第16話 朔夜、癒される!





 ・・・・・


「ああ、今となっては・・・キミだけが俺の心に安らぎを与えてくれるよ、ジョセフィーヌ・・・」


 そう言いながら、俺は自分の部屋のベッドの隅でそっと彼女を抱きしめる。


 そう、彼女ジョセフィーヌだけは俺を裏切らない。


 精神が壊れかけている今の俺にとっては、キミに触れているこの時間が愛おしい・・・


 ・・・・・


「あ、朔たん!何抱いてんのさ??」


 美鈴はそう言うと、俺が抱いている愛すべきジョセフィーヌを取り上げる。


「ああ~!!ジョセフィーヌううううう!!」


 俺のジョセフィーヌを返せえええええ!!


「うわっ!何このシロイルカのぬいぐるみ!可愛いし、触り心地も抱き心地もバツグンじゃん♪」


 そうなのだ。


 俺の愛するジョセフィーヌぬいぐるみは最高の彼女であり、寝る時には欠かせない存在なのだ。


 前回は隠していたジョセフィーヌなのだが、彼女にすがるしか今の俺の心の平穏を保つことが出来なかった・・・


 そんな彼女が、無残にも俺の手から奪われてしまったのだ・・・


「え?本当!?美鈴ちゃん、ちょっと触らせてくれない?」

「うん、いいよ~!」


 いや、いいよって!

 美鈴のじゃねえだろが!


「うわぁ!本当だ~!はぁ、すごく気持ちいい~!・・・何よりも、朔夜くんの匂いが染みついて・・・」


 ・・・・・


 ちょっ、やめて!!

 甘い吐息を漏らしながら、気持ちいいとか言わんといて!!


 興奮しちゃったらどうすんだよ!!


 それよりも、瑞穂は何でそんなに俺の匂いにこだわるんだよ!!


「へぇ~、そんなになんだぁ!瑞穂ちゃん、私も触ってみたいなぁ♪」

「うん、みなもちゃんもぜひ触ってみて!はい、どうぞ」


 くっ!

 俺のジョセフィーヌなのに・・・


「本当だぁ!すごい抱き心地いいねぇ♪・・・朔ちゃんの温もりも感じるし」


 そう言って、みなもは愛しそうに抱きしめている。


 いや!

 確かに最初は俺が抱いていたが、もう既に俺の温もりはないだろが!


「いいな、いいなぁ!私にもかしてっ♪」

「うん、いいよぉ」


 俺のジョセフィーヌが次々とたらい回しにされていく・・・


「おぉ~!これはこれは・・・一家に1つは必要な代物だね!」


 白姫は気持ちよさそうに、ギューッとジョセフィーヌを抱きしめる。


 ああ!

 ジョセフィーヌがムニュ~と無残な姿に・・・


「みんながそこまで言うと、私も気になるわ」

「うん!千里さんも、ぜひぜひ触ってみて!」


 そして、今度は千里の手に渡る。


「本当だわ!素晴らしい触り心地ね」


 ああ・・・

 千里のその手つき・・・


 なんか、興奮するからやめて!!


 ・・・・・


 というか・・・

 今更だが・・・


 なぜ、彼女達が俺の部屋に来ているのかというのはだな・・・


 買物が終った後、せっかくだからお茶しようという話になった。


 ・・・・・


 普通さ・・・

 普通ならだよ・・・?


 お茶って言ったら、カフェとかそういう所に行くことを指すよね・・・?


 だから、俺も最初はそのつもりでOKしたのに・・・


 彼女達が取った選択というのが・・・


 俺の部屋でした・・・


 というのも、どこでお茶をするという話になった時に、白姫が・・・

「そういえば、みんなは朔くんの部屋に行ったことあるんだよね?いいなぁ、いいなぁ!羨ましいなぁ!」と言った事が要因だ。


 その後はもう・・・


 わかるよね・・・?


 俺の意思は関係ないのです!!


 途中のコンビニで飲み物とお菓子を買って、気がついたら部屋にいたわけですよ!


 確かにさ・・・


 確かに飲み物を買って宅飲みするというのも、お茶をするという事には違いない・・・


 間違ってはいないんだけどさぁ・・・


 でも、さすがに予想外すぎだよ!!


