第10話 朔夜、ついに恥ずか死する!?





「はあ、相変わらずかっこいいよなぁ・・・」


 千里の弓を射る姿を見た俺は、そう呟く。


 俺は今、弓道場にいる。


 何でかというと・・・


 まあ簡単に言えば、1年の時からちょこちょこと来ていたから、ある意味習慣になっているというのが理由だな。


 まあ、もう少しだけ詳しく説明するなら・・・

 それは1年の頃、何気なしに弓道場の近くを通った時に、たまたま千里の弓を射る姿を見た事から始まる。


 千里のその一連の姿は、正に“かっこよかった”のだ。

 女の子に言う言葉ではないのかもしれないが、本当にそう思った。


 なんだろう・・・


 女子が弓道をしている姿ってさ、なんかわからないけどかっこよくない?

 特に、真正面から見た時の集中している横顔とかさ。


 そこに不純な気持ちは一切なく、本当に純粋な気持ちである。


 それで思わず「おお、かっこいい!」と、自然に口からこぼれていたんだよね。


 その呟きは俺が思っていたより大きい声だったらしく、千里に聞かれてしまった・・・


 今思うと、かなり恥ずいな・・・


 ま、まあそれはいいとして・・・


 千里はその声に驚き顔で俺を見た後、少しだけ照れたような笑みを浮かべながら「見学しててもいいよ」と言ってくれたので、お言葉に甘える事にした。


 そして、しばらく見学していると「見ているだけだと暇でしょう?体験してみる?」と言って俺を指導してくれたのだ。


 それはそれとして・・・

 正直、今でも千里を最初に見た時の姿は鮮明に思い出せる。


 俺はその姿に惚れたんだろうね。


 ・・・え?ああ、違う違う。


 女性として惚れたんじゃなくてさ・・・

 佐久間千里という一人の人間に惚れ込んだんだよ。


 だからだな。

 それから、たまに弓道場に顔を出すようになったのは。


 それは今の複雑な関係になったとしても、変えるつもりはなかった。


 てなわけで、今日も今日とて弓道部へと足を運んでいたのだ。


 俺が回想にふけっている間も、千里は集中して弓を引いている。


 本当、千里の袴姿は様になるなぁ・・・


 いつも袴姿で練習しているわけではないらしいけど、特に集中したい時なんかは着替えながら気持ちを落ち着かせて精神統一をはかるんだってさ。


 ・・・でも、俺が見に来るときはいつも袴じゃなかった?


 って事は・・・あれ?


 集中したいのに、俺みたいなキモイ野郎が見てたら千里の邪魔になんじゃね?


 そう思って若干焦っている俺とは裏腹に、千里は矢を放ち的中させる。

 そして残心が終わると、俺の方に顔を向けた。


「ふふっ、そんなことはないわ」


 ・・・・・本当か?

 俺だったら、こんなキモい奴がいたら集中出来ないと思うぞ?


「本当よ。むしろ朔夜君が見てくれているからこそ、なんとなく調子良くなるのよ」


 ええ!??

 なんでさ!?どうしてだよ!?


 何度も言うけど(・・・悲しい)、俺みたいなキモイ野郎に見られるなんて、マイナスでしかないじゃん!?


 ・・・てか、どいつもこいつも俺の頭の中と会話しやがって!!


「ふふっ、朔夜君は私達があなたの思考を読めると思っているようだけど、それは大きな間違いよ」

「はっ?間違い??えっ?・・・どゆこと!?」


 千里は調子よくなる理由は教えてくれないが、そんな気になる事を言われたらそっちの方が気になるじゃないかよ!?


「実はね、朔夜君は・・・」

「じ、実は・・・?」


「考えている事を、所々ボソッと口に出しているのよ」

「・・・・・」


 な、なんだとおおおおおお!!


 16年・・・いや、今年で17年生きてきて初めて知る驚愕の事実!!


 マジか!?マジなのか!?


「ええ、マジよ」


 うっぎゃああああああ!


 そうだったのかよ!?

 しかも今も声に出していたのかよ!


 全然気がつかなかった・・・


 俺、超ハズい奴じゃん!!

