第2話 同級生が普段見せない顔がかわいい

 翌日になっても、昨日の出来事は鮮明せんめいに覚えていて……栗野くりののことを考えるだけで興奮してきてしまう。

 授業中、何度かこっそりと栗野を見ると、目が合ってしまい即座に目をそららされてしまった。

 俺の方……見ていたよな? いや、気にしない方が無理という事か。

 昨日の逃げ帰った栗野の後姿うしろすがた反芻はんすうすれば、あれはショックともとらえられる。

 どうしようかな、また栗野と関わりたいんだよなぁ。

 おっ、修学旅行で同じ班だ……そこで近づけるじゃないか。


「はあ、蓮って恵まれているよなぁ」


 昼休み、対面する友人に話しかけられた。

 俺が最も気安く話せる相手で、名前は折坂東矢おりさかとうや

 この時間は、弁当でも良いが俺と東矢は売店で買ってきたパンを頬張ほおばっていたのだが、突然意味不明なことを言われてしまえば悩んでいたことから現実へと引き戻されてしまう。


「え、何? 東矢にしては珍しい……ってか不気味じゃないか」


 タイミングがあまりにも心臓によろしくない……無駄に回る脳みそが、昨日の出来事を思い出させて、怖がらせてきた。

 もしかして、昨日の誰かに見られていたとか?

 昨日の手に掴んだ感覚はまだ残っていて、それが現実であったことを認識すると……可能性が否めなくて、ついパチパチとまばたきをしてしまった。


「何の事でもねーよ。でも、蓮は何かあったのか」

「ななな、何もないし……」

「動揺しすぎだろ……友人にも隠すことなのかよぉ」

「何でもないって言ってるだろ。東矢こそ、俺の何処が恵まれているって思ったんだよ」

「いやだいやだ、絶対言わない。お前褒めると調子に乗るじゃん」

「俺、褒めて伸びる子だからさ……」

「何が伸びるんだよ。その髪の毛か?」

「あー、そろそろ切らないとなぁ」


 前髪が若干目に被ってきて、確かに邪魔だ。

 てか、清潔感せいけつかんに欠けるな、これ。


「って……話逸らそうとしても無駄だぞ」

「話逸らさないと、俺も蓮の動揺が気になっちゃうなー」

「仕方ない。お互い何も言わないってことで……」

「わかりゃいいんだよ」


 そんな時、横に割って一人の女子が俺達の会話に入ってきた。


「ねね、何の話しているのかな?」

「かっ、神代さん……どうして?」


 東矢とうやが名前を挙げて動揺どうようしていた……挙動不審きょどうふしんな点を入れれば俺よりもひどいな。

 神代繭かみしろまゆ……それは同じクラスにして学年一の美人。

 栗野と同じく、俺にとっては接点すらないのだが、その容姿で運動能力抜群なギャップがたまらなかった。

 大和撫子やまとなでしことまで呼ばれるおしとやかな黒髪ロングの美人が運動後にはさっぱりした顔をして教室に戻ってくれば、大勢の目線を集めていた。

 もちろん、俺もそんな有象無象うぞうむぞうの一人だ。

 それに加えて、フランクな性格がとにかく男子受けしていたのだ。

 そういえば、神代さんも修学旅行で同じ班だっけ……。

 神代さんは自然に会話へ入ろうとしてくるが、東矢と関わりがあるのだろうか。

 しかし、当の東矢は固まってしまった。

 神代さんは俺の方を見て回答待ちという感じなのだが、なんて返せばいいんだよ。


「世間話だよ。神代さんは何か用でもあるの?」

「うーん、安本くんが気になった……とか?」

「はっはっは、そりゃ面白い冗談だ」


 俺は鼻で笑った。

 俺だって、以前は神代かみしろさんのこと気になっていたけど、まあ現実的に考えて恋愛を成就じょうじゅさせることなんてできる筈もない憧憬どうけいだ。

 栗野くりのも同じだって? おいおい、胸をんだ仲じゃないか……普通よりも可能性が……無いかもしれない。


「へえ、私の事諦めちゃってた?」

「……え?」

「気付かないと思っていたの? ちゃんと視線気付いてたんだよ」


 自信過剰じしんかじょうだからそう言っているのかと思ったが、神代の性格からして適当言うような奴ではないから違う。

 軽く笑っているが、言葉にする時点で確信しているらしい。

 うわぁ、死にたい……何故なら、俺は神代の事を細心の注意を払って見ていたから。

 だって、下心しかなかったし、こっそり見ないと気持ち悪いと思われるだろうから。

 それを気付いていたって、何かの忠告ですか?