 しかも、買ったものを見せ合うという趣旨もあったらしく、部屋につくなり互いに、これ可愛い・あれ可愛いだのやり始めたんだよ・・・


 確かにそれをやるのであれば、カフェとかで出来ないのはわかる。


 だって、買い物に行ったのがランジェリーショップなんだからさぁ・・・


 てか結局、ランジェリーショップしか行ってないし・・・


 まあ、そんなわけで俺の部屋で花びらを見せ合われたらさぁ・・・


 俺がいたたまれないでしょ!!

 俺の方が恥ずかしいでしょうが!!


 つーか、俺の部屋で見せびらかすんじゃねえ!!


 ・・・というわけで、俺にはジョセフィーヌを部屋の隅で抱くしか出来ないじゃん!?


 そんな彼女も、やすやすと俺の手から奪われてしまったわけだが・・・


 ・・・・・


 と、俺がシクシクと泣いていると、少しだけ開いていた部屋のドアから・・・


「ンナァ~」


 という声が聞こえた。


「おお、まりも!!」


 我が家の姫・・・

 飼い猫であるアメショー柄 (グレー)スコティッシュフォールドのまりも (3歳♀)が顔を覗かせた。


 俺の事が大好きなまりもは、俺の(ある意味)ピンチを察知して駆けつけてくれたようだ!


 さすがは愛すべき我が姫!!


 ・・・あれ?普通は姫が駆けつけるんじゃなくね!?

 駆けつけるのは男の役目じゃね!?


 ・・・・・ま、まあそんな細かい事はどうでもいい。


 とにかく、まりもは俺の事が大好きなのである!

 これが大事!!


 うん、俺も大好きだ!!


 前にみんなが来た時は、居間のケージに入れていたから来られなかったんだよな・・・

 だけど、今回はケージから出したままだったな。


 まりもは賢いから、居間のドアが閉まっていてもジャンプして開けることがあるから、ドアを開けてここまで来たのだろう。


 そんなまりもは、俺の部屋に俺以外の人間がいることに一瞬だけ躊躇する様子を見せたが、俺がまりもの名前を呼んだことでタタッとダッシュして俺の胸に飛んできた。


「ああ、まりも・・・君だけが俺の癒しだよ・・・」


 そう言って、俺はまりもを抱きしめる。


 ジョセフィーヌにも言ってなかったかって?

 いや、ジョセフィーヌは安らぎだし?まりもは癒しだし?


 いや、でもマジでまりもは可愛い。

 もともと丸顔なのに加え、耳の折れ曲がったスコティッシュだから顔が真ん丸なの。


 だからまりもなの。

 可愛すぎるの。


 今も俺が抱きしめていると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら撫でろと体を摺り寄せてくるのだ!


