第20話 俺の熱に溶ける飴細工
その夜、俺は女子の部屋に呼ばれていた。
今朝話した内容から、そうならない筈だったのに、俺が部屋へ行くことそのものには完全に断りを入れていないところを突かれ、
残りの部屋を共にする女子達からの許可も取ってあるそうなので、俺は就寝時間を過ぎてこっそりと自分の部屋を抜け出して向かった。
見回りはいたけれど、大きな声で騒ぎでもしない限り部屋内は見えない造りになっている。
どうにか目を搔い潜って目的の扉をノックすれば、中から繭が迎えてくれた。
「来たぞ」
「お待ちしていました~」
やけに嬉しそうな声と共に、
ガチャリと繭が鍵を閉めて、少し怖くなった気もしたが、それはいいのだろうか。
「そんなに俺の事が恋しかったのか?」
「それは、もう当たり前じゃないですか」
「俺も会いたかったよ。あ、白石さんと笹野さんもお邪魔します」
「こんばんはー」
「気にしないようにするけど、変なことしないで……」
部屋の班員は、
笹野さんは彼氏持ちだからか歓迎されてはいなさそうだった。
「あのね、白石さん今日告白されたみたいなんですよ。相手は海道くん」
「栗野さん、それ言う必要ないですよね」
海道といえば、以前繭に告白して撃沈したやつだった。
今度は上手くいったみたいで、他人事ながら嬉しくなった。
多分、俺が今も独り身だったらこんな思考をする筈もないのだろうけど、素直に祝福しよう。
「大丈夫だよ。蓮くんは口固いから安心して」
「香夜と繭を除けば、話し相手が同じクラスの折坂しかいないのは確かだな」
「こら、卑下しないで。白石さんの話だけど、彼氏持ちになったから、私達も蓮くんを呼べたの」
「成る程?」
「蓮くんが取られないでしょ?」
「たとえどんなに誘惑されても、俺は香夜と繭に夢中だから問題ないぞ」
というか、そんな懸念があるのに呼んでしまったのか。
まあ、大体が香夜の計画だろうな。
繭は上手く口車に乗せられて納得されてしまったに違いない。
「なんか、笹野さん機嫌悪いですね。彼氏が奥手だから、目の前でイチャイチャされるのがイヤとかですか?」
「え!? あ、うん。どうしてわかったの?」
笹野さんは、香夜の推測が図星だったらしく、拍子抜けしていた。
相変わらず香夜は人の考えている事を良く当ててくる。
「恋する乙女のことなら、なんでもわかりますよ。繭ちゃんに散々見せられてきましたから」
「そう、すごいのね」
笹野さんの視線が繭へと向けられた。
今の話は、繭が香夜に対して嫉妬したという話ではなく、わかりやすいという点で語られているのだろう。
しかし、それくらい理解できている繭であっても意味を正しく伝えるためか、慌てて訂正する。
「蓮くんと香夜ちゃんがすごいだけで、私が特段ちょろい訳じゃないからね?」
「ふふん、繭ちゃんの言う通り、蓮くんはもっとすごいですよ」
俺の事を自慢する香夜の言動に、俺の方が照れ臭くなる。
無駄にハードルを上げられても平気なのは、白石さんと笹野さんに対して、本格的に興味が湧かなかったからだ。
二人とも彼氏持ちというのは、なるほど俺が欲情しないための抑制でもあるらしい。
笹野さんが納得したのか布団に包まり寝てしまうと、孤立してしまった白石さんが訊いてきた。
「えっと……私達はこのまま寝ていいんだよね?」
「ああ。気になって眠れなかったら、ごめん」
「ううん、気にしない。安本くんって、そういうところ気遣ってくれるんだね」
「もー、蓮くん? 彼氏持ちの女の子を誑かしちゃダメでしょ?」
「そんな下心ないよ。白石さん、えっと……おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
白石さんは、やはり男子の存在が気になってしまうのか、緊張感を漂わせていた。
香夜と繭の方を見れば、二人とも左右にくっついて口を耳元に近づけると、囁いてくる。
「蓮くんには、私達を寝かしつけるっていう大事な役目があるんだからね?」
「ついでに、ぐったりした私達の身体を好きに触る権利もあるんですからね?」
「繭のは判っているけど、香夜の言う権利は行使しないからな?」
「意気地なし……って言っても仕方ないですね。寝ましょう」
これ以上電気をつけたままにするのは、白石さんと笹野さんに迷惑がかかると思ったのか、香夜が粘らずに話を終わらせてくれた。
