23着目 選ばれた理由

【今すぐRAVFICから外れなさい。

 あんな服をランウェイに歩かせる訳には行かないわ】


 ――再び通達された戦力外通告が、堕天使にくべられた火を踏み消した。


 母が、言葉を続ける。

 脳髄の揺れが、大きくなる。指先が、喉が震えて、か細く鳴る。


「な、んで」

【今しがたツイログに上がったでしょう、宵月レヴィアの1着目が。一目見てすぐに分かった。貴方のデザインだって】


「む? どうかしたのか我が使徒よ?」


 レヴィアたんが顔を覗いて心配そうに声を掛ける。

 でも彼女がもたらす幸せな福音ことばよりも、天災を告げるかのような母の啓示ことばがより鮮明に流れてくる。


素材モデルの良さにかまける癖は相変わらずね。

 それに左右非対称アシンメトリーなんて使い古されたコンセプトを安っぽい黒布地きじでされても、何も響かないわ。

 服のシルエットも流行の韓国コリアンストリートを取り入れただけ。この服で評価される点は一つだけ。

 『宵月レヴィアが着てること』、それだけよ】


 絶対的な啓示が、自分の中の価値観を揺らして崩す。


 あの時と同じだ。デザイナーを辞めさせられた時と同じ。


 自分が『良い』と思ったものが、我欲エゴに塗れただけのくだらないものだと思えてくる。


【それが息子の貴方を辞めさせた理由でもある。

 貴方は、自分の願望でしか服が作れない。

 顧客だれかへ伝えようとする信念テーマが無い。だから辞めさせた】


 不安がブスブスと煤煙のように、胸の中に立ちこめる。

 推しに、彼女に、自分の服を着てもらいたいと思った。


 でもそれは――――俺の我欲を押しつけて着せただけなんじゃないのか?


【貴方はもっと自分の分を弁えてると思っていたわ。もう一度言う。

 今すぐRAVFICから……宵月レヴィアの担当から外れなさい】


 正しいことのように思えた。

 間違ってるのは自分だと思った。



【これ以上、着せ替えごっこを晒さないで頂戴】



 この二日間の出来事を、自分が感じてきた感動も全部全部――――『着せ替えごっこ』、この単語にまとめられて、吐き捨てられた。


 最後に母の微かなため息が流れて、とあっけなく通話を切られた。


 プツッと電波が切れたと同時に、スマホを握った俺の手はダランと垂れ下がる。


『はじめ?』


 頬のあたりに躊躇いがちな視線が柔く刺さる。

 その感触、というか気配に反応して、放心したまま首を回す。


 すると、憂慮に染まった空色の瞳が、じっと俺の顔を見つめていた。


『なにか、あったのか?』


 心配そうな声が耳から入って、真っ白になった頭の中に届けられる。

 そこで俺は初めて、自分の顔をぺたりと触ってみた。


 あぁ……ひっでぇ顔だ、これは。

 鏡見なくても、指先の感触で分かる。

 駄目だ、こんな顔レヴィアたんに見せたら。もう遅いかもしれないけど、俺は口の端を持ち上げてみせた。


「いいえ、何も。ただの親子の会話で」

『うそ』


 固い声音が俺の言葉を遮る。


 すると、レヴィアたんは唇を尖らせながら、俺の懐へぐいっと詰め寄った。輪郭に帯びた、立体映像ホログラム特有の青い燐光ブルーライトが俺の顔を下から照らした。


『うそを言うでない』

「れ、レヴィアたん……?」


『真のことを申せ、使徒よ。妾に、偽りを述べるのか』

「ちがっ、違いますよ⁉ 俺は何も嘘なんて」



『言ぃーーうぅーーのぉーーだぁぁーーーっ!』  



 上目遣いでジトっと睨んでくる堕天使の威容に、俺はあぅ、と唸ってしまう。

 結果的に、俺はさっきの母との会話を洗いざらいレヴィアたんに話してしまった。

 

『――なんじゃ、その言われようはぁぁあぁぁああああああああああっっっ‼‼‼』


 堕天使、激昂す。

 円らな瞳がキッと鋭く細められ、白銀の髪が怒気に揺らめく。レヴィアたんは指をわなわなと震えさせながら、ワッと怒りの丈を吐き出す。


『言うに事欠いて着せ替えごっこ⁉ 

 どうして妾の羽衣をそんな風に言われなければならぬ⁉ 電話を掛けよ、使徒! 妾が直々に文句を……』

「させないよ⁉ ぜっっったいさせないよ⁉」


 掛けたら最後、この堕天使は何を口走るか全く予想がつかない。


 それに、母はそういうことを聞き届ける人じゃないんだ。レヴィアたんは腕を組み、ぷんすかと頭の黒翼を羽ばたかせる。


『というか完全な当てつけであろう! 

  、きっと!』


「え?」と声が零れる。


 脳裏に蘇るのは、昨夜の配信。

 RAVFIC出場を告知した配信で、【出場するVtuberには、SiiForteのデザイナーが付く】というルール。


 それを思い出した瞬間、零れた声に続いて疑問が流れ出た。


「どうしてですか?」

『……はじめ?』


? Sii Forteには俺より優れたデザイナーがいるのに」


 そうだ、これは今に気付いたことなんかじゃない。


 推しのVtuberが俺の服を着てくれる喜びに押しやられて、胸の奥底に沈んでいた疑問。


 ――


『そ、れは……』


 俺は目を見開いた。

 いつだって自信に溢れた口調だった彼女が言い淀んで――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る