4着目 ははは、そんなことあるわけ……

 俺は制服のポケットに入れておいた【ホロアクティ】を取り出した。


 大きさは市販の卵より大きくて、手の平にギリ収まるくらい。

【ホロアクティ】はそんな黒い卵のような形をしたデバイスで、表面も卵殻のように滑らかだ。何か突起がある訳でも、ボタンがある訳でも無い。

 

 どこに触れても何の反応も見せなくて、手に入れたばかりの時は不良品かと疑ったが――――――――


「 アクティブ・オン 」


 登録されている俺の声紋と、設定されていた起動のコードによって、初めて錠鍵キーが構築される。耳の奥に圧し掛かる、小さく重い起動音が卵の中から鳴って……蒼白いヒビが走る。


 瞬間、黒卵がヒビに沿ってバカッと割れて、卵の中で眠っていたものを外界に解き放った。


 卵の中から現れたのは、三角錐の形をした映像機器。


 尖った先端からレーザーポインタのような青い光線が上に伸びていき、途上で四方向に分かれた。四方向に分かれた線は空間に四角形【投影領域】を形成する。


「よく見とけ。これが、ホロアクティが見せる理想の――――美少女だ!」


 赤褐色のからは艶やかで、まるまるとした胸部は思わず手を伸ばしてしまうほどに滑らか。柔らかそうな胸部から生えたはさみの先端は黒く、まるでツインテールのようで……



「 カニじゃねぇぇぇかぁぁあああーーーーーーーっ‼‼ 」



 市川は早々に美少女の正体もとい、カニの立体映像の前に膝を折った。

 俺はチッチッチッと舌を鳴らして、人差し指をリズミカルに振る。


「ただのカニじゃない。スベスベマンジュウガニだ。触ってみろ、ほんとにスベスベしてるぞ。まるで立体おっぱいマウスパッドのように」

「語るな、にわかが! え⁉ どういうこと⁉ エラーでも起きたってこ……たぁい」


 文句言いつつも市川はしっかり触ってみて、そして秒でシュンと凹む。

 分かるよ、だって俺もそうだったもん。


「結局のところ、許可が必要なんだよ。画像の著作権持ってる人のさ。だからネットに無造作に転がってる美少女達は触れない」

「だからってさぁ……なんでカニ? なんでスベスベマンジュウガニ?」

「フリー素材だったから」


 こうして高校生男子2人が、夜の校舎の廊下でカニの立体映像をナデナデするという奇妙な絵面が完成した。


ここに喜びなどない。


スベスベを堪能した俺と市川は何とも言えない空気のまま、再び歩み始めた。


「まぁ、だからあれだな。仮にレヴィアたんの立体映像ホログラムに触ろうと思ったら、事務所ヘヴンズライヴからOK貰うか、ご本人から二人だけの限定配信に誘われるかだな」

「んなミラクルあるわきゃねぇぇええええーーーーーーっ!」


 天を仰いで叫ぶ市川に、苦笑しか送れない。

 まっ、そうそう都合の良いことなんて起こらないということだ。


 期待に胸膨らませていた一人のオタクの夢をへし折ったところで、俺達は教室……にではなく家庭科室にやって来た。


 二つある家庭科室の内の一つ、被服実習室の戸をくぐると、窓側から差し込む月の光が壁際に並ぶミシンを照らす。

 理科室みたく人体模型があったら動き出しそうな闇の中を横断して、俺達はとある部室の扉までやってきた。


 否、正しく言えば部室ではなく、被服準備室。

 本来、家庭科の先生が教材を貯め込んでいるこの部屋は、俺達の顔見知りクラスメイトが部長を務める『服飾部』の部室になってるのだ。


「まだやってんのか。ブラックな部活だな」と、嘆息する市川。

「そんだけ作業に熱中してるってことだ。良いことだろ」


 扉の隙間から漏れる光から、俺は日々布を縫って服を作る部長と部員を想う。


 毎日、登校時間アウトまで部活をやってる『服飾部』と、レヴィアたんの配信を見たらなんだかんだで学校に居残る俺らは、何かと一緒に帰ることが多いのだ。


 ほぼ習慣となった気安さで、市川は躊躇いなく扉をバーンと開け放った。


「おーす! 天海ぃ、姫宮ちゃーん。一緒に帰ろーぜぇーー!」


          「 わぁぁぁあああああああっ‼⁉ 」

          「 ひゃぁぁあああああああっ‼⁉ 」


 絹を裂いたような悲鳴の二重奏デュエットに、俺と市川は揃って面食らう。


 そこには、女子高生二人が揃って両腕を伸ばし、デスクPCを慌てて隠しているという奇妙な光景が広がっていた。

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