第5話 女の子を恥ずかしくさせる天才はこいつです

 教室へ入ってきた神代かみしろさんに、栗野くりの硬直こうちょくしてしまった。

 その原因は、突如とつじょとして現れた神代さんに驚いたこともそうだが、神代さんが俺と恋人繋こいびとつなぎで手を合わせ始めたからだろう。


「待ってください。二人は、付き合っているんですか?」


 そして、近づいた俺が神代さんの台詞を聞いてすぐに、後ろから栗野がそういてくる。

 困ったな……俺が浮気うわきしているようにでも思ったのだろうか。

 すると、神代さんが俺の手を離さないまま栗野へと向き合った。

 流石に負い目があるから、無視できないということか……まだ考えるだけの余裕があるらしい。


「誤解だよ。その……あれだ、栗野さんと同じ……みたいな?」

「は?」

「え? あー、そうなんですか……」


 耳を疑う神代さんの発言に、理解が追い付かなかった。

 なに平然と噓吐うそついているんだよ……そんなんで共感を得られると思っているのか? てか、きちんと仲直りしたかったんじゃなかったのかよ。


「じゃあ、これからも問題ないんですね?」

「あ、ああ」


 俺が返事をすると、栗野は胸をなで下ろすように表情が軽くなった。

 心配事は全然違かった……栗野の脳内はそればっかりだから、都合よくて助かる。


「それで、神代さんは何をしたいんですか?」

「その……本当は栗野さんに謝りたかったんだけど、ごめん……先に安本くん借りていい?」

「もう謝っているじゃないですか」

「これとは別だから……本当に」

「どちらにしても、私じゃなくて安本やすもとくんが決めることですね」

「栗野……お前、神代さんが何を望んでいるのかわかっていて、それ言うのか?」

「胸、揉まれたいとかじゃないんですか? 神代さんの期待の眼差まなざしを見れば、一目瞭然いちもくりょうぜんですよ。私もさっきまで待たされて同じ気持ちでしたからね」


 淡々たんたんと……ではなく、恥ずかしさを我慢しながら強気に栗野は言い切った。

 自分も同じというのは、さっきまでそういう事をしていたと自白しているのだが、十中八九神代さんも知っているだろうし……いいのか。

 しかしそうか、栗野がそこまで知っているのなら、俺も躊躇ためらう必要ないよな?

 そして、俺が早速神代さんの胸元を凝視ぎょうしすると、また栗野が口を挟んできた。


「神代さん、ブラは外した方が気持ちいいですよ?」


 経験者の余裕でも見せたかったのだろうか……だったら、案外見栄みえりな一面もあるということか。

 すると、神代かみしろさんは一瞬ポカンと放心した後、立ち直ると同時に純粋な質問を投げかけだした。


「じゃあ、栗野さんは今付けていない……?」

「ううっ、それは……そうです」


 思いがけないカウンターパンチが返ってきて、栗野くりのひるんだ。

 いや、栗野は朝からずっと付けてないよ……そう言おうとしたけど、栗野は十分顔を紅潮こうちょうさせており、多少は尊厳そんげんを守ってあげようと思った。


「その、どれくらい……良かったかな?」


 それなのに、神代さんは自身の好奇心こうきしんで栗野に質問する。

 栗野がさっきまで経験者ぶっていたから、純粋に訊いても構わないと思ったのだろう。

 栗野は再び泣きそうなくらいの我慢を少しして、その後は気が抜けたのか思い出したのか、やんわりとした表情を見せた。


「すごく……良かったです」

「でも、今日は普通よりも感じやすいんじゃないか?」

「そうですね。三回目にして完全にくせになってしまいました」


 具体的な数を出すな……俺まで恥ずかしくなる。

 しかし、神代さんはやる気が更に高まったのか、すぐにシャツのボタンを外して自分の身体をまさぐるとブラを外した。

 誰もがブラを付けている訳でもないのに、栗野はよく神代さんが付けているって知っていたな……女の子は見ればわかってしまうものなのかもしれない。

 偏見へんけんかな? 女の子ってみんな付けているの?

