第17話 冷めない熱は恋情だけでいい

 駅に着き、まゆを起こして外に出ると、点呼を取って班長の香夜かやが報告に行った。

 一日目は基本的に指定されたスポットにいかなければならず、自由行動ではあるのだが大抵クラスメイトと出くわす。

 だからなんだ、という話にはなるのだが、ほとんどデートみたいな俺達の行動に水を差されるようで少し気になってしまう。

 教室なら前提として存在する条件であるため気楽になってきたが、今回は予測不可能でバッティングするのでそういう気持ちが渦巻いたのだ。


 大きな荷物を学校に回収されて、歩きやすくなった俺達はしおりを広げて改めてルートを確認した。


「私達の予定だと、バス移動がメイン?」

「電車が少し使いにくいルートだからな。あとはタクシー使うのはアリだ」

「じゃあ、タクシー使おうよ。バスは人混むでしょ?」

「まあ、そうだな。観光客も俺達だけではなさそうだし、そうするか」


 二つのスポットをタクシーで移動しながら回り、レポートを書いた。

 香夜かやはデジカメを持ってきており、数々の写真を撮っていた。

 今日は天気も良くて、後から見せられた写真はどれも良い思い出になりそうだった。


 正午になり、俺達はコーヒー店に寄った。

 俺はほうれん草のキッシュを食べながらコーヒーを一杯飲んだ。

 香夜はカプチーノを飲みながら写真を見て、まゆはコーヒーミルクで頑張ってアートを描こうとしていた。


「今日は本当に晴れているよな。東よりも暑い気がする」

「そうだねー、香夜のそれ暑くない?」


 繭は使い切ったポーションのくずをペーパーに包みテーブルに置くと、香夜の服を指差した。

 朝には自分を温めた毛布代わりのカーディガンなのに、思い入れはないのだろうか。


「そこまで気になりませんよ。私はあまり汗をかかないからでしょうか」

「それはちょっとうらやましいな~」

「何を言いますか。繭ちゃんの綺麗な白い肌の方がよっぽど羨ましいです」


 その視線は、今の状態でも露出している部分だけを見ているようではなかった。

 そういえば、以前俺の家に泊まった時、香夜と繭は共に風呂へ入っていた筈だ。

 俺は未だに二人とは程よい関係を進めていたため、妄想しかできないけれど、それでも香夜が言うのなら期待……いや、期待以上に綺麗なんだろうな、と思った。


「ちゃんと隅々まで綺麗だったんですよ。蓮くん、見るのが楽しみですね!」

「やめてよ、香夜。流石に恥ずかしいって……」

「あれから見習って色々と勉強したんですよ? まだ効果は出ていないんですけど、いづれは繭ちゃんに劣らない美しさで二人とも虜にしちゃうんですからね!」


 香夜が努力するというなら応援したいと思うし、恋人が綺麗になることに何の文句もない。

 俺はその宣言に嬉しくなって、コーヒーをごくりと飲んだ。


「別に勉強してないよ? 何を見習うの?」

「ふふっ、生まれながらにして美人な繭ちゃんだって、お洒落して更に綺麗になったんですよ? 私には伸びしろしかないと思いませんか?」


 繭が何食わぬ顔で煽って見せると、香夜は平然とかわして返した。

 何故か、俺には高度な心理戦をしているようにしか見えなかったが、きっと気のせいだ。


「あの時のことを教訓として活かすなら、髪を染めるところから始めるんじゃ?」

「そういえば、繭が帰った後にそんな話はしていたような気がするな」

「はい。忘れてないですよ?」


 おっと、それには俺も違和感を覚える。

 今のままでも十分に可愛いし、努力の路線変更は悪くないと思うけど、それを行動に移していないというのは見習ったことにはなっていないよな。

 それは繭も同じようで、ボロを見つけたと言わんばかりに食いついた。


「あれ~? 見苦しい言い訳じゃない?」

「まだ染めていないのは、最後の仕上げだと思っているからなんですよ。元々が色白な繭ちゃんと違って準備が必要なんです!」

「そ、そう。あんまり肌質のこと言われると、ムズムズするからやめてほしいかも」


 まさかの罠だった。

 その言葉で舌戦ぜっせんに勝ったと見定めた香夜の口端が吊り上がった。

 そうか、甘栗色に染めた香夜が楽しみだな。

 きっと香夜の手元にあるカプチーノなんかよりも薄く甘そうな髪色は似合うだろうね


 その後は時間を気にしながら指定されたスポットへと赴いた。

 京都には縁結びで有名な諸々もろもろがある。

 繭が指を差しながら、そこに向かって連れていかれた。

 次に向かったのは、恋愛成就と巫女さんが呼びかけているおみくじだった。