そうして、繭が消灯したことであまりよく見えなかったが、手を掴まれ川の字になって倒れたことは何となく判った。
「二人が寝たら、自分の部屋に帰るからな? これは決定事項だから、ごねても覆らない」
「なら、私達よりも先に蓮くんが眠ればいいよね」
なんて言っていた割に、繭はすぐに眠ってしまった。
俺は彼女達だけでなく他の女子もいるという事から理性との勝負を頭の中で繰り広げ、何とか眠気に襲われないように気を付けている。
段々と、目が暗闇に慣れてきた頃合いになった。
静かな空間の中、無言ではあるが香夜がまだ起きている事には気付いていた。
繭の寝息を聴きながら、真っ暗な天井を見ていると、香夜が喋り始めた。
「蓮くん、起きていますよね?」
「ああ。寝ろ」
「話を聞いてくれたら、寝ます。蓮くんの名前って、漢字にするとハスですよね?」
「そうだな。どうしたんだよ、今になって。繭がいたらできない話なのか?」
「いいえ。今語りたかっただけですよ。ハスの葉って水を弾くじゃないですか」
「ロータス効果だろ? この名前だから知っているよ」
「夕方、私が川に落ちそうになった時、蓮くんの姿を見て、ハスの葉を想像してしまったんです」
香夜の声音はしんみりとしたものだった。
少し暗い話なのだと、すぐに伝わったけど、そんな話でも伝えたいことなら、聞いてあげるべきだろう。
「私は、益々蓮くんのことが好きになりましたけど、その時、それが決して混ざり合えない隠喩になっているような気がしたんです」
「こじつけだな。でも、もちろん話はそこで終わらないんだろ? 香夜は、その隠喩に対してどんな答えを導いたのかな?」
考えを見抜かれた事が嬉しかったのか、俺の腕に絡んできた。
そのまま香夜の顔が見えるように促され、とても近い距離で続きを聞いた。
「なら、水飴のように絡みついて、離したくないです。決して混ざり合えなくても、蓮くんの形に固められてしまえば、一心同体です」
「きっと、その飴はとても甘いんだろうな」
「甘くねっとりとして、形を変えても、蓮くんは私達を愛してくれるでしょう?」
それは、俺が以前繭へと言ったイメージを気にしないという事から得た結論だろう。
幾ら外見や性格が変わろうと、その存在は確かな一人の女の子であり、愛するのには十分な理由だ。
「もちろんだ。俺は、香夜と繭を愛している」
「その答えが聞けただけで幸せです。おやすみなさい」
最後に、ねっとりとしたキスを頬に貰った。
毎日違う美しさを誇るよう形作られるのなら、さながらそれは飴細工のようだ。
翌日、俺は起床と同時に気付いてしまった。
旅行期間中、彼女達の胸を一回も揉んでいないのだ。
でも、それは一歩後退か? と自問自答してみれば、答えは否だろう。
俺達は、確実に一歩ずつ進んでいる。
旅行によって、場所という環境が変わって三人でいる事以上に幸せな事は何もなかった。
帰りの新幹線では、昨日ぐっすり寝た筈だったのに二人が俺に寄りかかって眠っていた。
いつも綺麗な飴細工の少女達が、幼く溶けるようで可愛らしい魅力を再構築する。
でも、溶け切ってはいけない……彼女達の魅力的な部分はその過程にだってあるから。
このひと時にしか見ることが叶わない貴重な瞬間を残しておきたい。
当然、俺はこっそりと香夜のデジカメを手に取って、その光景を写真に収めた。
ポカポカと温かい表現が、俺の心にも安寧をもたらす。
もう胸を揉むのは卒業しようか……ただ傍にいてくれるだけで、それ以上の幸せを甘受しているからさ、その分俺だって今までとは違う幸せを与えたいと思うよ。
いや……そっか、それなら、俺は……彼女達を支えられたのかな?
安心して寄り添ってくれることが、その証なのかもしれないね。
ハスの葉は確かに水を弾くけれど、同時に決して落とさないこと……支え続けることが真の隠喩であると解釈した。
この温かい写真が何度も撮れるように、雨水を零さないように、俺もかけがえのない彼女達を支えたいんだ。
――The end――
学園のアイドルと隠れ美少女に手を出したら、ベタ惚れされた 佳奈星 @natuki_akino
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