 因みに色は白だった……


「…………」


 神代さんは栗野と違い、胸を俺の方へ向けると口を閉ざしてしまった。

 触っていいってことなの? 言ってくれないとわからないんだけど?

 目が細くなり嫌がるように見えるけど、しっかり待っている。

 まあ、少し緊張してしまうのは栗野で体験済みなので、判っている。


「……ん」


 中々触ろうとしない俺に対して、発せられたのは、まだ? という意味を込めた鼻から出る音だった。

 何この音、すごくかわいい。


「うーん、触って良いのかな?」

「んーんー!」


 とぼけたように言うと、早くして! という意味を示しだした。

 緊張ではっきり声を出しにくいみたいだけど、ちゃんと言わんとすることは伝わってくる。

 しかし、見ていて楽しい……学年一の美人が、甘えん坊な子供のようだ。

 嫌がっていたような顔は、不貞腐ふてくされたような顔になった。


「……ん!」


 いざ、触ってみれば今度は驚いた顔をしたけど、すぐに目を閉じていた。

 表情の変化が激しい……胸の感触は、栗野との違いを楽しんだ。

 手を離した時、神代さんは湯にかってリラックスしたような、そんな心地の良い顔を浮かべていた。


 やがて、俺が手を離すと神代さんは息継いきつぎするように空気を吸い込んでいた。

 夢中になって呼吸を忘れていたとかなら、危ないと思うけど、大丈夫かな……と心配になっていたら、すぐに感想を頂けた。


「こんな、自分で触る時と全然違った……どうして?」

「それはですね、見られているからですよ。何故かはわかりませんが、見られていると気持ちいいんですよね」


 神代かみしろさんの疑問に、栗野くりのが解説しだした。

 それは多分、恥じらいで気持ちが高まって、普段よりも集中してしまうから。

 俺も、その柔らかさに夢中になりつつ、栗野に顔を見られているのではないかと緊張して手が止まらなくなったから判る気がする。


「栗野は、どうしてそう思ったんだ? 他の奴にもやらせてないよな?」

「あ、当たり前じゃないですか! 安本くんだけですよ……独占欲どくせんよくですか?」

「ああ、栗野は可愛いからな。俺が特別ってわけじゃないなら、ショックで寝込む自信ある」

「かぁっ……かわっ」


 栗野は顔を見られたくないのか、両手で顔をおおい、指の隙間から俺を見た。

 でも、少し声のトーンを落として俺の疑問に答えるように語りだした。


「初回の……あの後、実は家に帰ってから、とても良かったのでかがみを見ながら自分で触ってみたんですよ」

「お、おう」


 誤解は解けているのだが、恥ずかしいうちに話しておきたいことらしい。

 鏡見ながら……って部分が特別っぽいから、普段から触ることは普通なのかな。

 服は着ていたのかな……同級生の女の子が一糸まとわずに自分の胸を触る姿とか、想像するだけで興奮しそうだ。


「そしたら、やっぱりなんか違うなって思ったんですけど、それでもちょっとした快感で、自分じゃない顔しちゃっている事に気付いて……」

「そっか、自覚無いのか」

「お触りされている時は、私も安本くんの顔しか見えてないですよ」


 俺の顔を見ていたという部分は、普通に嬉しい。

 神代さんと見つめ合う事が叶わなかったのは少し未練だな、思ってしまう。


「それで、その時のことなんですけど、だったら最初はもっとすごかったし、絶対もっと別人みたいになっていたなって、思い出しながら、それを見られた安本くんを思い出したら悶絶もんぜつしそうになってしまって……」

