第3話 恋を成功報酬にするラブコメは終わっている

 わりと、危ない関係ともいえる俺と栗野くりのは、授業中だけは、落ち着いている。

 彼女とは付き合っているわけではないので、無駄に気にしても仕方ない。

 それに、神代かみしろさんに俺が栗野を意識しているように思われたくなかった。

 あくまで、フラットな関係を心がけて、平静へいせいよそおう。

 昼休み、東矢とうやが少し呆れたように話しかけてきた。


「なあ、神代さんがご指名らしいぞ」

「すまん、それだけだと何もわからない」

「お前を呼び出してほしいって頼まれた。多分、告白じゃねーの?」

「急展開過ぎるだろ……」


 昨日の今日で、何もわからない……神代さんとしゃべったことだって数え切れる程しかない。

 本当に告白だったとしても、何のきっかけもなしだったら俺の方がイヤだ。

 そんな事はないだろうと思いつつ、期待している自分もいるので呼び出されるのはどうも苦手だ。


「場所は?」

「図書室。二人きりで話したいらしい」

「……行ってくる」

「もっと喜べよ。気に食わないな」

「もし、付き合ったら思い切り自慢してやる。それじゃ、行く」


 俺は返事を待たず、教室からけ出て行った。

 南遠江高校みなみとおとうみこうこうの図書室は広い方だと思う……俺の通っていた中学校の3倍の広さがあり、本の整理大変だろうな、なんとなく考えていた。

 まずは神代さんを探さなければいけないのだが、どこだよ……広くて中々見つからない。

 本棚の間を確認して回るも、この時間に図書質へいる生徒は少なくて、変装でもしていなければ本当にいないと思う。

 まさか東矢の奴が適当言った? と考えて教室へと帰ろうとした瞬間、腕をつかまれる。


「え?」


 俺は驚きを隠せなかったが、その相手が神代かみしろさんであることを確認して落ち着く。

 何処から現れたのかと思えば、神代さんの背後には図書準備室の扉があった。

 神代さんが自分の唇に人差し指を当てながら腕を引っ張られて、準備室の中へと吸い込まれていった。


「驚いたぞ。てか、神代さんって図書委員でもないのにどうして準備室は入れるんだよ」

「二人きりで話したかったから、どこか良い場所ないかなって思って……ここが良さそうだったから頼んで借りちゃった」

「まあ、神代さんのお願いなら、変な事に使われるとは思わないからだろうな」

「図書室が幾ら広いって言っても、やっぱり私は注目集めちゃうみたいで……困っていたんだよね」

「それで、俺に何かあるのか?」

「そうそう、もしかして告白だと思っていた? 残念ながら違います」

「残念だなー」


 棒読ぼうよみで言ったが、残念ではある。

 神代さん程の美人から告白されれば、付き合うかはともかくとして、間違いなく自信はついただろうから。

 しかし、それなのにこそこそと話したいことがあるとは一体どういう事だろうか。


「ねえ、安本くんは、栗野さんと話したことある?」


 

 どうして、神代かみしろさんがそんな事を気にするのか……それを俺に訊く意味を考えて身震みぶるいしそうになる。


「そりゃ、修学旅行の班一緒だし……話したことくらいあるよ? その場に神代さんも一緒だったよな」

「なんか、反応おかしくない? そんな当たり前の事を訊いたと思ったのかな。隠し事の匂いがする」

「いやいや、俺の事はどうでもいいだろ。それで、栗野がどうしたんだよ」

「えっとね……これなんだけど……」


 神代さんは、見てくれた方が早いというようにスマホの画面を見せてきた。

 そこにはSNSのプライベートグループチャットが写されていた。

 あまり中身を見てほしくないのか、俺に触れさせないようにしている気がしたけれど、気のせいかな。


……?」

「うん……ああっ、私の趣味は秘密だよ?」


 言い忘れていた、と言わんばかりに神代さんはガラでもなくあわてていた。

 成る程、緊張しているのか。


「言いふらしたりなんてしねーよ。それで、これが何なんだよ」

「そのチャットで、シロマユっていうのが私のユーザー名なんだけどね……その上、クリンっていうのが、栗野さんなんだよ」

「ん? 成る程。それの何処が問題……」

「あった。ここの会話なんだけどね。まずは読んでくれる?」


 俺の言葉をさえぎり、神代かみしろさんが自分で画面をこちらに向けながらスクロールしていくと、とある会話が目についた。


『今日、定期券切れてしまって帰れなくなってしまったんですけど、お泊りさせていただけませんか? 以前、シロマユさん同じ最寄り駅だと言っていましたけど、どうでしょう』

『オッケー! じゃあ駅集合でいい? クリンは同い年だったよね? 実際に会うのは楽しみだー』

『ありがとうございます! それでは、えっと、着替えとかはどうしましょうか?』

『気にしないでー。近くの学校だと思うし、その辺は後々考えよ?  駅まで10分かからないと思う』

『助かります。では、また駅でよろしくお願いします』

『ごめん、ちょっと急用入って無理みたい……他の誰かにお願いしてくれないかな?』


 なんだ、この一瞬にして切り替わる態度……新手の嫌がらせだろ。

 クリンの最後のチャットから丁度10分で、シロマユが逃げの発言をした。

 てか、これ本当に神代さん? 普段と違いすぎないか。

 あれ、この話……どこかで聞いたような話だな。

 ……って、思いだした。これ、栗野くりのが俺に愚痴ぐちっていたやつじゃないか!