「あのおみくじ行きたい! もう縁起良くなったから絶対大吉!」

「なんでハードル上げるんだよ」


 というか、恋の縁結びって俺達に必要なのかよ。

 正直、俺にはわからなかったが、本人が嬉しそうにしているので良いか。

 見守っていると、次にはおみくじの紙を見せてきた。

 そこに書かれた運勢は本当に大吉で驚かされる。


「ほら~。今日はツいているのかもね」

「私は中吉でした。繭ちゃんは朝から豪運でしたし、当然そうですよね」

「蓮くんも引かない?」

「まあ、運試しにいいけどな」


 俺も引いてみれば、吉だった。

 しかし、裏に書かれた説明を読んでみれば健康成就に良いらしい。

 一応このおみくじは恋愛について重視しているような売り方をしているのに、全然関係ない内容だった。


「俺が一番運ないらしいな」

「え、吉って中吉よりも運勢いいみたいですよ?」

「あれ、そうなのか?」

「そうだね。普通に良かったでしょ」

「あ、ああ」


 勘違いをしてしまったことで、返事がぎこちなくなってしまった。

 運勢なんてそこまで信じているわけでもなかったのだが、健康が良くなるというのなら、ありがたく信じてみよう。


「私も願望成就なので十分ですよ。繭ちゃんは? 学問成就とかですか?」

「運勢の高さにばかり目が行っちゃって見てなかった。えっと、縁談成就?」

「本気でいいじゃないですか。侮れない豪運ですね」

「え? 縁談成就なら、これから私に縁起が降りかかってくるとかじゃないのかな。それはイヤだよ? 蓮くんも香夜ちゃんもいるんだから」


 縁談を火の粉みたいに言うなよ……確かにそういった話なら必要なさそうだ。

 そも、俺達には恋愛成就が終わった後だったからな。


「ふふっ、ちゃんと説明読まないとダメですよ。今の恋人関係だって、ご両親は知らないんですよね。それを解決してくれたりするんじゃないですか?」

「うーん、その通りだけど、そこは運勢でどうにかなるのかな」

「運勢を信じられないとしても、気合いにはなる筈です。そうじゃないと、おみくじを楽しめないじゃないですか」

「そうかも。私が捻くれてたみたい」


 繭は自分が間違っていたと肯定しつつ、まだ完全な納得へは至っていないようだった。


「未来の話なんだから、どの道同じだろ。俺達が上手くいかない未来が想像できない」

「そうですよ。それに、私の願望成就と合わせれば、叶わない理由がないと思いませんか?」

「そうかも!」


 すると、次には本心から満足した答えを得たように、声高らかにそう言った。

 参拝を済ませて、来た道とは別の方向での帰り道を選び、階段を降りると賑わった出店が陳列ちんれつしていた。

 寺や神社関連には、当然のように出店があったが、やはり食べ物よりもお土産を売っているところが多い。

 香夜と繭と共に見回しながら進んでいると、


「香夜ちゃん、どうしたの? 気になるものでもあった?」

「はい。あの扇子、とても絵柄がいいなって思いまして」

「あー、本当だ。奥ゆかしさがあるね~」


 並べられている中で、どの扇子を見ているのかは判らないが、どれも流麗と言っても過言ではない自然の風流が感じられるデザインだった。

 きっと香夜には似合うだろう……着物で着飾って扇子を仰いだら、それこそ魅入られそうだ。


「別に、買っても問題ないんじゃないか? あれなら荷物にもならないだろ」

「いえ、私一人だけ買うのも気が引けるので、一緒に買ってくれるかな……って思っていました」

「珍しい悩みだな。もちろん、そう香夜が望むなら断る理由がないだろ」

「そうだよ。もしかして、お金気にしていた? 確かに一つ2000円だから、三つになると高いと思うけど、想い出はお金に換えられないんだよ?」


 金銭感覚がややおかしいまゆの意見ではあるが、今回ばかりは称賛を禁じ得ない。

 香夜かやは三人とまでは明言していないのに、そういう意味であると即座に解釈できるのは繭の強みなんじゃないかな。

 まあ、察しが良いだけなのかもしれないけど、今はそれに助けられたようだ。

 香夜が満面の笑みと共に、繭の頬へとキスをした。


「ありがとうございます。願望成就は万能ですね」

「不意打ちはズルくない?」


 繭はキスされた部分に手を当てながら照れていた。

 俺は別に羨ましいだなんて思っていないのだが、香夜が気の利かせたことを言い出す。


「おや、蓮くんも欲しいですか?」

「しばらく繭の感触に余韻よいんに浸ってくれ。それに、恋人の願いを叶えるのは、役得ってものだぞ」