「そうか、何か想像したら申し訳なくなる話だな」

「そう思っていても口にしないでくださいよぉ」


 自分が妄想のネタにされていることを知った栗野が指を閉じて完全に顔を隠してしまった。


「すまん、それで……そのままだったら2回目はなかった筈だし、その後の話が気になるな」

「自分の手じゃ物足りないから、また揉んでもらいたくなって……それだけなんですから。あうっ、ひどいですよ」

「……別に話せだなんて強制してないだろ」


 恥ずかしくても、したがって話してくれることに興奮する。

 なんで、こんな逸材いつざいに今まで気付かなかったのだろう……いや、オープンにしていたらこの魅力萌えは出せないな。

 そして、次には神代さんの方へと顔を向けて話を続けた。


「こんなの……憧れの神代さんが感じたらどうなるのかなーとか、他にも真面目な女の子もこんな顔しちゃうのかなーって考えこんじゃって……そして、実現しちゃって」

「見ているだけで興奮した?」

「……言わせようとしないでくださいよぉ」


 栗野はその場にしゃがみ込み、身体を丸めた。

 あ、言いすぎてしまった……ところで、”憧れの“神代さん……ってどういう意味なのかな。

 気になるけど栗野が訊ける状態じゃなかった。

 俺は静観している神代さんを見ると、彼女は彼女で目を逸らしだした。


「そういう事らしいぞ? 憧れの神代さん」

「こういうのって、冷静に分析することじゃないでしょ……」

「神代さんも、俺の顔見てた?」

「……目に毒だったよ」


 どちらの意味にもとらえる事ができる表現ではぐらかされた。

 一見玉虫色たまむしいろの回答にも思えるが、普段見せない反応リアクションからおおよその検討はついた……からこそ、もっと見たことのない神代さんの一面を知りたくていじりたくなってしまう。


「嫌だった?」

わかっている癖に……女の子をもてあそんで楽しい? 更に欲しくなった!」


 最後は投げやりだったけど、きっと本心だろう。

 どうやら、神代さんもこういった事が好きな素質そしつがあったらしい。


「更に? 元から俺が必要だったのか?」

「バカじゃないの? バカでしょ? バカだよね? あなた女の子をはずかしめる天才なの?」


 限界状態で言ってくれた「あなた」という言葉と遠慮えんりょのない物言いが、夫婦関係っぽいなって、考えてしまい……俺も恥ずかしくなりそうだ。


「バカにしているのか、めているのかわからねぇ」

「どっちでもいいよ!」

「いや、割と重要だろ!」


 うずくまっている栗野くりのに、言い争っている俺と神代かみしろさん……今の教室はカオスと化していた。

 なんとなく……この意思疎通コミュニケーションで神代さんの好意が伝わってくる。

 そして、それを匂わせるような事も言い出す。


「昨日、視線について嫌じゃなかったって言ったのに鈍いの? いや、わざとだよね」

「じゃあ、神代さんこそ俺と栗野の関係見てその理由も判ったんじゃないか?」

「それは……そういうことね。でも、付き合っている訳じゃないんでしょ?」


 神代さんは栗野にがあるから引くと思ったら、諦めの悪い部分もあるらしい。

 俺は栗野を見て色々考えさせられた。


「それはそうだけどなぁ」

「それに、続けてくれないなら、そろそろ仕事してくれない?」


 おいおい、続けるって言ったって何をだよ? この言い合いの事じゃなければ、もう胸を揉むことしかないじゃないか……え、もしかしてさそっているのかな?