 ん? じゃあ、栗野が絶交ぜっこうした相手が神代さんってことか? いや、それはおかしいよな。


「大体わかったけど……まず、栗野はシロマユが神代さんだって知っているのか? なんか見ている限り会った事なさそうだけど……」

「知らないから……困っているんだよね」

「待て、じゃあ逆になんで神代さんはクリンが栗野だってこと知っているんだよ。そうだとしたら、栗野よりも急用を優先する事にも違和感いわかんあるし……どういう事なんだ?」

「知ったのは、本当に一昨日なんだよ。いやね、私は駅にむかいに行ったんだよ。そこでクリンが栗野さんって気付いて、逃げちゃったんだ」

「……は? おい待て、それじゃあ急用っていうのは嘘なのか? これって神代さんが意味もなく見捨てたみたいじゃないか」


 俺の中で、神代さんのかぶ急降下きゅうこうかした。

 つまり、神代さんと栗野はお互いがネットでの交友関係だと知らず、昨日に初めて神代さんが一方的に正体を知ったという事だろう。

 でも、迎いに行って、逃げるなんて……理解不能だろ。

 同い年が嘘で、実際に会ったらおじさんでした……とかなら理解できるが、同級生でクラスメイトだぞ? 驚くのに無理はないかもしれないが、


「意味……というか、理由はあったんだよ。それで弁解になるとは思わないけど……」

「聞くから……そんな勿体もったいぶらずに教えてくれ」

「なんか安本やすもとくん、いつもより真剣な顔……恥ずかしくなるよぉ」

「良いから、一思いに言ってくれ。昼休みだって限られているんだ」

「うん……あのね、恥ずかしかったんだよ……少女漫画趣味」


 神代かみしろさんは、少女漫画の電子版をスマホ画面に映し出し、両手の指で掴み口元を隠していた。

 別にそこは疑ってねぇよ。


「……どうして?」

「あっ、やっぱり安本くんは気にしないでくれるんだね」


 神代さんは安心したように一息吐いた。

 普通は気にすることなのだろうか……。


「学校での私のイメージって、ほら、あるよね? それを崩して見られるのが、怖くなっちゃって……」

「そんな事で?」


 そんなくだらない事で、栗野くりのを困らせたという事実にえくりかえりそうだった。

 でも、イメージというものを本当に気にしていたのかもしれない。

 俺にはわからないことだけど、女の子の感性ではそれで理屈りくつが通るのかもしれない。

 でも、それならさ……おかしいよな?


「なあ、それなら俺は大丈夫なのかよ。栗野に知られるのが恥ずかしかったっていうのは態度でわかるけど、それなら俺に自ら教えるのはもっと恥ずかしいだろう。異性なんだから」

