14着目 男の娘はチアガール

    * 聖岳はじめin服飾室 10/5(火)PM18:52 *


「んーー……終わったぁぁぁ~~~~~っ‼」 


 解放感に満ちた天海の声に、被服室がワッと沸き立つ。

 夕焼けに染まっていた空はもうとっぷりと暮れている中、ここだけが昼間のようなテンションで盛り上がっていた。


「ふぃー、なんとか作り切ったなぁ。はじめお疲れぇ~! 流石プロだな」


 途中から手伝い始めた市川が笑顔で俺の肩を叩き、最後の言葉は声を潜める。

 俺は指抜きグローブを外しながら、「大げさだっての」と苦笑する。


 生地の裁断・襟と袖口のバイアス処理・ミニスカートの縫製。その他諸々を仕上げた服飾部の面々と、それを指示した天海の判断のおかげだ。

 でなかったら、俺も一日で三十着も作れる訳が無かった。


「――良いブランドになるな、服飾部ここ


 ハイタッチで喜びを分かち合う天海と服飾部の面々を、遠い目で見つめる。

 やっぱり天海の周囲には熱意と気迫が漲っている。

 だから熱に充てられて、ついついSiiForteに勤めていた頃を思い出す。


 そうやって離れた所で懐かしんでいたら、姫宮さんがトコトコとこちらに近寄って来た。


「あ、あの、はじめくん。その……て、手伝ってくれてありがと」

「どういたしまして。……うん、ウエストラインぴったりだな」


 俺は腰をかがめて、姫宮さんのウエストラインを覆うチア服をまじまじ見つめる。           

 俺が仕立てた方のチア服を試着してもらったが、自分の出来栄えに納得する。


「あっ、あんまり見ないで……は、はずかしぃ」


 赤らめた頬が俯くことで前髪に隠される。腕でウエストやバストを視線からガードする姫宮さんの様子を見て、俺は我に返った。


「あっ! ご、ごめん! 不躾に見過ぎた!」


 くっそ、グローブ嵌めるといっつもこうだ。

 仕事モードというか、それ以外のことが全部後回しになって、思い返せばドン引きするような言動をしてしまう。後悔と嫌悪に苛まれようとした時、横から市川が姫宮さんに訊ねた。


「そもそも何でチア服着てたん? 縫製チェックなら天海あいつで充分だろ」


 市川は未だにチア服を着たままの天海を指で指し示す。

 すると姫宮さんは一瞬目を泳がせ、「あ、う」と呻いた後……解答を絞り出した。


「だ、ダンス部に、そ……その、おっきぃ子が、いて、ね……」


 あ~、と色々察した男二人を前にして、姫宮さんはますます小さくなっていった。


 やばい……な、何て言ったら良いんだコレ⁉ 

 もじもじとチア服で露になったボディラインを隠す姫宮さんに、市川も俺も掛ける言葉が見つからなくて……。


「 ちょっと何黙りこくってんの、あんた達。変なの 」


 不思議そうな声音の天海が、本人の意図せず助け船を出してくれた。


「はじめ。あんた、わたしに用があったんでしょ? どんな用件なの?」

「お、おぅ! いやな、実物の服をデータにして貰いたくてな」

「……OK。じゃ、こっち来て」


 一瞬、天海が姫宮さんに流し目を送る。

 そしたらほんの少しだけ……姫宮さんの肩が強張った気がした。俺はその反応を怪訝に思ったが、部員の一人が市川と姫宮さんを打ち上げ《カラオケ》に誘った。


「おーマジ? 行く行く!」

「あっ、ま、待って。わたしは」

「部長はどうしますかぁー?」

「あんた達は先に行ってなさい。わたしは、彼とお仕事の話だから」


 するりと天海が俺の手を取る。

 とっさのことに反応できず、俺はされるがまま部室に引っ張られ…………うん?