 でもでも、違ったら怖いので下心を隠した。

 何故か足をがくがくとさせている栗野を横目に話ができるか確認する。


「そうだな……栗野、大丈夫か? 麻痺したか?」

「しゃがんだだけで麻痺するほど運動不足に見えますか? 二人が何の話をしているのかわかりませんでしたけど、大丈夫ですよ」

「冗談だよ。結構復活早かったな」

「これでも体力はありますよ。バランスボールで鍛えているんです」


 いや、体力関係ないだろ……運動したわけでもないのに。

 何故か情報量が増えた……でも、どうせなら訊いておくか……話しやすい雰囲気にしたいし。


「それ体力つくのか?」

「つきますよ。垂直にバウンドしているだけでも、色々な事の練習になりますよ」


 栗野が煽情的せんじょうてきな子っていうのが最近判ってきたので、それだけで変な想像をしてしまった。

 想像するな……真面目な話ができなくなる。


「そうか……それでなんだがな、以前栗野が言っていた……その、俺に泊めてほしいってお願いあるだろ? その理由についてなんだけど……」

「ん? 何か関係あるんですか? はい、友達にドタキャンされたんですよ」

「その時、俺はその相手を友達だと思わない方が良いって言ったけど、考え直してくれないか?」

「え、どうしてそんな急に……あっ、え? シロマユさん?」

「ごめんなさい!」


 神代さんはしっかりと頭を下げた。

 栗野、中々さっしがいいな……いや、ここまで言って判らない方が異常か。


「私がシロマユで、栗野さんに酷いことをしてしまいました」

「あ、いえ、ちょっと。一旦落ち着きましょう。酷い事って……でも、何か事情があったんですよね?」

「いや、神代さんは少女漫画趣味が知られたくなくて逃げたらしいぞ」

「それは、確かに酷いかもしれません」

「だろ?」


 栗野が冗談言うので、俺も便乗した。

 俺がぺらぺらと内情を話すので、神代さんは困惑していた。


「ちょっと! 安本くんはどっちの味方なの?」

「正義の味方だよ」

「カッコいいこと言ったつもり? 助けてくれるって言ったのに……」

「それなら、終わっただろ……なあ、栗野」

「はい。私、シロマユさんの事うらんでいたりしてないですよ? ちゃんと謝ってくれたんですから、怒る理由もありません」


 さっき、栗野の「憧れの神代さん」って言葉からさげすんだり怒ったりすることはないだろうと思っていたので、ちゃんと当たっていて良かった。

 大体、温厚おんこうな性格の栗野が声を荒げて罵倒ばとうする姿なんて想像にできないな。


「それに……お陰様で……」

「貴重な経験が出来ました?」

「安本くん、先に言わないでください……」

「ごめん。つい……な」


 俺が栗野とこんな関係になれたのも、神代さんのおかげと言えなくもないよな。

 手を合わせて謝ると、栗野はすぐにふくれっつらをやめて、神代さんに向き直った。


「そうですね……じゃあ神代さん、これからは教室でも仲良くしてくれませんか? それで許します」

「あはは、拒否権ないや」


 そして、栗野が優しい提案をしたことで、神代さんの目的は果たされた。

 それなのに、何故か神代さんが俺の腕をがっしりつかんでくる。


「神代さん?」

「なかよしするなら、安本くんともなかよししたいな!」

「むうっ、ちょっと気持ちよかったからって、ちょろいんじゃありませんか?」

「そんな事ないよ。栗野さん……香夜かやちゃんはもちろん許してくれるよね?」


 ああ、きっとはこんな感じだったんだろうね。

 れしくなった神代さんに、俺が少しれない。

 すると、栗野は俺のシャツのすそをつまんで引っ張った。


「なかよしするのはいいんですけど、距離感は大事ですよ」

「おう、そうだな。神代さん、離れよう」

「勿体ないの。まあ、みんながいる前とかは……厳しい?」

「絶対にやめてくれ。一応グレーゾーンだから……」


 なんだか順調に事が進んではいるけれど、俺達がやっている事って不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆう一歩手前だから、きもえるような真似はしたくない。

 俺が真剣に悩んでいると、栗野くりのは不思議そうに、神代かみしろさんはニヤリと笑っていた。


「安本くん何のことを言っているんですか?」

「なかよしすることを胸揉むことだと思ったのかな? やっぱり男の子だね!」


 どうやら俺の心は少し汚れているかもしれない。

 二人の女の子が明るい笑顔でいると、相対的に太陽が沈みゆく空が目についた。


「……もう、暗くなってきたよなぁ」

「あっ、逃げた」

「いいだろ、そんな気にすんなよ。そういう気分だっただけだ」

「帰ったら何をしてしまうのかな?」


 神代さん、隙を見つけたら攻めて来るなぁ。

 男の子なんだから、色々とあることくらい判るだろ……あ、女の子にはわかんねぇか。俺も女の子わかんねぇもん。


「ノーコメントで。ほら、帰ろう」


 俺は、これ以上主導権イニシアチブを奪われたくなくて、かばんを手に持ち上げた。

 実際、もう閉門の時間が近いので、二人もうながされるままに帰る事になった。

 それからの楽しい毎日に、神代さんが加わった。

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