11着目 堕天使のタマシイはどちら?

 悔しくってそっぽを向いたら、彼はケラケラ声を上げた。

 知らん、もう知らん。そう思いながらも、視線は彼の方へ。

 彼は部屋の一角にある折り畳み式デスクの上に、腕に抱えていた布を広げていた。


「なんじゃ? 今度は一体何をするんじゃ?」

『あぁ、1着目の羽衣を作る』

「――今からか⁉」


 前世では服を着ることが仕事モデルだったわたしは、当然だけど服作りのプロじゃない。

 それでも服がそんな簡単に出来るものでは無いことは分かってる。一着の服を作るにも、最短で一週間以上は掛かる。


 一体、彼は何を考えて…………っ⁉


 次の瞬間、わたしは、彼が織りなす幻想的なまでの縫製の光景に目を奪われた。

 虚空に揺蕩う布が、寸分のズレ無くカットされる。清流に身を任せる山魚のように、はさみの刃先が布地を滑らかに裂いていく。


 そのまま動作を途切れさせず、ふわりとマネキンにカットした布を被せた。

 刹那、口にくわえていた待ち針で布を素早く留める。それだけでもう、よく見かける服の原型が出来ていた。


 そういえば、わたし……初めてだ。服が作られる瞬間を見るのって。


 誰しもが毎日袖を通す『服』が縫われる光景。わたしには、それは、宙に浮かぶ羽衣と戯れているように見えた。


 針が、糸が、ミシンが、アイロンが、人体の中で最も繊細かつ瞬間的に動かせる『指先』の延長の如く駆使されて、羽衣を縫っていく。

 そうして羽衣もまた、彼の――――デザイナーの身体の一部になっていくのだ。


 ――ガリッ、と唇から覗いた野性的な歯が、糸を噛み、最後の仕上げを施した。


『 縫製完了テルミーネ 』


 半円を描く様に腕を回してグローブを外す彼の所作は、召喚の儀式のようで。

露になった指先が示すのは――――路上ストリートに降臨した堕天使の羽衣だった。


 上半身トップスは白のタンクトップ、下半身アンダーは黒のロングパンツ。服のシルエットだけ見れば、シンプルかつ活発的ボーイッシュだけれど、


『タンクトップは、バストとウエストの曲線が出るように裁断することで、少女らしさ《ガーリィ》を足しました。ロングパンツも形を先細り《テーパード》にすることで、スラッとしたラインで足を長く見せました』


 博物館の学芸員のように多くは語り過ぎず、彼は最低限の解説を入れてくれる。

 けれど、わたしが興味を持ったのは、そっちじゃない。

 わたしの目を掴んで離さないのは、今しがた彼が解説してくれた左半身じゃない。


 その羽衣の神髄は、対の半身にある。


 まず右肩。

 肩から指先までを、鎧の手甲のようなアクセサリがすっぽりと覆っている。右手の甲には、堕天使の翼の白い紋章が刻まれていた。


 次に右足。

 ロングパンツの右丈が、太ももの途中で分断され、ガーターベルトで繋がれている。その隙間から太ももが露になっていた。


 そして、バスト。

 タンクトップにはアンダーバストから腰の括れに向けてスリットが入っていた。

 女体の曲線を浮き上がらせるカジュアルな左半身と、女体の素肌をチラ見せするパンクな右半身。


 左右でまるで違う羽衣は、一目で、その混沌としたコンセプトがひしひしと感じられた。


『 左右非対称アシンメトリーとチラリズム。それがこの羽衣のコンセプト 』


 わたしの心に伝わったそれを、彼は明確な言葉で言い表してくれた。

 マネキンの各部を動かして、ポージングを取らせる。右手を腰に当てるポーズにすると、彼は黒い手甲に触れた。


『右腕のアームウォーマーによる脇チラ。

 右足のセパレートパンツ部分による太ももチラ。

 そしてタンクトップのスリットでは腰の括れチラ。

 右側にデザインのアイデアを偏らせて、シンメトリーを崩すと同時にチラ見せポイントも集中させました』


「……えっち」

 あっ、と思った時にはもう遅かった。

 思わず口をついて出たわたしのコメントは、どうやら彼を動揺させるのには十分だったらしい。


『いや、違うんすよ! 

 確かにえちぃけど、これは女体の美を表現するためであって‼ セクシャルなのはストリートでダンスする躍動感とか、元気に一歩踏み出すためのものであって! 

 創作意欲の結果と言うか、他意はまったくないんですって!』

「語るに落ちておるぞ、汝」


 わたしはわざと目蓋を半開きにして、ジト目で彼をからかう。なんだか手袋を外してから、さっきまであった余裕とか落ち着きが消えてるなぁ。ニマニマといたずら心が芽生えてきたところで、彼はマネキンをわたしの前に突き出した。


『とぉーにぃーかぁーく! 1着目の羽衣です! 着てみてくださいよ!』

「 いや、データで渡してくれないと着られないんじゃが 」


 現代のオーパーツとまで謳われた【ホロアクティ】をもってしても越えられない現実とバーチャルの境を突きつけられて、彼は『〝あっ!』と間抜けな声を上げた。


「まぁ良い、今宵は大義であった。データの件はまた明日話そうぞ。ではな」


わたしはしたり顔でPCの電源を切った。


「……………………はぁ」


 暗くなった配信部屋で、わたしは空を仰いでため息をつく。


「ちょっとは心乱せば良いんだわ。わたしみたいに」


 ぽつりと恨み言が漏れる。うーん、結構ショックだったのかなぁ。


 採寸の時、彼がドキドキしてくれなかったこと。


 彼が見ているのはわたしじゃなくて……あくまで宵月レヴィアであることを。


 じわっと眦から滲んだ雫を指でそっと拭って、わたしは「それにしても」と、深いため息をついた。


「明日からなんて顔して会えば良いの……?」


 途方に暮れてしゃがみ込むわたしの脳裏に浮かぶのは、


 不安でザワザワするけど――彼に触れられた感触が甦る。

 わたしは、じんじんと温かく疼く右手の甲に口付けて……顔を綻ばせた。

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