 天海の手の平の感触……。

 どこかで、いやつい最近、似たような感触を味わったような……。


 眉をひそめる俺をよそに、天海はずんずんと部室に連れ込んだ。

 ふと背中に弱々しい感触が刺さって、後ろを振り返ると、姫宮さんが部員の輪の中から俺を見つめていた。


 その視線に気づいた時には、天海が部室の扉を軋ませながら閉めていた。扉を閉ざすと、天海は「どこにあったかな」と呟きながら、被服準備室をうろつく。


 俺は姫宮さんの視線に後ろ髪を引っ張られるが、首を横に振って、天海の探し物に付き合う。


「市川から聞いただけなんだけどさ。どうやって服をデータにするんだ?」

「3Dスキャナー使うのよ。

 親戚のコネで、ネットのアバターが着る服のデザインを任されて。

 イラスト書いてモデリングするより、実物の服作っちゃって、スキャンした方が性に合ってたから買ったの」


 俺は感心の余り、息を吐く。


 疎いを越えて、デジタル音痴な俺には想像もつかない製法だ。

 それに天海の意識がプロに近いのも、既に何度か仕事を請け負ってこなしてきたからなんだなぁ。


「やっぱすげぇな、お前」

「あんな縫製の腕見せつけられた後だと、素直に喜べないわね」


 天海のため息が後ろから響いてきた。

 そんな卑下しなくて良いのに、と俺は思った。

 だって、技術や経験値なんて後から幾らでも身に着けられる。作業に慣れれば、天海だって今日の俺と同じことができるだろう。


 だけど、誰かに伝えたい『想い』ってのは後付けじゃ絶対出てこない。そういう意味じゃ、やっぱり天海こそ表現者デザイナーとして有望で……。


「あっ」と、棚を探る手が止まる。


 そうだ、昨日のカタログ! 


 本当は被服室に来た時に帰す筈だったのに、チア服の手伝いでバタバタして忘れていた。俺は後ろの棚を探してる天海の方を振り返って、声を掛けた。


「おーい天海。そういえば、さ」


 掛けた声音が上擦った。視線がガチリと釘づけにされる。

 何に? 


 ――天海の太ももに、だ。


 チア服姿のまま天海は爪先立ちになって、棚の上段に手を伸ばしている。

 スカートの丈は短い。

 だから天海が爪先立ちになるほど、スカートの端から太ももの裏がチラチラと見えた。太ももは程よく肉感的で、それでいて肌は鏡面の如く滑らか。

 もう男とか女とかどうでも良くなるくらいの美脚だった。つーか太ももの裏から尻にかけてのラインがほんとマジで……


「たまんn」


 咄嗟に手の平で口を塞ぐ。

 そして言いかけた賞賛の言葉を唾と共に呑み込む。おい駄目だぞ、聖丘はじめ!  それを今言ったら、またドン引き案件にな 


「何が『たまんねぇ』なのかな?」


 ハッと釘付けにされていた視線が外れる。

 見上げると、にこやかに目元をピクピクさせてる天海が俺の方を振り返っていた。後ろ手でスカートの裾を押さえ、クスリと微笑を携えて、俺限定の必殺の言霊を放った。


「――この変態」

「ぐっふぁぁぁーーーーっ‼」


 ド直球の罵倒が俺の胸を打ち据え、メンタルに大ダメージ!

 けれど天海の攻勢は続く。


「あんた昨日、女子の服着てるなら女子として扱うって言ってたけどさぁ~。だからって、わたしのことをそういう風に見るのも変だと思うよ?」

「ちがっ! そういう風って何だよ⁉ 違うからな⁉」

「えぇ~ほんとかなぁ~~?」


 ニヤニヤした笑みのまま、天海は俺の周りをぐるりと回る。疑わしそうに目を細める天海の疑惑を晴らしたくて、俺はありのままの想いを告げる。


「ほんとだって! 男とか女とか関係なく! お前(の太もも)が綺麗だったから魅入ってただけだっての!」


「は」


 細めていた目が見開かれる。


 あれ? なんだその反応? 俺は不思議に思って首を傾げる。天海のことだから、てっきり笑い飛ばすものかと。


「あっははは! バーカ! バーカ!」


 うん、予想通り。

 天海は俺の背中をバシバシ叩きながら、少々オーバー気味に笑いまくっていた。

 いてーけど、なんか俺まで釣られて笑ってしまう。なんかあれだな、市川とじゃれてる時に近い感覚だった。


「……ばーか」


天海が小さく何かささやいた。


「どうした?」と見やると、天海は視線を逸らしたままで、顔が見えなかった。


 返事が無い。

 どうかしたのか? 天海の顔を覗き込もうとしたら、一拍分の沈黙を置いて、天海がパッと振り返る。


「さっ、スキャンするわよ。服出しなさいよ」


 その手にはいつの間にかアイロンのような形の3Dスキャナーが握られていた。

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