 つまりいらないと拒んだ訳だが、今回は繭の方が言い分上手だったからな。

 次があれば、もっと上手く立ち回るから今回は譲るさ。


「うんうん。香夜ちゃんだって、偶には我儘わがまま言ってくれないと私の立場が完全に子供扱いだから、甘えていいんだよ?」

「繭ちゃんに甘えるのは、機会が来るか怪しいところがありますね」

「えー!?」


 香夜の余裕ぶった顔つきが戻り、また繭はあしらわれる側にされていた。

 でも、繭もわざとらしく笑うから、俺は彼女が何か企んでいる気がした。

 そして、その勘は買った扇子を香夜が仰いだ時点で当たった。


「ほら、やっぱり暑かったんでしょ~」

「違いますよ。絵柄が気に入ったんです!」

「最初からそれ言いたかったのかよ」

「ちょっとした仕返しだもん。いつもは、してやられているんだから良いじゃない」


 嘘だな。本心では日頃の恩返しなんじゃないかな。

 素直じゃない繭は可愛くねていた。

 でも、繭の言っていることは俺も内心思っていたことだ。


「でも香夜も暑いなら、頑なに対抗していないで、それ脱いで良いんだぞ? 俺、持つからさ」

「ちょっと風が欲しかっただけですよ」

「じゃあ、アイスクリーム食べようよ。私も一回身体冷やしたい」

「それはいい考えだ。行こうか」

「否定しているのに、どうして判ってしまうのか不思議ですね」


 香夜はイヤそうに言いつつ嬉しそうだった。

 恋人の願望を知ろうとするのは、そんなにおかしな話でもない。

 気休め程度の涼しさだけではなく、しっかり体温調節してくれないと幾ら香夜でも心配だ。

 度々この彼女は万能に思える最近だが、それでもまだ高校生の女の子なんだから。

 結局、近くの店を見つけて、テラス席へと座って俺達はアイスクリームを食べた。

 陽射しはパラソルでしっかりと覆われていて、しっかりと休める環境だった。


「ひんやり美味しいです!」


 殊更ことさらに大きな声が香夜から出てきて、少し驚いた。

 やはり暑かったのだろうことは、その反応だけでなくアイスクリームを頬張ほおばったことで判る。

 俺は抹茶味のアイスクリームを買ったのだが、香夜がチョコレート、繭がバニラミルクと分かれた。

 もちろん、理由がある。


「香夜ちゃん、お食べ」

「ん~っ! 美味ですね。特に微かな繭ちゃんの味が最高です!」

「なんで動じないのかなぁー」


 元々、食べさせ合うことを目的としていたが、繭にとっては今のような再挑戦も一つの理由らしい。

 俺も同じように言われたくて自分の手に持ったアイスを香夜の口元へと差し出すとパクリと大きく食べられた。


「食べすぎじゃないか!?」

「女の子の別腹を知らないんですか? それとも、少しずつ舐めて欲しかったんですか?」

「降参だよ。俺の魂胆こんたんも見破っていたんだろ」

「明らかな羨望の目があったので、焦らしたくなっちゃいました。てへり」


 全部を奪われた訳ではなかったが、俺もムッときたので、代わりに香夜のアイスを頂いた。


「もー、勝手に食べないでくださいよ!」

「このままだと香夜の身体が冷えすぎてしまうと思ったんだよ」

「押しつけがましい気遣いの言葉はいらないんです。どうせなら、口に含んだまま私に食べさせてくれても……」

「いやいや、拗ねた理由それかよ。繭が代わりにやってくれる」

「え、なんで私!?」


 だって、香夜と同性だし俺よりかはハードルが低いだろう。

 香夜が中吉を引いたのに納得してしまう様だった……でも、これは仕方ないだろ。

 しかし、それが安直な考えだったのか、繭は自分アイスを口にしてキスを求めてきた。


「いや、なんで俺なんだよ」

「んー」


 俺が断固して拒むと、そのまま飲み込んでしまった。

 繭のキス顔が面白くて見ていたのだが、香夜がデジカメを取り出したのが一番の理由かな。

 悔いは……ないな。

 どうせ口内で溶けていたし、食べさせようとして服を汚すわけにもいかないから、しなくて良かったと思うよ。


「意気地なしー!」

「もう十分身体の熱は冷めたんだよ。再加熱しようとするな」

「いえ、安心してくださいよ。この恋の熱だけはきっと冷める事はありませんから」


 そうだな……その通りではあるよ。

 でも、このシチュエーションで言う台詞ではないと思った。

 結局、そのまま口渡し等はせずに健全な状態を保って次のスポットへと向かった。

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