10着目 堕天使のバストは何カップ?
わたしは胸元を両手で隠して、さっきよりも大きく身を引いた。そしたら彼も巻尺を構えたまま、
『なんでですか⁉
レヴィア様に相応しい羽衣仕上げるためには採寸は必須なんですよ⁉』
「だって勢いがおかしいではないか⁉ ぜったい良からぬこと考えとるじゃろ‼
大体、すみずみまでって何じゃどういう意味じゃ、この
『言葉のままです‼ 他意は無い‼
バスト・ウエスト・ヒップは当然として、肩の曲線! わき腹のライン!
すみずみまで計測して羽衣制作に生かさなきゃ、とてもじゃないがレヴィア様の美しさを引き出せねぇ‼』
「だからすみずみってどういう意味なんじゃ⁉」
『そんじゃ早速、スリーサイズからイクぞ。まずはバストだ』
彼の大胆な発言に、わたしは思わずブッと吹き出した。
「い、いいいきなりバスト⁉ も、もうちょっと段階と言うか他にも測るとこあるでしょお⁉」
『何言ってんだ、レヴィア様!
確かに作る服によって必要な採寸箇所は違うが、スリーサイズは基本どの服を作る時にもいる。その中でも重要度が特に高いのはバストだ!』
なんか、
黒革の指抜きグローブを着けてから、なんだか彼の目の色というか雰囲気が変わっている気がしたけど、実際そうだった。
彼は自分の胸板をどんどんと叩いて、続ける。
『野郎の胸板と違って、女性の胸には二か所の計測箇所がある!
乳首の頂点を通るトップバストと乳房のすぐ下のアンダーバスト!
このトップとアンダーの差によってカップ数が決まるが……当然、このサイズによって服のシルエットは左右される!
大雑把に言えば、前面と背面によって生地のしわが……』
「もう少し遠回しに言ってよ、バカぁぁぁーーーーっ‼⁉」
なに、なんなの? そのグローブ、呪われし《カースド》アイテムなの?
遠慮と配慮をゴミ箱に捨てちゃう系のマジックアイテムなの⁉
実際に服を脱いでるわけじゃないのに。
宵月レヴィアの3Dだって服着てるはずなのに。
なんだか裸になったみたいな気分になって、わたしはたまらず腕で胸を隠した。
『なんにせよスリーサイズの採寸は羽衣制作のために必要不可欠ですね……。なんせ脱がせられないしなぁ』
「最低! わたしのデザイナー、最低だよ!」
『つーわけだ、さっさと測るぞ。おら、脇空けろ』
「オラオラ系だぁーーーー!」
助けを求めてしまうほど、彼の圧は凄かった。巻尺片手にズンズン近づいてきて……って、ちょっと待って⁉ 前から測る気⁉
わたしは肩を抱き締めていた両腕を胸元まで下ろして、自分の胸を見下ろす。もしも、彼がこっちの体の方を計測してしまったら、全てバレてしまう。
それだけは何としても、避けなきゃいけなかった。
「んっ……く」と唾を飲み込んで、緊張を鎮める。半身に退いていた姿勢を戻して、伸ばした手で彼を制する。
「一つ、だけ……答えてくれ」
巻尺を手に持って、オラオラな勢いだった彼は一転して、立ち止まっている。
彼の真剣な表情は少しも崩れない。すると不意に切れ長の瞳が少し和らいで、ゆっくり首を縦に振ってくれた。
「その、この場合、汝が測るのは……宵月レヴィアの体の採寸じゃよな? 決して、その……ほ、本体の体では無いであろうな?」
じっと、上目遣いに彼の反応を見つめる。
彼は構えていた巻尺を降ろして、真っすぐに見つめ返してくれる。職務に対して真摯な眼差しがマリンブルーの瞳を通して、わたしの中に溶け込んできた。
『その心配は無い。説明書にあった。本体にフィードバックするのは感覚だけで、実際に体の採寸をするわけじゃない。あくまで宵月レヴィアの3Dモデル、その採寸になる』
3Dモデル――PCの中でしか作れないお人形の細部を実際に採寸できるなんて、彼にとってはまたとない機会だろう。
だからこそ、何の悪気も無い言葉は、思いのほか鋭く、わたしの胸に突き刺さる。
わたしには興味は無くて、宵月レヴィアに興味がある。
まるでそんな風に言われたような気がして。
……心狭いなぁ、わたし。
『それでも嫌なら無理強いはしない』
「いや……構わぬ」
わたしは長く息を吸い込んでから、ゆっくりと息を吐く。腕、肘、手のひら、指先。膝、爪先、頭の旋毛まで、芯を通していく。
ピンと立て、美しく魅せろ。
例え彼が見ているのが、わたしじゃなくて……宵月レヴィアだとしても構わない!
『 たまんねぇなぁ 』
更に自分の虜になった。
そう確信できるほど、彼の目にはわたししか映っていなくて……。
少し寂しいけど、わたしはすぐに調子を取り戻して堕天使らしく傲慢に振る舞う。
「当然であろう。妾は至高の美に至る堕天……」
『うで、あげて』
「ひぃあ⁉」
耳の中にそうっと吹き込まれた小さな声に、肩が一気に跳ね上がった。
恥ずかしさにぷるぷる震えながら、腕を上げる。空いた脇の隙間を巻尺がスッと通り抜けて――――ひやりとした感覚がわたしの胸に巻き付いていった。
「ふあっ……っ!」
身震いを我慢して、声を抑えて、呻く。
巻尺が、ほんの少しだけ、肌に……む、胸の頂点に食い込んで、背筋がざわつく。どうしよどうしよどうしよ、バクバクし過ぎてもう心臓痛い。
見られてるのが3D《レヴィア》で良かった、ほんとにほんとに良かった!
火照った頬を抑えながら、わたしはちょっとでも自分を落ち着けようと努めてる、のに。
『じゃあ次、ウエストいくぞー。腹引っ込めるなよー誤魔化すなー?』
「そんな動きまで、キャプチャーできる訳なかろうが!」
ていうか、ちょっとはドギマギしてよ! 意識してるこっちがバカみたい。
だってこれはただの採寸。服作りのための作業。だから彼のテキパキとした対応が正解なのは分かってる……分かってるけど。
『はい、採寸終了。お疲れ様』
彼の言葉を聞いた途端、ドッと疲労感に押し潰されて、わたしは膝をついた。
なんで? なんでたかが採寸で、わたしこんなに……。そして人がこんな風になってるにも関わらず、
『レヴィア様の基本コスは真っ白なノースリーブワンピース。側面の切れ
ぶつぶつ呟きながら、思考を巡らせ、彼は部屋にある布やら道具を漁っていた。
火照ってる異性を前にして、ずいぶん余裕なことですねェッ⁉
どんどん胸の中がクシャクシャに渦巻いていくわたしは苛立ち混じりに「ハンッ」と鼻を鳴らして、
「なんじゃ、肩透かしじゃな。すみずみと言うから、妾はてっきり……」
『――何を期待してるんです?』
「き、期待などしておらぬ!」
そう嚙みついたら、彼は口元に手を当てて笑い声を抑える。
うぅぅぅ、なによ、その落ち着き払った顔ぉ~~~~! 悔しくってそっぽを向いたら、彼はケラケラ声を上げた。
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