「恥ずかしいよ。それでも、安本くんは笑わないって思っていたから」


 さっき、『やっぱり』と言っていたのはそういう事か……じゃあ、俺をそう思っているのはどうして? という疑問に繋がるのだが、話が完全に脱線してしまう。


「俺にどうしてそんな信頼があるのかはわからないけど、取り合えず納得するよ」

「ありがとう! それでね、仲直りしたいんだけど……」

「それなんだけど、栗野と話すのに俺を経由けいゆするのって、どうなんだ?」

「それは、栗野さんも安本くんなら大丈夫だと思うから」


 またよく理解できない信頼をされている。

 修学旅行の班が同じだから、話すきっかけを作ることくらいしかできない筈だ。

 いや、それでいいのか……話の根幹こんかんにまで俺が口をはさんでも意味がないからな。

 一瞬、昨日のことを見られた可能性などが頭によぎったけれど、そんなことはないと思いたい……もしそうなら、あんなことをした俺に話しかけられる筈がないから。


「あー、うーん。話は承った」

「本当? ありがとう!」

「すごく喜ぶね……それでなんだけど、俺の話も聞いてくれ」

「う、うん、何かな?」

「実はさ、その……行き先がなくなった栗野なんだけど学校に戻ってきたんだよ」

「そっか、安本くんは放課後いつも残っているもんね」


 神代さんは手のひらにこぶしを乗せて納得するジェスチャーをした。

 なんで、当たり前のように知っているんだろう……まあ、いいか。


「それで、俺の家に泊めさせてくれとか言い出したぞ」

「え? 待って、安本くんって一人暮らしだよね? うん、これは前に自分で言っていた筈……」


 神代かみしろさんは顎に手を当てて考えるような仕草をした。

 俺の発言を思い出しているのだろうか。

 いや、一人暮らしは確かに自ら言ったことがあったかもしれないけど、なんで覚えているんだよ。

 というか、部分的な情報だけだと誤解ごかいを生みそうだ。


「話を戻すが、断ったぞ? 結局、電車賃渡して帰らせた」

「え、そっか知らない人を装って、お金だけ渡していれば良かったのね……過去を振り返ってもむなしいね」


 神代さんは後悔しているのか、俺と自分の対応の差に愕然がくぜんとしていた。

 そこは、もう仕方ないので以後改善してもらうしかないな。


「待って、それじゃあ貸しがあるってことだよね? それでどうにかできない?」

「いや、その時に返してもらった……あっ」

「口が滑ったような『あっ』だったけど、何を返してもらったの? まさか、いかがわしいこと?」

「…………」


 つい、口がすべってしまった……一生の不覚!

 誤魔化ごまかすのが正解だけれど、ここまで神代さんの口を割らせておいて、嘘を吐く事ができなかった。

 俺は小さく頷いた。


「えええっ、安本くん……そういう事に興味あったんだ」

「そりゃ、男子だしさぁ……でも、マジでラインは考えた……ぞ?」

「何で疑問符ぎもんふを浮かべる感じな反応なの? 何しちゃったの? ……これ訊いちゃダメなやつ?」

「…………」


 神代かみしろさんは顔をぽっと赤くしてしまった。

 成る程、イメージというのは本当にイメージに過ぎないという事らしい……神代さんが興味津々であることが、容易に察せられた。


「さっ、さっきまで、私に説教みたいな事言っておいて……結局、男の子なんだね!」


 強気に振舞ふるまうものの、誤魔化せてない。

 こんな一面見たことなくて、苦笑しそうになった。


「説教してないだろ。確かに上から目線だったかもしれないけどさぁ」

「じゃあ、何……しちゃったの?」


 その質問は、上目遣うわめづかいで内容が内容だから、とても可愛らしく見えてしまった。

 神代さんのこんな顔見ることができるなんて役得だし、言ってもいいか。


「胸を……ませてもらいましたぁ!」

「へ、へえ……女の子の胸、好きなの?」

「……好きです」


 告白みたいじゃないか……栗野くりのの身体は実際好みなんだよなぁ。

 しかし、おいなんて空気ムードにしてくれたんだよ、神代さん。

 結局、全部正直に言ってしまう俺もどうかと思うけどさぁ……訊き方が卑怯ひきょうだ。


「じゃあ、本題なんだけど……この雰囲気ふんいきだから言うけど……私と栗野さんを仲直りさせてくれたら、私のも揉んでいいよ? あまり、大きくはないんだけどね」


 栗野のお陰で胸の大きさはハードルとして働かないのか、神代かみしろさんはアンダーバストの横を手で掴んで、僅かな存在を強調した。

 神代さん、なんてはしたないんだよ……他の男子にやってないよな?

 そういえば、神代さんがシロマユなら、栗野が言っていた胸の小ささを気にしていない例らしいんだよな……こうやって強調するところとか、気にしていないからできることなのだろう。

 あれ、でも栗野もしていたような……女の子わかんねぇや。

 でも、俺はやや心配になりつつ、その譲歩が物足りないと思わせるために問うてみた。


「付き合うとか……じゃないんですか?」

「恋は成功報酬にしちゃダメなの! 胸で我慢して……」

「は、はい……」


 デリカシーのない質問をとがめられ、俺はしゅんとしてしまった。

 しかし、そうか胸は良いのか……良いのか? 実際今の会話もそういう認識を持たせるためにしたものだが、今度は自分自身で困惑してしまった。

 最近恋愛の順序じゅんじょとか、その辺の常識がアップデートされまくっている。

 しかし、貰えるものは貰っておこうの精神の俺は、揉める胸は揉んでおこうと考えた。

 そして、そんな下心で頭がいっぱいになっていた俺はまたつまらないミスをしてしまう。


「えっと、多分今日も栗野は放課後教室にいるんじゃないかな……」


 俺は余計な事を言ってしまった。

 神代かみしろさんは俺と栗野くりのがそういう事をしてしまう関係だと知らない。


「じゃあ、放課後ね……サンキュー」

「あ、いや……」


 この空気に耐えられなかったのだろうか、駆け足で逃げて行った。

 俺と栗野が二人で一緒にいる訳でもないのに……必要な情報だけ手に入れて去ってしまうとは。

 そう思い込んでいるのなら、栗野を一人教室に待機させるわけにもいかないし、困ったな。

 図書室へ続く扉は俺がふさいでいるから最後まで話を聞いてくれると思ったのに、直接廊下へと続く扉を開けてしまったので、話す機会を逃してしまった。

 二人とも、修学旅行の班が同じなのだから、そこで話す機会があると気の利いたことを言えなくて、リスクだけを負ってしまった。

 今日の放課後は、栗野に対して断固だんことして拒否の姿勢が必要になりそうだ。

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