 そうやって、俺がまりもとラブラブしていると。


「うわっ、可愛いねこちゃんだね♪」


 そう言いながら、瑞穂が手を伸ばそうとしたのだが・・・


「フシャーッ!!」


 と、まりもが威嚇した。

 威嚇された瑞穂はびっくりして手を引っ込める。


「ああ、急に手を近づけないで。まりもは人見知りするから、知らない人には警戒するんだよ。慣れたらめちゃくちゃ人懐っこくなるんだけどさ」


 俺がそう説明したのだが、瑞穂は悲しそうな顔をする。


「うぅ~・・・こんなにも可愛いのに~・・・触りたいよ~」


 それに続いて、みなも・千里・白姫も悲しげに、そして美鈴が俺に詰め寄る。


「私もぉ~!まりもちゃん、可愛すぎるよぉ・・・」

「でも、悲しいことに、私達は警戒されているみたいね・・・」

「こんな拷問ないよね!?こんなにこんなに可愛くて触れたいのに、触れないなんて・・・」

「朔たん!なんとかしろよぉ!」


 まりもをでたいからって、なんで皆そんなに泣きそうな顔してんだよ・・・

 まあ、気持ちはわかるけどさ。


 はあ・・・

 まあ、そんな顔されたらな・・・


 仕方がないから手助けしてやるか・・・


「ったく・・・猫は犬と違って、近づいてくるものを警戒するんだよ。だから不用意に手を近づけない」

「じゃあ、どうしたらいいの?」


「自分から近づかないことが大原則。だからほらっ、瑞穂。その場にしゃがんで手を出してみな?」

「こう?」


 瑞穂は俺の話を素直に聞いて、その場にしゃがみ手を出す。


「そう。で、そのまま待機。まりもが近づいても、すぐに触れようとせずに動かずにいろよ?」

「うん、わかった・・・」


 俺は抱いていたまりもを下に降ろす。


 当のまりもは、降ろされたことで一度俺の方を振り向くのだが、俺がおしりを軽くおしてやると意図を理解してくれた。


 いやぁ、まりもは賢くて本当にいい子だ。


 まりもは警戒しながらも、ゆっくりと瑞穂が差し出している手に向かって歩き出す。


 そして、瑞穂の手の近くまでくると、クンクンと匂いを嗅ぎだした。


「あ、来たよ!来てくれたよ!」

「いいから落ち着け。あまり大きな声を出してもびっくりして逃げるぞ?」


「あ、う、うん」


 瑞穂は俺の言葉で、すぐに声のトーンを落とす。


 そして、まりもが瑞穂の手をしばらくクンクンと嗅いでいると、その瑞穂の手に体をこすりつけた。


「よし、瑞穂。触って大丈夫だ」

「ほ、本当?」


 瑞穂は声のトーンは落としつつも、少し興奮したような声で聴いてきたので俺は頷く。


 そして、瑞穂がゆっくりとまりもの体に触れると、まりもが自分から撫でてほしい場所に体を持って行った。


「や、やったよ!すごい!かわいい~!!」


 瑞穂は嬉しそうにまりもの体を撫でている。


 まあね。

 まりもは警戒心が強いだけで、人が嫌いなわけじゃないからね。


 むしろ慣れてしまえば、人が大好きなのだ!


 特に俺の事が!!


 いいか?大事なことだからもう一度言う!


 まりもは俺の事が大好きなのだ!

 俺も大好きだ!!


 と、俺が心の中で叫んでいると、他の4人も羨ましそうにしているのがわかった。


「ほらっ、皆も同じようにやってみろよ」


 俺が声をかけた事でみなももしゃがんで手を出し、続いて千里や白姫、美鈴も同じようにまりもが近づいてくるのを待った。


「あっ、来てくれたぁ!来てくれたよぉ♪」


「よかった・・・私にもちゃんと懐いてくれたわ」


「あはっ!まりもちゃん、すごく、ものすご~く可愛いねぇ」


「朔たん!!なんだ、この可愛い生き物はぁ!!」


 まりもはちゃんと順番に、彼女たちの手を嗅いで体を摺り寄せていた。


 こうなったら、よほどの事がない限りは威嚇することはないな。


 俺は安心して、床にごろんと転がってお腹を見せているまりもと可愛がる彼女たちを、ベッドに座りながら眺めていた。


 ・・・・・


 まりもが皆から可愛いといわれて、可愛がってもらえるのは嬉しい。


 ・・・・・ああ、そっか。


 彼女達は俺に対しても、互いに同じような気持ちを抱いているのかな・・・?

 だから、互いにいがみ合う事もなく・・・


 ・・・・・


 ・・・って、ちょっと待て!

 一瞬納得しかけたけど、猫に対する感情と人間に対する感情を一緒にしたらだめだろ!!


 動物を皆が愛でるのはいとして・・・

 人間は1人で複数人と付き合っちゃダメでしょうが!!


 何、普通にいい話みたいにしようとしてんの俺!?


 特に・・・特にさ!!

 あんなに美女ばっかりに囲まれてたら、俺自身の精神・心臓が持たねえっての!


 無理に決まってんじゃん!!

 俺はまだ死にたくねえの!!


 だから必ず、ちゃんと罰ゲームとして「ごめんなさい」を言われなければならないのだ!!