「諦めました。もう二度とそんな目で見ないので、許してください」


 もう、謝るしか手段がなかった……くっそう、恥ずかしいなぁ。


「ええっ、何か勘違いしてない?」

「え、何の事ですか?」


 口調は丁寧語でとにかく俺の肩身は狭かったけど、神代かみしろは怒っているわけではないらしい事が判った。

 神代は少し微笑ほほえむと、俺の耳元へ顔を近づけてつぶやいた。


「嫌じゃなかったよ」


 おうふ、やめてくれれてしまったらどうすんだよ。

 神代さんからは甘い香りがして、鼻をくすぐった。


「まあ、誤解が解けたみたいで良かったぁ。それじゃあ、またね」


 神代さんはウインクしてこの場を去った。

 え、マジで何しに来たんだよ。俺を誘惑するため? んなわけあるかよ。落ち着け、安本蓮やすもとれん


「いてっ」


 あんぐりと口を開けたまま固まった俺を、東矢とうやが叩き起こしてくれた。

 平気だけど、少し強めの衝撃が肩にきた。


「何で叩くんだよ」

「いや、心ここにあらずって感じだったから」


 絶対八つ当たりだと思うんだが、神代さんが近づいてきたことに嫉妬しっとでもしたのかな。

 まあ、友人同士でそんな感情抱いてほしくないな。

 痴情ちじょうのもつれ、ならぬ友情のもつれとか発狂ものの地獄だ。


瞑想めいそうしていたんだよ」

「だったら目を閉じろ。お前なぁ、心の目でも閉ざしていたのかよ」

「そうなるくらいには意味わからなかったな。神代さんは何がしたかったんだろう」

「はあ? さっき言ってたじゃねぇかよ。お前の事が気になってたんだって」

「冗談だろ……え、何でそんな呆れ顔?」

「もうカミングアウトするけど、さっき俺がお前を羨ましいって言っただろ? それの答えがそれ」


 それの答えがそれぇ……どれがどれだよ説明してくれよ、わかんねぇよ!

 東矢の真面目な顔が解せない。


「つまり?」

「神代さんは、蓮のこと意識してる」

「マジで? てか、何で東矢が事前に知っている感じだったんだよ」

「そりゃ……ったから……」

「はい? なんて?」


 東矢とうやが小声で口ごもったから、耳が遠くなったように手を耳に当てて煽る。

 聞こえないのは本当だし、回りくどい東矢に仕返しがしたかった。


「俺が神代さんに告ってフラれたからだよ、ちくしょうめ!」

「…………」


 知りたくなかったー。

 超絶気まずくなってしまった……俺がなんて言って慰めても、多分傷をえぐるようにしかならないだろう。

 そう思って、感傷的かんしょうてきな東矢に同情したくない俺はノーコメントを貫いた。

 そのまま昼休みは過ぎ去り、俺は悩まされることになる。


 神代かみしろさんが、俺に? 困っ……りはしないけど、どうすればいいんだろう。

 まだ、意識している段階だよな? それなら、俺が告白した時点で可能性は100%ではないだろう。

 でも、栗野くりのよりも確率高そうなんだよなぁ……それが一番の問題だ。

 叶わないと自分で言いつつ、告白してみれば1%くらい可能性あったんじゃないか、とは思っていた。

 それでも、栗野を諦めてまで価値のある1%にはどうしても思えなかった。

 それが1%から50%くらいまで確率が引きあがったら、悩むよなぁ。

 結局、恋愛なんて取捨選択しゅしゃせんたくなんだ……運命の中にある可能性の糸を、くじ引きでもするように引いて、残りを捨てる。

 捨てるだなんて表現は自分を持ちあげすぎか……。

 俺が今最も気になっているのが栗野くりのなのだ……自分を貫くなら、栗野一択。

 でも、栗野にフラれてから神代さんに切り替えるなんてやり方はしたくないなぁ。

 よし、考えても仕方ないので、一旦放置しよう。

 どうせ、神代かみしろさんは元から手が届かないと思っていたし、もっと落ち着こうじゃないか。


 午後の授業は、そんな事ばかり考えてあっという間に過ぎ去った。

 このまま考え込んでいたら放課後の勉強に支障が出てしまうので心の内に仕舞った。

 放課後、薄昏うすぐらくなる頃には、俺と栗野だけが残っていた。

 少し離れた席の栗野は、周囲を確認して俺に近づいた。

 しかし、すぐに声をかけず隣の席に座りだす。


「何のつもりだ?」


 正直、けられていなくて嬉しかった……こうして話しかけてくれて、助かった。

 でも、神代かみしろさんに見抜かれてしまった教訓きょうくんを活かしてこの場ではクールに振舞う。


「待っているんです。キリが悪いと、焦燥しょうそうられて楽しく話せませんから」


 問題集の進捗があまり良くなくて中途半端ちゅうとはんぱではあったものの、となり栗野くりのが気になってどの道集中できそうになかったので、テキストを閉じた。

 期待してしまう……だから、まずは昨日の出来事について、知りたかった。


「俺が嫌だとは思わなかったのか? 昨日、俺は栗野にあんなこと……」

「ううっ……思い出させないでくださいよ。あんなにくすぐったくて、結構けっこう……いいえ、滅茶苦茶めちゃくちゃ恥ずかしかったんですから」

「それは、判ってる……」

「一回だって言ったのに、ずっと揉んでくれて……嬉しくなっちゃったじゃないですか?」


 ん? ずかしいのに、うれしかったのか……どうして?


