第5話 朔夜の精神は只今壊れ中!





 昼休みになると同時に、俺は5人に屋上へと強制連行されていた。


 彼女達の中では、俺と一緒に昼飯を食べる事は決定事項だったらしい・・・


 そんな中、精神崩壊しつつ回想にふけっていながらも、食事は進んでいた。


 というのも・・・


「はい、あ~ん」

「ん、もきゅもきゅ」


「はい、こっちもあ~ん」

「ん、もきゅもきゅ」


「はい、あ~んして」

「ん、もきゅもきゅ」


「ほらっ、あ~んだよ」

「ん、もきゅもきゅ」


 と、4人が代わる代わる俺の口に餌を放り込んでいたからだ。


 放心状態の俺は、ハムスターのように頬を膨らませながら、もきゅもきゅと口を動かしているだけである。


「あははっ!目が虚ろで口をパクパクしている朔ちゃん、陸に打ち上げられた魚みたいで可愛い~!」


 ・・・・・


 誰が死んだ魚の目じゃああああああ!(誰もそこまでは言ってない)

 陸に打ち上げられてパクパクしている魚が可愛いってなんだよ!?


 俺はハムスターだと言っただろうがあああああ!!


 ・・・・・

 ふ、ふん、まあいい・・・


 っていうかさ・・・


 そんな些細な事よりも・・・


 さっきから物凄く・・・


 ものすご~く気になってる事があるんだけど・・・


 俺の口に餌を放り込む前後で、彼女達が自分の口に箸を加えてる時間がさぁ・・・


 長くね!?

 ・・・いや、明らかに長いよね!?


 しかもその都度、幸せそうに手を頬にやったりしながら顔を赤らめてね!?


 い、いや、きっと気のせいだろう・・・


 気にしたら負けだ・・・


 無だ!

 無になるのだ朔夜・・・


 そう思いながら、俺は目を閉じて精神統一をはかる。


 ・・・・・


「あ、朔夜くんのほっぺにご飯がついてる」


 目を瞑る俺の耳に、そう言う瑞穂の声が聞こえたのと同時に、俺の右頬に柔らかい感触とペロッとした感触が・・・


「うひゃっひょい!!!」


 うぉい!!

 驚きすぎて、思わず変な声がでてしまったじゃねえか!!


「あははっ、何その声!朔夜くんおもしろ~い」

「あはははっ、朔ちゃん笑わせないでよぉ~!」

「ふふっ、朔夜君どこから声出したの?」

「うぷぷぷっ、もう朔たんサイコー!」


 俺の変な声に4人は笑い声をあげるが、俺はそれどころではない。


 い、いま、何された!?

 俺は目を瞑っていたから、何かをされてびっくりしたのは間違いないが、正確には何をされたのかはわからない・・・


 しかし、頬に手をやると少し濡れた感触が・・・


 ・・・・・


 ち、違う!

 きっと、断じて、多分、絶対に、違う!


 そんな事はされてない!!・・・はず。


 そもそも、彼女達が俺に食べさせているのだから、頬にご飯など付くわけがない!!


 これはきっと、俺の邪念が生み出したリアルな幻覚だ!!


 くそっ!!

 まだ俺は甘いようだ!


 邪念が払いきれていないんだ!


 完全なる無にならなければ・・・


 ・・・・・


「あ、今度は朔ちゃんの左ほっぺにケチャップが」

「朔夜君の鼻に生クリームが」

「また朔たんの右ほっぺにミートボールが」


 という声と共に、今度は両頬と鼻の3箇所に柔らかい感触とペロッとした感触が・・・


「あひゃっひょおう!!!」

『あははははっ!!』


 また変な声が出ちまったじゃねえかよ!!


 ツーか、百歩譲ってご飯ならまだしも・・・


 何でケチャップが頬に付くんだよ!

 生クリームなんて弁当に入ってなかっただろうが!


 それにそれに、ミートボールなんて明らかにおかしいだろが!

 どうやって頬に付くんだよ!

 絶対に付くわけねえじゃん!!


 どう考えても、何も付いてないのにやっただろ!?

 もっと、ましなもん付けた事にしろや!!


 ・・・いや、やってほしいわけじゃないんだけど。

 むしろやめてほしいんですけど・・・


 ・・・・・


 つーかさぁ・・・


 もう無理無理!

 マジで無理!!


 こんなの俺の心臓が持たない!


 俺の心臓はオブラートで出来てんだぞ!!


 薄皮一枚なんだよ!一瞬で溶けんだよ!

(色んな意味で)なめんなよ!?俺の心臓を!!


 ・・・


 もうほんとに・・・

 何でこんな事に・・・


 罰ゲームで“ごめんなさい”を言われる為に3人に嘘告をしたはずがOKされた挙句、気が付けば4人に増えてるし・・・


 ・・・・・


 ・・・俺は付き合う人は1人でいいの!

 っていうか、1人じゃないと俺のキャパシティが持たねえんだよ!


 ・・・


 くくくっ・・・

 しかし、しかしだ!!