 しかし、それは今ではない。


 前にも言ったが、他の人が見ている前でなければ意味がないのだ・・・


 だからとりあえず、その事は置いといて・・・


 今の俺には心の癒しが必要である。

 それが、愛すべき我がまりも。


「まりも、おいで」

「ンナァ~」


 横になって彼女たちに撫でられていたまりもも、俺が呼ぶとすぐに俺の胸に飛び込んでくる。


「ははっ、まりもは良い子だな」

「ナァ~・・・ゴロゴロ」


 俺はまりもを、その字の如く猫可愛がりまくる。


 いやぁ、本当にかわいい!

 もう、本当サイコー!!


 まりもの為なら、親バカと言われようが甘んじてそれを受け入れてよう!!


 俺はまりもを抱きしめながら撫でまくる。

 まりもはまりもで、俺の顔を舐めたり顔を擦りつけたりしてくる。


「いやぁ、まりもは可愛いなぁ」

「ンニュ・・・ゴロゴロ」

『キュン!!』


 えっ!?何!?

 何か今、まりもの声と喉を鳴らす音以外に、何か変な音が聞こえたような・・・


 ・・・はっ!

 すっかり我を忘れてまりもを愛でてしまっていたが、ここに居るのは俺1人じゃなかったんだ!!


 やべっ!恥ずかしいところ見られた!!


 そう思って、恐る恐る5人に目を向けると・・・


 ・・・・・


 ええええええええ!?


 彼女たちの・・・


 目が・・・

 目がああああああ!!


 ハートになってるううううう!!


 あまりの驚きに、天空にある城の大佐みたいに叫んでしまったじゃねえか!!


 そんなことよりも、なにこれ!?どういう事!?


「まりもちゃんを可愛がる朔夜くん・・・可愛すぎる」

「どうしよぉ、朔ちゃん可愛すぎて母性本能くすぐられちゃうよぉ!」

「これは・・・思っていた以上のかわいさね」

「くっ、朔たんめぇ!そのかわいさは反則だろぉ!」

「これはやばい、これはやばいよね!!朔くんの可愛さの破壊力がすごすぎるよ~!!」


 えっ!?何!?


 なんか皆ブツブツ言って、手をワキワキさせながら近づいてくるんですけどぉ!?

 なんか、ちょっと恐いんですけどぉ!!


 俺が“喰われる!?”と命の危機を感じた瞬間・・・


 バン!!


「朔夜あああああ!お前が抱いているのは偽物のまりもだあああ!!」


 いや、だから!!

 なんで真白ちゃんはクローゼットにいるんだよ!!


 俺のクローゼット、どうなってんだよ!!


 ある意味助かったけど!!


 つーか、俺のまりもに偽物もクソもねえよ!!


「私が本物のまりもだあああああ!!だから私を可愛がれええええ!!」


 おい!どういう事だよ!!

 真白ちゃんが本物のまりもって・・・


 そう思って、真白ちゃんの格好を見ると・・・


 ・・・・・


 猫耳が付いてんじゃねえか!!

 しかも尻尾付き!!


 なんだよ、その猫ポーズは!?


 これはやばい・・・


 可愛いすぎるじゃねえか!!

 愛でたくなるじゃねえかよ!!


 どこまで俺のピンポイントを付いてくる攻撃をしやがんだ!!


 意外と真白ちゃんは策士か!?

 策士なのか!?


 ・・・・・


 しかし、それはそれ。

 これはこれ。


 俺は何とか自制心を働かせ、真白ちゃんをヒョイと抱える。


「な、なんだ、朔夜?ほ、本当に私をまりもだと思ってるのか?」


 俺は真白ちゃんの言葉を無視して、段ボールへと入れる。


 そして蓋をして・・・


『拾ってくらはい』

 と、段ボール横にペタッ。


 そして速攻で外に運んで、電柱横にポイ。

(※どんな理由でも、絶対にペットや人間真白ちゃんを捨ててはいけません!決して真似しないように!)


「何でだああああああ『バタン!ガチャ!』」


 ふう、これで一安心。


 俺は玄関のドアの鍵を閉めて満足。


 と、安心したのもつかの間・・・


 家に入った俺を待っていたのは、手をワキワキとさせて近づいてくる彼女達でした・・・


 ・・・・い、いや!!た、助けてえええ!!


 あひゃああああああああ!!


 ・・・・・・


 その夜、ジョセフィーヌとまりもに癒やしと安らぎを求めたのは言うまでもない・・・


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