第4話 可愛い女の子が隣だと勉強に集中できない

「なんて悄気しょげた顔してるんだよ……」

「残念ながら、俺がリア充になるのはまだ先らしい」


 教室へ帰ると、東矢とうやが俺の顔を見るなり近づいてほしくなさそうな顔をした。

 同憂どうゆうしてくれなくてもいいさ、ちょっとした悩みだしな。


「さいですか……」


 適当に相槌あいづちを打ってくるのは、呆れ半分なのだろう。

 それは、例えば神代かみしろさんにその気がなかったとして、俺に度胸があれば付き合う事もありえたのではないか、とかその類に違いないだろう。

 実際にはもっとドキドキするようなものであったことなど想像もできないだろう。

 まあ、そのドキドキが強すぎて、にぎやかな教室の空気との差異に気がたるんでしまっただけなんだ。


「なんか、勘違いしてそうだから言っておくけど、俺は神代さんの事好きじゃないぞ」

「はあ!?」

「驚きすぎだろ。あと、声デカいわこら」

「でもお前、以前は気になるっつってた」

「そりゃ、あれだけ美人で気にならん奴の方がいないだろ」

「そうだろー。告白されたら付き合うんだろ?」

「わかんねぇ……あのな、俺にだって好きな子の一人くらいいるんだぞ」

「マジで? それ叙述じょじゅつトリックじゃなくて、本当に神代さん以外に好きな子がいるってことなのか?」


 トリックがあるとすれば、『一人くらい』の方だな……断言しないというのは二人以上かもしれないのに、気になることで頭がいっぱいだから気付かないよなぁ。

 相変わらず東矢は爪が甘い……いや、本当に栗野くりの一人だけなんだけどね?

 用意したミスリードに引っかからなくて、なんか隠す気もなくなってしまった。


「まあ、な。でも……お前口軽そうだからなぁ。教えたくない」

「友情はとうにちたのか……」

「その手には乗らないぞ」


 らし方を覚えた俺は、焦らしてこようとする手に気付けるようになった。

 絶交をちらつかせてきたって、無駄なのだよ。

 東矢とうやの場合、何度も同じ手を使ってくるからな、そんな鬱陶うっとうしい真似は最初から許さない。


「冷たいな。まあ、そこまで言いたくないならこれ以上は訊かないよ」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 攻めてだめなら、一歩引けば教えてくれると企んだのだろう……東矢はまゆにしわを寄せた。

 いや、俺も性格悪いけど、実際探られると面倒臭いからなぁ。

 俺と栗野の遊びができなくなったらどうしてくれよう……ああ、現在神代さんが脅威になっているが、それは神代さんのお願いが済むまでだ。


「まったく、れんほど食えない男は未だ見たことがない」

「ずる賢いのはどっちだよ。東矢に言われたくなかったけど、褒めてくれる分には嬉しいね」

「嫌味に聞こえないくらい清々しく言い切るな。まあ、いつかは教えてくれよ?」

「どうしようかなぁ」

「……そこはイヤでも肯定しておけよ」


 東矢が真顔でそう言った。

 急に冗談通じなくなるなよ……まあ、焦らしすぎたかな。


「はいはい。最近焦らしたくなる癖ができてしまってさ。許せ」

「自覚があるだけ……むしろ厄介だな……」

「おいおい大絶賛かよ」

「お前のポジティブ思考には驚かされるよ……まあ、頑張れ」


 最後の応援は、少し心に刺さった。

 上手くつくろったのに、最初見せたうれいの色を覚えていたらしい。

 完敗……ではないけど、一杯食わされた気分だ。

 予鈴の音と共に、俺は悩み事を思い出す。

 そもそもどうして俺が憂鬱ゆううつな気分になっているのか……それは排反はいはんする事象が原因だ。

 丁度、数学の授業で事象について説明がされていたので、そうであると納得してしまった。

 神代かみしろさんが放課後教室に残れば、栗野の胸をめない。

 神代さんが少し遅れると、栗野の胸を揉めるかもしれないが見られるというリスクが伴う。

 神代さんが今日は来なければ、栗野の胸を確実に揉める。

 そう、すべての可能性が神代さんの来るタイミングに依存している。

 この運ゲー、どうすればいいんだよぉー!