 このままチリとなって消えたいです・・・


「ふふっ、そんなに悲観しなくても、本当に所々しか口にしてないから大丈夫よ。それ以外は、朔夜くんはわかりやすいっていうだけだから」


 ・・・

 それ、全然フォローになってないんですけどぉ・・・


 ま、まあいい・・・


 確かに悲観していても仕方がない。

 これから気を付ければいいだけだ。


「そんな事よりも、最近はここに来ても弓を引いてなかったでしょう?久しぶりにやってみる?」


 ・・・そうだな。


 正直、今までは千里の姿を見ているだけでも良かったんだが、最近色々ありすぎて精神が摩耗しているからなぁ・・・


 精神を集中させ心を落ち着かせるという意味で、また体験させてもらうとしよう。

 弓を引いている時って、その事に集中できて余計な事を考えなくて済むしな。


「うん、そうだな。千里がよければ、やらせてもらおうかな?」

「ええ、構わないわ。それよりも、久しぶりで忘れているでしょうから、またちゃんと教えてあげる」


「悪いな。こんな下手くそな奴の相手をさせてさ」

「ううん、教えるのも楽しいし、それに朔夜君は素人にしては上手な方よ」


「ええ?そうなのか?一回も的に当てた事無いんだけど?」

「朔夜君は初めてやった時、経験ないにも関わらず的には当たらなくても安土・・的場まで真っ直ぐに飛ばせたでしょう?それだけでも凄い事なのよ」


 へえ、そうなんだ?

 確かに、その時は千里に才能あると言われたけど、完全にお世辞だと思っていたから気にしてなかったな。


 まあ、それはいいとして。


「それじゃあ、悪いけどまた教えてくれるか?」

「ええ、わかったわ。任せて!」


 俺は準備のため、ワイシャツを脱いでTシャツ姿になり、ズボンのベルトも外しておく。


 なぜそうしたかって?

 もちろん、弓の弦が万が一にでも引っかからないようにするためだよ。


 ズボンが脱げ落ちるハプニングを期待しているかもしれないが、それはないから安心して欲しい。


 ちゃんと腰骨に引っかかって落ちないからねぇ。


 と、俺が準備を整えて千里を見ると、おもむろに胸当てを外し出す・・・


 ・・・って、あれぇ??


 ちょ、ちょ、なんで!?

 なんで千里さん、わざわざ胸当て外すんですか??


 教えるだけなら、胸当て外す必要ありませんよね?


 むしろ外す意味なくない!?


 そんな俺の動揺をよそに、千里は胸当てを外し終えると俺に笑顔を向ける。


「はい、じゃあ朔夜君、基本動作は覚えているわね?ダメな所を指摘してあげるから、順を追ってやってもらえる?」

「あ、ああ、わかったよ」


 胸当てを外した時はちょっと焦ったが、思いのほか普通の対応で安心したわ。


 でも、なぜ俺の背後から見ているんだろう・・・

 正面や横からの方が、色々と分かりやすいと思うのだが・・・


 そう思いながらも、千里の真摯な気持ちに向き合うべく雑念を振り払い、千里に言われたように思い出しながら一連の動作を行う。


 そして、弓を構えようとした時・・・


「はい、朔夜君。背が丸まっているわよ。背筋をのばして」


 ああ、そうだった。

 言われてみると、確かに肩が少し丸まっているな・・・って、え!?


 指摘されて姿勢を正そうとしていたら、背後から千里さんが近づいて来る気配を感じるんですけど!?


 口で言ってくれるだけでわかるのに、なぜ近づいて来る!?


 そんな俺の思いをよそに、俺の背後に近づいた千里の手が脇の下を通って正面に伸びてきた。


 え?え?

 ちょ、ちょっ!!


 その千里の白い手が、俺の肩を後ろに引く。


 正直、それだけでもドキドキするんですが・・・


 それよりも・・・


 俺の背筋を伸ばすため、肩を後ろに引くのはいいんですが・・・


 あの・・・千里さん・・・?


 背中にソフトボールほどの大きさのゴムボールをぶつけるのはやめていただけませんか?


 しかも2つも・・・


 ボヨンボヨンっていってるんですが・・・


「朔夜君、今度はそりすぎよ。ちゃんと集中して」


 そう言って、今度は俺のみぞおち辺りを押してくる。


 その都度、ゴムボールをぶつけてくる。


 いや・・・あのね・・・あのですね・・・


 それは、背中に何度も何度もゴムボールをぶつけてくるせいなんですが・・・


 ・・・・・いや、違うな。


 千里の言う通りだ。


 これは俺の集中力が試されているのだ!!


