9着目 宵月レヴィア in ???の心中

   * 宵月レヴィアin??? 10/4(月)PM24:34 *


 あぁ……そっか。

 わたしは、わたしの手の甲に額を押し当てている彼を見て、今更悟った。


 自信に溢れていた彼にだって、不安に思う時があるんだ。

 強かった彼にだって、怖いと思う時があるんだ。


 一体何があったんだろう、どれだけ傷ついてきたんだろう、どれだけ自信を亡くしてきたんだろう。歩んできた彼の道を想うと、瞳がうるうると震えてくる。


 だめ……泣いちゃだめ。


 唇をキュッと結んで、今すぐにでも零れそうな涙が零れないようにする。


 今、彼と接しているのは、毅然と眷属の前に立つ傲慢な堕天使。

 強くて、綺麗で、自由な、わたしがなれない理想のわたし。

 ……崩れちゃ、だめ!


 涙を引っ込めるために、深呼吸……は彼にバレてしまう。胸に手を当てて、とくとくと叩く胸の高鳴りを落ち着ける。


 目を瞑って自分の中に意識を傾ければ、自然と気持ちが落ち着いてくる。配信前にはいつも行うわたしのルーティン。人から堕天使に変わる、わたしだけの儀式。色んな感覚が鋭くなっちゃうのが、玉に瑕だけ、ど。


「……うん?」


 普段感じることのない違和感に、思わず首を傾げる。

 おそるおそる目蓋を開ければ、映りこむのは、堕天使・宵月レヴィアの右手に額を当てる彼。


 そう、右手。



 右手に添えられた彼の指は、ちょっとゴツゴツして……いて―――――――っっっ‼⁉⁉



 気づいた途端、違和感が明確な触感に変わる。


「ひじっ、ひじじっ、聖岳はじめ‼ な、なな汝、なっ、えっ、ふ触れっ、触れぇぇええ‼」

『? どうしたのレヴィアさ、ま……触わぁぁああ⁉』


 PCディスプレイの向こうで飛びずさる彼。すると、右手に感じていた触感がふっと消えた! わたしはパッと自分の手を胸元に引き寄せて、甲を擦る。


 ど、どういう……どういうどういうどういうこと⁉


 まだ手に彼の感触が残っている。

 押し当てられた額の、添えられた指の、感触がじわじわと主張してきて…………あぅぅぅぅぅうう!


 ドッドッドッドッ! って胸の高鳴りが殴りつけるような勢いに変わってる。

 うわぁうわぁ、これ絶対わたし顔真っ赤だ。

 ぺちぺちと頬を叩いて、冷静さを呼び込む。


 落ち着けわたし、今のわたしは宵月レヴィアなんだから、男の人に触られたくらいでそんな大したことないじゃないただ単にお父さん以外で初めて手を握っただけのこ


「ひあぁぁぁぁーーーーーっ!」

『どうしたんですかレヴィア様ぁ⁉ ぶっ倒れてますよ3Dが‼』


 自分を落ち着けさせようとしたら自爆った、なんて言えない。わたしはこんな痴態までモーションキャプチャするホロアクティを恨みがましく思っていた。そしたら、


『――すみませんでしたぁぁーーーーっ!』


 突然、彼が土下座で謝った。

 って、え? どういうこと?


 その後、わたしは彼からホロアクティのもう一つの機能について、語り聞かされ……自分で自分の肩を抱き締めて、身を引いた。


「つ、つまり何じゃ⁉ 汝は……妾に触れるというのか⁉ しかも」

『反応見る限り、レヴィア様の中身いや魂の方にも感覚がフィードバックするらしいですね』

「中身言うなぁ‼ わ、妾は、唯一人じゃから! 中身とか本体とか無いから!」


 ムッと睨んでも、彼はホロアクティの説明書を読み込んで、全くこっちを見ない。

 わたしは結局黙り続けることしかできず……彼が何かゴソゴソと準備し始めて、ようやく口を開けた。


「で、さっきから何をしておるのじゃ?」


 画面の向こうに映る彼の、変わり映えした様子に怪訝な声が上がってしまう。


 綺麗に下ろしていたストレートの黒髪を乱雑に掻き上げて、ゴムで大雑把に留める。前髪で隠れ気味だった切れ長の黒瞳が露になって、その瞳はらんらんと輝いていた。両手にしっかりと嵌めているのは黒革のグローブ。それも親指から中指までの部分が布に覆われていない、いわゆる指抜き《ドローイング》グローブだった。


『レヴィア様、俺はあなたの依頼を引き受けた。引き受けたからには、半端な仕事は出来ない』

「お、おおぅ、そうか、うむ! 良い心意気ぞ。妾もげきを飛ばした甲斐が」

『だからこそ、レヴィア様にも協力して欲しいことがあります』


 ……あれ? なにこの空気?

 断固とした真剣味を含んだ彼の声音に、わたしは空気が変わったことを肌で感じ取る。な、なんか迫力が増した? 

 彼の変わりようにうろたえていると、彼はどこからともなく巻尺メジャーを取り出して、ビッ! と引き伸ばした。


『 採寸、させて、ください  すみ・ずみ・までっ‼ 』


 へ?、と呆気ない声が漏れる。

 でも、すぐさま彼がズンズンとレヴィアの立体映像ホログラムに……わたしに近づいてきた瞬間、素の声が喉奥からはじけ飛んだ。


「いやぁぁぁぁーーーーーじゃぁぁぁーーーーーーーーっ‼‼‼」


 わたしは胸元を両手で隠して、さっきよりも大きく身を引いた。

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