 きっとこんな悩み、誰かに相談したら笑われてしまうに決まっている……俺はシャイな男の子なので、一人抱え込んだ。


 午後の授業を俺はとある計画を立てながら過ごし、放課後になった。

 神代さんは結局残っていなかった……あとは二択。

 どの道、俺は今日も揉めるので内心ホッとした。

 という事で、俺は対面する栗野くりのに提案をする。


「今日は、少し趣向しゅこうを変えてみないか?」

「趣向……ですか。先に言っておきますけど、ぬががせるのとかはまだ早いと思いますよ」


 『まだ』とは、いずれ、そうしてくれる日が来るという事か。

 それまで満足してもらうように俺も頑張らないといけないな。

 しかし、脱がせるのがダメと言っているが、ブラは脱いでいたじゃないか……というツッコミは言わない方がいいか。

 判っているよ、生を見せない事を意味していることくらい……そうか、いずれ……楽しみだな。

 想像しただけで興奮してきたな……っと、そんな場合ではない。


「そういうのじゃない……むしろ、今回は逆なんだ」

「逆? 何か更に布を巻くんですか?」


 どうして即座そくざに胸を揉むシチュエーションに想像がいくのか……やっぱり栗野は変わり者だ。

 まあ、そんな栗野だから可愛いんだけどな……そんな事絶対言わなそうな顔しているのになぁ。

 他の男子が見たら卒倒そっとうしそうだ……絶対見せないけど。


「違う。やっぱり、最近勉強進まないからさ。今回はまず勉強しようと思うんだ」

「私のせい……ですか?」

「いや、それは違うから。『まず』って言っただろ? ちゃんと栗野の胸を揉む気で満々だから安心してくれ」


 俺の勉強の邪魔をしているのではないかと栗野が考えだしたので訂正した。

 栗野の胸を揉むために、全力を尽くそう。

 チラッと教室の扉を確認して、神代かみしろさんが来ていないことを確認するが、懸念けねんはその一点だけだし、集中できる筈だ。


満々まんまん……なんか、嬉しいですね。じゃあ、私が勉強を手伝うということですか?」

「え、いや、違う」


 「満々」というオウム返しに反応しそうになった……「お」を最初に付けて上品げひんにもう一回言ってほしい……ってそんなこと考えている場合じゃない。

 普通に、栗野の方が俺より成績悪いしなぁ……最近の行動から考えても栗野を優等生とは言い難い。

 そこで、俺は手元にある英語文法問題『イディオム9000』を手に取り、栗野に見せた。


「これだ。100問毎に、8割正解したなら、一回揉ませてくれないか? それなら、栗野は良いご褒美になるし、俺もやる気が出ると思うんだ」

「ごっ、ご褒美……! そうですね、そうしましょう!」


 無意識にご褒美……もの扱いしていたことを言ってすぐに申し訳なく思ったが、本人は何故か目を輝かせていた。

 雑に扱われるのは、それはそれで好きなのだろうか……なんて都合の良い女の子なんだろう。

 神代かみしろさんがいつ来るかわからない以上、ある程度後回しにしたいから取った処置だったのに、存外好評で良かった。


「じゃあ1問目から解く。その間、栗野は暇……かな?」

「いえいえ、これでも漫画を鞄に数冊忍ばせていました。だから大丈夫です」

「わかった」


 そういえば、神代さんと同じく少女漫画愛好会という謎のSNSグループにいる訳だし、漫画好きなのだろう。

 おっと、俺だって集中しないといけないな。

 正直言って、序盤は何回も解いたから答えを覚えている……だから、序盤はわざと間違えた。

 なるべく神代さんが来ないような日暮れの時間まで引き伸ばしたい、という考えもあったが、とにかく栗野を焦らしてみたくてたまらなかった。


「そんな、嘘ですよね? もう400問目なのに、一回も揉まれてないです」

「いやあ、中々難しいな。ハードルを7割に下げるか」


 採点は栗野がやってくれて、その間に俺が次の100問を解き始めるというスムーズな勉強が進む中、全然正解しないことで、栗野が愁眉しゅうびを見せた。


「私、隣にいると気になりますか?」

。でも、勉強には集中できるはずだ」

「くっ、口説いているんですか?」

「さあ、な。つまり、邪魔ではないってことだから、引き続きいてくれ」

「むぅ……はぐらかされました。でも、揉まれるまで見届けますよ。それに、まだまだこれからですもんね」


 栗野くりのの言葉は、まるで自分の勝負ととらえているような応援だった。

 揉まれるまで……って、心からハマってしまっているのかもな。

 我慢できないのか、俺の勉強中、横でそわそわしている。

 俺だって、栗野の胸揉みたいから、そろそろ焦らすのもやめて真面目に解こうとする。

 ……が、実際には栗野の存在に、今すぐにでも飛びつきたい胸に、心はかき乱されていた。


 そして5、6回目の採点、どちらもギリギリ7割に届かなかった……嘘だろ?

