15着目 あなたの黒歴史、好きなんだけどな

「さっ、スキャンするわよ。服出しなさいよ」


 その手には、いつの間にかアイロンの形をした3Dスキャナーが握られていた。

 顔の横までスキャナーを掲げる天海。

 その茶色のサイドヘアーに差した紅色が火照った耳たぶだと気づいた頃には、羽衣のスキャンは終わっていた。


「よし、座標データ取り込み完了。

 データが出来たら送るから、あんたは先に帰ってなさい」

「え? 今レーザー出しただろ? それで3Dデータ出来るんじゃないのか?」

「レーザー照射で得られるのは、点描画みたいなデータ。

 そこからノイズ除去したり、データの抜けを補足したり……そういう面倒を経て、3Dデータに変換できるの」


 そうなのか⁉ 

 てっきりレーザーを当てたら、一瞬で3Dに出来るものだと思っていた。


 知らなかったとはいえ、思わぬ苦労を掛けてしまったことに申し訳なく感じていると……。


「ほーら。分かったら、帰った帰った」


天海は俺のバッグを押しつけると、両手で俺の背中を押した。


「なんだなんだ⁉ 急にどうした?」

「うるさいっ、早く帰って!」 


 赤くなってた耳のことにも触れられず、されるがまま部室の扉まで押される。

 ?が乱舞するが、俺はまだ帰る訳には行かない。

 返しそびれているものがあるからだ。


「天海。カタログ見たぞ」


 絞ったワードに、背中に加わっていた力が弱まる。

 その一瞬を突いて、俺は回れ右。天海と向かい合う。


「……見て、くれてたのね。ど、どう……だった?」


 天海は前髪を指で梳き下ろして、顔を伏せていた。珍しく言葉をつっかえ、しきりに表情を隠そうとしてる。


 俺はバッグからカタログを取り出すと、天海の視界に入るよう下から差し出した。天海は中々受け取らず、何秒かの静寂が流れる。それでもおそるおそるといった手つきで受け取るのを見届けてから、俺は口を開いた。


「縫製の技術がまだまだだと思う。アイロンの扱いを習熟し切ってない」


 天海の肩が揺れる様を見下ろしながら、俺は正直な所感を続ける。 


「裁断も生地の繊維に従って、綺麗に縦にカッティングしてるだけ。

 生地の使い方にクセと幅が無いから、どの服も同じボディラインの印象しか受けなかった。前半から後半にかけて、変わり映えが無い」


 天海はカタログを手に持ったまま動かない。俺は向かい側から手を伸ばして、カタログを開かせる。開いたページには、俺が書き込んだ赤ペンでびっしりだった。


 ページに視線を落とし、項垂れる天海の顔を伺いはしない。俺はただ、正直に、言うだけだ。


「――でも、ボディラインは全部、綺麗だった」


 デザイナーとしての、天海渚の才能を。

 天海の肩が揺れる。


男性服メンズ女性服レディースも分け隔てなく。それでもって、メンズでも可愛く、レディースでもカッコ良く着られる服を作る。そんな想いが、テーマが最初から最後まで詰まってて……面白かった」


 揺れる肩に手を置く。

 技術も経験も、後から幾らでも積める。

 問題は、服を通して何を伝えたいかだ。


「伝えたいことを『シルエット』で表す。それがファッションデザイナーだ。天海、お前さ、良いデザイナーになるよ。……俺なんかよりずっとな」


 技術も経験も積んで尚空っぽの俺は、天海の肩を一度軽く叩いた。

 保障するように、肩をトントンと叩いた。

 手の平に揺れはもう感じなかった。


「んじゃ、3Dの件よろしく頼む」


 踵を返し、俺は部室の扉を開けて今度こそ帰ろうと思った。


 今日はレヴィアたんのホラゲー配信だからだ! 見逃す訳にはいかん!


 返すものを返し、言うべきことを言い、俺は後ろ髪引かれることなく部室を出た。


「なんかじゃないよ」


 天海の一言が背中にぶつかり、歩みを止める。


「はっ?」と間抜けな声を出して、俺は天海を振り返った。


 目元を擦った跡を残したまま、天海は顔を上げて、チア服の襟を引っ張る。

 なんだ? 

 

 一瞬見える胸元に何故かドキリとしながら見守っていると、天海は銀のチェーンをつまんで引っ張り出した。


 チェーンに吊り下がった、鈍い輝きを放つシルバーリング。

 そのデザインに見覚えがあった。いや、俺が見間違える筈が無かった。

俺が手掛けた唯一の作品群コレクションにして黒歴史――――【螺旋欲デザイアコレクション】。

その内の作品の一つ【葉告アガスティア罪運フェイトリング】を、天海は首から大切そうに掛けていた。


「市川から聞いたわよ、黒歴史なんですって? 

 ひどいじゃない。わたし、ファンなのに」

「え?」


 今、何て言った?

 俺は耳を疑った。信じられなかった。

 確かに、しきりに服飾部に勧誘してきたけど……。


 でも天海は赤ペンで書きこまれたカタログを、俺に開いて見せて――――



「サインありがとうございます」



 嬉しそうに、だけど、どこか恥ずかしそうに微笑んだ。

 キンッ! とネックレスチェーンが跳ねて、【葉告の罪運リング】が揺れた。

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