……要は高校を卒業しないといけない。

 だから『中学生デビューしたファッションデザイナー』なんてのは、確かにありえないのだ。


 そして天海は、プロ志望のデザイナー。

 だから俺の経歴が普通では無いことが分かるのだ。

 でも、俺はもう服の世界からは離れたんだ。

 少なくとも卒業するまでは戻るつもりは無い。


「ごめんな、天海」


 俺は眉を下げて、困ったように天海の勧誘を一言で断る。

 そんな俺の困惑した態度に、天海が「むぅ」と不満げに唸る。そして――――自身の幼馴染に援軍を求めた。


「紗夜ぁ! あんたからも言ってあげてよ! はじめなら大歓迎よね」

「ひゃうん⁉」


 勧誘の援軍として、部員の姫宮紗夜さんを呼びかけた。

 PCの電源を切った後、静かに淡々と部室の後片付けをしていた彼女は、天海の呼びかけに文字通り飛び上がって驚いた。


「へ? あ、ご、ごめんなぎちゃん。お話聞いてなかった……あ、わわわ! ごめんなさいごめんなさい!」


 膨れ上がる天海の怒気に、ただでさえ話題を振られておどおどしていた姫宮さんは、あわあわと目の中がグルグル渦を巻くほど慌てていた。


「紗夜、あんたってばもう! ポヤッとしてんじゃないわよ! はじめに服飾部入ってもらったら、あんた嬉しいわよね⁉ ね、そうでしょう?」

「へ? へ? えと、そ、それは確かに……うれ、しいけど……」


「やめろよ天海―。姫宮さん困ってんじゃん。無理矢理言わせんのは駄目じゃん」

「市川うっさい!」


 市川を一喝する天海。

 相変わらずの気の強さに肩をすくめながら、天海と姫宮さんの交互を見比べる。

 ここまで対照的な二人が同じ部活に入ってるのも珍しいのに、


 けっこう気の強い天海とは反対に姫宮さんは控えめで気弱だった。

 黒髪のボブカットに丸眼鏡という地味なコーデと相まってあまりクラスで注目されることは少ないが……野郎の間では密かに人気を集めている。


 その理由は――グレーのカーデガンを内側から「狭し」と盛り上げる胸にあった。


 市川が何かを伝えんとして、肘で俺をつつく。

 うるせぇ、何言おうとしてんのか大体分かる。


 だが、俺は声を大にして言いたい。

 彼女の見るべきところはそこじゃない――――全身すべてだ、と。

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