「もしかして、小さいのがコンプレックスだった……とか?」

「ちょっと……気にしていただけで、そこまでじゃ……ただ、こんな私のでも夢中になってくれて……また、してもらいたくなっちゃいました」


 つまり、コンプレックスだったわけだ。

 しかし、俺がく前に栗野くりのが回答を言った。


「女の子って、小さいとみんな気にするものなのか?」

「人によると思います。昨日話したドタキャンしてきた子……ネットでの知り合いなので、実際はわからないんですけど、その子が同じく小さいけど気にしてないって言っていたので、私が気にしすぎなんでしょうね」


 大きさのコンプレックスについて、栗野は人それぞれだというが、つまり根本的こんぽんてきな理由なさそうだ。

 そんなことよりも、会ったこともない人に泊めてもらおうとしていた栗野の事が心配になった。


「気にしすぎだと思いますか? どうしてもイヤなら、私も我慢しますけど……」


 余計よけいな事を言ったせいで、俺が嫌がっているように見えたのだろうか。

 俺は安心させるためにも、まずはめることにした。


「いいや、むしろかわいいって思ったよ。やっぱり、ただ話したい訳じゃなかったんだな」

「まあ、その……身体だけの関係ってことで……」


 俺は何もこれからの関係についての話なんてしていないのに、勝手に話を進めるのは、それだけ望んでいることなのだろう。

 もちろん、俺に断る理由はない。


「どうしたら、そんなみだらに育つんだよ……」

清楚せいそに育っていますよ。安本くんが、こんなにしたんじゃないですか」


 その瞬間、トロリと照れた顔をして、緊張しているのがわかる。

 こんなになったのは、俺の影響なのか……いや、元からこんななのはごめんだし、正直れた女の子が俺の影響を受けてこんな感じなることには興奮した。


「俺のせいかよ……」

「当たり前ですよ。まあ、まだ慣れていないのでがっつかれるのはイヤですけど……」


 あー、この『イヤ』は本心じゃないな……求めているのがよくわかる。

 慣れていない部分が、ほんのりと初々ういういしさをかもす。

 恥ずかしいのもまた本当っぽくて、少し意地悪したくなった。


「今日は、そんな気分じゃないから……心配しなくてもやらないぞ」

「がっつかれるのがイヤって言っただけで、普通にはイヤじゃないです。してもらいたいって、言ったじゃないですか」


 どの程度マゾヒストの素質があるのか知りたかったことのだが、ここまでへりくだった物言いには、そのがあるように感じた。

 きっと、栗野くりのは尽くすタイプ……相手の好みに合わせて自分を変える事ができてしまう。

 だったら、少しずつ、俺だけのヒロインにしたくなった。

 俺がじっと栗野の胸元むなもとを見つめると、花笑はなえみをかべて昨日と同じようにブラを外す……俺が何も言っていないのに、それができるのって……どうなんだろう。

 でも、途中途中で止めない俺も悪いか……ちなみに今日の色は清楚せいそな水色だった。


「どうぞ……」


 今回も、服の上から……でも、そっちの方が興奮した。

 片目をつぶって、頑張って胸を強調アピールしだした。

 恥ずかしがりながら、待ち望んでいる姿を見て、まずは見つめた。

 すると、栗野くりのの目が段々と物欲ものほしそうにれだしたので、そのタイミングで優しく触れる。

 少し触ったら手を離すと、栗野がなんで? と上目遣うわめづかいで求めだしたので、また触れる。

 こんな風に焦らす事を繰り返して数分、栗野の疑問符ぎもんふを浮かべるような表情はなくなり、離してもむしろ期待の眼差まなざしを向けて来るようになった。

 まるで、パブロフの犬だな……。

 洗脳したい訳ではないので、ほどほどに俺が満足して終わった。


「クセになっちゃいました……責任、取ってくださいよぉ」


 栗野は、とっくに満足しているのに、いざ手を離そうとすると不満を示すのだから、自己責任だ。


「俺の勉強を邪魔した栗野こそ、責任を取りやがれ」

「じゃあ、お互い様ということですね。また……明日とかにもしてくれませんか?」

「仕方ないな……また、明日」


 こっちがお願いしたかったくらいだが、主導権イニシアチブがこっちにあるようにしたかった。


「ふふっ、本当は楽しみなんですよね?」

「……明日はなしでいいのか?」

「意地悪ですよ! 明日は少しだけなんですからね!」


 そう言って、栗野は先に帰りだした。

 結局、明日もやるらしい……んだよな。

 彼女自身も、なんとかして俺をらしたかったのだろうか……だったら、成功だよ。

 彼女がいなくなった瞬間、虚脱感きょだつかんおそわれた……もう、やめられない感覚におぼれてしまったようだ。

 もう外が暗い……そう判断したのなら、またいつもより早く学校を出た。

 それほどに興奮が渦巻うずまいていた。

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