 彼女達の中では終わっているのかもしれないが・・・


 俺の中での罰ゲームはまだ終わっていないのだ!!

“ごめんなさい”を言われて、初めて俺の罰ゲームが終るのだ!!


 こうなったら、何が何でも“ごめんなさい”と言わせてみせるからな!!


「・・・って、朔夜君は考えている顔してるよね」

「うん、間違いないよねぇ」

「朔夜君は本当にわかりやすすぎね」

「だって、朔たんだもん」


 ・・・くそっ!

 相変わらずのエスパー共め!!


 複雑怪奇な俺の思考を、こうも簡単に読み解くとは・・・


「そう考えている朔夜くんに朗報だよ!」

「私達はねぇ、朔ちゃんの望む結果には」

「決してならないと誓うから」

「安心してよね!」


 人数が増えても、息ぴったりなのは変わりねえええええ!!


 しかも、俺の望む結果にならないのに、何が朗報なんだよ!!


 何よりも・・・


 何が安心なんだよ!!

 全然安心出来ねえよ!!


 ・・・・・


 ・・・てか、俺が望むような結果にはならないだと!?


 ・・・


 くくっ!

 そうか、そういう事か!!


 だったら逆転の発想だ!

 俺が彼女達とずっと一緒に居たいと望めばいいのだ!!


 そうすれば、俺の望む結果にはならずフラれるという事だ!!


 くくくっ、何という思い付きだ!

 俺は天才だ!自分の才能が恐いぜ!


 よし、じゃあ早速・・・


「・・・これからもずっと、俺と一緒にいて下さい!」


 ふははははっ!

 どうだ!言ってやったぞ!


 くくくっ!これでとうとう・・・


『はい!』


 4人共、満面の笑みで頷きましたとさ・・・


 ・・・・・あれぇ??


 ちょっと待て・・・

 ちょっと待て!!


 何かがおかしい・・・


 俺の望む結果にはならないと言うから、ずっと一緒にいてほしいと言ったのだが・・・


 それに対する返事が『はい』・・・だと!?


 ・・・・・


 深みにはまってんじゃねえかああああああ!!


 まずい・・・

 まずいぞ!いや、弁当はうまかった・・・


 違う!そうじゃない!


 この状況がまずくないか!?


 ・・・俺、取り返しの付かない事をしたんじゃね?


 何がどうなってこうなった!?

 俺はどこをどう間違ったんだ!?


「くそっ!どうしてこんな事に・・・」


 俺は打ちひしがれて、思わずそう漏らすと・・・


「ふふっ!甘い、甘いんだよ朔夜くん!」

「くっ!な、何がだ・・・!?」


「そうだよ!黒蜜をトッピングでたっぷりかけたあんみつをすすりながら、おはぎを食べるくらい甘いんだよ朔ちゃん」

「くっ!それは俺のセリフだったはずだ・・・しかし、確かにそれは甘すぎる・・・」


「私達には、朔夜君の考えはお見通しという事よ!」

「そ、そんなばかな!俺の複雑な思考を読み解く事が出来る者など・・・」


「だって、朔たんって単純明快で読みやすいからね!」

「ぐっはぁ!!」


 ちっくしょおおおおおおお!!

 俺は彼女達に、口でも思考でも勝てねえのかよおおおおお!!


 ・・・違うもんね!

 絶対そんな事ないもんね!


 あまりのショックに、俺の思考はもう滅茶苦茶だ・・・

 むしろ、正気を保っていられる自信がない・・・


「くそぉ、罰ゲームを面白おかしくするつもりが、何でこんな事に・・・」


 俺が思わずそう呟くと・・・


「ふふっ、朔夜くんの罰ゲームの失敗はね・・・」

「朔ちゃんの事が大好きなぁ・・・」

「私達を選んだ事が」

「大きな間違いだぞっ♪」


 ・・・・・


 くっそおおおおおお!!

 誰がそんな事読めんだよ!!


 そもそも、俺がそんなに好かれているとは夢にも思わねえよ!!

 むしろ、好かれる要素はねえよ!


 ってか、綾瀬と花崎、佐久間は別として、美鈴は自分から名乗り出たんじゃねえかよ!!


 何にせよ、俺には4人同時攻略出来る程の甲斐性はねえんだよ!!


 こうなったら、絶対に“ごめんなさい”と言わせて見せるからなあああああ!!


 と、俺が心の中で叫んだ所で、屋上の入り口のドアがバーンと乱暴に開かれる。


 そして・・・


「朔夜あああああ!!私のあーんも受け入れろおおおおお!!」


 と、俺達に向かって・・・

 正確には、俺に向かって真白ちゃんが突進してきた。


 その手に持っていたのは・・・


 ぺ、北京ダック!?

 しかも丸ごと!?


 そ、それは、あーん出来な・・・


 と考えた所で、真白ちゃんの北京ダックアタックが顔面に直撃したのである・・・


「ぐっはぁ!!」


 その攻撃により、俺はダウンする。


 何でだじゃねえよ・・・当たり前だろぉ・・・


 というツッコミと共に、俺は意識を失ったのであった。



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