 幾つかケアレスミスを見つけて問題集を窓から放り投げたくなったが、普通に危ないし栗野がいるからやめた。


「あの、本当に私邪魔ですか?」

「いや、まだだ! 次は6割取るから……それで合格にしよう」


 栗野の目からハイライトが消えてしまっているのを確認して、俺は慌てて自身を奮い立たせる。

 真面目に解いたのに、このままでは栗野の胸を揉めなくなってしまう……俺は、滅茶苦茶めちゃくちゃ真剣になった。

 合格ライン下げてカッコ悪いのはそうだが、問題集も段々難易度上がってきたから仕方ない。


 ……と、背水はいすいじんで挑んだつもりだったのに9回目、未だに正答率6割を超えず、栗野はとうとう絶望した顔をしていた。

 この問題集投げていいか?


「そんな……やっぱり、小さい胸に飽きてしまったんですか……」

「そんな事はない!」


 俺は全力で否定した。

 小さいから好きなのに、そんな事を言わないでほしい……それはそれで、コンプレックスを感じているのが判るので少し興奮するんだけどね!


「待て、マジで解けないだけだから……次こそ取るから。絶対に胸揉むから!」

「熱気が……凄まじいですね。今度こそ、いけそうですね!」

「ああ。任せろ!」


 栗野が元気になってくれたのを見て、己をふるい立たせた。

 そうだ、俺には胸を揉むという重大な使命しめいがある。

 背負っているものが他とは違う今の俺なら、いける気がするんだ。


 それなのに……1000問目到達、正答率が5割を切った。

 栗野はもう泣きそうな顔をしている。

 なんでお前が泣きそうなんだよ……俺の方が泣きそうだ。


「いや、これは……頑張りましたで賞で良いんじゃないか?」

「へ?」

「ほら、1000問解いたし、10回揉ませてくれ」

「一気にですか? しっ、仕方ないですね。どうぞ」


 やけくそに言っている自覚はあったけど、満ちあふれだした熱が収まりそうにないのだ。

 つまり、興奮状態フィーバータイムってやつだ。

 栗野は口とは裏腹うらはらにちゃんと期待して、その分恥ずかしそうでもあった。

 二律背反している? 栗野の表情は排反事象はいはんじしょうじゃないから、むしろ一度に感受かんじゅできるえが相乗効果そうじょうこうかを生んでいる。

 もう日暮れ、今更神代さんが来るわけがない。

 我慢する理由はなくなった。


「ん? ブラ外さなくていいのか?」

「はい。このままお願いします」


 栗野くりのは胸を前に突き出しながら、いつもつけている筈のブラを取り外そうとしない。

 そこで、今の栗野は制服の上着のみを着脱した、誰が見ても健全な状態なのに、違和感いわかんを覚える。

 いや、このふくらみ方は、まさか……。


「付けてきてないのか?」

「そうですよ。触れずに気付くなんて流石です。他の人に気付かれないのは、胸が小さいことの利点ですね。でも少しくすぐったくて、朝からずっと待っていたんですよ」


 だから、ずっと隣でそわそわしていたのか? 妙に色気があった訳だ。

 何という事だ……俺は、栗野に酷いことをしてしまったようだ。

 気持ちが先走って、俺は考える前に手が出てしまった。


 昨日までと比べて顕著に現れた違いは、シャツが擦れていつもより敏感びんかんになったのか、息が荒かったことだ。

 しかし、少しして扉の方からガタっと音がして、俺と栗野は離れた。


「誰……?」


 栗野のも俺も、ちゃんと制服を身にまとっている訳だし、そのまま対応できる。

 ただ、栗野は鬼胎きたいかくそうともせず震えた声になった。

 すると、栗野の声に答えるように扉から女子生徒が入ってくる。

 ミスった……ここまで残るとは思わなかったんだ。

 そこにいたのは、神代かみしろさん……しかし、何だか様子がおかしい。

 どうして……

 歩き方だけではなく、何だか顔が赤くて、口が半開き……呼吸のリズムがおかしかった。


「え、神代さん……?」

「どうしたんだよ。大丈夫か?」


 俺は、熱が出ているのではないかとまず疑いる。

 そう信じたかったのかもしれない……そうすれば、今来たばかりで扉を開けようとした拍子ひょうしに音を立ててしまっただけだろうから。

 しかし、その想像は神代さんの開口一番に否定される。


「その……先に報酬、受け取ってくれない?」


 その言葉の意味を、俺は理解できてしまった。

 でも、それは先行報酬せんこうほうしゅうでいいのかよ。

 神代さんの火照ほてった身体の体温は、手に指を絡めて繋いできただけで、十全に感じられた。

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