 よし、集中だ!


 集中・・・ボヨン・・・しゅうちゅう・・・ボヨン・・・しゅう・・・ボヨン・・・


 ・・・・・


 集中できねええええええええ!!


 いや、違う意味で集中しちゃうじゃんかぁ!!


 俺が思っていたより、でけえじゃねえか!?

 着痩せするタイプか!?あぁん!?


 って、何に集中せいっちゅうんじゃい!!


 わかってんだよ、最初からさ!!


 背中に当たってるのは、ゴムボールなんかじゃないってことくらいさ!!


 千里が胸当て外した時から嫌な予感がしたんだよぉ!!


 本当にみんな、俺を心臓破裂で死なせたいんじゃないのか!?


 ドキドキが止まらねえよぉ!!


「うふふっ、朔夜君はどこに集中しているの?」


 くそっ!

 やっぱりわかっててやってやがるな!?


 俺のオブラートで出来た心臓を、誰が最初に破裂出来るか競ってんじゃね!?


 みんなして、俺の純情な男心を弄びやがってぇ!!


「そんな事ないわ。みんな本気で朔夜君の事を思っているし、ずっとこうしたかったのよ」


 千里はそう言って、俺を後ろからギュッと抱きしめる。


 ・・・・・

 何でそこまで俺に・・・


 とは思うものの、その言葉は素直に嬉しい。


 嬉しいのだが・・・


 背中に押し当てられ楕円に変形したゴムボールが気になりすぎて、それ所ではありません・・・


 ・・・・・

 もう無理・・・


 色んな意味で限界です・・・


 とりあえず、今はもう弓に集中出来る気がしません・・・


「・・・もうね、今日は弓を引ける気がしないから、弓を置いてきます・・・」

「ふふっ、そう?わかったわ」


 俺の言葉に千里は笑いながら、素直に俺を離してくれた。


 そして弓を返すために、千里から少し離れた時に・・・


「あ、そうだ。朔夜君、あのね・・・きゃっ!」


 千里が俺に声をかけてきたのだが、すぐに悲鳴が聞こえる。


 え?なんだ?


 と、顔を振り向かせるのと同時くらいに、千里が躓いて倒れる姿が見える。


 なぜか、ここから先の動きは俺の目にはスローモーションに映った。


 千里は何とか倒れまいと、手で何かを掴もうと必死で探している。


 そして、その手が見つけたのは俺のズボンであった・・・


 俺のズボンが千里の手にかけられると・・・


 何の抵抗もなく、ずり降ろされましたとさ・・・


 まあね、弦が引っかからないようにベルト外しましたもんねぇ・・・

 いくら腰骨に引っかかってるとはいえ、人1人の重さに耐えられませんよねぇ・・・


 と解説している俺の下半身からは、ボクサーショートパンツ(花柄)があらわになってしまふ・・・


 いや~ん!!

 はずかちぃ~!!


 と思ったのもつかの間、何の抵抗もなく俺のズボンはずり降ろされたわけであり・・・


 そうなると、千里は再び自分を支える物を失い、千里の顔は花畑を求めてそのまま突っ込んでくる。


 そして、千里の顔が着地したのは、俺の花畑の奥にある桃の割れ目でしたとさ・・・


 あは~ん!!


 思わずそんな声が漏れそうになるも、二重の意味(花柄ボクサーパンツを見られた事、桃を味わられた事)で恥ずか死する。


 その為、俺の意識はそこで途切れてしまった・・・


 その間に、桃が完食されたかどうかは定かではないのである・・・


 いやむしろ、世の中には知らない方がいい真実もあると言う事である・・・


 なぜなら、その後に目を覚ました俺の目には、顔を真っ赤にしながらも物凄く満足気な千里が映ったからだ・・・


 ・・・・・


 そうだよ!

 知らない方がいいんじゃなくて、単純に知るのが恐いんだよぉ!!


 聞けるわけないじゃん!!

 その後、桃を完食しましたか?なんてさ!!


 だから俺は、嬉しそうな千里を尻目に、記憶の扉をそっと閉じたのであった・・・



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る